いずみスタッフの 読書日記 168号


レギュラー企画『読書のいずみ』読者スタッフの読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。
 
  • 奈良女子大学3回生
    高木 美沙
    M O R E
  • 東京経済大学3年生
    内田 充俊
    M O R E
  • 京都大学大学院M2
    畠中 美雨
    M O R E
  • 京都大学3回生
    三好 美咲
    M O R E

 

 

奈良女子大学3回生 高木 美沙

6月上旬

 少しずつ蒸し暑くなってきた。しかし、大学の図書館はまだ冷房がついていない。そんな時、地下にある書庫は天国である。半ば駆け足で階段を下りていくと、体を包む空気が少しずつ冷えていった。ちょっと薄暗くて、シーンと静まり返っていて、そこはまるで別世界のよう。ボタンを押すと、ウィーンという機械音とともに通路が開かれた。大学の図書館は学術系の本はたくさんあるものの、私が普段読むフィクションの本は非常に少ない。しかし、文芸誌を開けばそこには無数の物語の世界が広がっている。
 その日私が手にとったのは、『群像』(講談社)の2014年5月号。その中に掲載されている村田沙耶香さんの「殺人出産」(※)を読むことにした。題名が題名なので読むのをためらっていたのだが、気になってはいたのだ。
 物語の舞台は人口が極端に減少した100年後の世界。子供を10人産んだら1人殺してもいいという制度があり、殺人を行う人は「産み人」として崇められる。主人公の姉が「産み人」なのだが、殺人出産制度に反対する主人公の会社の同僚とのやりとりが強烈だった。世界は常に残酷で、自分にとっては優しい世界でも誰かにとっては残酷な世界かもしれない。「かわいそうに。この世界の『被害者』はあなたなのね」という姉のセリフはしばらく頭を離れなかった。衝撃的な設定だが、命を奪ったものは命を産みだす刑に処される方が知的で自然だという説明に、思わず頷いてしまった。「普通」という概念に浸ってボーっと生きてきたが、外から見ればそのこと自体が「普通ではない」のだと気づけた作品。『群像』 2014年 05月号購入はこちら > 『殺人出産』購入はこちら >※「殺人出産」は現在、単行本および文庫判で発売中。
 

7月上旬

 夏は食欲が失せるというが、私の場合は逆である。暑いときこそたくさん食べないとやっていられない。最近よく食べるのが麻婆豆腐。スーパーに売っている麻婆豆腐の素を使えば、パパっと作れて常に美味しくできちゃうのだから最高だ。食べ過ぎて胃が大きくなったのか、3人前をペロリと平らげるようになってしまった自分が怖 い……。
 さて、そんな私の大好きな麻婆豆腐が登場するのが、成田名璃子さんの『東京すみっこごはん レシピノートは永遠に』(光文社文庫)。シリーズもので、この本はその最終巻にあたる。「すみっこごはん」というのは共同台所のことであり、みんなで集まって、くじで選ばれた誰かの手作りご飯を食べる場所。読めば心が温まり、温かいご飯を食べたくなること間違いなし! よし、私も今度は一から麻婆豆腐を作ってみようかなあ。……その「今度」がいつ来るのかは不明だが。『東京すみっこごはん レシピノートは永遠に』購入はこちら >
 
 
 

 

東京経済大学3年生 内田 充俊

皐月『左ききのエレン』

 「天才になれなかったすべての人へ」
 『左ききのエレン』(かっぴー=原作、nifuni=漫画/集英社ジャンプコミックス PLUS)のページを開いて、1ページ目でこの言葉に出会った。この漫画は凡人のために描かれたものだ。なぜならこの漫画は天才になれなかったすべての人へ向けて描かれた書物であるからだ。より具体的に言えば、才能という言葉を掘り下げるために描かれた書物だ。才能に悩み、それでも諦められないときの凡人の苦悩が詰まった一冊だ。『左ききのエレン』購入はこちら >

水無月『世界は贈与でできている』

 都心で電車に乗る。17色が円形にぐるりと配置されたバッチを胸につけたサラリーマンと目にする。SDGsのバッチだ。「誰一人取り残さない」そんなスローガンを掲げるが、具体的に何をすればいいのか判然としない思いに囚われる。どうやら資本主義的な世界とは異なるシステムが重要らしいということしかわからない。『世界は贈与でできている』(近内悠太/NewsPicks)は資本主義的なシステムとは別の、「贈与」というシステムの重要性を紐解いた一冊だ。 『世界は贈与でできている』購入はこちら >

文月『夜行秘密』

 書店を散策していて、「町田そのこさん推薦」という一文を目にして立ち止まった。夏号の『izumi』で、町田そのこさんに『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)についてお話を伺う機会に恵まれた。丁寧だが躰の中に手を突っ込んだかのような、えぐり出すような心情描写が卓越した文章を書く方だった。その町田さんが推薦する本、ということで思わずレジに持って行ったのが『夜行秘密』(カツセマサヒコ/双葉社)だ。実はこの小説は、indigo la Endの曲にインスパイアされて書かれたものだ。クリエイターの主人公の心情描写が丁寧で、最後まで一息に読み通した。読み終わった後は、まるでプールで息を止めて泳ぎ切った後のような清涼感と倦怠感に包まれた。「これは出会いを運命にしたくて、でも後悔にしかできなかった人たちの物語だ。読み終わったいまでも、彼らのいた分岐点で立ち尽くしている私がいる」とは本の帯に踊る町田さんの書評だが、読了後に読み返してみて言い得て妙だと感動した。『夜行秘密』購入はこちら >
 

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