Reading for Pleasure No.38

No One conquers who does not fight.

水野邦太郎
   幕末の志士、吉田松陰が30歳で死刑に処されることを悟ったとき、「親思ふ心にまさる親心 けふの音づれ何ときくらん」という句を残しています。「親思う心にまさる親心」とは、子が親を思う気持ち以上に、親の子に対する愛情はさらに大きく強いものだという意味です。この松陰の辞世の句を紹介したのは、今回、紹介するLetters of a Businessman to his son のタイトルから、著者の「思い」を想像して欲しいと思ったからです。

 著者は2度にわたる心臓の大手術を受け、「生きているうちに、これだけは息子に伝えておかねば」という切迫した気持ちを抱きながら、息子が17歳のとき、息子に宛てて手紙を書き始めました。よって、もともと出版することなど考えてもいませんでした。それから約20年後、息子に会社を譲るところまで、30通の手紙がしたためられます。

 手紙につけられたタイトルをいくつか紹介します。: Challenge (あえて挑戦を)、 Education (教育の設計)、 Friendship (友情)、 Integrity (誠実さ)、 Marriage (結婚)、 Money (金銭感覚)、 On Criticism (批判について)、 On Success (成功について)、 Stress and Your Health ( ス ト レ ス と 健 康 )、 That Balance in Life (生活とのバランス)、 The Value of Reading (読書の価値)。これらすべての手紙から「親思う心にまさる親心」がひしひしと伝わってきます。

 最初の第一通(Challenge)から、「父親って在り難いなぁ~」と思う箇所を紹介します(城山三郎=邦訳)。著者は、息子が合格した大学に入学するのをためらっていることを知ります。The challenge you are facing now-tackling this new school-is a crossroad in your life, and if you cannot even try testing your footing on this new, statistically proven surer road to success because it might be too demanding, then you have already-at a very young age-started the pattern  that twenty or thirty years from now will lead you to say “ life passed me by.” (君はいま戦いを、この新しい学校に取り組むことを、挑まれ、人生の岐路に立っている。この新しい、統計的にも立証されたより確実な成功への道で、険しすぎるのではないかと、足掛かりを試すことさえもしなければ、君はすでにその若さで、20年あるいは30年先に、「人生は私の前を素通りしていった」と言うのがおちの生活を始めたことになる。

There is a tide / in the affairs of men. Which, taken at the flood, leads on to fortune; 
Omitted, all the voyage of their life is bound in shallows and in miseries.

-Wm. Shakespeare Julius Caesar
 (人の世には潮があって、満潮に乗り出せば幸運をもたらし、無視すればその航海はすべて浅瀬に乗りあげ不幸に終る-シェイクスピア『ジュリアス・シーザー』)

Challenge is treated differently by different people. Some people are so afraid of life they accomplish about as much as a cow in pasture does; others thrive on challenges and are constantly looking for new ones. Between the two extremes is the denominator called common sense which should separate the challenges that lead nowhere from those that lead somewhere. After a while you learn that challenge is a part of life-and you learn how to take it in your stride knowing that you will win most of the time, lose some of the time, but become a better man either way for having tried. (挑戦を受けたときにとる態度は人によって違う。人生を恐れるあまり、牧場の雌牛ほどの業績しかあげない人もいる。挑戦を生き甲斐にして、つねに新しい戦いを求めている人もいる。この両極端の間に、「常識」と呼ばれる基準があって、これが無意味な挑戦と意味のある挑戦とを分けている。まもなく君は挑戦が人生の一部であることを知り、巧みに対処するようになるだろう。たいていは勝ち、ときには負けるだろうが、いずれにせよ、試みることによって、それだけ成長できることを知るだろう。)
 「生きることは、逃げないということだ」という父親の慈愛に満ちた生きることへの励ましを感じられないでしょうか。「人生が何をわれわれに期待しているか」を考える際の指針として、何度も読み返したくなる本です。

 

今回ご紹介の本

  • G.Kingsley Ward
    『Letters of a Businessman to his son』

    IBCパブリッシング/本体1,400円+税
  • キングスレイ・ウォード
    (城山三郎=訳)
    『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』
    新潮文庫/本体590円+税
 

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P r o f i l e

水野 邦太郎(みずの・くにたろう)

千葉県出身。江戸川大学メディアコミュニケーション学部教授。博士(九州大学 学位論文. (2017).「Graded Readers の読書を通して「主体的・対話的で深い学び」を実現するための理論的考察 ― H. G. Widdowson の Capacity 論を軸として ―」)。茨城大学 大学教育センター 総合英語教育部准教授・福岡県立大学人間社会学部准教授を経て、2018年4月より現職。

専門は英語教育学。特に、コンピュータを活用した認知的アプローチ(語彙・文法学習)と社会文化的アプローチ(学びの共同体創り)の理論と実践。コンピュータ利用教育学会 学会賞・論文賞(2007)。外国語教育メディア学会 学会賞・教材開発(システム)賞 (2010)。筆者監修の本に『大学生になったら洋書を読もう』(アルク)がある。

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