料理家/管理栄養士 長谷川 あかり 氏 インタビュー
「私」を見つけるためのレシピ
毎日の料理は、0と100のあいだにある
大学生になると、食生活について自分で考え、自分で選択する場面が増えます。
一人暮らしを始めて自炊にチャレンジする人も少なくないでしょう。
一方、SNSには魅力的な手料理の投稿があふれ、キラキラした理想像が止めどなく目に入ってきます。
しかし、本当に大切なのは、誰かの解に合わせることではなく、自分が何を食べたいのか、何を心地よいと感じるのかを知ることなのかもしれません。
料理家・長谷川あかりさんに、食を通して自分と向き合うことの意味や、大学生が無理なく料理と付き合うためのヒントを伺いました。
(以下、敬称を省略させていただきます)
一人ひとりが自分に向き合うためのレシピ

笹森-
全国大学生協連が実施した「学生生活実態調査」によると、自宅生は約8割が1日3回食事をしている一方で、一人暮らしの学生は6割程度にとどまります。特に朝食については、一人暮らしの学生で摂取率が大きく低下していています。


第61回学生生活実態調査より
・調査期間 2025年10月~11月
・調査対象回答数 13,277本日は、そんな大学生が無理なく食事をするために必要な考え方や、自分をいたわる食事がどのような意味を持つのかについて、お話をお伺いしたいです。
まず始めに、料理家になろうと思ったきっかけをお教えいただけますか。

長谷川- 料理家とはどんな仕事なのか、あまり想像がつかない方が多いのではないかと思います。基本的にはレシピを書き、料理を作るという仕事です。
私はどちらかというと、「おいしい料理をみんなに届けたい」という思いよりも、レシピという媒体を通して、一人ひとりが自分の生活や体のことと向き合いながら、よりよく暮らしていく方法を考えてもらえたらいいなと思い、この仕事を始めました。

笹森- 長谷川さんが今なさっている活動に、ご自身の大学時代の食生活は関わっているのでしょうか。

長谷川- この仕事を始めるまでの経緯をお話しますね。
料理を始めたのは高校生のころです。
当時の私にとって料理は、自分が食べるため、あるいは誰かに食べてもらうための「生きるための料理」というよりも、純粋な「趣味」でした。
今でいうと、若い世代で流行っている編み物などに近いかもしれません。編み物をしていると心が落ち着いたり、癒やされたりしますよね。私はレシピを読んだり料理をしたりすることで、それと同じような効能を感じていました。
子役として活動していて忙しかった幼少期から、大人へと移り変わる時期に、オーディションになかなか受からず、心が苦しくなっていたんです。そんなとき、救ってくれたのが料理でした。
料理は、ゴールが近い距離で見えていて、そのゴールに向かって淡々と作業を積み重ねていくことができます。手を動かしているうちに、頭の中が少しずつ料理で満たされていって、悩みから距離を置くことができる。
もちろん、作った料理を誰かに食べてもらって喜んでもらえるのも嬉しいことでした。料理を通して「自分はこのまま生きていていいんだ」と思えた。それが、高校生の私にとってはとても大きな意味を持っていました。
22歳で結婚して、 同じタイミングで短期大学に入学しました。それまでの、楽しさ100%の「趣味の料理」から一転、結婚・進学を機に「生活の料理」に変わったんです。限られたお金の中でやりくりしなければならないし、時間もないし、大変だということに気がついて。そこで初めて、「私が好きなのは趣味としての料理であって、生活のための料理ではない」と気づいたんです。そう思った途端、料理をすること自体が嫌になってしまいました。
さらに、私の母は専業主婦で、毎日おいしい手料理を作ってくれていました。その影響もあって、「食事とはこうあるべき」という自分の中のハードルがとても高かったんです。一方で、私は大学に通って課題もたくさんあり、時間がない。親に作ってもらっていたような料理を家族にも作ってあげたいけど、現実にはできない。そんな思いのギャップから、「私はダメなんじゃないか」と感じるようになり、とても苦しくなってしまいました。
そのちぐはぐな状態をまるごと受け止めて、オールオッケーとしてくれるレシピがほしいと思ったんです。そして、その答えをかたちにできる仕事は料理家なのではないかと考えました。料理家としてレシピを作り届けることで、同じような悩みを抱える人の力になりたい。そして何より、自分自身の悩みも解決したかったんだと思いますね。

笹森- 料理がご自身の心の救いになっていたというお話が、とても印象に残りました。
誰かのために作ろうとすると、どうしてもハードルが高くなったり、「これくらいはできなければ」と自分に求めてしまったりする。すごく共感しながらお話をうかがっていました。
100点じゃなくてもいい

笹森- 私自身も、大学進学を機に一人暮らしを始めたころは「自炊を頑張ろう!」と意気込んでいました。そんな中、SNSでは「こんな料理を作りました」と素晴らしい手料理を紹介している投稿を目にする機会が多く、丁寧でレベルの高い暮らしを実践している人がたくさんいるように感じていました。SNSには理想的な食生活や暮らしぶりが数多く投稿されているため、私と同じように、自炊や食生活に対してプレッシャーやハードルの高さを感じている学生も少なくないのではないかと思います。
長谷川さんはこれまでのご経験を踏まえて、自炊を始めたばかりの大学生に対して、料理とどのように向き合っていけばよいと伝えたいですか。

長谷川- 新しいことを始めるときは、どうしても「0か100か」で考えてしまいがちだと思います。私自身もそうですが、やるならきちんとやりたいと思うあまり、自分でハードルを高く設定してしまい、できなかったときにすごく落ち込んでしまう。
でも、料理は生活の一部なので、毎日完璧にできるわけではありませんし、0か100かで割り切れないことがたくさんあります。だからこそ、いつも100点を目指すよりも、50点でも60点でも無理なく続けられることのほうが大切だと思います。そんな考え方が、料理を続けるための基本的なコツだと思いますね。
とはいえ、「憧れの料理を作りたい」とか、「こんな素敵な料理を作りたい」という動機やモチベーションがないと、それはそれで「生活の料理」すぎて、面倒だし続かないという面もある。一番大事だと思うのは「自分がそのときに望む選択肢を適切に取れるか」ということだと思います。
情報があふれている今の時代は、自分と他者との境界が曖昧になりやすいですよね。本当は自分で選びたいと思っていることまで、気づかないうちに周囲の価値観に影響されてしまうことがあります。SNSで素敵な食事を見ると、自分はそこまで求めていないのに、「こういう料理が作れないと料理上手とは言えない」と思ってしまう。自分発信ではない、外側から植え付けられた価値基準で判断し始めると、その基準に届かない自分が悪いように感じてしまう。
だからこそ、自分と他者との境界線をしっかり持つことが大事だと思います。自他境界線をしっかり持った上で、自炊も取り組めばいいと思います。例えば、自分が楽しむために週に1回、憧れの料理を作る日を設けてみる。残りの6日間は「0か100思考」で言うところの50点ぐらいの食事をする。お惣菜を買ってきたり、冷凍食品を活用したりして、あとはお味噌汁だけ作る、とか。週に1回は「作ってみたかった料理に挑戦する」というモチベーションをうまく生活の中に差し込むことで、料理が単なる義務ではなく、「好きなこと」として続けやすくなるのではないでしょうか。

笹森- お話を聞いて、私はSNSで料理動画を見るたびに「もっとすごいものを作らなければ」と考え、気づかないうちに料理への価値観を固定していたのだと改めて感じました。
その日の自分に、ちょうどいい選択を。

浦田- 長谷川さんは、料理をすることに対して、どのような魅力を感じておられるのでしょうか。

長谷川- 自分にとって適切な選択肢を、その時々で選べることが心地よい生き方なのだと思います。
例えば、「手作りの温かい味噌汁を飲んでほっとしたい」と思っているときに食べるカップ焼きそばは、おいしく感じないですよね。

浦田- 確かに! 全然おいしいと思えないですね。

長谷川- 一方で、カップ焼きそばを食べたい気分のときに食べるカップ焼きそばは、とてもおいしいですよね。大切なのは、その時々の自分に合った選択ができることだと思います。
とはいえ生活のことなので、コストや時間には制限がある。例えば、「今日はステーキを食べたい」と思っても、お店で食べると4000円かかる。でも、自分で調理できれば2000円で楽しめる。
また、家庭で作る料理には、お店では代えられない味があるし、健康のために自分で作ったものを食べたい、というときもある。そういうときに自分でさっと料理ができると、選択の範囲が広がりますよね。適切な選択肢を取りやすい。
もう一つは、私が料理を好きになったきっかけですが、料理には作業療法的な効果もあると思います。
今の時代は、さまざまな情報が絶えず入ってくるので、自分自身の輪郭をしっかり保ちながら生きることが難しくなっているように思います。そんな中で料理は、献立を考え、買い物に行き、調理をして、盛り付けるまで、一連の作業に集中する時間をくれます。すると、自分が悩んでいたり辛いなと思っていることが、料理というタスクにごそっと置き換わる。これは心理的な癒し効果のようなものがあると思うんです。
SNSで発信されている料理動画って、作る部分がないがしろになって、ゴールばかりが見えるから、素晴らしい料理をきちんと作らないといけないんだと思ってしまう。でも私は、料理の良さは作る過程にあると思います。もしおいしい食事を食べることだけが目的なら、SNSで見かけるような丁寧で手の込んだ料理を誰かに作ってもらうほうがいいですよね。私は、料理は食べる人だけでなく、作る人自身が一番幸せになれるものであってほしいと思います。実際、料理をしていると気持ちが落ち着いたり、頭の中が整理されたりする。そういう意味で、料理には大きな癒やしの効果があると感じています。

浦田- 「自分で作った料理だからおいしい」という言葉がありますが、今のお話を伺いながら、その意味がよく分かる気がしました。
日々の料理を楽しむ余白

浦田- 大学生は自由な時間が多い反面、生活リズムが乱れやすい時期でもあります。
私自身、朝早くから大学に行き、授業後はアルバイトをして夜遅くに帰宅するという生活を送っていました。アルバイト終わりの深夜に、空腹を満たすためだけに何となく食べる晩ごはんって、あまりおいしくないんですよね・・・・・・。

長谷川- そうですよね! よくわかります。

浦田- とりあえず食べないといけないからと、仕方なく食べていました。やっぱり、自分が食べたいと思ったものを、食べたいときに食べられることが、自分で料理を作るいいところですよね。これまでのお話を伺って、心のゆとりを持つという意味でも、料理って大切なんだなと改めて思いました。
長谷川さんは、大学生のころもしっかり自炊をされていたのでしょうか。

長谷川- いえいえ、全然していなかったですよ。時間もなかったし。でも不思議なことに、まったく料理をしない日が続くと、そろそろ何か作りたいなと思うようになっていました。
先ほどもお話ししたように、生活の中の料理は0か100かでは割り切れません。「今日はハンバーグをつくってみよう」という日もあれば、「お惣菜を買ってきて、お味噌汁だけ作ろう」という日もある。そんなふうに、完璧を目指さなくてもいいと受け入れられる余裕があると、料理との向き合い方はぐっと楽になると思います。
「こうしなければならない」「あああるべきだ」といった考えを手放していくと、本当に楽しく料理ができるフェーズに入っていくと思いますね。

浦田- 「〜すべき」という考え方から自由になることが大切なのですね。とても腑に落ちました。
能動的な食体験を!

浦田- 大学生協では、食堂での取り組みや食に関する情報発信を行い、学生への食生活支援を取り組んでいます。大学生に食事の栄養バランスなど、「自分自身の食事」を意識してもらうためにはどうしたらいいのかを考えながら、日々活動しています。
長谷川さんの視点から、大学生の食生活を支えるために、大学生協・生協食堂ができることはどんなことだと思いますか。また、大学生のうちに身につけておいてほしい食生活、食習慣なども教えていただきたいです。

長谷川- 学生が共同で作業できる時間があると楽しいかもしれないですね。
例えば……ゆで野菜バイキングとか。

浦田- ゆで野菜バイキング! 面白そうですね。

長谷川- みんなで自分の好きな野菜のゆで加減を考えて実際ゆでてみるとか、どうでしょう。
ある食材を、卓上調味料で味変しながら食べて、一番おいしい調味料を提案した人が勝ち、とか。
料理の前に、まずは食材単位で考えてみる。料理を作る以前の、「味」のシェアをみんなですると、料理を料理として捉えずに済む。自分が好きな食べ方で、好きな食べ物を食べられることが自炊の要素なのだと気づくと、作ることに対して能動的になれるし、手間が手間じゃなくなってくると思います。
例えばブロッコリー。いろいろなゆで加減を試してみて、「私はゆで時間1分半の、熱々のブロッコリーが好きなんだ!」と知ると、冷凍ではない、ゆで立てのブロッコリーが食べたいと思って調理することができる。「ゆでる」ハードルって、それが好き! という感情が乗ると簡単に超えられると思います。

浦田- 小学校や中学校では調理実習がありますが、大学になると料理を学ぶ機会はほとんどないので、とてもよい考えだと思いました。
今の生協食堂は、学生にとって受動的な側面が多く、自分の好きなメニューを見つけることはできても、選べる範囲には限りがあります。自分で料理をすれば、味付けや食材をアレンジすることもできますし、「自分は何が好きなのか」を探る選択肢も広がりますよね。その意味では、完成した料理だけではなく、食材そのものやシンプルな調理方法に触れられるような体験ができる場があると、「自分でも料理をしてみようかな」と思う学生が増えるのではないかと思いました。

長谷川- 実家暮らしから一人暮らしを始めるとなると、受動的に食を捉えていたところから急に解き放たれてしまいますね。そんな状況で、SNSの素晴らしく丁寧な料理をみると、今まで受動的だったから、「これを作らないと料理をしているとは言えないんだ」と思ってしまう。
そんな大学生同士が集まって、「私は、この食材はこの食べ方で食べるのが好きなんだ」とか、「私は、冷奴はこれをかけて食べるのが好きなんだ」というように、料理になる前の食材をどう食べるかということから考えてみる。食べ方をシェアしたり、みんなで試しに作ってみたりして、食べることの範囲を能動的に広げて、自分が好きな料理って何なのかを徹底的に知っていくと、食に対して受動的ではなくなる。自分なりの基準や好みが見えてくると、周囲の価値観やSNSの情報に振り回されにくくなると思います。
食に対する自分自身の輪郭がはっきりすれば、必要なものを取り入れ、必要でないものを手放せるようになる。その結果、日々の食事を選ぶことがぐっと楽になるのではないでしょうか。

浦田- 長谷川さんの視点での食への向き合い方は、大学生が自分自身の食生活と向き合うときにとても重要なポイントだと感じました。
「信じてるぞ」は、「作りたい」が生まれる瞬間

笹森-
以前Xで、長谷川さんのレシピを紹介するポストに対して、そのレシピのシンプルさ・大胆さに驚いた多くのXユーザーが「信じているぞ あかり」と反応し、大きな話題になりましたよね。

Xでのこちらの投稿(2025年11月投稿)。7月13日現在で5.7万いいね!の大反響!私はこのポストを見て、とても簡単な作り方なのに、すごくおいしくて栄養があるものが作れるんだと驚いたと同時に、自炊へのハードルが下がり、勇気をもらいました。あのポストが話題になったとき、どんな感覚でしたか。また、普段レシピを発信されているときは、読者にどんな思いを届けたいとお考えですか。

長谷川- 私としては、そんなに信じないと作ることができない料理だと思っていなかったので、まずびっくりしましたね。

笹森・浦田- (笑)

長谷川- このレシピに関する一連の投稿は、ある種のゲーム性があるように感じました。「信じてるぞ」という「前振り」があり、見ている側は「どうなるのだろう!?」という期待感やワクワク感が生まれる。そして実際に作って食べてみると、「なるほど、そういうことか」と発見がある。このような体験を誰かに話し共有したくなるのは、昨今の「考察を楽しむ文化」にも近いものがあると感じます。
また、このレシピは、「純粋に作ってみたい」という気持ちと、「人の目を気にしながら作らなければならない」という気持ちとのバランスにおいて、前者のほうが大きくなった。「見せるため」ではなく、「自分が作りたいから作る」という感情が勝ったものだと思います。それは、私がレシピを通じて実現したかったことで、料理を義務や成果として捉えるのではなく、純粋な興味や楽しさから始められるものにしたい。その思いがかたちになったようで、とてもうれしかったですね。
レシピを通して届けたいことはたくさんありますが、その一つは、料理に対する見方を変えるきっかけをつくることです。
負の感情を抱えたまま料理を続けることには限界があると思っています。「もう大人だから料理をしなければならない、でも本当はやりたくない」と思いながら作るよりも、「作りたいから作る」と思えたほうが、ずっと楽しいですよね。
私は掃除が好きではありませんが、半年に一度くらい無性に断捨離をしたくなって、夢中になって片づけをすることがあります。普段は面倒だと感じていることでも、そのときの気分やタイミングによってはプラスに思えることがある。
料理も同じだと思います。面倒・負担と感じている部分も、見方が変われば、必ずしもネガティブなものではなくなるかもしれない。料理の負の側面だと思われている部分を、少しでも前向きに捉えられるようにすること。それもレシピが担える役割の一つだと考えています。

笹森- 長谷川さんの投稿を引用して、炊飯器に豆腐をドンとそのまま入れた写真とともに「信じてるぞ」と投稿しているポストをたくさん見て、これどうなっちゃうんだろう!? とハラハラしていました。

長谷川- (笑)

笹森- その後、無事に完成したという投稿がいくつもあって。これまで料理にハードルを感じていた人がこの体験を通して、自分も何か作ってみようかな、と思うきっかけになったのではないでしょうか。投稿を追いながら、料理に挑戦する人が増えていく様子を見るのはとても楽しかったです。
「私」は何が好き?

笹森- 最後に、日々食と向き合っている大学生に向けて、メッセージをお願いします。

長谷川- 今は、インターネットで検索すれば簡単に最適な答えが見つかる時代です。だからこそ、自分にとって本当に必要なものは何か、何を心地よいと感じるのかを考えたり選んだりすることが難しくなっているように感じます。それは食事に関しても同じで、特に真面目な人ほど、「みんなが良いと言う料理をしなければならない」と考えてしまいがちではないでしょうか。
人は、どうしても注目を集めている、エンタメ性の高いものに目を向けてしまいます。一見地味な健康情報よりも、話題のこってりした行列のできるラーメン店の情報のほうが目に留まるし、食べてみたいと思いやすいですよね。自分にとって本当に必要かどうかは置いておいて、多くの人が関心を寄せているものに惹かれてしまう。
だからこそ大切なのは、自分のものさしを自分で持つことです。その第一歩として食事を活用してもらえると嬉しいですね。
食は、自分らしさを最も自由に表現できる分野です。「好きな服を着てきていいよ」と言われても、「これは大学では目立ちすぎるかな」と考えたり、「本当はピンク色の髪にしたいけれど難しい」と感じたりすることがあると思います。服装や髪型には、周囲との関わりや社会性が伴うからです。一方で食べ物は、本当に自分が望むものを自分で用意して自分で食べるということができるジャンルです。まずは自分の好きな食べ物や食べ方について考えてみてほしいですね。
自炊をしようと思うときに、「何を作ろう」から入るのではなく、「私って何が好きなんだっけ?」から考えてみて、一つ一つ紐解いていくと、自分にとっての最適な食べ方や料理が少しずつわかってくる。例えば、うどんに醤油をかけて、生卵を混ぜて食べるのが好きなのであれば、必ずしも手の込んだうどんを作る必要はありません。好きな調味料と卵を合わせて食べるだけでも、それは自分にとって心地いいものになる。
また、「昨日は脂っこいものを食べ過ぎたから、今日はバランスを意識して食べよう」といった選択も、インターネットや誰かが決めたことではなく、自分自身の体調や気持ちに合わせて選ぶ、自分なりの判断ですよね。
こうした小さな選択を積み重ねながら、「自分は何が好きなのか」「何を心地よいと感じるのか」を考えていく。その過程で自炊を楽しむことで、自分にとって無理のない、心地よい料理との距離感が見つかるのではないかと思います。

笹森- 今回のインタビューを通して、私自身も改めて食との向き合い方を考えることができました。最近、忙しさを理由に自炊から遠ざかっていたのですが、お話を伺う中で、SNSの情報に依存するのではなく、自分が本当に食べたいものを自分で作って味わうことの大切さを知ることができました。まずは無理のない範囲で、「自分のための」自炊を始めてみたいと思います。
本日は貴重なお話をありがとうございました。
2026年7月10日 リモートインタビューにて
PROFILE

写真撮影:須藤敬一
1996年、埼玉県生まれ。
10歳から芸能活動を始め、子役タレントとして「天才てれびくんMAX」などに出演。
22歳で芸能界を引退後、短期大学・大学で栄養学を学ぶ。
2022年より本格的に料理家・管理栄養士としての活動を開始し、現在は「キューピー3分クッキング」で講師を務めるほか、料理本も多数出版するなど、多方面で活躍中。

『クタクタな心と体を
おいしく満たすいたわりごはん』
(KADOKAWA)

『つくりたくなる日々レシピ』
(扶桑社)

『長谷川あかりの
「あたらしい」きほんの料理
自由で作りやすい、誰でもおいしくできる。』
(オレンジページ)

