阪神淡路大震災体験談

当時どんな想いを持ってどんな行動をしたか

藤本:
激震地で自宅が全壊したある被災者の方から、一部損壊だった私をねたむどころか「あんた(私のこと)は無事でほんまによかったなぁ」って言っていただいたんです。その時、自分自身がとても恥ずかしく思えたんですよね。「自分のことしか考えてなかった自分」に気付いたんです。あれ以来、人と比べるのはやめました。「大切な人がそばにいてくれたら、それで十分」と思ったことを覚えています。いろんな方から物心両面でたくさんのご支援や気づきをいただいて、ほんとうに救われました。

ここで一つお話ししておきたいことがあります。個人的には自分の好きなことで被災地におカネを落としてほしいと思っている、ということです。義援金とかは、本当に有難かったのですが。おそらくは長続きしないし、それを受け取ることで、何か相手に対して借りをつくってしまっているような気がしていたんですよね。「心の負担感」とでもいえば通じるでしょうか。これは、私の偽らざる気持ちです。

当時、被災者を代表してお礼の挨拶をさせていただく機会があり、「被災地の兵庫には、甲子園球場、宝塚歌劇、灘の酒蔵、芦屋の洋菓子、元町の中華街などいっぱいあります。ぜひとも、これからは、ご自身の好きなことで、たくさんのおカネを兵庫・神戸に落としてもらえればとうれいしいです。」という趣旨のお話しをした記憶があります。私自身は、3.11の時は、自分はお酒が大好きなので、ずっとふくしまのお酒を買っていました。いまでもそうです。理由は、フクシマの支援というより、ただ単に私の好みに合う福島の酒だから、が強いですね。そういう感じで好きなことでおカネを落とすような仕組みができればいいのかなと思います。いまは「地震でこんなにひどい目にあったんやから、これからは(自分なりの被災地応援などを通じて)、楽しい想いをいっぱいさせてもらうで~!」と思って生きています(笑)。

当時の経験が今にどう活きているのか

藤本:
私の目覚まし時計は、25年前の震災以来、今もなお、5:46(阪神・淡路大震災の発生時刻)にセットしっぱなしです。震災を忘れないという意味も込めて、毎朝、自分自身をリセットしようと決めて、この時刻に目覚ましをかけています。最近は歳を取ったせいか、いつもこの時刻より早く目覚めますが(笑)。
先ほど「人と比べない」というお話をしましたが、他者と自分を比べること自体が無意味だと感じるようになった、という意味です。これ(目覚まし時計でずっと5:46を意識し続けること)が、じぶんなりのささやかな防災の実践です。

話は少し変わりますが、冒頭に1.17の時、大学の先輩の家も被災(全焼)したお話しをしました。地震直後はなんとか倒壊せずに残っていたのですが、その後、風向きが変わって火の手が回ってしまい、消防車も入れないような場所でしたから全焼してしまったんですよね。「あの時はただただ炎があがるのを呆然と見つめながら、通電したことが火元になり、風向き一つで自分たち家族の命運が変わる状況を目の当たりにした」と後日、ご本人より伺い言葉を失いました。

私は、なぜかこの時にナガサキの原爆の話を思い出しました。あの原爆投下の第一候補は小倉だったが当日に状況変化があり第二候補のナガサキになったようです。3.11のときはフクシマの大舘村の原発被害も思い出しました。事故現場の福島第一原発と風向きの関係ですね。運・不運、いろんな命運がある中で、差別や風評被害とか差別とかが出てきたりしています。新型コロナの感染も同じですね。心が痛いです。いずれのケースも「結果だけを比べるのは違う、何の意味もない」と思います。これらは自分の意思では、どうしようもないですからね。

一方で、自分の意思で決められる世界もあります。最近はよく「後悔と結果」について考えます。後悔は結果から感じるもの、という印象があるかもしれませんが、私は「結果とは関係なく、意思決定の選択をする時点で後悔しないことが大事!」と思うようにしています。私は、以前は競馬で負けた時はいつも「後悔」していました。あっちの馬を買っておけば…と。あたりまえですよね。結果が伴っていないんですから。でもいまは、こう思うようにしています。問題は、「検討して馬券を購入した時点で後悔があったのかどうか」だと。実は妻に、「そんな(結果を嘆くような)後悔は無駄な時間」と教えられました。時間は誰にも戻せないのですから、結果はどんな結果でも受け入れざるを得ないですね。さっきから偉そうに言っていますが、現実はまだまだ「結果で後悔」していることも多々あると思います。人間は感情の生き物ですから(笑)。なんか支離滅裂な話になってしまいましたね。すみません。

お話ししたかったことは、「大事なことを意思決定(選択)する際には、たいせつな人にも想いを馳せて後悔しないように決断することを心がけるようになった」ということです。それは防災でも同じだと思います。

今、若者にできること

藤本:
私には、若者と若者以外を区別することはイメージできませんね。「誰しもが一つのコミュニティの中の等しい立場の人と考えているから」です。老いも若きもいろんなことを語り合える環境があれば、それでよいのではないのではないかと思っています。どんなカタチであっても「たいせつなことを含めて、語り継げる」が大事だと。それは深刻に、ではなく、おもしろおかしく伝えていきたいですね。自分の腹に落ちたことを、自然体で伝えられるようなコミュニティをつくることが大切なのかなと思っています。

神戸ルミナリエで2018年にこんなことをしていました。動画を見てみてください。

他にも、こんな曲が歌い継がれています。ぜひ聴いてみてください。この歌(「しあわせはこべるように」)は、1・17以降、25年間、神戸市内の小学校で歌い継がれていますので、わが家の息子や娘も含めて神戸の人なら、ほとんどの人が口ずさむことができるんですよ。

また、私は当時、神戸を本拠地としていたプロ野球球団・オリックス・ブルーウェーブの仰木彬監督(故人)の1995年シーズン開幕時の言葉にはすごく励まされました。ユニフォームに「がんばろう神戸」のワッペンをつけて、1995年リーグ優勝、翌年1996年には日本一になったんですよ。神戸市民はみんな、イチロー選手らにとても励まされたんです。私たち夫婦も、イチロー選手のサヨナラヒットで決まった優勝の瞬間を現場(球場)で見て、ほんとうに感動と勇気と元気をもらいました。

歌とかスポーツとか、なんでもいいんですが、自分が好きな領域で語り継ぐというか、子供もお年寄りも含めて話題を共有することが、災害への備えとしてはいちばんいいのかな、と思っています。

最後に私の座右の銘を紹介しますね。「公私根同(こうしこんどう)」です。

「こん」の漢字は「混ぜる」ではなく「木の根っこの根」の造語です。
私はなんでも根っこは同じだと思っています。仕事では大学生協で色んなことに関わらせてもらっていますが、役職とか、部門とか、学生とか、職員とかに関係なく、同じ目的をもつ人は誰ひとりとして取りこぼさないように(対等の立場でいい仕事が)できればいいな、と思っています。私自身も新入生の父ですし、学生(組合員)を想う気持ちは、公も私も「根っこ」は同じですから。

今年も1.17に神戸・三宮の東公園で震災のイベントがあり、早朝に参加しましたが、こうしたことも通じて、「じぶんごと」として、今後も1・17からの学びを忘れないようにしたいと思っています。

じぶんごとって、「じぶん+たいせつな人」で考えて行動することやと思うし、それは具体的であればあるほどいいと思います。あと、「目的と手段を取り違えない」ことですね。じぶんの居場所は、そのとき、そこにいる人が認め合い、高め合える集団、コミュニティであってほしいな、とも思っています。あらためて、「いのちってなんだ?」って問われれば、「誰かに必要とされているたいせつなもの」と答えます。ただそう思えるだけで十分(防災の手段になっている)だと思います。以上が私の1・17からの学びです。

私のプレゼンは以上になります。長々と聴いてくれて、ありがとうございました。