座・対談
「大事なのは、他者への優しさ、思いやり」
『黄色い家』(中央公論新社)刊行インタビュー
川上未映子さん(小説家)P2



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4.女性である前に人間である

中川
 今回は社会全体の格差にフィーチャーされていましたが、川上さんの作品には女性らしさとか女性性について描かれているものが多いなと感じています。

川上
 私が人間を書く上で、やっぱりジェンダーと階級問題はどちらも避けては通れないですね。女性を主役にするのには、もちろん私が持っている情報量が圧倒的に多いので、そこをもっと掘り下げられるんじゃないかという理由もあります。私は女性のことをたくさん書いてきたし、女性の体のことも書いてきた、けれども女性である前にやっぱり私は人間であるという気持ちが強いんですよ。もっと言うと、女でも男でもない、「私たちは子どもだった」という思いが強いんですね。それは私が子どものときに見ていた世界とか子供だから見られた束の間のイノセンスに対しての憧憬があるんだと思います。それを手放さなきゃいけない現実に対して、どうやったら拮抗できるかという気持ちもあるのかもしれないですね。だから、どこか私の主人公たちは女であるということにすごく抑圧を受けるし色々ときりきり舞いになっちゃうんだけど、すごく子どものイノセンスを持っていると思うんですよ。それをキャラクター造形のときに無意識のうちに主人公に託しているんじゃないかということは『黄色い家』の取材を通して考えたことです。
 いまどうですか。子ども、大人ということで言うと、どんな感覚を持っていますか。

川柳
 私はまだ大人になりきれてないなと思うことが多くて。特に就活のときに「大人になるってそもそも何だろう」とかすごく考えました。小学生の時に教育実習の先生がすごく大人に見えたけど、自分がその歳になってみると、まだあんなに大人じゃないなって思います。でも、社会から見られる目というか、私は中学から女子校なので今まであまり性別を意識してこなかったんですけど、就活で「うちの会社は女性を支援している」と言われると、自分が女性として見られてるのだなということをすごく意識しました。いま川上さんのお話を聞いていて、子どもでいられないというか、大人に変わっていく時期なのかなと思います。

川上
 女子校って本当にその自分の性を意識しないで自分のままいられる感じですか。「男の子は男子校に行くと男になって、女の子は女子校に行くと人間になる」ってよく言われますけど。

川柳
 そうですね。「女性だから」とかそういうことは考えなかったですね。中・高時代に先生から「女性らしく」と言われてた記憶はありますが、逆に大学に入ったらジェンダーとかが入ってくるので、「女性らしく」はおかしいみたいな感じになって。

川上
 お茶の水女子大はジェンダーにちゃんと取り組んでいますよね。いまでも「女性らしく」って言われるんですね。

川柳
 中・高ではそうでした。でもそこまで意識していなかったし、それすらはねのけられるぐらいの環境ではありましたが。

 

 

5.読者に支えられています

川上
 『黄色い家』の登場人物で誰が印象に残ってますか。

中川
 僕は桃子です。自分が両親の思いに反発して進路を決めていることもあって。

川上
 そうか、中川さんに近いフレーバーがあるのね。桃子を書いて良かった(笑)。

川柳
 私は初めて「琴美」という自分の名前が小説に出てきて漢字も一緒なので、出てくるたびに自分が呼ばれているような気がして。

川上
 そうだ、同じ名前だ。

川柳
 結局琴美さんって何だったんだろうっていうのは、いまでもよくわかってなくて、異質な存在でした。

川上
 優しいよね、琴美さん。

川柳
 琴美さんがすごく美しく描かれているけど最後はちょっと衝撃的でした。
 登場人物でいうと、花ちゃんと蘭と桃子って最初は同じ船に乗って同じように進んでいますが、徐々にズレが見えてきて、そこで人間の分かり合えなさを感じました。この三人はどのようにして作っていったのですか。

川上
 やっぱり三人必要なんだよね。黄美子さんを入れると四人でしょう、琴美さんで五人。二人だと連帯感が出ない、三人でもなんかまだちょっと足りない。で、一対一だと逃げ場がないよね。三人だと語り手が居ない所でなんか話をしてるということも含められるというか、物語を進めるのにやっぱりありがたいよね。
 あと、二人だと「別れ」なんだけど、何人かいるとX JAPANのようなバンドの解散とか関係が終わっていく感じは「崩壊」のイメージがあります。家も二人だと「愛の巣」って感じがするけど、何人かいると「家」感が出るよね。そういうことを登場人物を作っていく中で無意識のうちに多分考えてるのかな。
 印象に残っているシーンはありますか。

中川
 僕はそのX JAPANの……。桃子がX JAPANが好きで、ギタリストの死を悲しむシーンは、当時は衝撃的な出来事だったと思うし熱烈なファンの悲しさが伝わってきました。

川上
 そうだね、それで花ちゃんが顔は見えないけど確かなエネルギーをひとりの人が受け続けることはどういうことなのかということを考える。いまの推し文化、アイドル文化にも通じるよね。距離感が変わってきてるというのはあるけど、人の思いというものをアイドルとかアーティストから考えられるよね。

川柳
 川上さんも作家として、たくさんファンの方がいらっしゃると思いますけど、そういう思いを感じることはありますか。

川上
 うん、あります。私は読者が一番大事。すごく支えられています。『黄色い家』はオールラウンドな世代に向けて書いたけど、若い時に書いていたものはそれこそ女性の話だったりちょっと生きづらい人だったりだから、それを読んだ若い女の子たちが泣きながら「未映子~」って言ってやって来るの。それは本当に嬉しいけど、一方で「私、若い時に未映子の作品が必要で読んでいたけど、いまはもう読んでいないんだ」って言われるのも嬉しい。きっとその子は次のステージに進めたんだなって思うから。
 文学って、ポジティブな気持ちだけじゃなくて、やっぱり「愛」と「憎」というのは紙一重のものだから、本人でもコントロールできないものがあります。私は長年ストーカーとか殺害予告とかも受けたりしているから、物事っていいものだけを受け取れないんですね。読者に支えらえているけど……両方あるよね。それはしょうがない。そういう仕事をしているし、毀誉褒貶は受けなきゃいけないんです。怖いけどね。それぐらい人の感情に揺さぶりをかける仕事って、そんなに褒められたものじゃないと思います。作家っていい仕事だなというイメージがありませんか。

中川
 そうですね。

川上
 でも私は全然そうは思っていなくて、恥じながらする仕事だと思ってるんですよね。ほかの作家さんは違いますよ。自分の仕事に対してだけ、私はそう思っています。だって、何を書いても傷つけるんです、人のことを。私がどんなにハッピーで終わらせるものを書いたとしても、絶対傷つけている。だからそれは誰が忘れても絶対に私だけは忘れちゃいけないし、それで人の不安な気持ちを共振させたりすることによって希望や感動があってくれるといいんだけど、いいことばかりではないよね。作家とはそういう仕事だと思ってます。
 だから、本当にこんな長編の作品を読んでくれることは当たり前だと思わないし、こうやって話を聞きに来てくれてることも当たり前だと私は全然思えないのね。そう思うので、今日おふたりが来てくれたことにすごく感謝しています。

二人
 こちらこそ、ありがとうございます。

川上
 若い時っていい条件が揃って無いように思えるけど、人に対する想像力をしっかり持って、その時の自分のベストを尽くしていけば、絶対一生懸命生きられるはずなんです。自分のことを大事にして、これから勉強もそうだし、就職もね、本当頑張ってね。

川柳
 はい。

川上
 いま頑張れって言うとハラスメントになるかもしれないけど、私は「頑張れ、頑張れ」と思ってます、若い人たちに。大阪弁だと「気張りや」って言うのよね。やっぱり頑張らなあかん時があるもん。だから頑張ってほしい。それでダメなときには「助けて」って言えること。それも頑張ることのうちだからね。だめだと思ったときは「ダメだ」って言うこと、それも含めて頑張るということなんです。そして、自立するということは人に助けを求められるってことでもあるからね。それは絶対に忘れないでください。そして青春を楽しんでね。これから20代はいっぱい楽しいことがあります。だから、気をつけて、でも楽しんでね。来てくれてありがとう。うれしかったです。

二人
 この記事を読んでくれている皆さんも、きっと頑張ろうと思ってくれると思います。
 今日はありがとうございました。

 
(収録日:2023年1月31日)
 

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中央公論新社/定価2,090円(税込)

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応募締め切りは2023年5月10日
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。
 
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対談を終えて

川柳 琴美(かわやなぎ・ことみ)
明るく優しいお人柄で、とても楽しかったです。特に、思いやりが何よりも大切というお話が印象的です。取材を終えてからも、様々な境遇にある方々を想うことを忘れたくない、社会がもっとよくなるように自分にできることをしていきたいという気持ちが、沸々と湧き上がっています。また、これから楽しいことがいっぱいあると背中を押していただき、本当に勇気が出ました。新生活も「気張って」いきます! ありがとうございました!

 

中川 倫太郎(なかがわ・りんたろう)
『乳と卵』を読んで衝撃を受けて以来、いつかは川上未映子さんに直接お話を伺ってみたいと思っており、今回『izumi』の企画で念願が叶って本当に嬉しかったです! 世界のすべてを見つめようとする川上さんのやさしくすきとおったまなざしが印象的でした。「作家には饒舌な人が多い」とどこかで読んだことがあるのですが、その言葉通りにおしゃべりな川上さんへのインタビューはとても刺激的で今でも忘れられません。ありがとうございました!

 
P r o f i l e

川上 未映子(かわかみ・みえこ)
 大阪府生まれ。
 2007年小説『わたくし率 イン 歯ー、または世界』(講談社)でデビュー。2008年『乳と卵』(文藝春秋)で第138回芥川龍之介賞、09年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』(青土社)で中原中也賞、10年『ヘヴン』(講談社)で芸術選奨文部科学大臣新人賞および紫式部文学賞、13年、詩集『水瓶』(筑摩書房)で高見順賞、同年『愛の夢とか』(講談社)で谷崎潤一郎賞、16年、『あこがれ』(新潮社)で渡辺淳一文学賞、19年、『夏物語』(文藝春秋)で毎日出版文化賞を受賞。
 他の著書に『春のこわいもの』(新潮社)など多数。『夏物語』は約40ヶ国以上の言語で翻訳がすすみ、『ヘヴン』(文藝春秋)の英訳は22年国際ブッカー賞の最終候補に、また、『すべて真夜中の恋人たち』(講談社)が2022年全米批評家協会賞の最終候補作品に選出された。最新刊は『黄色い家』(中央公論新社)。
 
 

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