座・対談 @ オンライン
新しい作風への挑戦
~『はじめての』(水鈴社)刊行記念 座談会~
森 絵都さん(小説家) P2



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3. 家族と恋愛

瀬野
 森さんの作品には、家族との関係が描かれているものがたくさんある印象があります。森さんにとって家族はどんな存在ですか。
 


 やっぱり人間関係のベースは家族だと思います。一番そばにいる人たちが家族ですよね。私はどちらかというと血のつながりはあまり重視しない方なので、血のつながりとかよりは毎日顔を合わせることで人は家族になっていくんだと思います。小説でもベースになるのは家族かなと思っています。特に10代や子どもの本を描くときには、どうしても両親の存在が重要になってきます。私の本の中に家族が出てくるのは、それも大きな理由かなと思います。

 

永井
 森さんの作品には「ヒカリノタネ」はもちろん、恋愛が出てくる物語が色々ありますが、今まで小説で書いた中で理想的な恋愛はありますか。
 


 確かに恋愛を書いてはいますが、今まであまり良い恋愛って書いた記憶がないですね(笑)。でも『永遠の出口』で、ほのかな高校生ならではの恋愛というか、かみ合わなくてすれ違う感じが、決して良い恋愛ではないかもしれないけど、自分の中で印象に残っています。

齊藤
 『永遠の出口』……好きです。自分にとっては経験したことがない時代の話のはずなのに、わかるなと思う部分がたくさんあって。森さんご自身の経験が入っていたりはしますか。


 私はあまり自分の経験を参考にしない方ですが『永遠の出口』に限っては、結構入っています。意識的にみんなが共通して経験しているようなことを、自分の記憶からたどって書いたんです。私の小説の中で、一番自分の経験が入っている作品ですね。

 

 

4. 物語を書くこと

川柳
 作家になろうと思ったのは元々本がお好きだったからですか。


 実はどちらかというと読むより書く方が好きでした。勉強しなかった間、本もほとんど読まなかったんです。小学3年生までは結構読んでいたんですけど、4年生からは外で遊ぶ子になってしまったので。高校3年生のときにまわりのみんながバタバタと進路を決めていく中で自分の将来が思いつかなくて焦っていたときに「自分が長く続けられることはなんだろう」と考えるようになりました。そうしたら小学生のときから書くことが好きだったことに気づいて「書く仕事だったら長く続けられるかもしれない」と思って、児童文学の専門学校に行きました。そこからは、かなりたくさん本を読みましたね。

永井
 作家になろうと思ったとき、なぜ児童文学というジャンルを選ばれたのですか。


 進路を決めたとき、大人に向かって何か書きたいとか、大人に読んでほしいという気持ちが全くなかったんです。自分と同世代や若い人に向かって、自分が肌で感じてきたことを書きたいと思っていました。まだ自分が若かったというのが最大の理由だとも思います。

 

徳岡
 森さんは色々な小説を書かれていますが、それぞれの作品で雰囲気が違って、多彩さがすごいなと思います。森さんのように多彩な文章を書くにはどうしたら良いでしょうか。アドバイスがあればお聞きしたいです。


 物語はひとつひとつが全く別の宇宙のようなものだと思っていて。同じ言葉では、それぞれの宇宙をとらえきることはできないと思います。なのでまず文体を考えます。そこに時間がかかりますね。それが決まるとスムーズに書けたりします。なので、書き始める前にまずどんな文体で書くか考えると良いと思います。私は、実は最初の2冊を書いたあとスランプに陥ってしまって。今だから思うのが、たぶん自分の文章に飽きていたんだと思います。私は自分が書くものに飽きるとスランプに陥ってしまうんだということが後々分かりました。それからは、スランプにならないために意識的に全然違うものを書くようにしています。書くたびに新しい世界観を探す、ということをしていますね。


徳岡
 新しい文体を見つけるためには、たくさんの本に触れたりして勉強されているのですか。


 いろいろな本に触れるのは基本です。いろいろな作家さんがいろいろな書き方をされていて、勉強になります。言葉ってインプットしていかないと枯れてしまうので、自分の中にたくさんの言葉をたくわえておくために、読書は必要です。自分の頭で考えた言葉には限りがあるので、たくさん本を読んだ方が良いと思います。

徳岡
 ありがとうございます。勉強になりました。


川柳
 森さんの小説には、結構方言が出てくるように思いますが、どうやって書いているんですか。


 割と意識的に方言を取り込んでいます。というのも、日本は広いし色々な言葉があるのに標準語だけで成り立っているのはもったいないからです。少し方言が入ることで広がりが出てきます。でも難しいですよね。『この女』を書いたときに関西弁の主人公を登場させたんですが、当時は関西弁の本を読んだり漫才を聴いたりして、関西弁を学びました。主人公がぺらぺらしゃべりだすまでに、すごく時間がかかりましたね。ただ、あのとき自分の中で関西弁をマスターした感じがあって、それ以降は割と関西弁を使いたいときに使えるようになりました。『カザアナ』でも博多弁を出したりして。苦労しつつも言葉をひとつひとつ獲得していくことは、小説の世界を広げる上で有効だと思います。

川柳
 方言を使う小説っていいなと改めて思いました。


 

 

5. 森さんと、「本」のはなし

瀬野
 大学生におすすめの本はありますか。


 やっぱり好きな本を紹介したくなってしまうんですけど、私が一番読み返しているのは武田百合子さんの『富士日記』(中公文庫)です。日記なんですけど、とても面白い。日々の何気ない生活と、生活の中で触れ合う普通の人々との日常を淡々と描いている作品です。人間の見方や、それを表現する言葉の力が素晴らしくて、元気がないときに読み返すと元気が出ます。武田百合子さんは生命力が強い方だと思いますね。短編集だと『トーベ・ヤンソン短篇集黒と白』(ちくま文庫)がおすすめです。文章力が素晴らしくて読むと勉強になるし、面白いです。短編を読んでみようかなと思ったときに試してみてください。

齊藤
 どんなジャンルの本を読むのがお好きですか。


 なんでも読みます。長編も短編も好きですし、ノンフィクションも好きです。広くあらゆるジャンルを読みます。ただ、小説を書く仕事をしているとたくさん資料を読まないといけないので、好きな本を好きなように読むというのは、最近はできにくくなっています。どうしても仕事絡みの本を読むことが多くなってしまいますね。自由に本を読みたいなと思ったりしています。


北田
 森さんが2022年に新たに挑戦したいことはありますか。


 春頃から新しい長編小説の連載を始める予定です。今まで戦争って書いたことがないんですが、今回は直接的ではないものの、戦争に関わる話です。それが私にとって初めての挑戦になると思っています。

北田
 楽しみにしています。
 それでは、最後に大学生へメッセージをお願いします。


 大学生のみなさんとても忙しいと思いますが、ちょっと読書をすることで自分自身からふっと離れる経験ができるので、ぜひ私の本に限らずいろいろな方の本を手に取ってみていただきたいです。あと本をたくさん読んでいる方って、余裕があるような気がします。読書経験がみなさん自身の経験のように役立って余裕や落ち着きが生まれていると思うので、読書から色々なことを吸い取っていただけたらと思います。

全員
 本日はありがとうございました。

 
(収録日:2022年2月10日)
 

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対談を終えて

瀬野 日向子(せの・ひなこ)
 作家さんとお話しするのは初めての経験で非常に緊張しましたが、『はじめての』の制作に関することから森さんご自身のことまで、どのような質問にも丁寧に回答してくださり、時間が経つのがあっという間でした。お話を聞いて、森さんの作品をじっくりと読みたくなりました。森さんにおすすめしていただいた本は、インタビュー終了後すぐに用意し、早速読んでいます。この度は貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。


永井 はるか(ながい・はるか)
 森絵都さんの作品は、『アーモンド入りチョコレートのワルツ』を小学校の国語のテストの問題文で読んで感動してから、ずっと読み続けてきました。今回お話しできてとても嬉しかったです! 座談会を通して、森さんは、お茶目で人と関わることが好きで、周りの人をとても大事にされる方だなと感じました。他の大学生の方々と一緒にインタビューしたことも新鮮で、自分とは全く異なる視点での質問が多く、大変勉強になりました。インタビューの機会をありがとうございました。


徳岡 柚月(とくおか・ゆずき)
 森さんのご作品の登場人物や言葉たちに、前に踏み出せたり、人と関わっていく勇気をたくさんいただいたりしてきたので、森さんとお話しできて本当にうれしかったです。どんな質問にも、丁寧に、あたたかく答えてくださり、とても勉強になりました。いただいた言葉を胸に、がんばっていきます! また、森さんファンのみなさんのお話をきくのも、新たな切り口から物語を見られたり、うんうん、と共感したり、とても楽しかったです! この度は貴重な機会をいただき本当にありがとうございました。


北田 あみ(きただ・あみ)
 森さんは小説で誰かを「少しでも救えたらいい」とお話しされていましたが、私はまさに森さんの物語に救われた経験があります。だからこそ「沢山勉強をしていたら小説家にはならなかったかもしれない」というお話を聞き、森さんが沢山勉強していなくて良かった、とさえ思ってしまいました。『はじめての』についてはもちろん、小説の裏話や家族観についてのお話も盛り沢山で、森さんの知られざる魅力を存分に感じることができました!


川柳 琴美(かわやなぎ・ことみ)
 「はじめての」インタビューだったので緊張していましたが、森さんがとても優しく接してくださり、質問はもちろん、作品との思い出についても伝えることができました。インタビューのことを思い出すたびに、胸が温かくなります。特に、作品を通して読者の気持ちが少しでも楽になったら嬉しいとお話しされていたのが印象的です。貴重な経験をさせてくださった森さん、水鈴社の皆さん、本当にありがとうございました。


齊藤 ゆずか(さいとう・ゆずか)
 読んだ人の心を軽くし、世界を広げたいという森さんの思いが印象に残りました。私が森さんの本を読んで幸せな気持ちになるのは、その思いを確かに受け取っているからだと実感しました。温かいまなざしと、新しいものに挑戦する気持ちを兼ね備えているからこそ、時代が変わっても共感できる子どもたちの姿を描けているのだと思います。自分をつくってくれた作家さんのお一人である森さんに、直接言葉で感謝できる機会をいただけたのがとても嬉しかったです。


 
P r o f i l e

撮影:澁谷征司

森 絵都(もり・えと)
1968年東京都生まれ。1991年『リズム』で講談社児童文学新人賞を受賞しデビュー。同作品で椋鳩十児童文学賞、1995年『宇宙のみなしご』で野間児童文芸新人賞、産経児童出版文化賞ニッポン放送賞、1998年『つきのふね』で野間児童文芸賞、1999年『カラフル』で産経児童出版文化賞、2003年『DIVE!!』で小学館児童出版文化賞、2006年『風に舞いあがるビニールシート』で直木三十五賞、2017年『みかづき』で中央公論文芸賞を受賞。他の著書に『永遠の出口』『ラン』など多数。絵本・児童文学から大人向けの作品まで、愛とユーモアに溢れる筆致で幅広い世代に親しまれている。
 

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