座・対談
「『楽しい』という気持ちを大切に」
~新刊『君が手にするはずだった黄金について』に迫る~
小川 哲(小説家)P2




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3.読んでよかった瞬間

齊藤
 大学時代この本に出会ってよかったなという本や作品に関するエピソードがあれば教えてください。

 
小川
 大学生という時期じゃないと読めない本もあるし、あと大学生もどのステージにいるか―― 1、2年生なのか3、4年生なのか、就職活動が終わっているのか終わっていないのか、大学院に進学するのかしないのか―― によってもまた変わるんですけど、僕が大学生のときに感銘を受けたのはスタインベックの『怒りの葡萄』という小説です。ゴールドラッシュのアメリカで「西海岸に約束された理想郷がある」という噂を聞いて、みんな東からアメリカ大陸を横断して西に向かっていた時期に、同じように移動していく一家の話なんですけど。大学生のときの僕はずっとフラフラ生活していて、自分がちゃんと地に足をつけて生きていないなとずっと思っていました。学費も親に出してもらっていたし、アルバイトはしていたけど援助もしてもらっていたので自分はすごく恵まれていて、その上就活もしないで大丈夫なのかなと不安に感じていた時期に読んだのがこの本だったんです。『怒りの葡萄』の世界では、みんな毎日必死に生きているわけですよね。そういう堅実に生きている人々が描かれている小説を読んで、すごく自分の立ち位置に情けなくなりつつ、でも、「生きるってこういうことなんだよな」と感動した記憶がありますね。
 

手賀
 作品の中でも、いい小説との出会いには、本物の世界では味わうことのできない「奇跡」が存在するということが書かれていたと思います。小川さんは『怒りの葡萄』を通してその奇跡のようなものを感じられたのでしょうか。


小川
 そうですね。好きな本というのは、みんなそれぞれ「読んでよかった」という瞬間があると思うので、僕はそれをスタインベックの作品からすごく感じましたね。あと学生時代に読んだ町田康さんの『告白』という本も、「俺が小説を読むために求めていることすべてがここに載っている」と思うくらい感動しました。ぜひ読んでください。
 小説を読んでいてよかったと思う瞬間を与えてくれる本は、特に大学生とか若ければ若いほど受ける感動が大きい気がします。大人になるとだんだん「ああ、はいはい、このパターンね」みたいになってくるので(笑)。その時期に適した本があると思うので、みなさんも今の自分に適した本に出会えるといいなと思います。『君が手にするはずだった黄金について』が誰かのその本になれたら素晴らしいですよね。そういうことを願って書いています、普段から。

齊藤
 作品ごとに「こういう人に届けたい」ということを考えて書いていますか。

小川
 より多くの人に届けたいという気持ちはありますが、作品のタイプによって「こういう人に読んでほしい」という狙いもあるかもしれないですね。でも、それこそ『君のクイズ』をクイズが好きな人に読んでもらいたいと思って書いたら、それ以外にも、それほどクイズに興味がない人からクイズ番組をたまに観る程度という人まで結構いろんな方が読んでくれました。結局、僕の思惑以上の広がり方をするのが小説の面白いところですね。『君が手にするはずだった黄金について』は、あまり読者層を意識せずに書くようにはしました。

 

 

4.大学生へのメッセージ

齊藤
 本を読むことや書くことが好きな大学生に何か、ご自身の体験も踏まえて、メッセージをいただけると嬉しいです。
 

小川
 読書も「こういう本読まなきゃ」とか「こういう勉強しなきゃ」とか、文章書くのも「これだけ書かなきゃ」とか「こうしなきゃ」みたいな感じで結構焦ったりすることがあると思うんです。長続きするものって、楽しいもの、自分が好きでやっているものなので、自分が本を読んで「ああ、楽しいな」と思うことだったりとか、文章を書いていて「楽しいな」と思ったりすることが一番大事だと思います。ですので、「楽しい」という気持ちを大切にしてほしいということと、もっと極端なことを言うと、小説を読んでいない時間も、小説を書いていない時間も、小説の力というのは伸びるんですよね。なぜなら、例えば会社で理不尽な目にあって、すごく嫌な気持ちになったりするかもしれません。でも、もし後々自分が小説家になったら、会社で理不尽な目にあって嫌な気持ちになっている人の描写を上手に書けるんですよね。小説を読むときも、そういう理不尽な目にあっている人に対して共感できるわけですよね。だから小説を読む側としても書く側としても鍛えられるので、小説は捨てるところがない。人生すべての経験が全部小説を読む力になり、書く力につながるんですね。むちゃくちゃ好きな人とうまくいかなくてすごく傷ついたりすることがあると思うけど、そのときに感じたことも必ず最後は小説に活かせるので、つらいことがあっても「よしよし」みたいなね(笑)。僕も仕事柄小説を書いてるので、トラブルとかがあったりすると「もうちょっともめたらネタになるな」と考えたりするので(笑)、そういういろんなネガティブなこともポジティブなことも含めて、全部小説を読む力・書く力につながっていると思うと、人生がより豊かになると思いますね。割と僕はそういう風に考えていて、どんなことがあっても「ラッキー」と思うようにしています。

手賀
 インタビューを通して、小川さんの人生の一つひとつの体験が、ご自身の書かれる小説に通じているのだと感じました。今日は貴重な機会をいただき、ありがとうございました。

齊藤
 私もつらいことがあったときの方がいい文章を書ける、自分が満足しているときには何も生まれてこないな、ということを思い出しながらお話を聞いていました。今日はありがとうございました。
 

 
(収録日:2023年10月17日)
 

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対談を終えて

手賀梨々子
小説を書くことの楽しさが、小川さんの言葉や表情から伝わってきました。自分で設定したチャレンジを突破していく喜び、今までの人生の全ての経験が糧になると感じる瞬間。小説を書くことは、人生そのものなのだと感じました。小川さんの口からその楽しさを語っていただいて、とても貴重な体験でした。本を通した人との出会いや「通じ合えた」感覚は、これからも私の日常を支えてくれると思います。ありがとうございました。

 

齊藤ゆずか
小説の執筆中はそのことばかりを考え、また、人生の様々な出来事を小説の原動力にするという小川さん。「小説を書く」という世界を生きている人だと感じました。自分が書きたいものに向かってまっすぐに思いを向け、のめりこんでいく生き方に強いあこがれを抱きました。これからも小川さんの創り出す立体的でわくわくする物語の世界を冒険したいです。お忙しい中、たくさんの質問に優しく答えていただき、ありがとうございました。

   
 

コラム

本を通じて「人」がわかる

齊藤
 「プロローグ」で、美梨に僕が本を貸す、美梨がおすすめの本を知りたいという場面がありましたが、人間関係を築く上でもそういうことをすることで相手の気持ちを知る、近づける気がします。そういったことはやはり意図的に書いているのですか。

小川
 僕にとってはやっぱり本のことが一番詳しいので、誰かに趣味を尋ねた時に「ボルダリングです」とか言われてもその人がどんな人かあまり見えてこないけど、好きな作家を尋ねて答えてもらえば、その人のことをちょっとわかった気になれますね。

手賀
 本で繋がる関係性って、いいですよね。

小川
 でも本を読む人ばかりじゃないから本だけではわかりませんが、自己紹介で好きな作家とか好きな本を教えてもらった方が、その人に興味を持つきっかけになるかもしれないし、その人が面白いと言っていた本を自分で読んでみて、その人と仲良くなれるかそうでないか、相手との相性も少しみえてくるかもしれません。そういうことも本を通じて簡単にできますよね。
 
   
 

コラム

これからの話

齊藤
 これまでSFやミステリーを書かれてきたと思いますが、今後挑戦してみたいジャンルはありますか。

小川
 あまりジャンルを意識して書くことはないですね。その作品の中でチャレンジをしたいこととか、書くときの心構え、気の持ちようみたいなのを、毎回決めて書いてるのですが、ジャンルという意味では「こういうのがやりたい」というのはあんまりないです。面白い小説を書きたいという思いは常にあるけど。どちらかというと、ストーリー展開に着目しますね。最近Audibleが流行っているじゃないですか。小説を耳で聞くわけですが、耳から聞こえる小説と目で読む小説とはたぶん全然違うので、耳から聞くのに最適な小説について考えてみたりしています。そういうのって僕の中ではジャンルは関係ないんですよね。耳から聞く場合、きっとミステリは適していないんですよ。伏線とかをスルーしちゃうから。だから、読者がちょっと気を抜いてぼんやり聞いていても、また話に戻ってこられるような話がいいとか。そして、登場人物は、多いと誰が話しているのかわからなくなりそうだから、多分少ない方が良い。一人称でずっと書いた方がいいだろう、とかそういうことをあれこれ考えて。だからAudibleに向いている小説を書くとか、そういうことをやってみたいですね。僕は小説の書き方をそういう風に考えています。
 
 
P r o f i l e

小川 哲(おがわ・さとし)
 1986年、千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年、「ユートロニカのこちら側」で第3回ハヤカワSFコンテスト〈大賞〉を受賞しデビュー。2017年刊行の『ゲームの王国』で第31回山本周五郎賞、第38回日本SF大賞を受賞。2019年刊行の短篇集『嘘と正典』は第162回直木三十五賞候補となった。2022年刊行の『地図と拳』で第13回山田風太郎賞、第168回直木三十五賞を受賞。同年刊行の『君のクイズ』は第76回日本推理作家協会賞〈長編および連作短編集部門〉を受賞している。最新刊は新潮社刊『君が手にするはずだった黄金について』。
 
 

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