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夢をかなえるヒント
今村 翔吾さん(歴史小説・時代小説家)

 



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1.歴史小説が変わり始めた⁉

今村翔吾
『幸村を討て』
中央公論新社/定価2,200円(税込) 購入はこちら >


齊藤
 今村さんが小学生のときに読書をするきっかけになったのが池波正太郎さんの『真田太平記』だったそうですが、3月に刊行された『幸村を討て』(中央公論新社)で真田幸村に注目されたのは、そのような読書体験と関係しているのでしょうか。

今村
 「三つ子の魂」って言いますけど、やっぱり最初に読んだ小説なので、いつか真田を書きたいという思いはありました。僕は幸村が好きで『真田太平記』を読み出したのに、16巻まで読むと信之が一番好きな人物になっていたんですよね。なので、今回の『幸村を討て』の信之の描き方なんていうのも、やっぱり池波先生の『真田太平記』に出会ったからだろうと思います。あと、今回忍者を「草の者」って書いていますけど、元々は池波先生の造語なんです。先生は造語を作るのがとてもお上手で、名前の残っていない人物に名前を与えて息吹を吹き込んでいくんですね。「草の者」は先生をリスペクトしてそのまま使わせてもらいました。だからやっぱり影響は受けていると思いますね。

徳岡
 『幸村を討て』は、最初に真田についての謎が提示されて、そこから家康側が関係者たちへの聞き取りによって少しずつ真相を明らかにしていくという、ミステリー的な構成になっていますよね。読みながらすごく面白いなあと感じたんですけど、この構成はどのように考えられたのでしょうか。
 

今村
 今回『塞王の楯』(集英社)で直木賞をとりましたが、一緒に受賞した米澤穂信さんの『黒牢城』(KADOKAWA)も歴史小説で、あの作品は「歴史×ミステリー」、ミステリーの作家さんが歴史を書いたバージョンですよね。僕は以前から、これからの歴史小説は「歴史かける(×)ことの何か」になるということをイメージしていたんです。実は、『黒牢城』と『幸村を討て』は同時期に連載されているんですけど、そういう意味では歴史小説が変わり始めるタイミングだったのではないかなと思います。
 『幸村を討て』はミステリーと法廷ものの要素を取り入れて、最終章はできる限り人数を絞って同じ部屋でどこまで盛り上げられるか、みたいな枷を自分に課して書きました。こういう負荷があると、小説ってのびやすいと僕は思いますね。
 


齊藤
 その戦略的な部分――家康との駆け引きや戦術の面と、人間ドラマの部分――信之と幸村の幼い頃の関係とか父への思いなど、その両方の要素がうまく作品に盛り込まれていたので、読んでいてすごく面白かったです。このようなアクション部分とヒューマン的な部分を書き分けるバランスなどで、意識したところはありますか。

今村
 僕は小説を書く時に、どこでどう盛り上げれば面白いかというバランスを客観的に見るために、常に読者としての自分を想定して書いています。あとは僕の売りですよね。自分にとって「得意なもの」と「市場で望まれているもの」は何か……。
 「今村翔吾ってどんな小説家ですか」って聞くと、第一に「熱い」という感想が返ってくるんですよね、大体。「熱い」ということをずっと言われ続けて、「嫌やな」って思っていた時期もあるんですけど、今思えば歴史小説作家で「熱い」って言われているのは僕ぐらいなんです。だから、ここはもう得意ポイントにしようと。プラス、何か新しいもの、そして客観的な読者の目線でバランスを取っていこうと思いました。
 『幸村を討て』では、1章で家康が謎を提示して、二つ目の有楽斎の章では戦っているシーンがあまりなくて、エンタメ的にはいきなりトーンが落ちるんですよね。なので、3章に南条を持ってきて戦うシーンを結構入れました。要は、フルコースのイメージですね。食材を選んで料理をして出す順番を考える料理人と似ていて、小説の素材をどの順番で出して行くと読者は喜んでくれるだろうかということを常に考えながら書いています。

齊藤
 「熱い」と言われるのが嫌だったとおっしゃっていましたが、ご自身の中で、憧れとか目指していた小説家のイメージがあったのですか。

今村
 これまでいろんな先生の作品を読んできたので、もうちょっと藤沢周平さんのような滋味にあふれるような感じでと思っていたけど、池波先生のようにもやりたいし、ほかのいろんな先生も考えていたけど、やっているうちに「誰ともかぶってへんな」ということに気づき出しました。

小古井
 「歴史×〇〇」という形は市場に望まれているということなのでしょうか。それとも今村さんご自身に課す価値観みたいなものなのでしょうか。

今村
 なんでしょう、多分、時代がそうなっているような気がします。
 1万人に一人の作家になるって結構大変なんですよね。例えば、僕は本屋さんをやっていますけど(*1)、100分の1の本屋さんと100分の1の作家を掛け合わせたらその生き方って1万分の1じゃないですか。だから、多様性というのはいろいろできることであり、いろいろ掛け合わせられることでより希少性が高くなるということを、みんなが気づきだした時代なのかなと思います。それはもう歴史小説だろうとなんであろうと、取り入れていきたいなって思ったのがきっかけですね。
 

*1:2021年11月に廃業が危ぶまれていた大阪府箕面市の「きのしたブックセンター」の経営を引き継ぎ、オーナーとなる。
 

2.自分を奮い立たせた人物たち

小古井
 そのような考え方というのは、これまで今村さんが読んだり書いたりしてきた歴史上の人物に影響されているということはありますか。
 

今村
 まず、僕自身が普通の人よりも多くの人と出会う人生を、前半戦で送らせてもらったと思うんですよ。元々はダンスインストラクターってザクッと言っていますけど、まあイベント屋みたいなものなので、たとえばディズニーランドの責任者や東京オリンピックの開会式を担当された方、多くの企業の方とお会いしてお話をしてきた中で、学ぶことがいっぱいあったんですよね。その中に、歴史上の人物もいるっていう感じです。僕はそこの境目がなくて、歴史上の人物からも学ぶし、今を生きるそういう社会的に成功されている方、それだけじゃなく子どもたちから学ぶ事もいっぱいあるし、いろんなことを取り入れてきて、僕が作られている。そういうものが蓄積されていくと、過去の何かと今の会話が結びついて煌めく瞬間がきっとあるんですよね。
 だから僕は、本もそうだけど、多くの人にまずは貪欲に出会ってみる、歴史上の人物であっても本の中では出会える、みたいな意識でいろんな人に会うという経験があったのはすごく良かったなって思っています。

徳岡
 最初に『真田太平記』を読まれて歴史小説にハマっていったということでしたが、なぜいろいろジャンルがある中で歴史小説を書こうと思われたのでしょうか。

今村
 多分、もう単純に「好き」だからですよね。なんで歴史小説にハマったかと聞かれたら結構困るんですが、武将たちの生き方みたいなところに共感するものがあったというのが大きいかな。多分、他の子が「仮面ライダーがカッコいい」って言うように、僕にとっては「真田幸村がカッコいい」みたいな感じだったんだと思います。そして僕が30歳になって、小説に挑戦すると決めた時に、僕の中で好きなことと、その中で一番得意なことが一致したというのがやっぱり大きかったんじゃないでしょうか。「好きだから得意」と言い切れるかどうかはわからないけど、逆に、それ以外のものが得意かどうかさえもわからなかったから、「好きなものが得意であってくれ」という願いのもとに、突っ込んでいったところはあるかもしれませんね。
 だけど、蓋を開けてみたら、僕が一番歴史小説を読んでいるなと感じることが往々にしてあったんですよ。直木賞をとっていらっしゃるような方々と比べても、自分はめっちゃ読んでいるなと最近気づきました。どの作家のどの作品を尋ねられても、僕は大体のストーリーはわかります。小・中・高・大の時は、もう本ばかり読んでいましたから。

齊藤
 読んできた中で、特に印象に残っている作品はありますか。
 

今村
 まあやっぱり『真田太平記』が出会いやからっていうのもあるけど……。司馬遼太郎さんの作品というのはメジャーですごく売れていましたし、あの時代の社会人にはみんな必読書みたいな感じで読まれていましたからね。その後あまりにも大きな名前になりすぎたせいで、「司馬史観」と言われて、歴史小説なのに「歴史と違う」と叩かれだしたことがあったんですよね。司馬先生はそのことに対して「いや、小説だから」と思っていらっしゃったと思うんだけど、司馬遼太郎という名前が大きくなっていく変遷みたいなものをリアルタイムで見ることができたのは、僕は印象深いなと思います。あとね、戸部新十郎さんっていう今はそれほど知られていないかもしれないけど、直木賞候補にも1回選ばれたことのある作家さんがいらっしゃるんです。僕はこの方の文章がすごく好きでうまいなと思うんですけど、この方のレベルでさえも直木賞がとれないんだなということを、中学生ぐらいのときに思った覚えはありますね。まだ書くつもりはないけど文学賞というものに興味を持ち始めて見ていた中学生高校生でした。
 
 
P r o f i l e

撮影:中央公論新社

今村 翔吾(いまむら・しょうご)
1984年京都府生まれ。2017年刊行のデビュー作『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』で、18年、第7回歴史時代作家クラブ賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞。同年、「童神」で第10回角川春樹小説賞を受賞。『童の神』と改題された同作は第160回直木賞候補にもなった。20年『八本目の槍』で第41回吉川英治文学新人賞と第8回野村胡堂文学賞を受賞。同年、『じんかん』が第163回直木賞候補になるとともに、第11回山田風太郎賞を受賞。21年「羽州ぼろ鳶組」シリーズで第6回吉川英治文庫賞を受賞。22年『塞王の楯』で第166回直木賞を受賞。他の文庫シリーズに「くらまし屋稼業」「イクサガミ」がある。

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