大学教育におけるICT 活用の現場を探る

大学と新型コロナとICT。〜名古屋大学での実例を参考に〜

新型コロナ後、大学教育は、どこへ向かっていくのか?

新型コロナウイルスの感染症対策として始まったオンライン授業が、これからの大学教育のあり方を変えようとしています。
こうした中、ICTを活用することで、大学教育の効率化と深化をどこまで進めることができるのか。
大学は、新型コロナ後に向けた新たな変容を迫られています。
その時、大学生協にできることとは…
名古屋大学の藤巻 朗 副総長、
株式会社日経BPの中野 淳 氏、
名古屋大学 生協学生委員長 中野 駿さんにお集まりいただき、
お話を伺いました。

CL TOPICS

CL TOPICS

アンケート調査に浮かびあがる学生たちの真の姿

木原:今回の座談会のテーマは、「大学教育におけるICT 活用の現場を探る」です。大学生協と日経BP では大学でのICT の教育活用について、今回、独自のアンケート調査を行いました。
では、その結果分析の説明を中野君からお願いいたします。

名古屋大学 理学部数理学科3年 名古屋大学 生協学生委員長 中野 駿さん
中野 駿さん

中野駿:今回のアンケート調査は、講義のデジタルシフトやPC の必携化が急速に進展することに伴う、大学での教育と学びのあり方の変化を正確に把握することを目的に実施しました。愛知、岐阜、三重、静岡の東海地区の20の大学生協の学部生合わせて6万5,000人ほどを対象に7,673名、名古屋大学では8,733名を対象として900名の学生から回答を得ました。
まず、緊急事態宣言前の4月19日から4月25日の1週間で何日登校したかという調査では、1年生は週に5日間登校するという学生が最も多く、2年生、3年生は3日という学生が一番多くなっていることが分かります。文系、理系で比べてみると、明らかに理系のほうが登校日数は多くなっているという結果が出ています。
続いて、対面授業、ライブ講義、オンデマンド講義、それぞれの1週間の講義日数を比べてみると、1年生は対面授業が週に4日から5日という学生が最も多く、ライブ講義やオンデマンド講義は週に3日から4日というのが主流。一方で2、3年生は全て週に1日から2日という学生が多いようです。
各授業の満足度について調べてみると、相対的に対面授業の満足度が最も高くなっています。先生方には申し訳ないですが、ライブ講義が一番満足度としては低いという結果が出ています。これは満足度にも関係していると思いますが、それぞれの授業のメリット、デメリットをどのように感じているかを調査してみました。対面授業では「全学年で受講生同士のコミュニケーションが取れる」、ライブ講義は「通学が楽」、オンデマンド授業は「時間が自由である」ということに最も大きなメリットを感じていることが分かりました。一方でデメリットについては、対面授業、ライブ講義ともに「時間の制約がある」、オンデマンド講義では特に1・2年生で「受講生同士のコミュニケーションが取れない」ことを挙げています。
オンライン授業で改善してほしいことや悩んでいることについて聞いてみると、どの学年も「目が疲れる」が1位で、続いて「集中できない」「友達と会えない」ことが上位に挙げられています。「友達の人数別の大学生活の楽しさ」を調べてみると、やっぱり友達が多くなればなるほど楽しく感じる人が増えていることが分かります。人間形成の場である大学生活においては、友達の存在が非常に大きなものになっていることが感じられます。

ベストミックスを目指してこれからの講義、大学の学び

木原:藤巻先生、今回の調査結果を受けて、ICT 推進に関わる問題をどのように認識しておられるのか教えていただけませんか。

東海国立大学機構 名古屋大学 副総長 藤巻 朗 先生
藤巻 朗 先生

藤巻:教員の立場で言うと昨年来のコロナ禍によって、オンデマンド、オンラインというこれまでに経験したことのない講義形態に対応せざるを得ませんでした。どの先生方も大変ご苦労されたことと思います。結果的に先生によって、クオリティーの差が表れてしまったことも否めない事実でしょう。
ただ、オンデマンド講義は今後も一つのオプションとして残っていくのではないか、と思っています。いわば別な形の教科書ができたようなものです。図書館に行かないと今までは巡り合えなかった本が、無料でダウンロードできると思えばいいんだろうと。さらに教科書を自分で読むよりは、声を聴きながら見ることができれば、これは十分に生かせるのではないかと思っています。しかも、気になる所を見直すということが簡単にできますよね。もう一つは、対面授業の良さが改めて分かったという点です。アンケートの結果にも出ていると思うんですが、友達が横にいると相対比較ができます。するとやる気が出てくる。安心できる。心強い。やはり対面授業にはそういったプラスの効果が大きいんですね。重要なのは励ましというか、やる気を出してもらうこと。それは友達がいるということも含めて大変重要だと思っています。

木原:オンデマンドの教材がオプションというか、別の教科書のようにも使えるというお話もありましたが、日経BP の中野さんとしては、ICT 活用も含めてどのようにお考えですか。


日経BP 中野 淳氏

日経BP 中野:アンケート結果からは、実にいろいろなことが分かったのではないでしょうか。コロナ禍にあって継続してこういう調査をしていくと、またいろんな違いや変化があって、読み取れるところも多いのではないかと思いました。
中でも私が注目したのは、藤巻先生からもお話がありましたコミュニケーションの課題についてです。これまで私が関わってきた全国の高等教育での現場取材でも同様の課題が聞かれます。それをどう克服していくのか、乗り越えていくのか、それは全国でいろんな取り組みがなされているところでもあるのです。例えば、大学生協の講座などは一定の期間が終わると当然終了すると思うのですが、参加した人が継続的にコミュニケーションを取れる、リアルに意見交換ができるような場を持つ、こんなことが連携してできるといいのではないかと考えています。
二つ目が、オンライン授業との関わり方です。教育現場はコロナ禍の状況を受けて、本当にいろんな形で学びを実践しています。今回得たオンラインの学びのノウハウやスキルをつなげていけば、間違いなく今後に役立つだろうと思っています。基本的に学ぶ場所を問わないオンライン授業の仕組みは、複数のキャンパスに分かれた高等教育機関において学生の学びを推進する意味でも非常に効果的です。名古屋大学と岐阜大学も今後、統合が進むと考えられます。そういったノウハウを基にして、新しい学びを進めていくモデルケースになっていくことができると素晴らしいのではないでしょうか。
藤巻先生、1点質問させていただけますか。ワクチン接種が進んでいるとはいえ、今はまだ新型コロナウイルスの感染状況も不透明だと思うんですけれども…。来年度以降の大学での学びが、いったいどうなっていくのか。オンラインの比重や位置付けをどうしていくのかというのは、実際のところ、大学としてはもう見えてきている部分なんでしょうか。

藤巻:大学としては、コロナ禍が終わっても、それぞれの講義の良いところを上手に利用して進めていきたいと考えています。ベストミックス、あるいはベストブレンドと呼んでいますが、そういった形で進めていくことができれば、ということです。
例えば、セミナー。通常、セミナーといえばたくさんの学生が一つの会場に集まって開催されるものですが、それをweb で行うのがいわゆる「ウェビナー」です。実は、名古屋大学でもこれが大変高い出席率を示しています。人数に制限がないので毎回多くの学生がこぞって参加しています。コロナ禍への対応を経て、こういったものがどんどんやりやすくなったというのは事実です。
講義に関しては、やはり友達と会う機会を作ることが重要なので、対面授業を増やしていきたいと思っています。人は人にしか励まされないので、そういう意味では、やはり人と人とのコミュニケーションが重要なのではないかと思います。

デジタル・ネイティブ世代でも、新たな出会いには苦戦する

木原:では、ここからは、何かお互いに聞いてみたいことや、今までのお話で何か気になった点などがあれば…どなたかございますでしょうか。

日経BP 中野:それでは私から。今度は生協の皆さんや学生スタッフの皆さんにお聞きしたいんですけれども。皆さんは今や当然のように日々の学習でパソコンを使っていらっしゃるわけですが、最初からすべての学習が滞りなくできたわけではありませんよね?入学してから今に至るまで徐々にパソコンの使い方、慣れていない人はオフィスの使い方を学んだり…などいろいろあったと思います。その状況を新入生に当てはめてみると、今は入学した直後からこういうものを使って授業をすることになります。パソコンを持っていればすぐにやれるかといったらそんなことはなくて、やはり戸惑ったりすることも多いと思います。実際、新入生の皆さんというのは、その辺りはうまくやれているのでしょうか。それとも、やはり結構困っているのでしょうか。また、大学生協では独自にこうした課題に備えるための講座を実施しているのでしょうか。また、こうした講座を実施している場合は、講座の受講生の満足度はいかがでしょう。パソコンの活用スキルの現状、特に今回の新型コロナウイルスの感染拡大で新入生のパソコン活用スキルの獲得にどのような影響を受けているのかを教えていただけますか。

中野駿:それでは、私の方から答えさせていただきます。私の代までは普通に講座を受けていたんですけれども、下の代の知り合いの話を聞いたところ、そのパソコン講座は今年もオンラインで実施されています。パソコンの使い方をオンラインで学ぶという何かちょっと不思議な状態になっているんですけれども…。本来はその場でオフィスのソフトの使い方を教えたりするのがメインの講座なのですが、当節はやはりパソコンの使い方、Zoom の使い方、操作がよく分からないといったところで止まってしまうことが多いようです。そこの強化というのは来年度以降は特に考えていかなきゃいけないところなのかなというのはすごく思っています。デジタル・ネイティブと言われる世代でも、やはり教えてもらわなくては分からないことも多いということです。

日経BP 中野:大学のオンライン教育について取材すると、Zoom などのオンラインサービスの活用スキルに課題があるという話をよく聞きます。例えば、こうしたサービスは途中でグループに分かれて議論するといった使い方ができます。また、ファイルを共有しながら議論を深めるといった活用も可能です。ところが、サービスを使って授業の様子を学生が視聴することができても、こうした活用がうまくできないといったケースがあります。これは、学生のスキルの問題もあるし、教員がこうした機能をうまく使えないという問題もあります。こうした機能の活用やオンライン授業をうまく進めていくためのノウハウなどを、うまく蓄積して大学全体の学びの質を高めていけると素晴らしいと思います。大学によっては、教員向けのFDでこうした情報共有を進めている例があります。また、こうした取り組みは大学生協の活動としても考えられるのではないでしょうか。名古屋大学生協がこうしたモデルケースを作ってはいかがでしょうか。大学と生協がこうした分野でうまく連携していけると素晴らしいですね。

藤巻:すみません。ちょっと私からも質問があります。これは学生の皆さんが、この場でいうと中野さんや木原さんでしょうか、周りも見まわしていただいてやっぱり使用しているのはパソコンが多いんですか。その点について、まずは大学に持ってきているのかどうかということと、持ってくるのはパソコンなのか、それともタブレット的なものなのか、あるいはもうスマホだけなのか。対面授業とオンデマンド講義が1日に重なっているということもあると思うんです。そうするとパソコンなり、タブレットなり、スマートフォンのいずれかを持ち歩いていることになりますが、どのようにやりくりしているのでしょうか。教えてください。

中野駿:授業を受ける、例えばライブの授業をオンラインで受けるとかの場合はやっぱりパソコンが一番多いかなという印象はあります。タブレットはオンライン授業を受けるときもたまに使ってはいるんですけれども、比較的対面授業で本当にノートを取るのに使うとか、そういうものに使っているほうが多いのではないでしょうか。なので、あくまでタブレットはサブとして使って、授業の本体として使うにはパソコンがメインになることが多いんじゃないかなという印象はあります。

藤巻:そうすると今は皆さん、ノートはタブレットというかiPadとか、そういうものになっているんですか。

中野駿:皆がというほどではないと思います。今のところは、ちらほら周りを見渡すといるなというぐらいのところです。ただ、周りでもやっぱりタブレットを持ち始めたという人も結構増えてきてはいるので、これからはタブレットも重要になってくるんじゃないかなとは思っています。

藤巻:それはノートを取るために使うことのほうが多いということですね。

中野駿:そうですね。ノートを取るため。あとは、画面が大きいのでスマホよりもやっぱり資料が見やすいというのもあるので。オンデマンドだったら、資料を見るというほうだったら割とタブレットも使うことは多いんじゃないかなという感じはします。

信頼できるパートナーとして大学教育のICT 化をサポート

木原:ありがとうございます。それでは最後になりますが、藤巻先生から今後の大学生協への期待や要望、リクエストなど…があれば、お伺いしてもよろしいでしょうか。

藤巻:先ほどからお話ししている通り、大学生協さんはさまざまな場面で大学教育のICTをサポートしてくださっています。独立した存在ではありますが、大学と一緒になって歩んでいかなくてはいけない重要なパートナーだと思うんです。現在はDX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉で表現されますが、日進月歩に進化するさまざまな先端機器やシステムが出てきています。おそらく、先ほど中野さんからもお話がありましたが、いろいろと便利なツールが、しかも無料で使えるようになってきています。これを使いこなせるか否かということが、これからの学びにおいて、意外と大きな成長の差になってくる可能性があります。
私自身もコミュニケーションツールとしてSlack を使っていたり、プロジェクト管理としてBasecamp を使っていたりします。いろんなものが混在して確かに面倒くさいかもしれない。しかし、そういうものを使いこなすということが、これからの時代には特に必要だと思うんです。デジタル・ネイティブでも、やっぱり分からないことは分からないんですよ。だからこそ、「今こういう便利なものが出てきましたよ」「このシステムならこういうことができますよ」という先生も知らなかったりするような情報をぜひセミナーなどを通じて発信していってくれたら。学生だけでなく、先生、教員を対象に、あるいは事務処理を効率化するというんだったら事務職員も含めて開催していただけると、われわれとしては非常に助かります。これは共に大学の発展に貢献することでもあり、やはり便利なものをいち早く取り入れる、そういったスキームを構築できたらいいなという気はします。大学生協さんには、ひとえにそれを期待するところです。

木原:藤巻先生、ありがとうございました。それでは、これで本日の座談会は終わらせていただきます。皆さん、ありがとうございました。

profile

藤巻 朗先生
東海国立大学機構 名古屋大学
副総長

1986年4月 日本学術振興会特別研究員(東北大学大学院工学研究科)
1987年3月 東北大学 大学院工学研究科電子工学 専攻博士後期課程 修了
1988年4月 名古屋大学 工学部 助手
1992年4月 名古屋大学 工学部 講師
1994年1月 名古屋大学 大学院工学研究科 助教授
2004年4月 名古屋大学 大学院工学研究科 教授
2019年4月 名古屋大学 理事・副総長
2020年4月 東海国立大学機構 名古屋大学 副総長

中野 淳氏
株式会社日経BP
コンシューマーメディアユニット長補佐

名古屋大学 大学院工学研究科航空工学専攻博士前期課程 修了。放送局の報道記者、電機メーカーのエンジニアを経て、1997年から日経BP。日経パソコン記者、同誌編集長、日経BPイノベーションICT研究所上席研究員、コンピュータ・ネットワーク局教育事業部長などを経て現職。

中野 駿さん
名古屋大学 理学部数理学科3年
名古屋大学 生協学生委員長

愛知県名古屋市生まれ。愛知県立旭丘高等学校卒業。大学では現在、教職課程履修中。名古屋大学生協学生委員会では、総会活動を担当。

[インタビュアー]
木原 悠駿
九州大学 経済学部卒
全国大学生協連 学生委員会
全国学生副委員長

『Campus Life vol.66』より転載

ウィズコロナ時代のICT活用教育の在り方


株式会社日経BP
中野 淳氏

筆者
中野淳=日経BP コンシューマーメディアユニット長補佐

新型コロナウイルスの感染拡大で、大学生の学びが大きく変わることになりました。大学生協と日経BPの共同調査の結果を見ても、文理を問わずオンラインでの授業が当たり前になっています。オンラインの割合が増えている状況は、就職活動や学会などでも同様です。
こうした状況は当初、一時的なものという見方もありました。しかし、2021年夏時点でも感染終息の目途は立たず、2022年度もオンラインと対面を併用する学びが続く見込みです。
調査の結果、いくつかの課題が明らかになりました。一つは、ICT活用スキルの向上です。多くの大学生が、パソコンやOfficeソフトの活用、プレゼンテーションなどのスキルを身に付けたいと回答しています。オンライン授業のためのスキルもこれからの大学生には、必要不可欠になります。また、オンライン学習で、「受講生同士のコミュニケーションが取れない」「教員とのコミュニケーションが取れない」と感じている学生も多くいます。在宅の割合が増える中で、人とのつながりをどのように育むのかを考えていく必要があります。
こうした課題の解決に向けて、全国の大学で、サポート体制の充実や授業カリキュラムの見直しなどを進めていますが、その取り組みは道半ばです。私自身は、この分野でも大学生協が貢献できる余地が大きいと感じています。
大学生協が新入生に提供している講座では、パソコンやOfficeの使い方に加えて、ZoomやTeamsの使い方、カメラの接続などオンライン授業のためのスキル向上をテーマにすることでニーズに応えることになるでしょう。大学との連携も効果的です。日経BPでも、PC講座や教材PCと組み合わせられる教材「パソコン&オンライン授業活用読本」を2021年度から提供しています。このほか、新入生がオンラインで交流する場を設けたり、複数の大学の学生がオンライン講座を受講できるようにしたりなども、学生同士のコミュニケーションの促進につながるのではないでしょうか。