ノンフィクションライター・編集者 
稲田 豊史 氏 インタビュー

答えを解いていくのが人生ではなく、
問題を作っていくのが人生であり、
自ら問題を作る筋肉は読書をしてこそ作られる

「コストパフォーマンス」「タイムパフォーマンス」ですら「コスパ」「タイパ」と短縮し、昨今は「コスパがいい」「タイパがいい」ことが良いとされる風潮にあります。
読書はコスパが悪いのか?
インタビューを最後までお読みいただくことで、改めて自分自身の考えを思索していただけるのではないかと思います。

 
稲田 豊史 氏

稲田 豊史 氏
プロフィール
インタビュイー

全国大学生協連 全国学生委員会 委員長 佐藤佳樹

全国大学生協連
全国学生委員会
委員長 佐藤 佳樹
(司会/進行)
インタビュアー

全国大学生協連 全国学生委員会(東京ブロック)濱口 連理

全国大学生協連
全国学生委員会
(東京ブロック)
濱口 連理
インタビュアー

全国大学生協連 全国学生委員会 島田 大誠

全国大学生協連
全国学生委員会
島田 大誠
インタビュアー

(以下、敬称を省略させていただきます)

本を読まないことがもたらす弊害

佐藤 佳樹
佐藤
全国大学生協連が実施した「学生生活実態調査」によると、大学生の読書時間が2022年をピークに減少しているという結果が出ました。また2025年の調査では、本を読まない学生が増えたことに加えて、読書をしている学生の読書時間も短くなっていることがわかっています。タイムパフォーマンス(タイパ)を重視した社会のなかで読書離れが進んでいる傾向にありますが、そういったことに警鐘を鳴らされている稲田さんに、書籍をはじめとしたテキストメディアが持つ価値や、これからの時代に私たちは書籍や読書とどう向き合っていくべきかなどについてお話を伺いたいと思っています。
 
濱口 連理
濱口
読書をしない学生の増加だけではなく、読書をする学生の読書時間も減少しているという調査結果を受けて、私自身も小学生の頃の方が本を読んでいたと思います。
稲田さんご自身は本を読まないこと自体がもたらす最大の危機をどのようにお考えですか。
 
稲田 豊史 氏
稲田
まず大前提として言っておきたいんですが、本を読んでいるから偉いとか読んでいないからダメということではありません。読書によって得られるものと本以外のものから得られるものは別物であり、それぞれで備わる能力も違うということを強調させてください。そのうえで、じゃあ本を読まないとどうなるか。一番は思考の持久力が衰えるのかなと思います。

本を読まない人がどこから情報を得ているかというと、例えばネットの短い記事やSNS上の情報ですよね。あるいは、生成AIに聞けば知りたいことにぱっと答えてくれます。たしかに知識は得られますが、長時間考え続ける力が養われません。

一方、本にもいろいろありますが、割と歯ごたえのある本をじっくり、10万字なり10数万字なりに付き合うのは非常に体力と持久力がいります。しかもネットの記事やSNSと違い、丸1章分、1万字くらいかけてひとつの小結論に導くこともある。数百字程度の短いネットの記事でできる起承転結と1万字でできる起承転結とでは、次元がまったく違いますよね。

1万字分の論旨展開を追いかけるのはかなり体力がいりますが、その体力は結局のところ本を読んでトレーニングしないと獲得できません。いわば思考力の筋トレですが、それを怠っていると、何かについて連続して2時間なり3時間なり考え続ける持久力というものが身につかないんです。

本とは、物事を構造的に捉えるメディアです。一言で言えないような概念や考え、それを形作る複雑な構造が、膨大な文章で記述されている。しかもそこには、著者がその考えに至る過程の痕跡が詰まっているので、読者は著者が何年間も考え続けた思考を後からじっくりと追体験していくことになる。これはネット上の短文やSNSにはできない芸当で、おそらく本にしかできないと思います。

読書というのは、著者の思考回路を自分の中に半分くらいインストールする行為だと思うんですが、著者の意見に賛成しなくてもいいんです。インストールを繰り返していくうちに、自分以外の考え方や自分では思いつかないような思考があるのだと気づいて世界の広さを知ると共に、自分の知性をバージョンアップしていく。これが読書の目的です。

ネットなどで単発の知識を得るのは筋トレではなく食事です。すぐ動けるカロリーを摂取するために何かを食べる。しかし筋肉をつけて先々の運動性能を高めるには、食事だけでなく継続した筋トレが必要になるんですよね。
 
濱口 連理
濱口
筋トレの話とつながると思うのですが、子供の頃から読書をしている人は継続的に筋肉がついていることになり、幼い時だけ読書をしていた人との違いはあるのでしょうか。
 
稲田 豊史 氏
稲田
『本を読めなくなった人たち』
『本を読めなくなった人たち』
確かに幼少期から本を読んでいる人は文章を追いかけることが得意でしょうし、たくさん漢字が読めたり、早く読めたりはするでしょう。ただ、子供の頃の読書体験と大人になって考えながらする読書体験は違うものだと思います。著者の考えを推し量るとか、著者には同意せず自分の意見を持ち続けながら読むといった批判的な読書は幼少期にはしませんし、そもそも幼少期に読む本と大人になってから読む本は違いますよね。

幼少期に本を読んでいることが無駄だとは思いませんが、子供の読書と大人の読書はそこまでつながっていない。僕自身、小学生の頃は、大人から読むことを推奨された児童文学の類いは嫌いでまったく読まず、ファミコンと漫画漬けの日々でした(笑)。

だから、小学生の時に読書の習慣がなくても全く落胆する必要はないですし、子供の頃から読書をしてきた人に気後れすることもない。今からやればいいだけのことです。
 
濱口 連理
濱口
言語化していただいて、すごくしっくりきました。
 
島田 大誠
島田
筋トレと食事の例えがすごくわかりやすかったですし、『本を読めなくなった人たち』の感想として一言でまとめるとしたら今のお話なのかなと思いました。
 
稲田 豊史 氏
稲田
ただ、一言でわかることを本に書いてしまったら、人はそれ以上思考しなくなるんですよね。一言でわかることはネットに任せればいい話で、そういうのはXのポストにたくさん転がっているじゃないですか。これは『本を読めなくなった人たち』で言うところの「わかりみ」と言われるものですけど、140字ぐらいで「こういうことだよね、以上」と書かれると、人はそこで「わかった」と思い、思考を止めちゃうんですよ。

自分が書く本には、なるべく完全な答えを簡潔に書かないで、多くの「問い」を立てるようにしてるんです。問いだけ立てまくって、あとは読んでいる人に委ねる。読んで何か気持ちがザワッとしたとか、自分だったらこうじゃないかとか、さらに別の問いを立ててみるとか、別の人と感想戦が盛り上がるような状態にしたい。そういう意味で僕は、本を書くことで感想戦のネタを提供しているのだとも言えますね。
 
島田 大誠
島田
要約だと考えてしまった僕は、まだまだ筋トレが足りないですね。
 
稲田 豊史 氏
稲田
それでいいと思います。島田さんは僕の話が『本を読めなくなった人たち』を要約しているのではないかと、自力で発見したわけですから。
 
島田 大誠
島田
ありがとうございます。今からでも読書をすることは遅くないということに、すごく自分は救われました。
 

コスパ、タイパに逆行する読書の意義

濱口 連理
濱口
効率を重視する世の中で、読書は効率の悪い行為のように思えますが、敢えて読書をする価値や意味のようなものをどのようにお考えですか。
 
稲田 豊史 氏
稲田
読書を筋トレにたとえましたが、ジムに長く滞在してトレーニングするのは、果たして効率が悪いことなのか? では効率とはなんだろう?という話です。

「効率が悪い」とは、とった行動に対してのリターンが少ないということですよね。だとすれば、ジムで筋トレをするのは確かに時間がかかるけれども、その分必ず肉体になって返ってくるから効率が悪いとは言えません。多くの人は結果が返ってくるまでに「タイムラグがある」ことと「効率が悪い」ことを混同していると思います。5年後10年後にきちんとした結果が返ってくるなら、それって決して効率は悪くない。だから、読書について効率がいいか悪いかというのは、もう一度みんなで考え直してみる必要があります。

もうひとつ、ディズニーランド好きはなるべく朝早くから夜遅くまでいたいと思うものですが、そのことを「効率が悪い」という人はいませんよね。なぜならディズニーランドというのは、そこにいること自体が楽しいわけですから。ディズニーランドに行って何を得られたのか、どんな知識が増えたのか、何を得したのか、などと尋ねるのはナンセンスで、ディズニーランドはいればいるほど楽しい場所だから長くいる。読書もそういうことだと思うんです。

読書によって何を得られたのかという話ではなく、読書をしている間、「自分の思考が活性化することが楽しいし嬉しい」から読書をしている。究極的には、知識を得たいわけではないんですよね。単に知識を得たいのであれば、辞書を読めばいいし、ネットを漁ればいい。

本とは、ひとりの著者が考えた一連の思考の痕跡が大量の言葉数を費やして連なっているものなので、先ほども言ったように読みながら自分自身で問いを立てたり、何を感じたかを自問自答するのが大事だと思います。「思考のスイッチ」を入れられ続ける、というか。ディズニーランドが大好きで、1分1秒でも長くディズニーランドにいて楽しみ尽くそうとする態度と何ら変わりはないわけです。
 
濱口 連理
濱口
長期的な目線と短期的な目線というお話がありましたが、待てなくなっているのかなとも思います。
 
稲田 豊史 氏
稲田
皆、結果を早く求めたいんですよね。これは若者だけではなく、現代人の多くがそうなっていると思います。何かをしたら効果がすぐに現れてくれないと不安で、自分は無駄なことをしてしまったのではないかと焦ってしまう。だからこそ今売られている本の中でも、書いてあることがすぐに役に立つと思わせてくれる実用書や啓発書は比較的よく売れます。
 
濱口 連理
濱口
現代人に合わせて作られているということですね。
 
稲田 豊史 氏
稲田
例えば、夏目漱石の『こころ』を読んで、それがいつ何の役に立つかなんて、誰も予想できないわけじゃないですか。おそらく一生のうちにどこかで役には立つのだけど、それが何年後、何十年後のどの局面でどういう役に立つのかは誰もはっきりとは言えない。これを多くの人は「費用対効果が悪い」と言ってしまう。リターンが見えない、それを約束してくれないとみんな不安なんです。
 
濱口 連理
濱口
将来性の不透明感みたいなものも少し関係しているかなと思っています。
 
稲田 豊史 氏
稲田
おっしゃる通りで、20世紀後半の日本では将来がある程度予想できたんですよね。未来は必ず明るくて、経済が必ず発展するとみんなが信じていた。だけど今の社会はそうではないので、早めにリターンがないと不安を感じるのは仕方ないと思います。
 
島田 大誠
島田
自分はお恥ずかしながら単発の情報が大好きで、例えばXやYouTubeのショート動画をひたすら縦スクロールしたりしてしまいます。最近は止めようと頑張ってはいるのですが。
 
稲田 豊史 氏
稲田
僕はショート動画やSNSの閲覧をやめるべきだと思っているわけではありません。YouTubeやTikTokだって見ていいし、InstagramもXもやっていい。同じように「本も読んだっていいじゃない」です。
 

まずはベストセラーから

島田 大誠
島田
本を読むことから遠ざかりがちな学生たちに対して、例えば幼い時に本を読んでいた人は改めてもう一度、大学生になって初めて本の世界に足を踏み入れようとする人にはそのための第一歩として、どういう心の持ちようで本を選べばいいのか、稲田さんでしたらどのような提案をされますか。
 
稲田 豊史 氏
稲田
まず心の持ちようで言うと、別にスマホを捨ててまで本を読めとは全く思わないんですよ。SNSは情報源として大事ですしね。ただ、長く複雑な概念をきちんと文章で理解できるような能力は今後どんどん「レアスキル化」していくので、むしろその能力を備えている人のほうが、その後の人生で「勝てる」場面が多くなると思います。これは本を読む大きな動機になるのではないでしょうか。

本の選び方についてですが、基本的に本を読まない人は本を選べません。これは服を買い慣れていない人がどの店に行ってどんな服を買っていいのかわからないとか、化粧をしたことがない人がどの口紅を買っていいかわからないのと同じなので仕方がない。化粧って、最初は右も左も全くわからない状態からスタートして、自分の顔の形や骨格がどうなっているかを冷静に把握し、少しずつ道具の使い方をマスターする……と、順を追った修練が必要になるじゃないですか。

自分に合う本を選ぶのも同じです。一朝一夕には選べない。じゃあどうするかといったら、売れている本から順に読んでください。これは映画でも同じことが言えるのですが、何の映画を見たらいいかわからなかったら、興行収入の良いものから順に見ていけばいいです。

もちろん売れているからといって自分に合うとは限らないですし、面白いと思わないかもしれない。でも、こういう問いは立てられますよね。「なぜ自分はこんなに面白くないのに、世の中のこんなにも多くの人がこの本に熱狂しているのだろう?」。読書のいいところですよ。読んだ本に全面同意する必要は全くないので。

ベストセラーの本をまず読んでみて、面白いと思ったらその著者の本を読み続ければいい。同意できなかったり、なにひとつ面白くなかったりしたら、なぜベストセラーなのかを突き詰めて考える。すると「自分は何に同意できないのか」が明確になってきますよね。次に手に取る本もおのずと見えてきます。小説以外の本であれば、参考文献が巻末にたくさん載っているので、本文中の引用箇所でしっくりくるところがあれば、その引用元の本を次に読んでみてもいい。そうして繋げていけば、自分にとって面白い本や自分に合う本に出合いやすくなります。

売れている本を端から順に手に取ることに、抵抗があるかもしれません。でもそこには、多くの人がお金を出してまで読みたいと思わせる、何か大きな理由が絶対にあるはずだし、その理由は考えてみるに値します。ヒットコンテンツと呼ばれるものは社会の映し鏡で、必ずその時代の空気や世情を反映していますから。その時の大衆がもっとも共感できることを表現している。好むと好まざるとに関わらず「社会」がそこに凝縮されている。一番売れているものを体験することで、今の社会のありようを手っ取り早く把握できるんです。こんなにコスパのいいことはありません。

体験してもピンとこなかったら、他の人の感想を漁ってみるといいと思います。自分以外の多くの人たちは、一体どこに心を動かされているのか? それがわかるとヒットの理由が見えてきますし、そういうことを繰り返していると自分の「好み」も絞れてくる。だから好みを先に決めずに、とにかく売れ線から順番に読んでいってください。ベストセラーは絶対に図書館にありますから、最初はお金をかけなくてもいいんです。

また、最新作ではなく、2、3年くらい前のベストセラーを読むことにも意味があります。当時世の中でウケていたことが、その後の社会変化の予兆だったりするので。2 、3年前の本と現在の状況を照らし合わせることで、色々な答え合わせができるんですよ。

それと、基本的にベストセラーは難しくない本がほとんどなので、読書入門としては最適です。いわゆる「わかりにくい本」がベストセラーになったことは過去一度もありません。わかりやすい本というのはレベルが低い本ということではなくて、書き手に筆の力があり、編集者の編集力もずば抜けて高いということです。要は「ウェルメイド」。売れてる本は本当によくできてるんです。プロがプロの技術を結集して作った本だから品質面では間違いがないし、安心して読むことができる。どんな趣味分野でもそうですが、最初から一流に触れることはとても大切だと思います。
 
島田 大誠
島田
本当におっしゃった通りで、『本を読めなくなった人たち』も最初に新書の人気ランキングで展示されていたので手に取りましたし、読み始めると面白くて、その選び方はすごく自分にもマッチしていたと思います。

最近本を読むことに対して、脳科学的なことよりも長い自分の将来を考えるようになって、大人になったスマホを持っている自分と本を読んでいる自分を比べてどちらになりたいかと思った時に、自分は本を持っている大人になりたいと思うようになりました。
 
稲田 豊史 氏
稲田
そういうのも良い動機だと思います。本だけでなくあらゆることがそうだと思いますが、なりたい自分をイメージして、そこに到達すべく具体的な目標を設定するという意味では、そのような本の読み方もありだと思いますよ。
 

人を知り、物を知る。読書と知識はニコイチ

島田 大誠
島田
次に本の読み方のところをお聞きしたいのですが、本を読むという第一歩は達成できても、長い文章に対する読解力や耐性がない場合、文章の奥にあるコンセプトや人の結びつきに気づけなかったり、書き手の感性を受け取ることが難しかったりするのではないかと思います。これは読書をすることで慣れていくものだと思うのですが、そういうことを養うための読み方やトレーニングみたいなものはあるのでしょうか。
 
稲田 豊史 氏
稲田
ある程度の知識がないと読めないというのは厳然たる事実で、読書と知識はニコイチなんですよね。先ほどお話したように、思考力をトレーニングするのが筋トレだとすると、知識を得るのは食事です。強靭な筋肉をつけるには食事をするだけではダメだし、筋トレをするだけでもダメ。お腹が空いていると筋トレができないように、食事をして筋トレをするという順番が大事。知識を得て思考をトレーニングするという順番になります。知識とは道具でありツールですから、読書において感情や文脈を汲み取れないのは知識という名の道具が不足しているということ。

では読書をするうえで必要な知識とは何か。「物を知る」ことと「人を知る」ことの両方ですね。物を知らないと、登場人物が発した言葉をそのまま受け取ってしまい、時代背景や社会背景に紐づいた人物の気持ちなどが理解できません。物語が示している比喩にも気付けない。

これは本ではなく映画ですが、ディズニーアニメに『ズートピア』という作品がありますよね。一見するといろいろな種類の動物が共存している世界で起こるファンタジーですが、現代アメリカの社会問題について少しでも知識があれば、ここに出てくる肉食動物と草食動物が「アメリカ社会における黒人と白人の比喩」であることに気づきます。しかしそこに気付けないと、この映画が提示している問題意識の8割は受け取れません。読み解きに必要な知識や教養の獲得、これが物を知るということです。

人を知るというのは、いろいろなタイプの人に会うことで、自分とは違う社会的環境に置かれている人の思考回路を知るということ。人と会わずに読書をしている人は、登場人物の気持ちが推し量れません。いろいろな人の価値観を知らないと、「なぜそんな行動を取ったのか」を理解できないからです。

物を知り、人を知ることが、本を読む際の強力な一助になります。それまでに気づけなかった文脈や行間や比喩に気づけるようになりますし、登場人物の感情の機微も細部まで捕捉できるようになる。知れば知るほどいろいろな本が読み解けるようになるんです。
 
島田 大誠
島田
『ズートピア』の話に関連して、ジブリ映画なども当時の時代背景を反映しているという話を考察しているチャンネルで見たことがあります。
 
稲田 豊史 氏
稲田
考察というのは自分ではない他の人が、その人の信じる「正解」を発表するコンテンツなので、我々が自分の頭で考えるチャンスを与えてはくれません。全く筋トレにならないんです。自分で考えなくともリターンがすぐ手に入るので、「考察はコスパがいい」とも言えます。

考えるより前に正解を与えられて気持ちがいいことは否定しません。それはそれで一つのカタルシスだと思います。ただ、そればかりだと自分で考える筋肉がつかない。娯楽なんてそんなもんだろうという意見もあるかもしれませんが、何かについて自分で問いを立て、思考するというトレーニングを怠っていると、先々の人生でいつか詰んでしまうと思うんですよ。

なぜなら、誰かが考察動画をアップしてくれるエンタメと違って、人生にはヒントも正解も、なんなら「問い」すら勝手に立ってはいないからです。人は人生の中で何度も「何かうまくいかない、何か不安だ」という局面に立たされますが、親切に「これを解けば解決」という問いやミッションがゲームのように設定されているわけではありません。行き詰まったら、自力で問いを立てるところから始めなければならない。それには思考力という筋肉が必要なんです。

答えを解いていくのが人生ではなくて、問題を作っていくのが人生です。その問題を作るための筋肉は、読書のような筋トレをしないと養われません。

『ズートピア』は、ただ漫然と観ていても楽しめます。ディズニーアニメはものすごくよくできていて、問いを発見しなくても楽しく見ることができるように作られているので。でも同時に、観客が無数の問いを立てられるようにも作っている。だから同じ作品を見ても、人によって受け取るものの「量」がまったく違ってきます。コスパの話をするなら、同じ時間を費やして受け取るものの量が多い方が「コスパがいい」ですよね。つまり筋肉がついている人の方が結局は有利なんです。
 
濱口 連理
濱口
私は演劇部だったので共感できるのですが、作る側としては想いというかテーマを見つけてほしいと思って作るのですが、でもわかりやすく作らないといけないところはジレンマを感じていました。
 
稲田 豊史 氏
稲田
文章も映像も演劇も、受け手にどれくらいのリテラシーがあるかを想像して作らなければならないのは確かです。ただ、ディズニーやピクサーのようなプロ中のプロが作るものは、ある種のわかりやすさを備えながら、それを削らないまま、深いところまで分け入ることができる観客には本質的なものをちゃんと提供するという両方の性質をもっています。だから子供はもちろん観られるし、大人が見ても刺さります。
 
濱口 連理
濱口
気づけなかったものに気づけた時は、すごい達成感を感じますね。
 
稲田 豊史 氏
稲田
「気づく人だけが気づく」ことが世の中には山ほど転がっていて、向こうからは教えてはくれません。気づくためのトレーニングとして読書があるということです。
 

全面的に同意する必要はない

佐藤 佳樹
佐藤
わかりやすい例えでお話いただき、読書の楽しみとか、文字になっているものをどう読み解くかについて、改めて考えたところです。

昨日、ビジネス書を読みながら本を閉じて考えて、また読み進めてというのを2時間繰り返して東京に戻ってきました。2年前に読んだ本ですが、改めて最近読み直して自分自身が考えることが全く違うことを感じています。これが筋トレなのかなと感じていました。
 
稲田 豊史 氏
稲田
そうだと思います。映像作品は後戻りできない一本筋の語りで観客を没頭させますが、読書はいつでも立ち止まれるし、全く違う寄り道もできるし、なんなら1回本を閉じて別の本を読んだりしてもいい。あと本好きには怒られるのですが、僕はよく本の余白にいろいろなことを書き込みます。本の内容と全然関係ない、突然思いついたことを書き込んでいたりしますが、これもやはり思考力の筋トレだと自分では思っています。
 
佐藤 佳樹
佐藤
最後に今の若者に向けて、今後の生き方などについてメッセージをいただけたらと思います。
 
稲田 豊史 氏
稲田
すごく天邪鬼な言い方をするなら、生き方の指針みたいなものを説いてくる大人の言うことは、あまり聞かなくてよいのではないでしょうか。なぜかというと、その大人にとって都合のいい若者像に仕上げようとしているからです。大人の言うことにそのまま従うのではなく、大人の想像を若者が超えてくるから社会が発展するわけですよね。それまでの人が思いつかなかったことを若い人が思いついたから、今のすごい技術進化や社会の発展がある。経験に基づくアドバイスは聞いてもいいけれど、大人があまり大きなことを言い出したら警戒してくださいね(笑)。

さらに言えば、今日お話ししたことも、単に僕個人の考えなので、これがもし本だとすれば、その内容に全面同意する必要は全くありません。部分的にここはわかるがここはわからないとなってもいいし、ここは賛成できるがここは大反対となってももちろんいい。そのように受け取っていただければありがたいです。
 
佐藤 佳樹
佐藤
すごい刺激を受け、自分もいろいろな考えを巡らせる時間になりました。改めて、ありがとうございました。
 

2026年6月22日 リモートインタビューにて

 

PROFILE

稲田 豊史 氏
稲田 豊史
1974年 愛知県出身
横浜国立大学経済学部卒業
映画配給会社および出版社でゲーム業界誌の編集記者、DVD業界誌の編集長、書籍編集者を経て独立。
書籍の執筆を中心に、コラムやルポの寄稿、インタビュー、講演・講義など活動は多岐に渡る。
著書に『映画を早送りで観る人たち』、『本を読めなくなった人たち』など多数。
 

その他のインタビュー