いずみ委員・スタッフの 読書日記 160号


レギュラー企画『読書のいずみ』委員・スタッフの読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。
 
  • 名古屋大学2年
    岩田恵実
    M O R E
  • 大阪府立大学3年
    福田望琴
    M O R E
  • 一橋大学大学院
    齋藤あおい
    M O R E
  • 慶應義塾大学3年
    戸松立希
    M O R E

 

 

名古屋大学2年 岩田恵実

7月22日(月)

 長かった梅雨が明け、私を待ち受けていた次なる刺客は悪魔のテスト週間だ。とはいっても私のルーティンワークの電車内読書は変わらず続行、依然として目前に迫るテストから目を背け続けている。さて今日は先日大学図書館で激戦区を勝ち抜きついに手にした『八日目の蝉』(角田光代/中公文庫)を読もう。本書は、不倫相手とその正妻の子供を誘拐してしまった孤独な女性が必死に生きていく姿、そして誘拐された子供が成長してからの苦悩が精細な描写で描かれている。私はまだ子供もいないし幼少期に誘拐されてもいないが、この本を読むとなぜか登場人物たちに共感してしまう。血がつながっていない「母と娘」に芽生えた愛は、いずれ来たる別れに怯えつつも、その中で美しく輝く。「八日目まで生きる蝉」が見た世界とは一体何だろうか……と読みふけっていたら、電車は既に目的地を通り過ぎていたのだった。
 

7月26日(金)

 今日の中国語のテストは散々だった。こんな私を慰めてくれるのはあの方の本しかいない。私が帰りの電車で鞄から取り出したのは『恋文の技術』(森見登美彦/ポプラ文庫)。この本は少し珍しい書簡体小説で、とある田舎の研究所に飛ばされた大学院生、守田一郎が周囲の人々に書きまくる手紙を通して、彼と手紙をやりとりする相手の関係性や、手紙の向こうの出来事に想像を働かせる事ができる。やっぱ文通っていいなあと思いふと顔を見上げると、目的地の名古屋に到着。危ない、面白すぎてまた乗り過ごすところだった。
 

8月6日(火)

 長かったテストの日々も今日で終了した。さっきまで難問に苦悶していたはずなのに、頭はすっかり夏休み開幕の幸せに満ちあふれている。さて今日の帰りのお供は『江戸川乱歩短篇集』(江戸川乱歩〈千葉俊二=編〉/岩波文庫)だ。この本には計9本の傑作短編が編まれているが、謎解き、サスペンス、恐怖、怪奇、笑いなど実に様々なジャンルで読者を飽きさせない。文体は文豪小説とは思えないぐらい読みやすく、すいすい頭に入ってくるのも魅力的だ。「人間椅子」という一編は、序盤からは想像もつかない展開にハラハラ、ゾクゾクさせられたが最後の展開は思いもよらずに笑ってしまった。どうしたら、椅子の中で恋する人間の小説など考えつくだろうか……。さて、読了と同時に自宅最寄り駅に到着。テスト最終日はひと味違う私なのだ。
 
 
 

 

大阪府立大学3年 福田望琴


走り梅雨

 小学生の頃、本を読むことを「読み干す」と言っていた。ごくごくと夢中で読み、読み干せば渇き、新たな本を求め、毎週末図書館に繰り出す。そんな日々からはや十数年。今でも本は読むが、歳を重ねるにつれ、いつのまにか、あの頃のように何もかも忘れて本に没頭する体験はなかなかできなくなってしまった。しかし、この本に出会った時、あの読み干す感覚がよみがえってきた! 『はてしない物語』(ミヒャエル・エンデ〈上田真而子・佐藤真理子=訳〉/岩波少年文庫)。大の本好きである主人公が、ある日古本屋で運命の一冊に出会い、本の中の世界を滅亡から救うために、壮大な冒険に出かける、という物語。読んでいる間、私は片方の手を握りしめ、ごはんを食べるのも忘れた。心は本の世界の一部になった。読み終えたとき、朝からざあざあ降っていた雨は止み、部屋の外には薄闇が広がっていた。そんな何気ない光景も、物語の中をはるばる旅してきた私の瞳には、どこか懐かしく、優しいものに映った。おかえり、と語りかける声が聞こえた気がした。物語はどんな時も、この世界にあふれているが、そのことに気づけるか、気づけないかで、日々はいかようにも変わるのだと、私はこの本に教えられた。これからどんなに歳をとっても、この本を開けばそこには、冒険がある。そのことが心から嬉しい。
 

男梅雨

 たいていこの本を読み返すのは、心身のエネルギーが不足していると感じたときである。『白いしるし』(西加奈子/新潮文庫)。失恋を繰り返し、恋を遠ざけていた主人公が、一枚の絵に出会った瞬間、強烈に胸をうたれ、その作者に恋をする物語。自分の心と体のすべてで、思い切り恋をする主人公の姿は、少女漫画でよくある、甘くとろけるような恋愛とはかけ離れていて、時に醜く、自分勝手で、苦しい。熱感ある文章に乗せ、主人公の叫びや震えがダイレクトに伝わってくるから、読んでいるうちに自分の体験がよみがえってきて、ひとり号泣した夜もある。でも、この本を読んで、恋をするのが怖いと思ったことは一度もない。その人のすべてをかけて、誰かを好きになることの、「うつくしさ」を、こころいっぱいに感じられるから。涙が激しく降っても、やがてまた、からっと晴れる。前を向いて進もうとする主人公に元気をもらえる一冊。
 

送り梅雨

 わからないことがあれば携帯に聞けば、たいていのことは答えてくれる。暇なときはテレビをつければ、芸人が笑わせてくれる。でも、そんな便利で退屈しない生活に飽きたとき、何をすればいいのか、携帯もテレビも教えてくれない。でもヒントを与えてくれる本ならある。『海からの贈物』(アン・モロウ・リンドバーグ〈吉田健一=訳〉/新潮文庫)。著者は束の間、家族から離れ、離島で暮らしや生き方について語る。私たちが望む、物質的にではなく、精神的に、満たされた生活とは何か。理解するのが難しく、頭を使って読む本なので、なかなか読み終わらないが、この雨がやみ、梅雨が明けるころには読み終わり、すぐに便利さを求める私の心を戒める力となるだろう。
 
 
 

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