【特集】弘大発、新たな予防医学の可能性に迫る!

健康ビッグデータと最新科学がもたらす“健康長寿社会”へ

文部科学省・科学技術振興機構が実施する研究開発支援事業「革新的イノベーション創出プログラム COI STREAM」は、10年後のあるべき社会や暮らしの実現に向け、取り組むべき革新的な課題に対して産学連携で研究・実用化を目指すものです。弘前大学は平成25年に、COI全国12拠点の一つに採択されました。今回の特集では、弘前 COIが創造する、健康ビッグデータと最新科学がもたらす“健康長寿社会”とは一体何なのか、分かりやすく紹介していきます。

短命県返上。新たなロールモデルへ。

平均寿命都道府県ランキングにおいて、青森県は昭和40年以降、常にほぼ最下位という不名誉な記録を残してきました。現在、日本一の長寿県は長野県ですが、長野県もかつては男性が9位、女性が26位(昭和40年)でした。では、青森県はどうしてランキングを上げることができないのでしょうか。その原因は「全て」にあるというほかありません。青森県の場合、「喫煙率」「多量飲酒者率」「食塩摂取量」「野菜摂取量」「肥満者の率」「スポーツする人の割合」がことごとく悪い。加えて、がん検診以外の健診受診率が低く、病院受診が遅く、ちゃんと通院していないこともあげられます。それでも少しずつ、その傾向が変わりつつあります。背景には、わが国が男女平均で80歳を超える長寿国になった今、これまでの「いかに生きるか」から「いかに健やかに老いるか」へのパラダイムシフトが起きつつあるからです。弘前 COIが目指す「10年後の理想とする社会」実現へのカギは、まさに青森県の短命県脱出と元気な高齢化社会の構築にあるといっていいでしょう。

平均寿命都道府県ランキング

青森・長野県の年代別死亡数ランキング

※青字は長野県に対する死亡率を表します。

青森県民の平均寿命のまとめ

  • 日本一の短命県(トップ長野県と2歳半の差)
  • どの年代でも死亡しやすい:特に40~60代(男性)
  • どの病気でも死亡しやすい:特に3大生活習慣病(がん、脳卒中、心臓病)+自殺

背景:生活習慣が悪い(飲酒、喫煙、運動不足、塩分摂取過多など)、健診受診率が低く病院受診が遅い、通院もなかなかしない

産・学・官・民の共同によるオープンイノベーション体制の構築。

申し上げるまでもなく、日本は世界一の長寿国です。そのため、どうしても10年後に予想される加齢による脳卒中や認知症の急増は避けることはできません。医療費増大の原因となっている発病後の高度医療ではなく、今ある健康を失いたくないという「リスクコンサーン型医療サービス」へのビジネスモデルへの転換が叫ばれています。弘前大学 COIの拠点活動における重要なポイントは、こうしたビジネスモデルを産・学・官・民の共同によって強固なオープンイノベーション体制で構築するという点にあります。青森県では“平均寿命延伸”という共通の目的のもと、産・学・官・民と県民が独自に連携した“健康づくり”の動きが加速し続けています。弘前 COIでは、弘前大学が有しているビッグデータを活用し、早期発見の仕組みを構築、予兆に基づいた予防法の開発を積極的に進めていく予定です。

継続的、自発的に多種多様なイノベーションを生み出す『COI 拠点』をめざす

〈弘前 COI:「認知症・生活習慣病研究とビッグデータ解析の融合による画期的な疾患予兆発見の仕組み構築と予防法の開発」〉

システムを社会実装し、全体の健康と医療に貢献。

具体的には弘前市で十数年にわたって実施されてきた「岩木健康増進プロジェクト」の3000項目にも及ぶ世界一の健康に関するビッグデータを解析。弘前 COIではその拠点活動の一つとして、解析結果を活用した認知症や生活習慣病など病気の予兆発見の開発や、予防法を開発する研究とビジネス化に取り組んでいます。そして、これらを社会実装することで、高齢者の健康寿命延伸が可能となり、高齢者の認知症や生活習慣病を減らすことで医療費の削減に貢献。最終的にはQOL向上を実現して、健康ビッグデータと最新科学がもたらす“健康長寿社会”の達成を目指しています。令和元年夏に文部科学省・科学技術振興機構が行った中間評価では、【最高評価S+】を獲得。また、「第1回 日本オープンイノベーション大賞」において、「内閣総理大臣賞」を受賞し、その内容が政府の「令和元年度版 科学技術白書」で紹介されました。

ビジョン:健康ビッグデータと最新科学がもたらす“健康長寿社会”

-健康未来予測と最適予防・サポートシステムの実現-

健康への思いを全国へ、そして、世界へ

20年ほども前だったでしょうか。青森県民の短命を返上する、そんな取り組みを何かやりたいと考えるようになりました。世界保健機関(WHO)の集まりがあったときにプライマリ・ケア(健康づくり)についての議論の中で出たのは、誰にでも健康になる、健康を得る権利がある、ということ。それを手助けするのが、我々のような専門家の役割であるということでした。この時の記憶と思いが、今の弘前 COIにもつながっているといっていいでしょう。弘前 COIの拠点活動におけるキーワードは、「産・学・官・民の共同」と「ビッグデータの活用」です。産・学・官・民が共同することでオープンイノベーションをより推進する体制を構築する。そして、他にはない膨大な住民の健康データを活用し、病気の予防と健康づくりを実現していく。その波を全国に、やがては世界にまで広げていきたいと思っています。


中路 重之 先生
弘前大学学長特別補佐(COI)・
健康未来イノベーションセンター長


[学歴・職歴]
1979年 3月 弘前大学大学院医学研究科(公衆衛生)修了(医学博士)
1983年 4月 弘前大学医学部内科学第一講座入局
2004年 9月 弘前大学大学院医学研究科社会医学講座教授
2012年 2月~ 2016年1月 弘前大学大学院医学研究科長(兼医学部長)
2013年11月~ 2021年3月 弘前大学COI拠点長
2017年 4月~ 社会医学講座特任教授
2020年 4月~ 弘前大学学長特別補佐(COI 担当)

[所属学会]
体力栄養免疫学会(会長)

[専門]
地域保健、スポーツ医学など

[著書]
『Dr 中路が語る あおもり県民の健康』
東奥日報社 2013年

COI 取り組み事例 ① 岩木健康増進プロジェクト


岩木健康増進プロジェクト健診の会場(メイン)

短命県の青森だからこそ生まれた、ビッグデータ解析を生かした革新的試み。

40歳以上の加齢性疾患・生活習慣病の罹患率・死亡率が高く、都道府県別平均寿命ランキングでも全国最下位。
ただ、そんな青森県だからこそ生まれたイノベーティブな取り組みがあります。

弘前大学では、平成17年から弘前市の岩木地区の住民を対象に、大規模住民健康調査「岩木健康増進プロジェクト健診」を毎年実施しています。弘前大学の医学部をはじめ、全学部(教育学部・理工学部・人文社会科学部・農学生命科学部)の教員や学生、さらに自治体、住民、企業、研究機関などが運営に協力し、健康研究に関する産・学・官・民連携の一大プラットフォームを形成しています。健診には毎年1,000名前後の住民が参加するなど、健診により得られる住民の健康情報(2,000~3,000項目の健康ビッグデータ)は延べ約2万人以上と膨大です。この“健康ビッグデータ”を用いることによって、分子生物学的なデータから社会科学的なデータまで、分野の垣根を越えた網羅的な解析が可能となります。弘前 COIではこの研究を拠点の中心に据え、十数年にわたって蓄積している健康ビッグデータを活用した研究開発・ビジネス化に取り組んでいます。拠点には県内外の有力企業が40社以上参画し、本学が立地する青森県・弘前市とも一体となって、強固な産・学・官・民連携体制を構築しています。

①体組成測定 ②皮膚カロテノイド測定(野菜摂取推定) ③立ち上がりテスト(ロコモ度判定)
④口腔衛生測定 ⑤骨密度測定 ⑥結果説明会

【代表的な測定項目】

  • 全ゲノム
  • 血中アミノ酸・脂肪酸
  • 血中メタボローム
  • 腸内・口腔内細菌
  • カロテノイド
  • 内臓脂肪
  • 歩行など16種の体力測定
  • 唾液
  • 嗅覚・味覚・聴覚
  • 水分摂取
  • 経時的血圧測定
  • 毛細血管画像

岩木健康増進プロジェクトのビッグデータ

一つの測定項目と他の2,000項目との関連性が検討できるメリットがあります。
例えば、1,000名の腸内細菌データだけでは大きな意味を持ちませんが、2,000項目との関連性ではイノベーティブな知見をもたらしてくれるのです。

COI 取り組み事例 ② 健康応援フェスティバル

あおもりまるごと健康チャレンジ

弘前大学生協「健康応援フェスティバル」のようす


生協健やか隊員研修の中路先生の
健康教養講義


生協健やか隊員ステップアップ研修
(機材設置実習)

青森県全体で取り組む、「食生活と健康」と「はかる、知る、変える」。

青森県生協連は、2018年度より「健康づくり推進委員会」を発足し、健康づくりに初めて取り組む地域生協の組合員も主体となれるよう、共通の仕組みやツールを作り、運用できる人材の育成を目指してきました。これまでの医療生協や地域生協の活動や強みを生かしながら、大学との連携による専門的な知見を背景にして、「食生活と健康」と「はかる、知る、変える」の取り組みを「あおもりまるごと健康チャレンジ」を中心に展開。健康づくり企画のスタッフとして活躍できる「生協健やか隊員」を、県医師会健やか力推進センターの協力で養成してきました。2021年度には「生協健やか隊員」が310名を超え、コープあおもりがつどいでの測定活動を広げるなど各生協の活動を始め、JA共済ヘルスアップ講座、岩木健康増進プロジェクト健診などの対外的な企画などで測定スタッフとして活躍しています。また、大学生のヘルスサポーターの養成講座を実現し、20名が登録して測定活動を始めています。今後も、弘前 COIによるQOL健診のもつ、簡便性、即時性、啓発性、そして楽しさを特徴とする生協版のQOL健診を県内はもちろん全国的に広げていきたいと考えています。



三浦 雅子
青森県生活協同組合連合会 常務理事

[学歴・職歴]
1959年 青森県生まれ
1981年 弘前大学教育学部卒業
1982年 青森市民生協入協
1993年 コープあおもり(三市民生協合併)機関運営部長、共同購入部次長、組合員活動部部長
2017年 青森県生協連事務局長(出向)
2020年 青森県生協連常務理事

ヘルスサポーター養成講座への参加学生

「若さに任せた無理や偏食、
その積み重ねが明日の自分を苦しめる。」

弘前大学生協 学生委員会
(弘前大学 農学生命科学部3年)
永田 彩夏さん

生活習慣病のリスクが高まる年齢になってから気をつければよいのではなく、若い頃からきちんと意識していなくてはならないことを、講座を通じて知りました。テスト期間など若さに任せて無理をしたり、偏食になりがちですが、不摂生の積み重ねが今後の自分を苦しめることになると思いました。これからは、学生委員会が行う企画を通して、健康に関する知識を伝え、みんなが健康になるお手伝いができればと思っています。

「健康に関するあらゆる知識や活動を
広く周りの人にも伝えていきたい。」

弘前大学生協 学生委員会
(弘前大学 理工学部3年)
矢野 脩来さん

大学ではほとんど教えられていないことを知ることができたので、率直に楽しかったですし、たいへん興味深く学ぶことができましたね。初めて聞く言葉などもたくさんあって、それらを本当にわかりやすく教えていただきました。自分がこれから大人になっていくにあたって健康への意識を高めることはもちろん、健康に関するあらゆる知識や活動を広く周りの人にも伝えていきたいと思いました。


弘前大学生協 専務理事
上遠野 泰

弘前大学生協は、弘前 COIの二次参画企業として、学生版QOL健診モデルの構築とヘルスサポーター養成に取り組んでいます。生協学生委員会を中心に「健康安全まつり」の実施や、減塩化メニューの提供、岩木健康増進プロジェクトへの学生委員のスタッフ派遣などを積極的に行っています。

今後も弘前大学の学生に向けたからだとこころの健康を支え、全国の大学生協へ取り組みを発信し広げていきます。また、2023年度の弘大生協60周年記念事業においては「健康・食」をテーマの一つに取り上げる計画です。