座・対談 @ オンライン
新しい作風への挑戦
~『はじめての』(水鈴社)刊行記念 座談会~
森 絵都さん(小説家)

 



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1.『はじめての』のこと

直木賞作家×YOASOBI
書き下ろし小説楽曲化プロジェクト
https://www.yoasobi-music.jp/hajimeteno/

島本理生/辻村深月/宮部みゆき/森絵都
『はじめての』
水鈴社/定価1,760円(税込) 購入はこちら >


永井
 今回『はじめての』の企画に参加されることになった経緯を教えてください。


 通常の仕事と同じです。編集者の方から「YOASOBIさんに曲にしてもらう企画があるのでアンソロジーを作りますが、どうですか」とお誘いいただいて。面白そうだと思ってお受けした次第です。

永井
 普段の執筆と違うところはありましたか。


 アンソロジーで「はじめての」というお題があるので、他の作家さんと内容が被らない方がいいのかなというのがありました。筋が似たような話にならないようにというのは心掛けました。

齊藤
 「はじめての」というテーマを聞いたとき、どのように思われましたか。
 


 私にとって「はじめての」というテーマは初めてのお題だったので、せっかくなら、自分にとっても何か初めてのテーマやモチーフに挑戦したいという気持ちになりました。
 


永井
 なぜ「告白」というテーマを選ばれたのでしょうか。


 アンソロジーのお話をいただいたときに、瞬間的に片想いの話が描きたいと思ったんです。それも、長い片想いの話にしたいと。ただ、島本理生さんがそのときにもう「はじめて人を好きになったとき」というテーマで書かれると伺っていたので、「好き」という部分にフォーカスしてしまうと似てしまうかなと思って、違った切り口で片想いを描けないかなと思ったんです。そして「告白」という部分にフォーカスしたらどうだろうと思って、そこに向かっていきました。

 

北田
 今回アンソロジーに参加されている島本理生さん、辻村深月さん、宮部みゆきさんの作品についてはどのような印象を持たれましたか。
 


 結構驚いたんです。私が新しい何かに挑戦したいと思ったように、きっと他のみなさんもそう思ったんじゃないかなと思いました。みなさん、これまで読んだことがないような新しい作風というか「こういう作品を描くんだ」という新しいカラーを感じました。もちろんベースになっているそれぞれの持ち味はしっかり生きていて、その上で何かチャレンジみたいなものが見えて、とても面白かったです。

徳岡
 森さんがタイムトラベルを設定に用いられているように、他の作家さんも少し日常と離れた設定を取り入れられていますが、偶然なのでしょうか。


 偶然だと思います。内容については全くお互いに知らされていなかったので。それぞれが新しいことに挑戦する上で、何か模索して、新しい世界を開拓されたのではないかと思います。


川柳
 未来や過去のお話が出てきたと思いますが、「この出来事がなかったら人生変わっていた」と思うようなことはありますか。


 私は学生時代全然勉強しない人で、小学4年生から高校3年生まで本当に勉強しなかったんです。高校を卒業して、最初大学に入る学力もなかったし就職もしたくなかったので、専門学校に行って児童文学の勉強をして、作家になりました。でも自分が遊び呆けてきた分、作家としての足場が緩いような気がしていたんです。それで作家になってから受験勉強をはじめて、31歳で早稲田大学の二部を受験しました。作家をしながら夜間の大学に4年間通ったんですが、めちゃくちゃ大変でした。小説を書きながらレポートを書いたり、試験勉強をしたり。もしも学生時代にちゃんと勉強をしていたらあんな苦労しなかったなと思います。でも、そうしたら作家にならなかったかもしれないというのもあるんです。学生時代に勉強をしていたら、もっと違う職業を選んでいたような気がします。例えば、海外が好きなので国際的な仕事に目が向いていたかもしれません。なので、結果的にはこれで良かったのかもしれないし、戻りたいとは思いませんが、でももう少しまともに勉強しておけば良かったなとは思います。

川柳
 森さんの知らなかった一面をお聞きできて嬉しいです。


齊藤
 『はじめての』は小説から音楽をつくるという企画でしたが、音楽になることを意識して執筆されましたか。それとも、あまり意識せずに執筆されたのでしょうか。


 あまり意識はしませんでした。音楽にしてくれると言っても、作られた曲はAyaseさんの作品なので。私は私の小説をしっかり書いて、そうすればきっと、AyaseさんはAyaseさんで仕事をしてくださると思っていたので。でも書いている間、YOASOBIの曲をよく聴いていたので、ikuraさんの透明感のある歌声というのは、ずっとどこか自分の頭の中にはありました。

 

 

2.「ヒカリノタネ」創作秘話

川柳
 「ヒカリノタネ」では、柿ピーの種を植えるのが面白いと思いました。『クラスメイツ〈後期〉』の「バレンタインのイヴ」でも、レイミーがカップチョコに柿の種をトッピングしていて、もしかして森さんは柿の種がお好きなのかなと思ったのですがどうでしょうか。また、柿の種のアイデアは、どこから思いつかれましたか。
 


 確かに柿の種、よく出てきますね。私自身甘党ではなく辛党なので、柿の種はもちろん好きです。「ヒカリノタネ」で柿の種を植えるというエピソードは、高校の頃似たようなエピソードがあって。友達がお弁当に柿を持ってきていたんですが、そのタネを植えてみようという話になったんです。理科室からプランターを借りてきて花壇の土を入れて、柿のタネを植えて。それを教室のベランダに置いて、育てていました。結局芽は出なかったんですが、楽しい思い出ですね。それが頭にあって、そこから柿の種のエピソードが生まれました。

川柳
 私も小学生のときにドングリを植えたりしていました。そういう思い出ってみなさんあると思うので、そういうのを思い出すことができて面白いと思いました。


瀬野
 「ヒカリノタネ」というタイトルがとても素敵だと思いました。このタイトルの理由と、込められた意味を教えてください。


 実は書きながらずっとタイトルで迷っていたんです。今回は最初からタイトルが決まっていたわけではなかったので。そんな中、最後の方の花壇のシーンで「光の種」という言葉が出てきたときに「この言葉良いな、この小説ってこういうことなんじゃないかな」と思ってタイトルにしました。最初は漢字のままにしようと思ったんですが、カタカナの方が面白い感じになるんじゃないかと思って「ヒカリノタネ」になりました。

瀬野
 お話を書く中でタイトルを決めていくこともあるんですね。


 あります。結構そういうケースも多いです。最初からぱっとタイトルが決まることもありますが、全部書き終わってからタイトルに悩むことも結構多いです。

 

齊藤
 小説を書くときには、どういうところからアイデアを得るんでしょうか。また、かなり構想を練ってから書いているのか、インスピレーションを頼りに物語を構成されているのか、どちらの描き方をされていますか。
 


 インスピレーションはすごく必要だと思っています。もちろん頭で考えて組み立てることもあるんですけど、そこに何か偶然の作用が加わったときに、小説は光を持つんですよね。なので、両方必要です。インスピレーションだけでもだめだし、頭で考えるだけでもだめで。このふたつがふっと合致する瞬間があって、そのときに書きごたえがある小説になるんじゃないかと思います。

齊藤
 「ヒカリノタネ」ではどこからインスピレーションを得ましたか。


 「ヒカリノタネ」では、「告白」というテーマに決めて、それから「タイムスリップ」という要素を入れたいと思ったんです。そしてそのふたつをどう結びつけるか考えたときに「告白を取り消しに行くのはどうだろう」と、ふっと浮かんだです。その瞬間に、これはできると思いました。あと大事なのは、どこの過去に戻るのかというエピソードです。そこは頭で考える部分ですね。それで言うと、「告白を取り消す」が最初のインスピレーションでした。

齊藤
 ありがとうございます。どのように作家さんが物語を作られているのか興味があったので、参考になりました。


徳岡
 私は遠心力と戦うシーンがすごく好きです。そういう子供ならではの突飛で豊かな発想はどのように生み出しているんですか。


 例えば人物を書くときに、言葉で「この人はこういう人です」と説明するのは、小説としてはあまり良くないので、行動や描写、エピソードで表します。人物を書くときは常に「この子だったらどんな行動をとるんだろう」と考えます。今回の椎太だったらどんなエピソードが効果的だろうと考えて、遠心力との戦いが生まれました。ベースには、昔から私の中にある「男の子のイメージ」があります。小学校のときに仲が良かった男の子からきているんですが、その子のことを思うたび、不器用すぎて角が曲がれないイメージが私の中に浮かんでくるんです。椎太は負けん気が強くて戦うために曲がれないのでちょっと違うんですが、でもどこかで重なって、あのエピソードが生まれたんだと思います。


齊藤
 森さんの作品には、「ヒカリノタネ」や、『ラン』や『カラフル』、『カザアナ』など、ちょっと不思議なことが起こる物語が色々ありますが「ちょっと不思議なこと」を物語に入れるのはどのような思いからなのでしょうか。


 不思議な要素を取り入れるのは、『カラフル』を書いたときに、人間社会の中に異質な存在が入り込むことで、人間関係や世界がゆるむというか、風通しがよくなる感じが実感としてあったからです。昔の人が妖怪や不思議な存在を考えたのは、人間だけで生きていると苦しくなってしまう中、風通しを良くするためなのかなと思います。『カラフル』で書いてから不思議な存在を意識的に放り込んで、風通しを良くするようになりましたね。

齊藤
 『カラフル』がきっかけだったんですね。


 そうですね。頭で考えたわけではないんですが、書いていてプラプラという天使が入り込んだだけで、小説世界がふっとゆるんだんですよね。その実感みたいなのを今でも持ち続けています。

齊藤
 そうなんですね。読後感として「読んだ人に人間社会の生きづらさから、ふっと力をゆるめてほしい」みたいな、こういう気持ちになってほしいというのはありますか。


 やっぱり、ちょっと楽になってほしいというのはありますね。本を読むことって、自分自身からしばらく離れられることなので。何かに悩んでいるときって、本質は自分が自分であることだと思います。自分のことで頭がいっぱいになっているというか。そんなときに、ふっと本を読んだり他の人のストーリーに入り込んだりすることで、自分から離れられる。それによって楽になってほしいという気持ちはあります。

齊藤
 本を読むことで救われた経験があるので、納得しました。


 
 
P r o f i l e

撮影:澁谷征司

森 絵都(もり・えと)
1968年東京都生まれ。1991年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。同作品で椋鳩十児童文学賞、1995年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、1998年『つきのふね』で野間児童文芸賞、1999年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、2006年『風に舞いあがるビニールシート』で直木三十五賞、2017年『みかづき』で中央公論文芸賞を受賞。他の著書に『永遠の出口』『ラン』など多数。絵本・児童文学から大人向けの作品まで、愛とユーモアに溢れる筆致で幅広い世代に親しまれている。

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