座・対談
「コロナ禍に生まれた物語」
辻村 深月さん(小説家)

 




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1. 「この夏」の物語

辻村深月
『この夏の星を見る』
KADOKAWA/定価2,090円(税込) 購入はこちら >


徳岡
 『この夏の星を見る』(以下、『この星』)を読ませていただきました。コロナ禍で色々大変なこともたくさんあったと思うのですが、そんな中で中高生たちが全国でつながって一つの星空を見るというのがすごく素敵で、とても感動しました。

古本
 僕も『この星』を読ませていただいて、部活の場面とか星の話がすごく詳しくて、気づいたら携帯や図鑑を隣に置いて読んでいました。天文部の一員になって読むことができて、とても楽しかったです。

辻村
 ありがとうございます。取材前に古本さんから「コロナ禍で2年生まで大学に通えなかった」という話をうかがって、そういう期間に学生時代を過ごした方が読んでくれているのだなと思って、すごく感慨深いです。お二人は作中の2020年は何年生のときでしたか。

徳岡
 私は大学3回生のときです。

古本
 僕はまさに高校を卒業していざ大学に行くぞというときにコロナで休校になって。それから2年くらい大学には通えませんでした。まさにこの作品にあった通り、「なんで私の代が?」という思いがすごくあって、共感しました。
 

辻村
 そうだったのですね。この小説は当初コロナ禍を書く予定ではなかったんです。新聞連載だったのですが、最初の依頼は「青春小説を書いてほしい」ということで、これまで描いたことのなかった部活の小説を何か書こうかな、と。依頼を最初に受けた2018年頃は、まだコロナは影も形もないときでした。でも2021年に連載が始まる頃はコロナ禍も2年目に。コロナを作中に入れるかどうかはかなり悩みました。ただ、今青春小説を書くとなった時にコロナのない世界だと、書いている自分が苦しいのではないかなと思ったんです。現実の中高生がマスクをつけている中、そうでない状況を描くのには抵抗があったし、2019年の話として書いたとしても、「この後、来年からコロナ禍が始まるんだよな」という思いがきっと頭を掠めるだろうと。ですから、作中の主人公たちと同年代で、同じ時間に学生時代を過ごしたみなさんに、今、こうやって感想をいただけるのはとても嬉しいです。


徳岡
 私は当時大学3回生で修学旅行も大学の新歓なども一通り経験できていたので、そこまでコロナに対しての怒りなどはなかったのですが、中高生や大学1・2回生は大変だっただろうなと思います。そんな中で『この星』に出てくる中高生たちは自分たちがやりたいことをすごく考えて実行していて、コロナ禍でもやれることはあると感じて、力をもらいました。

辻村
 最初から「コロナ禍だからこそこれを」という強いメッセージ性があったわけではないんです。だけど、作中で先生たちが話す言葉を通じて、「私自身もそう思っていたのかも」という気づきが多くありました。自分の登場人物に教えてもらったような感覚ですね。たとえば、綿引先生の言葉にある、容易に「失われた」という言葉が使われることについて。2020年は大人が思う「例年通り」じゃなかったかもしれないけれど、そこには思いや葛藤や彼らなりの一年があったはずなのに、それが丸ごと何もなかったかのように言われてしまうのには、葛藤というか、抵抗がものすごくあったんだなと、書いていて気づきました。だけど、この感覚が通じるようになってきたのはごく最近だという気がするんです。只中では「失われた」という言葉への違和感があっても、「現実に修学旅行に行けていないのに?」とか「実際にできなくなったことがたくさんある」と言われてしまうと、私もそれ以上うまく説明ができなかった。小説として書いてみたからこそ、今は伝えられるようになった言葉がたくさんあります。

古本
 このタイトルの「この夏の」という言葉が好きです。コロナの影響でなくなったものもあるかもしれないけど、「この夏」が特別なんだ、コロナだから出会えた人や出会えた物があるのだと思いました。僕もコロナ禍で『izumi』を読んだから、辻村さんにお会いすることができました。意味がないことなんてないと思います。

辻村
 嬉しいです。亜紗が言うように、コロナのせいでできなくなったこともあるけど、逆にその状況だったからこそできたこともあるんですよね。彼女が言うような「どっちがよかったか、わからない」という気持ちを、コロナ禍に感じたことがある人も多いと思います。だけど、そんな葛藤から離れて、経験は経験として大事に持っていていい、ということも、この小説の中では特に書いておきたかったんです。

 

 

2. 等身大の登場人物

辻村
 お二人はどのシーンが好きとか誰が好き、とかありますか。
 

徳岡
 みんなに共感したのですが、特にうみかさんの「好きだけど、進学先や、職業にするのには向いていない、ということもひょっとするとあるかもしれません。だけど、もし、そちらの方面に才能がない、と思ったとしても、最初に思っていた『好き』や興味、好奇心は手放さず、それと一緒に大人になっていってください」というセリフが好きで。


辻村
 大学院生の徳岡さんが今その理由でうみかを気に入ってくださるのは、とても嬉しいです。
 今回、「三密」を避けてできる部活ってなんだろうと考えて、天文部なら屋外だし距離がとれるだろうと、それぐらいの軽い気持ちで天文の世界に飛び込んだんです。そうしたら、実際に天文の活動をしている高校生たちにリモート取材をしてすぐ、「ガチに理系の世界だ!」と気がついて、文系の私は青くなったんです(笑)。天体観測は地学の分野だから当たり前なのですが、高校生の皆さんが基礎的なところから、私にもわかりやすく教えてくれました。これはみんなさぞ理科の成績がいいんだろうなと思ったんですけど、「学校のテストは点数悪いです」「でも好きです」という人も多くてハッとしました。私は中高生の頃「好きだからやる」「楽しいからやる」と思ったものはどこか「学校の勉強とは別」という意識があった気がするな、と。学生の頃って、どうしても「学校の勉強に役立つのか」「将来に結びつくのか」ということに縛られがちだけど、それってすごく狭い範囲の学びに過ぎないんじゃないか、と。コロナ禍は特に「不要不急」という言葉に代表されるような、「今必要なのか」という圧みたいなものがすごく強かった時期だと思います。でもだからこそ、作中の主人公たちには、「楽しいからやる」という気持ちを大事にしてほしかった。ですから、現学生の徳岡さんがうみかの言葉に反応してくださったのは、光栄に感じます。

古本
 僕もうみかさんが好きです。就職活動をすると好きなものに関わるのが怖くなったりするんですが、「向いている」とか「向いていない」とかそういうことじゃなくて、「好きなものに関わり続けていい」というメッセージが、じわりと心に響きました。それから、うみかさんが登場する『家族シアター』も読んでいたので、彼女の成長した姿を見られたのが嬉しかったです。

辻村
 『家族シアター』のあの子だと気づいてくれたんですね! ありがとうございます。
 みなさんは今、子どもと大人の間の時間を過ごされていると思うんですけど、大人になって小説を書いていると、びっくりするくらい子どもの頃の自分とつながっていることを実感するんです。子どものときって、大人になるということは全然違う自分になるような気がしていたし、大人と子どもの間には断絶があるように思えていました。でも、子どもの頃の興味や過ごした時間がそのまま大人の時間につながっていて、そこに断絶はないのだなと今は感じられるんです。ですから、『家族シアター』で書いた小学生のうみかの先に、今作の彼女もいる。お姉ちゃんのはるかも、あの頃のはるかの先にいるし、綿引先生にも小さいころがあって、好きなことを好きなまま大人になっているんですよね。

徳岡
 この作品にはるかさんとうみかさんが出てくるのは、最初の段階から考えられていたのですか。

辻村
 天文部を題材にすると決めても、最初は考えていなかったんですが、実際に取材を始めて天体観測が理系の世界だと気づいたことで、星の世界はつまり宇宙の話なんだと、私の中でようやく結びついたんです。だとしたら、うみかの出番じゃない?と。そこからはもう絶対に二人を出そうと決めました。彼女たちが出てきてそれを明かすまでのところは、私もすごく楽しみながら書きました。

徳岡
 「一九九二年の秋空」(『家族シアター』)の最後のところで、“みんなが星空を見上げて”という言葉があったと思うのですが、『この星』でもリンクしているような気がして素敵だなと思いました。

辻村
 私も書きながら、みんなが星空を見上げているときに地上で見ていた一人が今宇宙にいるんだなと思うと、不思議な感慨がありました。それを見ているお姉ちゃんの気持ちはどうだろうとか、書き手の私が感じていた物語の奥行きの部分が徳岡さんたちにも届いていたと伺って、すごく嬉しいです。

古本
 『この星』に中高生が出ているということは、これから彼らの成長が見られる予感がして楽しみです。

辻村
 彼らはフットワークが軽そうですから、またどこか違う小説に出てくるのではないかなと私も思います。

辻村
 五島と渋谷と茨城が舞台になっていますが、三つのチームのうち、どこが好きですか。

徳岡
 特に共感したのは茨城です。でも渋谷も好きです。

辻村
 渋谷は大変ですよね。新入生が男子一人で。真宙の気持ちがあれこれ複雑。

徳岡
 真宙くんの、やってみたいという思いはあるけど踏み出せない感じとか、亜紗ちゃんの思っていることをぱっと言葉にできずにじっくり考えて胸に秘めている感じに共感しました。

辻村
 真宙のうじうじする感じとか、それを先輩が「“ちょっと軽く”興味があるなら“軽く”やってみればいい」というあたり、書いていて楽しかったです。いいですよね、鎌田先輩。
 

古本
 コロナで悔しい思いをした人はたくさんいると思いますが、真宙の、逆に「コロナ、長引け」という気持ちに意外だなと思うと同時に、僕自身もコロナ禍でホッとしたことがありました。というのも、大学生活が不安で「このままでいいのかも」と思った時期があったので。ですから、ぐっと引き込まれました。


辻村
 嬉しいです。「コロナ、長引け」は、書きながら「新聞にこんな文章を載せていいのか」と思ったのですが、担当編集者も「最近見た中で一番のパワーワードでした」と言ってくれたりして(笑)。気持ちの後ろ暗い部分も言語化するのが小説だし、その言葉を古本さんのように必要としてくれる人も必ずいる。ただ、コロナで亜紗が学校に行けなくなってしまったときに「学校に行きたい」「友達に会いたい」と思ったり、一方真宙のように「学校に行くのが嫌だからコロナが長引いてほしい」と思ったりするけれど、いろいろな人の中に両方の気持ちがあったような気がするんです。亜紗も最初は学校を休めるのはラッキーと思っていたけどだんだん苦しい気持ちに気づくし、真宙もコロナ禍による休校が長引いてほしいけどおじいちゃんおばあちゃんのことを思い出して過剰に不安がるふりをして学校を休むことはしたくないとも思う。みんなが両方の気持ちを持っていた感じを書けたらと思っていました。
 今回の登場人物はみんな、当初の設定をいろいろ飛び越えてくれたと感じています。個性って本来、ひと言では言い表せられない部分がすごくあると思うんです。たとえば真宙のクラスメートの天音は、「この子はきっと貧乏くじを引いてしまう大人しい子なのかも」と漠然と予感していたのですが、とんでもなかった(笑)。実は猪突猛進で振り回す側の子でしたし、亜紗が気持ちをため込むタイプだと思っていたら、その横にいる凛久はさらにため込むタイプだったりとか、書きながら私も彼らのことをより知れていった。五島の恋愛模様なども想像以上に広がってくれた感じがして、どうなるか私もわからず、書いていて楽しかったです。
 
 
P r o f i l e

辻村 深月(つじむら・みづき)
 1980年生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木三十五賞を受賞。18年には『かがみの孤城』で本屋大賞第1位に。熱心な読者も多い。主な著書に『凍りのくじら』『スロウハイツの神様』『ハケンアニメ!』『島はぼくらと』『朝が来る』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『闇祓』『噓つきジェンガ』など多数。
 

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