ニュースで取り上げられる強盗事件の犯人の多くが10代であることを知って、暗たんたる気持ちになる人は少なくないでしょう。
そのきっかけは、交流サイト(SNS)での闇バイトの募集。今、大学生をはじめとする若者たちの周りは、さまざまな誘惑にあふれています。
被害者になることもあれば、いつの間にか加害者になることもあります。こうした中で、その重要性を問われているのが大学における消費者教育です。
消費者教育は、一人ひとりが自立した消費者として、安心して安全で豊かな消費生活を営むために重要な役割を担うもの。
岐阜大学副学長の大藪千穂先生を中心に、果敢な取り組みを進める岐阜大学での消費者教育の現状にフィーチャーしました。
大藪 千穂 先生
岐阜大学 副学長
2022(令和4)年4月1日に成年年齢が引き下げられ、1876(明治9)年以来、実に146年ぶりの変更となりました。この背景には、超高齢社会を迎えている中、これまで未成年として扱っていた若者を社会活動に参加させたい、という意図があります。変更後は政治に参加する機会が得られるだけでなく、18歳になれば携帯電話を買ったりアパートを借りたりする契約行為を親の同意なしにすることができるようにもなります。
一方で懸念されているのが、若者たちの身に降りかかるさまざまな消費者トラブルです。国民生活センターの調べでは、18歳または19歳の相談件数は、2017年以降は8,000〜11,000件で推移しており、コロナ禍の2021年に1度減少しますが、2022年には再び増加傾向を示しています。
「2022年時点ではまだ微増といった感じですが、こうした傾向は、今後ますます増えていくことが予想されています。また、マルチ商法やエステなどの美容医療サービスに関するものなど、これまで未成年者ではあまり見られなかったトラブルが多くなっています。加えて、若者たちのほとんどが携帯電話やスマートフォンを所有し、普段の生活の一部としてインターネットを利用しており、インターネットオークションやフリーマーケット、アフィリエイト広告(成果報酬型広告)、SNSなど内容も多岐にわたっています。このような状況下で最も憂慮されるのは、被害者になるだけでなく、自分が加害者になってしまう可能性があるということです」と岐阜大学副学長で日本消費者教育学会の会長でもある大藪千穂先生。さらに岐阜県弁護士会元会長(令和4年度)の御子柴慎先生も「未成熟な若年でかつ成人でもある18歳・19歳あたりは、悪質業者にとっては最も狙い目としやすい年齢です。自分一人でいろいろな契約ができるのですから、まとまったお金でも作ろうと思えば作れてしまう。それすらも作れない人がどうなるかというと、闇バイトなどの勧誘に乗せられてしまい、加害者の道へと進むことになってしまうというわけです」と若者たちの現状に警鐘を鳴らします。
御子柴 慎 先生
弁護士
(岐阜県弁護士会 元会長(令和4年度))
名古屋大学 法学部 卒業
1999年弁護士登録
消費者問題に注力、ほかにも交通事故・離婚・相続など。
1968(昭和43)年に施行された消費者基本法は、消費者の権利の尊重とともに消費者が自らの利益の擁護および増進を目的として制定されました。その後、日本経済の発展とともにさまざまな消費者トラブルが社会問題となったことで、2012(平成24)年12月には消費者教育推進法が施行されるにいたります。その後、成年年齢の引き下げに合わせて消費者教育推進法も改定され、大学等をはじめとした教育機関に対しては、消費者教育の推進に関する規定が成されています。しかし、文部科学省の消費者教育推進委員会が調べたところ、消費者問題に関する教育は、大学、短期大学、高等専門学校で十分とはいえない実態が浮かび上がってきました。
「岐阜大学でも、10年ほど前から学生全員に対する消費者教育の必要性を訴え続けてきました。毎年、何度も議題に上がりますが、『そもそも、消費者教育って何?』とか『そんなことに1時間も割く必要があるのか』といった声が上がることも少なからずありました」(大藪先生)。消費者教育は、消費者の自立を支援するために行われる教育であると同時に、消費者が主体的に消費者市民社会の形成に参画できるよう行われるものと法的には規定されています。大藪先生によれば「消費者教育といわれるものの中には、経済教育や金融教育、情報・メディア教育、デジタル教育、環境教育などさまざまな分野があります。消費者教育は、いわばその全てに横断的に関わる学問分野であると考えています。だからこそ、全学共通科目の一つとして、全ての学部の学生に受講してほしいと考えています。そのためにもまずは教員一人ひとりの意識改革に取り組む必要があると考えました」。
こうした思いのもと、昨年7月20日、『今、教えなければ間に合わない!~成年年齢引き下げで学生がターゲットに~』というセミナーが、岐阜大学のFD・SD(大学教員の能力開発)の一環として開催されました。
セミナーは、昼休みの1時間を有効活用してオンラインで実施。消費者教育に関心の高い人からそうでない人まで、388人もの参加者が集まりました。講師は大藪先生と御子柴先生が務め、まずは前半、大藪先生が「なぜ消費者教育が必要か~被害者のはずが加害者になりうる学生~」と題して講演、後半は御子柴先生が「法律で学生を守れるか?」という提言で話題を継ぐという流れで実施されました。「ありがたいことにこのセミナーが多くの反響を呼び、10月に第2回として『だまされるのが悪いのか?』というテーマのもと、心理学や脳科学の面からも消費者問題にアプローチしました」と大藪先生。消費者教育推進委員会からは、教職員を対象として消費者問題に関する啓発・情報提供を行っている大学等がいまだ少ないことが指摘されており、こうした点からも大変に意義のある取り組みであったことが分かります。
「セミナーの開催によって多少なりとも消費者教育への理解が得られ、2023年4月からは、全学共通科目の全1年生が受講する初年次セミナーの1つとして、音声入りのスライド資料を配布し、授業の中で活用してもらえるところまでこぎ着けることができました」と大藪先生もこれからに期待を寄せています。実際に授業の中で消費者教育を学んだ岐阜大学教育学部4年生の廣澤桃子さんは、「印象に残っているのは、『私たちは加害者にも被害者にもなり得る』という言葉。先生方のお話を聞くまでは、人ごとのように思っていたんですけど、私自身もその対象になる一人なんだというのを強く感じました」。
同じく岐阜大学教育学部4年生の新井佑奈さんも「実際、SNSなどで副業の勧誘を狙ったフォローが私にもあるので、うっかり手を出してしまうことだってないとは言えないと思って…授業では、法律で全てが守られるわけではない、というのを知ることができたのが、大きかったと思います」と話してくれました。
岐阜大学消費生活協同組合
専務理事
坂田 充宏 〈司会進行〉
岐阜大学 教育学部
家政教育講座4年
廣澤 桃子さん
岐阜大学 教育学部
家政教育講座4年
新井 佑奈さん
全国大学生協連発行
(後援:消費者庁)
『ダマされないチカラ養成
HandBook』
考えてみれば、悪徳商法はいつの時代にもあって、その手口は時代とともに巧妙化していると言えます。特にデジタル技術の進化は目覚ましく、ChatGPTやStable Diffusionといった生成AIの出現により、高度なAI技術の悪用がすでに世界各国で顕在化しています。
「具体的な事例を知ることは大切だけれども、それをいくら教えたところで、次にはもう違う手口が出てきている。モグラたたきのようなその場しのぎではきりがありません。だから、学生たちには情報を的確に処理する能力をとにかく高めてほしいと思っています。いろいろな情報を取得して、それが真実なのか、大丈夫なのか、正しく判断する知識と知恵、次に生かす工夫を自分のものとする。そうすることで、どんなに新しい手口が出てきても、ある程度の対処が可能になると思うのです」(大藪先生)。「SNSでURLが送りつけられてきて、それをクリックすると『私はこれでこんなにもうかりました』なんて顔写真が出てくる。でも、その顔写真を検索すると、同じ写真を使ったサイトが一覧で出てきたりします。そんなふうにちょっと怪しいなと思ったら、自分なりに調べてみることぐらいはできるようになってほしいですよね」(御子柴先生)。
全国大学生協連では、学生が消費者被害に遭わないためにどうしたらよいかをまとめた『ダマされないチカラ養成 HandBook』 を発行しており、各大学生協を通じて希望する学生に無料で配布しています。これは、事例や対処法を知り・学ぶことで、被害を防止し、「しまった・困った・だまされた」という時に役立ててもらうことを狙いとしたものです。2015年に国連サミットで採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の17のゴールの一つには「持続可能な生産と消費の確保」が明記されています。近年、SDGsへの関心が高まり、持続可能な消費生活を学生にいかに理解し、過ごしてもらうかが重要な課題となっています。そういう意味では、消費者教育をいかに教え、実践させるかが今、各大学に問われているのかもしれません。