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4.世界観のひみつ
山原
『光のとこにいてね』を読んだときに、「自分の感情がわかった」と思いました。この本全体でひとつの大きな感情が表現されているなと感じて、しっくりきました。一穂さんは、普段から感情的なものを言語化していらっしゃるのでしょうか。それとも小説にすることで、作り上げていく感じなのでしょうか。
一穂
両方あります。「このときの、この感じ」とストックしていたものを引き出して、小説の中のある一、二行でパシッと表現できるように、と心がけることはしています。また、おっしゃっていただいたように、作品を通して「なんとなくわかる」という、言葉にできないものを言葉にできないままちゃんと飲み込むことができたみたいな喜びって、本を読んでいるときにあると思うのですが……。
山原
ええ、あります!

一穂
人にその良さをうまく説明できないけれども、そういう言語化できないものこそが大事なのかなという気もしています。今は、なんでも言語化が正義であるという風潮があると思うんです。一言でうまくたとえればいいとか、あらゆるものを「エモい」と言っておけばなんとなく通じるような、そういった共通言語は、もちろん便利ではありますが、小説を書く仕事をしている以上、その便利な方向に逃げてはいけないという意識はありますね。言い表せないものをなんとか言葉にして伝えるという、永遠の矛盾を抱えている仕事だと思いますが、そこが苦労するところでもあるし、楽しいところでもあると思います。
山原
そのようにして苦労しながら紡いでくださった言葉が読者の私に伝わって、自分の中でモヤモヤしていたものが「これだ!」と腑に落ちる瞬間がすごく良くて、だから自分は小説を読むのかなと思います。
一穂
ありがとうございます。
山原
それから、作品の中の描写で、はっとするようなワードが出てくることがあって、どうやって考えていらっしゃるのだろうと思うことがあります。例えば『パラソルでパラシュート』の「夜が、いちばん暗い水底にタッチしてそこから浮上し始めたように東の空が白み始めていた」(P.156より)とか。「この文章すごいぞ!」と盛り上がりました。こういう描写は普段から考えていらっしゃるのか、それとも書いているときにさっと浮かんでくるのでしょうか。
一穂
書いている流れでさらっと出てくることもあれば、「なんか違うな」「これは前も書いたことあるな」と思ったりして、なかなか出てこないときもあります。さきほど挙げてくださったようなシーンは、普段から空を見たりすることが好きで出てきたものかもしれないですね。
山原
一穂さんの作品は、きらびやかな人生をずっと送っているような人よりも、家族とか職場とかの比較的小さな世界の中で、もがいたり、苦しんだりしながら日常を生活しているような人々を中心に据えられていることが多いなと感じます。どのような気持ちでそういった人たちのことを書かれているのでしょうか。
一穂
自分がきらびやかな世界と縁がないというのもあるのかもしれませんが、どんな小さなところで生きている人にもそれぞれの人生があって、そういう人の喜びとか悲しみとかが人の数だけあるということを、自分自身が知りたくて書いているようなところはあるかもしれませんね。
山原
色々な職業の人が出てきて、それがとてもリアルなのですが、どうやってその人たちを描いているのでしょうか。取材をしたりしていますか。
一穂
友達の友達とか、友達の知り合いとかから話を聞いているうちに、なんとなく出来上がってくる感じですね。あとは友達とのお喋りの中で上がってくる誰かのエピソードを参考にしたりしています。それなりに生きていると、色々な人と知り合う機会もあるので。
山原
取材のようなかっちりした形ではなくて、日ごろの人とのコミュニケ─ションのなかから得た情報をもとに書いているからこその世界観なのですね。
一穂
「このお仕事は何時にこうしてこうします」ではなくて、その仕事ならではの実態みたいなのがぽろっと落ちてくる瞬間があったら、私はそのことを書きたいなと思うんですよね。ドキュメンタリーではないので、その辺はニュアンスとか雰囲気で読んでいただけたらなという感じですが。
山原
人との交流が、結構小説の核になってるということなんですね。
一穂
やはり、そこで刺激をもらえるというのはあると思います。
5.二足のわらじ

山原
一穂さんは会社に勤めながら小説を書いていらっしゃいますよね。私の両親や仕事を持っている他の人を見ていると、仕事と家庭でいっぱいいっぱいで他のことをする余裕なんてないような気がしてしまいます。どうやって両立できているのでしょうか。
一穂
私の場合、小説はずっと趣味で書いていたものの延長なんです。大学を出て社会人になる時点では、作家になろうなんて大それたことは考えてもいなかったので、仕事をしながら趣味で小説を書き続けるということが当たり前に生活のベースとしてありました。ですから、今もその延長上にいるような感じですね。
山原
ずっと書くことを続けていらっしゃいますが、そんなに長く続けられるのには、何か一穂さんを支えるものがあるのでしょうか。
一穂
小説の仕事というのは収入が不安定なので、会社に勤めることで月給をいただけるというのは大きいです。
山原
現実的ですね。
一穂
そうそう。小説と違って、会社だと、人の指示を受けて、言われたことをやって、お金をいただけます。それは、なんてありがたいことなんだろうと思いますね。それに、「この時間は絶対会社にいる」というようなリズムの作り方が、多分自分に合っていると思うんです。生活リズムができるし、土日が好きになれるし。会社を辞めたら金曜日が全然楽しくなくなるのだろうと思いますね。
山原
金曜日の楽しみは、やっぱり働いてるからこそのものですよね。
一穂
「明日は休みだ!」みたいな気持ちを失ったら、どんな感じになるんでしょうね。
山原
私は今大学生で、割と自由に過ごしているので、会社に縛られて働く未来がイマイチ見えないというか、イメージがつかないというか、ある意味恐れのような気持ちがあるのですが、一穂さんのお話を聞いていると、逆に人生にメリハリがついて楽しみも増えるのではないかなと思えてきました。
一穂
そういう面もありますね。あとは会社にいると、「小説の締め切りに間に合わない」「本が売れてないな」みたいなことは、会社の人は誰も気にしていないので、気が楽な部分はありますね。そして会社で嫌なことがあれば、家で小説の続きを書いて気持ちを切り替える。多分、私の中では今のところ、いいバランスで回っているのだと思います。でも本当に、向き不向きだと思いますね。私は毎日同じところに出勤するのが嫌いではありませんが、そういう生活に向いていない性質の人もいるので。
6.やりたいことは今やるべき
山原
一穂さんはどんな学生時代を送っていらっしゃいましたか。
一穂
あまり真面目に大学に行かなかったし、友達もできませんでしたね。必要最低限の単位を取って粛々と卒業したという感じです。
山原
そうなんですね。それでは最後に、読者の大学生に一言メッセージをいただけますか。
一穂
月並みですが、やりたいことを何でもやってみてください。例えば、海外旅行に行くとか、たくさんゲームをするとかでもいい。私も若いときは「もっと歳をとったら、一週間ぐらいぶっ続けでゲームしよう」とか「あそこに行きたい、ここに行きたい」と思っていたのですが、歳をとるとやっぱり肉体の衰えがあるんですよね。旅行も、もうこの歳になるとバックパックを背負ってLCCを乗り継ぐなんて絶対無理だと思いますし、ゲームがしたくても視力が弱くなってすぐにしんどくなりますし。ですので、やりたいことは、今やるべきなんですよ。
山原
「なにかやりたい」という気持ちを先延ばしにせずに、時間と体力があるうちにこなしてしまうということですね。
一穂
大人になって、働いてお金が稼げるようになったら時間がなくなり、その次には体力がなくなるので。本当に先延ばしにせずに、今やりたいことに全力で取り組んでください。
山原
はい。今日はありがとうございました。
(取材日:2024年10月23日)
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対談を終えて

山原和葉
高校生のころから大好きな一穂さんに直接お会いできるということで、対談が決まってからずっと緊張していましたが、実際に一穂さんにお会いすると、とても楽しくて、あっという間に終わってしまいました。小説に対する思いや装丁のことなど、沢山のことをお話しできて嬉しかったです。一穂さんの、小説のお仕事とお勤めを両立して、きっぱりとした自分をもって生きている姿がとてもかっこよく憧れます。貴重なお時間ありがとうございました。
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一穂 ミチ(いちほ・みち)
2007年『雪よ林檎の香のごとく』(新書館ディアプラス文庫)でデビュー。『イエスかノーか半分か』などの人気シリーズを手がける。『スモールワールズ』(講談社)で第165回直木賞候補となり、第43回吉川英治文学新人賞を受賞、2022年本屋大賞第3位となる。『光のとこにいてね』(文藝春秋)は第168回直木賞候補、2023年本屋大賞にノミネート。『ツミデミック』(光文社)で第171回直木賞を受賞。その他、『パラソルでパラシュート』『うたかたモザイク』(以上、講談社)、『砂嵐に星屑』(幻冬舎文庫)など著書多数。最新刊に『恋とか愛とかやさしさなら』。
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