座・対談
「京都の記憶とともに紡ぐ物語」
~祝『八月の御所グラウンド』第170回直木賞 受賞~
万城目 学さん(小説家)P2




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4.ストーリー第一主義の書き方

齊藤
 先ほど「8、9割が現実で、1、2割が非現実」とおっしゃっていましたが、「現実」をしっかり書いても物語として面白い理由は「登場人物がすごく魅力的だから」なのかなと思います。「八月の御所グラウンド」だったら留学生のシャオさんが強烈な印象を残しています。そういう魅力的な登場人物や人間関係は、万城目さんの頭の中にどのように現れてくるのでしょうか。

万城目
 僕は結構ストーリー第一主義です。小説家って、二通りあるんです。ストーリーをきっちり組み上げて書く人と、「登場人物をこういう感じで配置したら、あとは勝手に彼らが動き出す」と表現する人と。あれは嘘だと思っているのですが(笑)。僕の場合はストーリーをまず考え、あくまでもそのストーリーを繋げていくのに必要な人だけを登場させるという形をとります。結構みんなちゃらんぽらんなふりして、実は登場人物たちは次のストーリーを繋ぐために制約がんじがらめで動いているんですよね。

齊藤
 彼らには役割がちゃんとあって、その通りに動いているのですね。

万城目
 アドリブとか許さないタイプです。

齊藤
 そうなんですか。

万城目
 逆に森見登美彦さんとかは、ストーリーを考えるのがめちゃくちゃ苦手なんですって。「このキャラクターでうんうん唸っていたら次の話ができて、漠然としたストーリーはあるけど、アイディアをこねくりまわしたら次が生まれてくる」みたいな。国が生まれる時の神話のような話をされるわけですよ(笑)。海を槍でごちゃごちゃ突いていたら土地が上がってきたみたいな。僕はストーリーが先にあり、それを構成する要因としてキャラクターがある感じです。そのキャラクターのパーソナリティに対して、好感を持ってもらうことが多いんですけど、それは単に僕がゆるい書き方しかできないからだと思います。ピシッとしたキャラクターを書くのが苦手で、どうしても途中で砕けていくというか崩れていくので。あと大阪の人間なので、まず読者を安心させるんですよね。主人公が何でもできて正論をぶちかます奴よりも、何かしら欠陥があって「しゃあないな」という感じにした方が読者は身構えないんです。これは司馬遼太郎方式と言って、彼の作品の中では『竜馬がゆく』が最も顕著ですが、不潔であるとか、自分の身の回りの整理ができないとか、何かしらの欠陥をまず出すことで、読者は安心するんです。そこに信念があれば、ただ身だしなみが立派で信念ある人よりも、読者の好感度が上がりやすいと言いますか。

齊藤
 確かに「八月の御所グラウンド」も主人公が彼女に振られてしまうところから始まりますし、「十二月の都大路上下(カケ)ル」は主人公が道をひたすら間違えるという性格ですよね。

万城目
 特に短編を書くときは、先に「この人はこういう人ですよ」とどんどん出していかないと、その後すぐにストーリーが始まるので間に合わないんです。まず先に「この人は方向音痴だ」ということをバーンと出して、そこからストーリーをスタートさせていくとテンポもよくなります。

 

 

5.はじめの一歩はメールから

齊藤
 万城目さんは大学時代に小説を書き始めたとお聞きしているのですが、そのきっかけはなんだったのでしょうか

万城目
 きっかけはいくつかありますが、まず文章を自分で書くという習慣は、それまで一切ありませんでした。当時はメールも携帯電話もなかったので、自分から自発的に文章を書く機会は本当になかったんですよ。せいぜい読書感想文の宿題とか、試験問題の論述とか年賀状とか、そのぐらいでした。それが、僕が3回生か4回生の時に初めて学生全員にメールアドレスが配布されて。大学の中のパソコンが置いてある教室でメールの文章を書いて、初めて「どうも人より面白い文章を書けるらしい」と気づきました。もうひとつのきっかけは、3回生になると大学に週1ぐらいしか行かなくなっていて、完全に宙ぶらりんで。その時に、これも恥ずかしい話なんですが、大学から自転車で帰る途中、鴨川方面から風が吹いてくるんですよ。なんかもう、ものすごい自分が透明だなと感じまして。透明というのは、空っぽだという意味です。サークルもやっていない、勉強もしていない、就職活動もやっていない、打ち込みたいこともない、みたいな。でも、あと数ヶ月経てば就職活動が始まって、否が応でも、このモラトリアムの時間が終わって、会社に行くと分かっていたので、その時に「書きとめないとだめだ」と、すごく思ったんですね。「この感覚は、おそらく人生の中で今だけで、あと数ヶ月経ったら、こんな風に感じたことも忘れて、一生思い出さないだろうな」みたいなことを思ってやり始めたのが、長編小説を書くということでした。詩を書くとか短編小説とかではなくなぜか長編小説だったのですが(笑)、そこから1年以上かけて書きましたね。出来はひどかったですけど、当時付き合っていた彼女と、総合人間学部のすごく本を読む女の子と、高校生からの友達と、3人に読んでもらいました。でも、3人から「気持ち悪い」「読めない」と言われました(笑)。「主人公が万城目に見えて読めない」と。でも、何かをやって「これは上手くなっていくな」「時間をかけたら伸びていくのではないか」という実感を得たのは生まれて初めだったんですね、勉強以外で。普通は多分中学高校の頃に、部活の練習などを通して体感する成長だと思うのですが。それで、就職後しばらくは、仕事をしながら執筆しました。「忙しくて書くことをあきらめるとしたら、その程度の熱意だろう」「もしそれでもまだ書きたいと思うのなら、そのときに会社を辞めるかどうか考えたらいい」と思いながら。結局会社は2、3年勤めて辞めましたが。

齊藤
 辞めたのは仕事の方ですか。

万城目
 そうです。これは編集者が作家になった人に「絶対やるな」と口を酸っぱくして言う選択肢らしいですよ、「会社を辞める」というのは。ましてや、小説家になってもいないのに会社を辞めるとか、正気の沙汰ではないかもしれない。でも僕は書くのが遅いから、会社から帰ってきてからの時間と土・日だけでは全然書き進められないんですよ。そうやって、どんどん書くのが遅くなっていって「もう辞めるしかないな」と決意して26歳で会社を辞めたので。そこから2、3年頑張って30歳くらいまで書いて結果が出なかったら、気持ちに踏ん切りがつけられるのではないかなと思いました。どちらかというと、「何がなんでも小説家になる」というよりも「実は俺はこんなことをしたかったんだ」という思いを抱いたまま歳をとりたくないという、そちらの気持ちの方が強かったです。後ろ向きなんです。直木賞もとれると思っていなかったし、小説家にもなれると思っていませんでしたから。

齊藤
 でもチャレンジはしたかったということですよね。

万城目
 それも後ろ向きなんですよ。

齊藤
 「チャレンジしない」という選択をしたくなかったという。

万城目
 そうなんです。何でもいいんですよ、別に書くモチベーションになれば。

齊藤
 最初に小説という手段を選んだのは、もともと本を読むのが好きだったからですか。

万城目
 それはありますね。

齊藤
 学生時代はどういった本を読まれていましたか。

万城目
 新潮文庫や岩波文庫の、ちょっと堅いやつを読んでいましたね。特に大学生の時は教養を身につけようと思って。所謂名作と言われていたものを、分からないなりに本屋の棚の端っこから読んでいきましたよ。当時はインターネットがありませんでしたからね、はかどりました。

 

 

6.大学生へのメッセージ

齊藤
 最後に大学生へのメッセージをお願いします。

万城目
 大学生の時はなるべく無駄で役に立たないことを、なるべく時間をかけて取り組むといいと思います。でも根拠はないです。横では社会とつながって名刺を作ってビジネスの真似事をしている人もいて、それを見て自分は何かしら間違っているのではないか、何か遅れているのではないか、と思うかもしれない。でも、惑わされずに、最終的には傍目から見たら無駄なこと、変なことでも、正体はわからないけど謎の情熱でやっている人の方が勝つというパターンが(「ウサギとカメ」のカメのように)、50歳近くになってみると多い気がします。お金を稼いでいるウサギは本当に稼いでいますけどね(笑)。京都はお金稼ぎが下手くそなカメのような人たちが集まっていたと思います。せっかく大学に来たからには無駄を突き詰めるとか、ちょっと資本主義からずれた方向で頭角を表す方が人生豊かになるのではないかと思います。

齊藤
 ありがとうございました。

 
(収録日 2024年1月29日)
 

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文藝春秋/定価1,760円(税込)

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対談を終えて

齊藤ゆずか
 対談を終えて 改めて、直木賞受賞おめでとうございます。取材が決まってから直木賞を受賞され、またとないタイミングでお会いすることができました。貴重な直木賞受賞時のエピソードも語っていただき、とてもわくわくする時間でした。
 「いま、この瞬間」の気持ちを残したいという思いで小説を書き始めたという万城目さん。いましか感じられないもの、書けないものがあるのだと気付かされました。同じ京都大学出身ということで、大学時代のお話を楽しく聞かせていただいたことも印象的です。京都の変わりゆく部分、変わらない部分をどちらも見つめて作品を書かれているのだと思いました。本当にありがとうございました。

 
P r o f i l e

万城目 学(まきめ・まなぶ)
 1976年大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。2006年に『鴨川ホルモー』でデビュー。同作の他、『鹿男あをによし』『偉大なる、しゅららぼん』『プリンセス・トヨトミ』が次々と映像化されるなど、大きな話題に。その他の小説作品に『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』(角川文庫)、『とっぴんぱらりの風太郎』(文春文庫)、『悟浄出立』(新潮文庫)、『バベル九朔』(角川文庫)、『パーマネント神喜劇』(新潮文庫)、『ヒトコブラクダ層戦争』(幻冬舎文庫)など、エッセイ作品に『べらぼうくん』(文春文庫)、『万感のおもい』(夏葉社)などがある。2023年8月刊行の『八月の御所グラウンド』は第170回直木賞を受賞する。
 
 

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