いずみスタッフの 読書日記 169号


レギュラー企画『読書のいずみ』読者スタッフの読書エッセイ。本と過ごす日々を綴ります。
 
  • お茶の水女子大学大学院
    木村 真央
    M O R E
  • 京都大学4回生
    徳岡 柚月
    M O R E
  • 京都大学2回生
    齊藤 ゆずか
    M O R E
  • 名古屋大学大学院
    瀬野 日向子
    M O R E

 

 

お茶の水女子大学大学院 木村 真央

9月某日

 レンジが燃えた。ここ数日お菓子作りにハマっていてこの日はスコーンを朝から作って食べようとしていた。レシピには180℃のオーブンで10分と書いてあったが、ちょっと横着な気持ちが芽生えて、生地をラップでぐるぐるに巻いてレンジのお世話になることにした。焼いている間にちょっと洗い物、と目を離した隙にむせ返るような焦げ臭さを感じ、さっと部屋に戻るとレンジが見たことのない黄色い煙をピーっと噴き出していた。焦ってレンジの扉を開けるとバチンと火花が散り、脊髄反射でバタンと扉を閉めた。恥ずかしながら、当時床にレンジを置いており、布団もカーテンも半径5ミリ以内にあったのに奇跡的に引火せず一命を取り留めた。大袈裟に聞こえるかもしれないが、一人暮らしで煙とか火花に出会うと人生までも見つめ直したくなる。この日の夜、もしも火事に遭ったらいつか読もうとワクワクしていた本も灰になるかもしれないと夜な夜な本棚の整理をした。その中にお菓子作りに夢中になってすぐ買った『味・香り 「こつ」の科学』(川崎寛也/柴田書店)が見つかった。「味覚は何のためにあるの?」という誰もが一度は疑問に思ったことが載っている、理論オタクの私にはもってこいの一冊である。「何でもレンジのお世話になるな」という一文は載っていなかったが、独りよがりクッキングはしばらくやめておこうと肝に銘じた。 『味・香り 「こつ」の科学』購入はこちら >
 

10月某日

 街の至る所で「今年は秋がなかった」という声を聞く。3密に続く新しい合言葉のようで何だか面白いと思うのは私だけだろうか。これも私だけだろうかと思うのは小説よりエッセイばかり読んでしまうところである。今月のお気に入りは森鴎外の娘、森茉莉さんの『記憶の絵』(ちくま文庫)と瀬尾まいこさんの『ありがとう、さようなら』(角川文庫)の二冊である。彼女たちには共通点がある。「食べることに熱心」なのだ。森さんは牛の血を固めた薬までも「食レポ」するし、瀬尾さんは教員としての意地をかけた給食の鯖との戦いを文字にしてしまうのだ。私は食べることが嫌いで葉緑体を獲得しようと高校の先生に止められるまで本気で考えていた。実はそのままで食べられるチョコレートを何故一度溶かしてまた固めるのか不思議に思っていたが、最近料理をするようになって、そうした食べ物へのこだわりに共感できるようになった。人生で食事できる回数はあと何回あるだろうか。修理交換してもらったピカピカのレンジで今日も「丁寧なご飯」を作ろう。
 
 

 

京都大学4回生 徳岡 柚月

9月の終わり (自主的)夏休み期間

 9月は大学生にとっては夏休みである。しかし研究室に所属している4回生、特に実験を行なう理系学生にとって、夏休みの存在は陽炎のように曖昧だ。8月下旬の大学院入試に向けての勉強により、しばらく研究を疎かにしていたことも相まって、9月はなるたけわが愛しの実験対象の菌たちと向き合った。しかし、9月も終わりにさしかかる頃、ふと「このままでいいのか?」という声が聞こえた。このまま「夏休み」を終えてしまっていいのか、と。大学院、社会人、と進むにつれ、ますます夏休みは遠い存在となる。ああ、大好きな夏休み!
 せめて最後に熱く抱擁を交わしてから別れを告げたい!かくして私は9月最後の数日間、自主的に夏休みを取ることを決意した。
 愛する夏休みとの最後かもしれない時間。どう過ごすべきか。日常の場から離れた旅先でこれまでの幸せな時間を振り返るのもステキだが、身体ごと旅にでるのは今のご時世では少しばかりムツカシイ。ならば旅先を本の世界にしよう。それもとびきり楽しく、少しノスタルジックで、どこか別の世界にいるような、またはつれていかれそうな不思議な妖しさをも秘めた、まさに「夏休み」のような場所へ。
熱帯』(森見登美彦/文春文庫)。そこが私が選んだ旅先だ。奈良、京都、東京といった馴染み深い場所から、『千一夜物語』、そして『熱帯』とさまざまな世界を縦横無尽に飛び回る。いや、というよりも全てが入り乱れているような……。『熱帯』とはなんなのか。「佐山尚一」とは誰なのか。そして今生きている「世界」、慣れ親しんでいるはずのこの「世界」とはなんなのか。これらの問いの答えは、今の私には、砂漠の蜃気楼のように、儚くぼやけている。
「正解」を見つけることは一生かけてもできないだろう。きっと人間には認知できないものだから。それでも、自分の中での「答え」を出すことはできる。生涯追い求めることのできる問いに出会えた。最高の「夏休み」の締めくくりになった。 『熱帯』購入はこちら >
 

10月初頭 (自主的)夏休み明け

 10月に入り、(自主的)夏休みは終わったが、「本の世界での旅」の熱はさめぬまま。そこで、少し趣向を変えた「旅」に出ることにした。『ハリー・ポッターへの旅〜イギリス&物語探訪ガイド』(MOE編集部+山内史子/白泉社)だ。物語に関わるイギリスの様々な場所が写真やイラスト付きで紹介されている、とても美しく、ハリポタ愛に溢れた本である。う〜ん、やっぱり身体も一緒の旅もいいなぁ。 『ハリー・ポッターへの旅〜イギリス&物語探訪ガイド』購入はこちら >
 
 

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