座・対談 @ オンライン
引き算から生まれる面白さ
矢部 太郎さん(芸人・マンガ家)P2



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3. おとうさんは絵本作家

岩田
 作品にも登場されますが、お父様が絵本作家という環境はなかなか珍しいですよね。矢部さんは、お父様が作家だったことでよかったことはありましたか。


矢部
 作家でよかったなということは、やっぱり家に絵本がたくさんあったので、いつでも読めたことですね 。それと、本をすごく大事にしていて「本はいいものだ」という考えがあったので、本をいっぱい買ってもらいました。あとは、父が絵を描いていたので、絵の具とか紙とかも家にいっぱいありました。だから僕も好きに絵を描ける環境にいられたので、それもよかったなと思います 。

岩田
 羨ましいです。逆に困ったことはありましたか。

矢部
 父が絵本を描いて、出来上がったら最初に見せてくれて、それが嬉しいと言えば嬉しいんですけど、感想を聞かれることがあって、それにどう答えたらいいのかわからない時がありました。あとは「ちょっと変えてみたけどどうかな」みたいな感じで前に見せてもらったものを少し直して見せてくれるんですけど、どこが変わったのか分からなかったりすることもあって、それは少し困ったかもしれません。でもそういうことって、今となっては僕もやりがちなんです。楽屋で仲間に見せたりとか友達にLINEで送ったりして、「どっちが良い?」みたいに聞くことがあるんですけど、聞かれた方は初めて見るのでどこがどう変わったかわかりませんよね。だから父と同じことをしているなと思います。

岩田
 描いたものを誰かに見てもらって感想を聞いたりするんですね。

矢部
 はい、します、します。でも、自分の中で「こっちが良い」ってだいたい決まっているので、そっちを選んで欲しいなあって思って聞きますけど。

岩田
 お父様に聞いたりはしないのですか。 矢部 それはしないですね。でも、読んでくれて褒めてくれるので、それは嬉しいんです。父は、「ダメだな」とは、あんまり言わないですね。


岩田
 さきほど、家に本がたくさんあったとおっしゃっていましたが、印象に残っている本はありますか。

矢部
 なんでしょう。『おしいれのぼうけん』(童心社)という絵本かな。押し入れに閉じ込められたらその奥からねずみおばあさんが出てきて怖い体験をする、みたいな話だったと思うんですけど、絵もちょっと怖くて、押入れがすごいトラウマになりましたね 。でもそれはすごく好きでした。

岩田
 私もその絵本は好きで、「押し入れ、いいな」と思っていました。

矢部
 押し入れって、怖くないですか。

岩田
 うちは押し入れがなくて。でも祖父母の家にはあるので、昔はその本を読んでから押し入れをガラッと開けて「楽しいな」って思っていました。

矢部
 なるほど、そうか、押入れが身近じゃない世代っていうことにちょっと衝撃を受けています(笑)。僕は家に押入れがあったから、入ったら怖いなあっていう感じで読んでいましたね。

岩田
 それでは、お父様が描いた絵本の中でお気に入りの作品はありますか。

矢部
 紙芝居でもいいですか。父は紙芝居も描いていて、いまここに『ぼくのタガメ』(童心社)という紙芝居があるんですが、これはすごくいいなと思います。タガメって水に住んでいる虫で、それを水族館で見てカッコいいなと思っていた男の子が、水族館で水槽から飛び出て来ちゃったタガメを家に持ち帰って飼うんです。でもお兄ちゃんに見つかって「返してきなさい」って言われるんだけど、「いやだ」って喧嘩しちゃって、それをお母さんに見つかって二人とも押入れに閉じ込められちゃうんですね。 また押し入れが出てきましたね(笑)。こういう風に使っていたんです、押入れって、昔。それで閉じ込められた押し入れの中のすごく静かな空間──真っ暗な場面でお兄ちゃんと話して、仲直りをして、最後はタガメを返しに行くっていう話なんですけど、これを作っていた時の父のこともすごく覚えていています。

岩田
 読みたくなりました。

矢部
 絵もすごくいいんですよ。紙芝居もセリフが無いですね。まあそりゃそうか。漫画じゃないから。紙芝居はやっぱりめくった時のインパクトだと思うんですよね。一枚一枚、「次はどんな絵が来るんだろう」みたいなことで、これは虫のアップで、次は水族館の引きの絵で、といったように、緩急で見せてくるので、そういうところはもしかしたら自分の作品も父の影響を受けているかもしれませんね。

 

 

4. お笑い芸人として

岩田
 次はお笑いに関することをお聞きします。面白いネタというのは、お笑いにしても漫画にしてもどういう所から発掘するのですか。自然に思いつくものなのですか。

矢部
 そんなことは無いです。お笑いの時には──今はコンビでネタはやってなくて新喜劇みたいなものに出ているんですが─台本が用意されているので、自分の出番のときに何かネタというかギャグみたいなものをやるという感じで、それは、今までの先輩がやっていたものを思い出して、自分の形を考えます。コンビでネタを考えるときも、他の人がやっていたものと同じものをやるのはダメなので、同様に今までの作品の歴史を踏まえて、考えて作ります。自然に出てきたものをそのままやったら、多分同じものを作っちゃうかもしれないから。

岩田
 新しさという部分は意識されているのですか、やっぱり。

矢部
 お笑いの場合は、人と同じというのがダメなので、まあ、そうですね。漫画ネタの場合は、父がやっていたこととか、父が書いていた絵日記をもとに描いていたりするし、前回も大家さんがおっしゃっていたこととか、大家さんと過ごしたことを思い出して描いているので、ネタを作っているというよりは記憶の中から発想しているかもしれないです。

岩田
 ネタをつくるときは、自分が面白いと思うことを一番に考えているのですか。それともお客さんを意識して、お客さんが欲しがっていることを計算して入れていくという感じでしょうか。どちらに近いですか。

矢部
 自分が面白いと思うもの、だと思います。でもお笑いだったら織り交ぜることもあると思います。お客さんが目の前にいるときに、例えばなんですけど、名古屋に行った時には名古屋の話題から始めるかもしれないですよね。それはたぶん、お客さんのことも考えてますもんね。だけど自分が面白いと思うこともお客さんの欲しがっていることと重なるところがあると思ってやっているのかもしれないです。重なって無いかもしれないけど。

岩田
 昔読んだ『バクマン。』という、これは主人公ふたりが漫画家を目指すという漫画作品があるんですけど、その中で二人は読者に求められているものを計算して漫画を描いていくのですが、一方で二人のライバルになる漫画家は自分の面白いものと読者の面白いものが完全にマッチしていて思いつくままに描いていくんですね。矢部さんはどちらのタイプに近いと思われますか。

矢部
 どうでしょう。僕はそこまでプロフェッショナルだと言える自信がないですけど、僕の場合は、どちらか一方というよりは両方あるかもしれない。それはやっぱり芸人で舞台に立っているということが大きいかもしれないです。お客さんにやっぱり伝わってほしいなあっていう気持ちはあるので。


岩田
 お笑い芸人になるというのは、一般的企業に就職するのと違って勇気が必要だったと思うんですけど、お笑い芸人になろうというのはいつごろから計画されていたのですか。

矢部
 僕自身はもともと「お笑い芸人になるぞ」と決めていたわけではないんです。高校の文化祭のときにお笑いをやってみたらすごく面白くて、大学生になって、大学に通いながら月に1、2回くらいのペースで吉本の舞台に立っていたのが、だんだん増えて、「仕事」とまではいかないけど月3、4回に増えてきて……という感じだったので、ラッキーだったなっていう感じのほうが大きいですね。

岩田
 お笑いの仕事がだんだんメインになってきたとき、家族から反対されたりすることはなかったのですか。

矢部
 僕は特殊だと思うんですけど、父自身も好きなことをやっていたので、反対はなかったですね。もともと大学に入ったのも、大学生の間にやりたいことが見つかったらいいなあっていう気持ちがあったので、見つかってよかったなと思っています。

岩田
 家族がおおらかで、とても羨ましいです。

 

 

5. 矢部さんと、本のはなし

岩田
 先日、NHK Eテレの番組「趣味どきっ!」に矢部さんがご出演されているのを拝見しましたが、お部屋には結構積読している本がありましたね。あの積読された本の中で、これから特に読みたいものはどんな本ですか。

矢部
 そうですね、積読のなかで早く読みたいなあと思っているものは、エイドリアン・トミネ(Adrian Tomine)というアメリカの漫画家の作品です。アメコミみたいなアクションものじゃなくて、もうちょっと文学っぽいというか、淡々とした漫画を描く人なんですけど、すごく好きでその人の新作だと思ってネットで買ったら英語版だったんですね。まだ日本語訳が出てなかったんです。これを凄く読みたいのですが、スマホの自動翻訳アプリを使ってみても意味がまだわかりきらないので、時間ができたらじっくり読みたいなと思っています。

岩田
 その本はどんな内容の作品ですか。

矢部
 これは、The Loneliness of the Long-Distance Cartoonistというタイトルなんですが、「The Lonliness」って孤独という意味だから、たぶん漫画家の孤独みたいなもの、自伝的な内容だと思います。1982年のこととか2015年のこととか年代別になっているから、小学校や中学校時代の話とか、だんだん漫画を描くようになってからのこととか。本がモレスキンのノートみたいにゴムのバンドが付いていて、中も方眼のマス目の上に漫画が描かれているというような凝った装丁で、すごくいいんですよね。かわいいし、おしゃれな感じで。今は、これをまず読みたいなと思っています。
  この人の既刊には邦訳されている漫画もいろいろあって、すごく好きです。

岩田
 最近読んだ本の中ではいかがですか?

矢部
 最近読んだのは、ちばてつやさん、『あしたのジョー』などの漫画を描いている方で今でも現役で漫画を描き続けているんですが、そのちばさんの追想短編集です(『あしあと ちばてつや追想短編集』)。ここには昔の事を思い出して描かれた漫画がたくさん載っていて、僕が一番印象に残ったのは、「赤い虫」というお話です。ちばさんはボクシングとかゴルフとか相撲の『のたり松太郎』といったスポーツ漫画をいっぱい描いているイメージがありますよね。「赤い虫」は、若いころに初めて野球の漫画を描くことになった時のエピソードなんですが、最初は全然描けなくて、ストレスで毎晩背中に赤い虫がいるような妄想に襲われて眠れなかったそうなんです。描くのは野球の漫画なんですけど、ちばさんご自身は全く野球をやったことがなかった。でも、初めてキャッチボールをして遊んだらすごい汗をかいて気持ちよくて、その日から眠れるようになって漫画も描けたそうなんです。それで、どんなに忙しくても一日一回汗をかくと、すっきりしていいよという話でした。
 ちば先生が今でも現役で描いているのって、こういうことなのかなと思いました。体力は大事で、すっきりと汗を流すって大切なことなんじゃないのかなと思ったんです。今ね、なんか、こう、家で配信のものを見たりとか漫画を描いたりとかしていて、すごくストレスが溜まっているじゃないですか。そんな中で汗をかくって大事だなあというすごく普通のこと、ちば先生みたいに現役でお笑いでも漫画でも続けていくにはこれだっていうことを教えてもらった気がします。

岩田
 今のお話を聞いて、読みたくなりました。私は最近進学の準備ばかりで、汗をかくのは暑いときくらいにしかなかったので、ちゃんとスポーツをしなければいけませんね。

矢部
 そうだと思いますね。歩くとかでもいいと思うんですけど、運動して汗をかくっていいですよね。

岩田
 私もそういうことを思い出しました。今日はありがとうございました。

 
(収録日:2021年7月27日)
 
  • Adrian Tomine
    The Loneliness of the Long-Distance Cartoonist
    Faber & Faber/
    定価3,213円(税込)購入はこちら >
  • ちばてつや
    『あしあと ちばてつや追想短編集』
    小学館/
    定価1,650円(税込)購入はこちら >

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新潮社/定価1,265円(税込)

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当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。
 
大学生協ホームページ
 
 

対談を終えて

岩田 恵実
どんな質問にも丁寧に回答していただけて嬉しかったです。お話しする中で矢部さんの誠実で優しいお人柄が伝わってきました。インタビューでは漫画の描き方やお笑いのネタ作りについてのお話が印象的です。また、「笑い」はまず息を吸って吐くときに起きる、というお話は非常に興味深かったです。辛いことがあったときは深呼吸でたくさん息を吐いて肩の力を抜けるようにしたいと思います。貴重なお時間ありがとうございました!


 
P r o f i l e

写真提供 新潮社

矢部 太郎(やべ・たろう)
1977年生まれ。 芸人・マンガ家。
1997年に「カラテカ」を結成。芸人としてだけでなく、舞台やドラマ、映画で俳優としても活躍している。初めて描いた漫画『大家さんと僕』で第22回手塚治虫文化賞短編賞を受賞。
その他の著書に、『大家さんと僕これから』『「大家さんと僕」と僕』(共著)がある。最新刊は『ぼくのお父さん』(いずれも新潮社)。
 
 

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