いずみスタッフの読書日記 152号


レギュラー企画『読書のいずみ』スタッフの読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。
 
  • 三重大学2年
    内山めぐみ 
    M O R E
  • 北海道大学4年
    大川 陸 
    M O R E
  • 東京外国語大学3年
    服部優花 
    M O R E
  • 東京外国語大学3年
    三宅梨紗子 
    M O R E

 

 

三重大学2年 内山めぐみ

雨音に耳を澄ませるある日の夜

 眠いなぁ、でも、一昨日から読んでいる『さきちゃんたちの夜』(よしもとばなな/新潮文庫)は、どうしても夜に読みたい。著者のよしもとばななさんは「すごくおいしい三時のおやつのような、夜中のコーヒーとチョコレートみたいな、そういう本にしたかったです」と言っている。だから、私もコーヒーとチョコレート3粒を傍らに、色んな「さきちゃん」に会いに行く。
 大人になるにつれて、うまくいくことばかりじゃない。それでも自分なりにまっすぐあり続ける姿は美しい。まっすぐでいいのよ、とさきちゃんは背中を押してくれる、私の心強い味方。
 

キラキラと紫陽花が笑うある日の朝

 ピピピピッ! あぁ……まだお布団に溶けていたい。だけど今日は2コマ目から授業がある。カーテンを開けて、背伸びをする。窓を開くと空気が洗われたように澄んでいる。昨夜、散々大泣きしていたから、空もスッキリしたのかしら。さて、お気に入りのワンピースを着て、大学にいこう。
 電車に揺られる40分間は、私の大事な読書の時間。今日は『きれいな色とことば』(おーなり由子/新潮文庫)を読む。この本はあわただしい日々では忘れがちな、繊細で大切な「感覚たち」が、丁寧に鮮やかに描かれている。
 「季節の変わり目の風が吹くだけで、胸に切ない何かがつき上げてくる時、私の隣に、小さいときの自分や、去年の自分、中学生の時の自分などが立っている気がする」

 あぁ、分かるなぁ。それにしても、ここしばらく疾走してばかりで大切なことを見逃している気がする。もう少し走ったら、ちょっと寄り道してもいいじゃない、きれいなものを探しにいこう。
 

喫茶店で雨宿りをするある日の夕暮れ

 赤い背景に怪しげな顔の三日月がニヤリとこちらを見つめてきた。見つめられた瞬間、これは家に連れて帰るしかないなと思った。まさに一目惚れ! 『変なお茶会』(佐々木マキ/絵本館)、そう、これは絵本だ。
「あんた、大学生にもなって絵本だなんて…」「ノンノン! 見て御覧なさい、この美しい色彩、不思議な世界観。眺めるだけで、楽しくて仕方がありませんでしょう」
 「変な」といえば、私はおしゃれなカフェよりも古くからある喫茶店に魅力を感じる。寡黙なおじさんがマスターならば、なお満点! そんな話をすると、よくわからないねと友達はケラケラ笑う。
 今日は雨降り。少しだけ肌寒いから、ココアを注文して、このおかしな絵本を読もう。そういえば、ここの喫茶店に入るのはもう7回目。帰り際、マスターがニヤリとしてくれた気がした。雨はもう上がった、東の空には——あっ!三日月だ。
 
 
 

 

北海道大学4年 大川 陸

 愛知に用事があったため、私は札幌から飛行機で名古屋へと向かっていた。機内で手に取ったのは推理小説の『天帝のつかわせる御矢』(古野まほろ/幻冬舎文庫)。作者と同名の主人公・古野まほろは親友の柏木とともに寝台特急に乗る。そこにいたのは十二人の乗客たち。貴族に議員に陸軍将校、医師に外交官に社長令嬢、果ては皇族まで。推理小説を謳う以上この後の展開は大体想像がつくが、単に想像がつく通りならわざわざ本にしたりしないだろう。案の定ほどなく乗客の一人が姿を消し、その後その乗客のバラバラ死体が発見される。ここまでは織り込み済みだが、かの有名な寝台特急もの如く乗客全員が犯人というオチなら、何もわざわざ小説にはしないだろう。さあここからが物語だと身を乗り出したところ飛行機は名古屋についてしまう。速すぎる。飛行機って速い! 大慌てで荷物を持ち飛び降りる。

 あ。本、忘れた。

なんてことだ。まだ何も始まっていなかったのに。いきなりしょんぼりである。
 しかし、落ちついて考えてみれば悪いことばかりではない。私が乗ってきた飛行機はそのまま札幌に折り返す飛行機で、忘れた本はこのまま札幌に持って帰ってもらえるはず。もしこの便がブラジル行きだったら、地球の裏側まで運ばれるところだった。危ないところだった。国内便でよかった。よかった。よかったと思わないとやりきれない。
 遺失物センターに手配をお願いしてから、切符を買って市内行きの電車に乗り込み、「五冊の本を持って旅行に出かけた 一冊を飛行機に忘れて 四冊になった」
と口ずさむうちに電車は市内へと動き出す。

 車中で読んだのは『江戸川乱歩傑作選 獣』(桜庭一樹=編/文集文庫)これは「二銭銅貨」「一枚の切符」「D坂の殺人事件」「屋根裏の散歩者」と傑作揃い。「心理試験」が入っていないのが玉に瑕だが、乱歩の作品集の中でも特に好きな傑作選だ。実は江戸川乱歩は3歳から18歳までの幼少期を名古屋で過ごしていた。地下鉄に乗り換え栄駅で下車し、栄から大須まで歩く。この辺りが乱歩がかつて居を構えていた場所だ。道中には乱歩の通った白河尋常小学校跡や横溝正史と共に泊ったかつて大須ホテルだった辺りを通り、大須観音につく。周辺の商店街を歩くとなんとも猥雑とした感じ。ああ、この摩訶不思議な感じはなんとも乱歩の世界観だ。乱歩は自身の作品にこの大須の街を重ねていたのかもしれない。18歳、乱歩は父親の倒産に伴い夜逃げという形で名古屋を去った。生涯で46回引っ越しをした乱歩の放浪癖は父の影響があるのかもしれない。

 さて、明日は『占星術殺人事件』(島田荘司/講談社文庫)に登場した明治村に行ってみるとしよう。
 
 


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