Essay そして、現実に還る

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本文でご紹介の本

 東京駅の地下鉄路線図。多くのゲーム機を1つのテレビにつないでいるせいで、私の家のテレビの裏側はそう見える。番組でよく流れる、蛇と蛇が絡まりあっている映像にも見えるかも。そんな私は、ゲームもするし、ゲーム小説も普通の小説も読む。ちなみに今はパソコンゲームを起動したい気持ちに封をして、これを書いている。
 ここで1つ確認しておく。私はホラーが苦手だ。ホラーゲーム、ホラー小説、ホラーと名の付くものは、たぶんアンパンマンのホラーマン以外全部怖い。だが、ゲーム小説というと、ゲームの中から出られなくなったり、命を懸けたサバイバルゲームに巻き込まれたり、呪いのゲームを起動して正体不明の者から追われる羽目になったり、なにかと物騒な話が大半を占める。このような作品は、怖いもの見たさに任せて読むが、後から急に恐怖がわき出て後悔することが多い。というわけで、私が話す作品は、家の居間でゲームをしているように、時に熱狂して、時に泣いて読める作品である。大丈夫、私は全人類のホラー苦手組の味方だ。
 ゲームの中の世界は楽しくて面白い。ゲームは完璧な世界を築ける。本当にそうかな? 『ここはボツコニアン』(宮部みゆき/集英社文庫)は、ゲームになることができなかったアイディア、いわゆる没ネタでできた世界・ボツコニアンが舞台。本筋は、選ばれし長靴の戦士ピピとピノがボツコニアンをよくするために、冒険に出発するお話だ。2人が冒険する世界は、ゲーム内に登場しそうな無茶な設定だらけである。例えば、初心者には99%倒せない敵がでてきたり、世界を歩いているだけで体力が減っていったり。プレイヤーや主人公たちに対する優しさが微塵もない没ネタ天国、さすがボツコニアン。理不尽な設定に文句を言いつつもなんとか対応する主人公たちに脱帽である。もしも、ボツコニアンがゲーム化されて、そのカセットを興味本位で買ったとしても、私は絶対にクリアできない自信がある。
 そういえば、最近はゲームを書籍化した作品も増えてきた。私はあまり読まないが、唯一読んだ小説がある。『MOTHER —The Original Story』(久美沙織/新潮社)という作品は、糸井重里監修のゲームが大本である。作品の舞台は1980年代のアメリカ。登場人物は、赤い帽子の男の子、いじめられっ子の友だち、母親が行方不明の女の子。日常で起こった不可思議な出来事が世界の危機だと知った彼らは世界を旅する。設定を聞くとわかるように、この作品はゲームのわりには現実的だ。子ども3人が世界を救おうとすることに大人は非協力的だし、世界の危機がいまいちよくわかっていない人もいる。しかし、現実に近いからこそ、この小説を通して現実の温かさも感じることができると、私は考える。辛い現実に直面しながらも励まし合い前に進む友だち、旅を心配しつつも優しく見守ることに徹する家族。現実の厳しさと手触りのある温かさを感じられる一冊。元がゲームだからと侮ることなかれ。油断すると目から大汗。
 ゲームのカセットを本体に入れて、スイッチを押す。すると、画面に現れる「PUSH  START」の文字。ボタンを押すと始まりますよという意味の言葉だが、最近のゲームよりはちょっと昔のゲームでよく見かける文字だった。それだけに最後に語りたい作品の題名に、懐かしさを感じる人も多いのではないだろうか。私が最後に話す作品は、ゲーム小説の傑作選。私みたいにホラーとかに脱線せずに、手っ取り早くゲーム小説を愉しみたい人のための短編集だ。違う作家が描いたそれぞれの作品は、現実とゲームの世界がリンクしていて面白い。ゲームの主人公は何度やられても蘇る、という事実は普段ゲームをしない人でも周知のことだろう。ある意味不死身の存在だが、それが現実の世界でそうなったらどうなるだろう? ゲーム好きな人なら一度考えたことがある、この状態にもしもなったら。もしくは、ゲームの中の世界が現実の世界になってしまったら。バーチャルと現実を何度も行き来させられる作品。
 ゲームをしていたり、小説を読んでいたりすると時間を忘れるぐらい楽しい。けれど、ふとした時に、自分は何をしているんだと我に返ることがある。これをやっている場合か、他にやることがあるんじゃないか。現実逃避をしていると必ずどこかで現実に引き戻されるということだ。私は、今年度から社会人で、ある意味新しいゲームを起動する。大学生の時よりも自由な時間が減り、本を読む時間やゲームをする時間がないだろう。でも、私自身はそれを悲観するつもりはない。多くの小説を読み、たくさんのゲームをクリアしてきた過去の自分は、社会人になった現在の自分の味方になってくれるはずだ。どうか読者の皆さんも、本を読み、ゲームをして、最終的には現実で生きる力にしてほしい。では、私は
これで……え? 最後の小説の名前を聞いてないって? こういうのは決め台詞に使いたいんです。それでは、読者の方も、私も、『スタートボタンを押してください』(創元SF文庫)。
 

本文でご紹介の本

  • 宮部みゆき
    『ここはボツコニアン 全5巻』

    集英社文庫/
    本体①520円②480円③500円④460円⑤600円+税
  • D.H.ウィルソン
    J.J.アダムズ
    〈中原尚哉、古沢嘉通=訳〉
    『スタートボタンを押してください』

    創元SF文庫/本体1,000円+税  
  • 久美沙織
    『MOTHER――The Original story』

    新潮文庫/本体629円+税

     
 
P r o f i l e

母里 真奈美(もり・まなみ)
東北学院大学卒業生。写真は、万華鏡美術館にて自分が万華鏡になってみたもの。この写真を見るとたいていの人が喜んで笑ってくれるので、とても気分が良い。どんな人でも笑うので、もはや鉄板の芸みたいな扱いをしている。

 

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