座・対談
「コロナ禍に生まれた物語」
辻村 深月さん(小説家)P2




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3.子どもの頃の教室に還って

徳岡
 辻村さんの作品に出てくる子たちはすごくリアルに描かれていると感じています。書いていく過程でどんどん考えていることが見つかる、とおっしゃっていましたが、具体的にはどのように物語を書いていくのでしょうか。
 

辻村
 よく「子どもたちに取材をするのですか」と聞かれることがあるのですが、感情面についての取材は、ほぼしていません。自分の子どもの頃の教室に還って書くという感覚に近いです。ですから、大学生について書く場合は私が通っていたキャンパスに戻るという感覚ですね。千葉大生の古本さんが読むと、そこはかとなく千葉大学だと感じるかもしれない(笑)。でも、実際はモデルがどこということなく、読者それぞれが、自分が知っている学校で想像してもらえたら嬉しいなと思って書いています。
 子どもの頃は自分のことって、なかなか言語化できないですよね。友達関係が苦しくても、何がどう苦しいのか、自分でもはっきりわからずにモヤモヤしたり、大人の無理解に不満があっても、「どうしてほしいのか」を言語化できなかったり。当時はうまく表現できなかったそういう感情についても、「自分はどうしてほしかったんだろう」「あのときどうしたらうまくやれただろう」ということを、大人になり作家になった今なら言語化できる。当時の自分がいた教室を思い出して、そこに大人の私が入ってカメラを沈めていくような感じで書いています。大人の私が言葉にするけど、見ているのは当時の教室のままですから、大人が頭で作る子どもの動かし方はしない。モデルがいるとか昔あったことをそのまま書くということはないのですが、当時の自分が知っている教室の中で起こりそうだったこと、あったかもしれないことを探していくのが、作家としての腕の見せ所だと思っています。

 

 

4.「憧れ」に導かれて

古本
 大学時代のお話が聞きたいです。今も千葉大学には推理小説同好会があって、辻村さんのサインが飾ってあります。

辻村
 私は推理小説同好会に入りたくて千葉大学を志望校にしたんです。当時、ミステリ研究会や推理小説同好会がある大学を特集した雑誌の記事があって、そこにある大学名を志望校ガイドのように眺めて憧れ、千葉大学を受験しました。でも実際に行ってみたら、サークルの人たちにもそんな理由で大学を選ぶ人は初めて見たと言われました(笑)。総合大学だったので、いろんな分野の人と友達になれたのが楽しかったです。大学のときに読んだものや経験したことは、今小説を書いていてもすごく支えになっていると思います。

古本
 僕は文学部の日本ユーラシア文化コースなのですが、ここに入った理由は、『ゴールデンカムイ』が好きで、『ゴールデンカムイ』の監修者の中川裕先生が千葉大学にいらっしゃったからなんです。

辻村
 いい理由ですね! さきほどの役に立つ・立たないの話とも近いかもしれませんが、何かに惹かれる興味って、単純で、人から見たら子どもみたいな動機が実は一番強いのかもしれないと思います。憧れってそういうところから出てきますよね。ですから、みなさんにも大事にしてほしいです。

徳岡
 私も昔から天体が好きだったのですが、物理があまり得意ではなくて生物の方が成績が良かったので、生物の分野に進みました。でも大学に入ってから宇宙関係のプロジェクトに参加したりして「好き」を追い続けることができているので、すごく楽しいです。

辻村
 何かについて知りたいと思うことって、いつ始めてもいいというか。そういうことも、亜紗たちを通じて感じてもらえたらと思います。

古本
 自分も好きなものを仕事にすることをあきらめられないけど蓋をするとか、大人になるにつれて好きなことに気づかないふりをするとか、そういう苦しさがあります。でも物語を通して好きなものを好きでいいのだと、気持ちが救われました。

辻村
 ありがとうございます。さっきのうみかの言葉に通じるのですが、たとえ職業や仕事につながらないとしても、大事なものや興味は長く持ち続けてほしいです。一見無駄に思えるようなことが、実は、長く人生を支えてくれるかもしれないですから。

徳岡
 歳を重ねるにつれて「これはやっても時間の無駄になってしまうのではないか」と考えるようになってしまいましたが、でも、「そうじゃなくてもいいんだよ」と、この物語から教えてもらいました。

 

 

5.「きのこ」でつながる

徳岡
 個人的な話になりますが、私は大学院で菌類の研究をしているので、真宙くんと小山くんがきのこを通じてつながっていくところがすごく嬉しくて。なぜそこできのこを選ばれたのか聞いてみたいです。

辻村
 実はこのエピソード、ほぼ実話なんです。リモート会議をしていたときに、ある人の後ろに映り込んだ図鑑に別の一人が気づいて、「ぼくも同じ本持ってます!」と、作中と同じような会話の流れになりました。リモート会議って普段生活をしていたら見ることのない、ほかの人の家の様子が見られるのがおもしろいですよね。一冊の図鑑を通じて、会議のメンバー同士が「あなたもきのこ好きなんですか!」という雰囲気になって。ふたりは年齢も生まれ育った場所も全然違うんですけど、お互い小さい頃からきのこが好きだったことが、その本を通じてわかったんです。二人が意気投合する様子を見て、こんなに盛り上がっているのに、リモート会議という形でなかったら、お互いに同じものが好きなことにずっと気づかないままだったかもしれないんだなぁと思って。その会議があってよかったね、と皆で話したんです。『この星』には、星仲間の大人たちもたくさん出てきますが、好きなことでつながれると、こんなにも一気に距離が縮まるんだなと感動しました。その後、二人が持っていたのと同じ図鑑がほしくなって調べたら販売サイトのレビューがまた熱いんですね。「この本は解説のこんなところがいい」とか、「何年も前のオリジナルを読んでいたけど、改訂版はこうなっていて」と長く愛されていることがわかる。このレビューを見るだけでも、目の前の日常の生活空間だけでは出会えない相手と出会えた気持ちになれて、自分に同好の士がいると気づけるだろうな、と思いました。一冊の本の先に、好きなことでつながるとか、「その本を持っていれば仲間」みたいな感覚になれるなんて最高ですよね。思えば私もそんなふうにいろんな本を読んできたし、自分の本もそんなふうに読んでもらえたら、とても幸せだと感じます。

 

 

6.特別な「月」

古本
 望遠鏡をのぞいて月を見るシーンがありますよね。「月」つながりで、辻村深月さんのお名前にも「月」が入っていますが、そこに込めた思いが聞きたいです。

辻村
 ペンネームの「辻村」は尊敬している綾辻行人さんから勝手に一文字もらって、「深月」も綾辻さんの小説の登場人物の名前からいただきました。
 私が作家デビューすることがわかったときに、それまで私の小説を読んでくれていた友人たちが、月をモチーフにしたペンダントを記念にプレゼントしてくれたんです。そのときに、自分のペンネームに「月」の字が入っていることを初めて意識して、それ以来、モチーフとしての月を身近に感じるようになりました。2019年に『映画ドラえもん のび太の月面探査記』の脚本を書いたのですが、その時も、舞台にしたい場所をどこか聞かれて、真っ先に月が思い浮かんだんです。ただ、「難しそうなら舞台を変えよう」と軽く考えてもいて。でも、そんな時、打ち合わせで「辻村さんのお名前にも『月』が入っていますしね」と言われて、降りるに降りられなくなって(笑)。そこで「月」に行くしかない、と心が決まりました。
 『この星』でも一番身近な天体は「月」なんですよね。武藤が天文台の望遠鏡で円華に月を見せてあげようとしたときに、館長さんから「そんな“近所”の星でいいの?」と言われたり、円華が月を見たときに「本物だ!」と言うと「いつも頭の上にあるじゃん、本物」と言われたりするのも、普段見慣れているからこそ、多くの人に共通している感覚だと思います。亜紗の「ずっと月がついてくる感じがするけど、なぜだろう」という疑問も、きっとみんな、一度は思ったことがあるんじゃないかなぁ。
 執筆当初は、軽い気持ちで飛び込んだ天文部の世界でしたが、今は宇宙を題材にしたことで描けたことがたくさんあったと感じています。宇宙ってスケールが桁違いに大きいので、世界的な大事件であるコロナ禍さえ「地球の中だけで起きていること」と思えてしまう不思議さみたいなものがある。コロナ禍ではさまざまな場面で「距離」を意識したと思うんです。物理的な移動が困難になったり、隣にいる人と近づけなくなったり。でも、宇宙という大きい視点から見てみると、月が「近所」になるし、そうなれば、東京と五島だって距離を感じなくなる。織姫のベガと彦星のアルタイルは会おうと思ったら実際は十五光年も離れているし、私たちだってそれらの星が見えていても、行けることはおそらくない。それに比べたら同じ時代に生きている限り、私たちはどこにいたって近所だし、会えるんですよね。

徳岡
 私も昔から星とかを見るのが好きで、望遠鏡を初めてのぞいたときに、月が本物だと思う感覚は自分も経験したことがあるので、今回この物語を読んでいて、嬉しいなと感じました。
 今日は素敵な話をたくさん聞かせていただき、ありがとうございました。
 

 
(収録日:2023年7月5日)
 

サイン本プレゼント!

KADOKAWA/定価2,090円(税込)

辻村深月さんのお話はいかがでしたか。辻村さんの著書『この夏の星を見る』のサイン本を5名の方にプレゼントします。
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応募締め切りは2023年11月10日
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。
 
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対談を終えて

徳岡 柚月(とくおか・ゆずき)
辻村さんの澄んだ水色を想起させる瑞々しい文章や、どんな登場人物にも憑依する感情表現の凄さが大好きで、今回お会いできて本当に嬉しかったです。どんな質問にもあたたかく答えていただき、太陽みたいな笑顔やお人柄に、ますます大好きになりました。『この夏の星を見る』、これからもたくさん読み返して、その度に力をもらうと思います。そして、この本を携えて色々なところに星を見に行きたいです。本当にありがとうございました!

 

古本 拓輝(ふるもと・ひろき)
憧れの作家である辻村深月さんへのインタビューで当初は大変緊張しました。しかしながら、柔らかいお人柄と、インタビュアーである我々の個人的な話にも耳を傾けてくださったおかげで、リラックスして臨むことができました。なぜ本作はこんなにも心を打つのか。そこには辻村さんのコロナ世代へ向けたあたたかな眼差しがあるからだと実感しました。 貴重な機会をいただき、本当にありがとうございます。

 
P r o f i l e

辻村 深月(つじむら・みづき)
 1980年生まれ。千葉大学教育学部卒業。2004年『冷たい校舎の時は止まる』でメフィスト賞を受賞しデビュー。11年『ツナグ』で吉川英治文学新人賞、12年『鍵のない夢を見る』で直木三十五賞を受賞。18年には『かがみの孤城』で本屋大賞第1位に。熱心な読者も多い。主な著書に『凍りのくじら』『スロウハイツの神様』『ハケンアニメ!』『島はぼくらと』『朝が来る』『傲慢と善良』『琥珀の夏』『闇祓』『噓つきジェンガ』など多数。
 
 

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