あの頃の本たち
「日本文学をアメリカで」辻堂ゆめ

日本文学をアメリカで

辻堂ゆめ Profile

 私は帰国子女だ。
 帰国子女で作家というのは、ちょっと珍しいかもしれない。でも、海外に住んでいたあの時期がなければ、たぶん、作家にはなれていなかった。
 中学1年生から高校1年生までの4年間、父の転勤でアメリカのニュージャージー州に住んだ。2005 年に渡米して、2008 年のオバマ大統領当選の瞬間も現地で迎えた。最初はまったく英語が分からず、“Do you want to play basketball?" という簡単な英語さえ聞き取れなかった。思春期に突入してからは、「どうしてアメリカなんかに連れてきたの」と泣いて騒いで親を困らせた。しばらくすると英語は上達したけれど、芸能人やテレビドラマの話題には少しもついていけなかった。
 郷に入っては郷に従え──の精神で現地の文化に染まればよかったのに、殻に閉じこもった。放課後にはひたすらインターネットで日本のテレビドラマを見た。YUI、いきものがかり、嵐、GReeeeN など、日本で流行っていた音楽ばかりiPod で聴いた。
 読む本も、日本語の本だけ。国語(英語)の授業で課題として出された本は、少しずるいけれど、日本語訳を買って読んだ。『ハツカネズミと人間』『グレート・ギャッツビー』『ロミオとジュリエット』──英語で読むと大まかなあらすじしか分からない本が、日本語で読むと、一つ一つの描写やニュアンスが美しく、胸に迫って感じられた。
 平日は現地校に行き、土曜日に日本人補習校に通った。補習校での国語(日本語)の授業は、毎週楽しみだった。『走れメロス』『羅生門』──小学生の頃、子ども向けの解説つきの本を読んだことがあったけれど、アメリカの地でそれらの作品を読むことは、また違った懐かしさがあった。英語漬けの日常を抜け出して、日本の文学に浸れる瞬間が、この上なく幸せだった。
 補習校には、図書室があった。毎週三冊必ず本を借りて、家に持って帰って読んだ。中学生向けの棚をほぼ制覇して、小学校高学年用の棚にあった松原秀行さんの「パスワードシリーズ」やはやみねかおるさんの「夢水探偵シリーズ」にも手を出した。
 たぶん、寂しかったのだと思う。アメリカに住んでいる間、私はそうやって日本に思いを馳せ続けていた。
 そんな時期に数多く触れたのは、戦争文学だった。
 ノンフィクションだと『流れる星は生きている』(藤原てい)や『収容所から来た遺書』(辺見じゅん)。フィクションの小説では、『日輪の遺産』(浅田次郎)や『僕たちの戦争』(荻原浩)。ほかにも、いくつか。
 今振り返ると、中学生なのによく集中して読んだな、と思う。といっても、現地校では“Remember Pearl Harbor" と聞かされ、日本では「原爆を忘れるな」と教えられてきた私が戦争文学に興味を持ったのは、ごく自然な流れだったのかもしれない。
 その中でも、当時の私に最も強い印象を与えたのは、『二つの祖国』(山崎豊子)だった。
 時は太平洋戦争時代のアメリカ。日系二世の主人公たちは、アメリカ人として育てられてきたにも拘わらず、強制収容所に入れられてしまう。東南アジアの激戦、原爆、東京裁判。主人公は、二つの祖国の間で過酷な試練にさらされる。
 壮大で凄絶なこの話を、その頃の私は、おこがましくも自然と自分自身に重ねてしまった。アメリカでは「移住してきたアジア人」、日本に帰ると「西洋文化に染まったアメリカ帰り」。自分がこんな状況に置かれたら、何を考え、どう行動するだろう。他人事とは思えず、読みながら目に涙が浮かんだ。
 どっちつかず、というのが一番苦しい。自分がどこに帰属するのか分からなくなったとき、人は最も大きな支えを失う。
 そんなわけで、『二つの祖国』を中学二年生で読んで以来、私はずっと、帰属する場所を探していた。どっちつかず、は悲しい結果しか生まない。「祖国」はどこなのか、きちんと決める必要があった。
 そして──結局、日本を選んだ。
 帰国してから、早9年が経とうとしている。高校生の頃こそアメリカっぽさが抜けなくて「帰国子女」のレッテルを貼られていたものの、今や自分から言い出さない限り、誰も私が日本を離れていた時期があるとは思わない。
 ちょっと考え方がひねくれているかもしれないけれど、いずれにせよ、アメリカにいた4年間は私にとってかけがえのないものだった。本をたくさん読んで、日本語の基礎を鍛えた。日本文学の美しさに気づいた。自分という存在を外から見つめ直すことができた。つぶれてしまいそうだった時期に手を差し伸べてくれたのは、いつも本だった。
 ありがとう、本。よかったら、これからたくさんの恩返しをさせてください。

 
P r o f i l e

つじどう・ゆめ
1992年神奈川県出身。東京大学法学部卒業。ミステリー作家。
2014年、第13回『このミステリーがすごい!』大賞優秀賞を大学4年生で受賞。
2015年2月、『いなくなった私へ』(宝島社)でデビュー。
2015年4月以降、IT通信企業で働きながらミステリー小説を執筆。

著書に『コーイチは、高く飛んだ』『あなたのいない記憶』(以上、宝島社)、『悪女の品格』(東京創元社)がある。最新刊は『僕と彼女の左手』(中央公論新社)。

※「辻堂ゆめ」さんの「辻」はしんにょうの点がふたつです。

記事へ戻る

「あの頃の本たち」記事一覧


ご意見・ご感想は、大学生協の個人情報保護方針にご同意の上、
下のボタンからお送りください。

*本サイト記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。

ページの先頭へ