伊与原 新さん プロフィール 著書紹介 サイン本プレゼント
4. 小説の書き方

中川
先ほどのお話だと、伊与原さんが書きたいのは「人」ということになるのだなと感じたのですが、改めて「何かを伝えたくて執筆しているのか、書きたいことが先にあるのか」を伺いたいです。
伊与原
デビューしたときは、普通のミステリ作家になろうと思っていたんです。科学とは関係なく。東野圭吾さんとか綾辻行人さんとか伊坂幸太郎さんとかが好きだったので、彼らみたいなミステリとかを書きたいとしか思っていなかったんですよ。でも編集者から「せっかく研究の現場を知っているんだから、もったいないですよ」と言われたのが1つ、書きたいテーマがやっぱり科学の方に寄っているということに気づいたのがもう1つの理由で、科学を扱うようになりました。なので「科学と戦争」とか、そういう大きなテーマとか、科学を分かりやすく楽しく伝えたいとか、そういうことがあるわけではなくて、どちらかというと、本当に自分が面白いと思うテーマが科学に寄っているからそれを書いているだけなんです。ですので、科学コミュニケーションの一端を担わされるのは、荷が重いというのが正直なところで、僕はそんな科学コミュニケーションの一端を担っていませんよと思っています(笑)。エンタメ小説として面白いと思うことを書いているだけなので。もちろん、それを通じて科学に親しみを持ってもらえたら嬉しいですよ。嬉しいですけど、僕はそのためにやっているわけではないというのが、一番近いですかね。だから、何かを伝えたいというわけではなくて、本当にエンタメ小説を届けるという意識で、旅や出張のお供とかそういうものにしてもらいたいがために、書いています。
中川
そうなんですね。ちなみに、題材を思いついたり、取材をされたりしたとき、「これなら物語にできる」と確信するのはどのタイミングになりますか。
伊与原
僕の場合、特に短編とかは、科学的な題材があって、それに人間ドラマみたいなものを組み合わせていくということをしています。「これでいきたいな」という科学的な題材があったら、そこの題材にフィットしそうなドラマや登場人物の、いくつかのセットを、こう、ガチャガチャガチャガチャ、頭の中で回している感じです。例えば隕石の話なら、「隕石の話が書きたいけど、どんな登場人物がどんな背景を抱えていて……」というのを、ずっと頭の片隅で考えて、フィットするのをひたすら待つという感じですかね。ガチャっとフィットするその瞬間が来たら、書けるかもしれないなと思って書き始めます。
中川
元々研究をされていたと思いますが、研究もどこかで課題をアイドリングさせるような感じがありますよね。
伊与原
「こういう実験をしたら、こんなデータがとれるんじゃないか」と、出てくる瞬間が必要ですからね。だから、まさにそうなんじゃないですかね。テーマがあって、知りたいことが1つあって、それに対するアプローチを思いつくかどうかという。僕の場合は、どんな人間模様があれば、テーマが見事に浮かび上がってくるかみたいな、そういうところを探しているのかもしれないですね。
中川
『藍を継ぐ海』も『月まで三キロ』も、短編集ですよね。短編か、中編か、長編か、という構成は、どうやって決めているのですか。

伊与原
短編の場合は、わりと「短編を書こう」とはじめから考えて、短編の題材を探してくる気がします。あと僕の中でわりと大きい、短編にするか長編にするかの決め手は、経過時間の長さです。それで言うと『宙わたる教室』は、短編にはできないですよね。1年間の活動の記録ですし。僕の今の長編って、わりと長い時間をかけて何かをやっていく人々の話が多いので、それはやっぱり長編で考えます。僕の短編は「長編にもできるのでは?」とよく言われるんですけど、僕はあまりそう思ったことはなくて。だから「この題材でこの登場人物だったら短編だ」というのは、最初から決まっている感じがありますね。ミステリの長編とかもあることはあるんですけど、それも謎にたどり着くまでの時間の過程とか、その人の過去の話や色々ないきさつの長さとかを考えたら、短編にはやっぱりできないなということが多いです。隕石の話も、ニホンオオカミの話も、書こうと思ったときに、長編にしようとは思いませんでしたね。そんな感じです。
中川
ある程度テーマを選んだ時点で、これくらいの長さにしようというのは、決まっているのですね。
伊与原
なんとなく、自分の中で決めているのだと思います。
5. 研究と執筆

木村
研究活動と執筆って、どちらも新しいことを生み出すという点で少し似ているのかなと思っているのですが、研究をされていた経験というのは、小説を執筆される上でどのように役立っていますか。
伊与原
やっぱり一番大きいのは、研究者がどんなことを考えて毎日暮らしているのかを知っているということですね。研究者の知り合いがいない人のほうが多いですから、そういう人達にとっては「研究者って、大学でいつ何をしているの?」みたいな感じだと思うんです。僕にとっては、研究者も普通の人間で、色々なことを思い悩みながらやっているということをよく知っているのが1つと、研究者が何を面白いと思ってやっているのかということを、少しわかってあげられているんじゃないかということが1つですね。研究の知識が直接役に立つようなことはほとんどありませんが、どんなものを読めば情報がありそうかなとか、どの辺に面白いネタが落ちていそうかなとか、そういうことがわかるのは、少しそういう世界にいたからこその有利な点かなと思います。あとは、そうですね、文章の書き方とか、物語の書き方というところで言うと、なかなか難しいですが、誰にでもわかるようにとか、意味が1つに伝わるようにということはもちろんですけど、設定と結論があるというのは論文も小説も同じですね。小説の場合は、そこをうまく面白く読ませるための順序を変えるということはしますけど、「こういう情報があればこの結論に行くけど、その情報をどういう風に出しましょうかね」ということを考えているだけで、科学的なプロセスとかと全く違うわけではないのかなと思うことはありますね。
6. 大学生へのメッセージ
木村
最後に、読者の大学生に向けて、一言いただければと思います。
伊与原
皆さんそれぞれ、大学生ということで、将来のキャリアプランとか就職とか色々考える歳だと思います。僕は研究者になろうと思ってやってきたんですけど、今、まったく関係のないところにいます。でも学生時代に読んだ本は一切無駄になっていません。僕は、結構雑多に読みましたよ。小説以外にも色々読みましたが、雑多に読んだものは何ひとつ無駄になっていないので、多くの人にとってもそうなんじゃないかなと思います。つまみ食いでも良いので、雑多にいろんな本を読むことを強くおすすめします。

(取材日:2025年2月7日)
サイン本プレゼント!
新潮社/定価1,760円(税込)
伊与原 新さんのお話はいかがでしたか。
伊与原さんの著書『藍を継ぐ海』(新潮社)のサイン本を5名の方にプレゼントします。
下記Webサイトから感想と必要事項をご記入の上、ご応募ください。
応募締め切りは
2025年5月31日まで。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。
プレゼント応募はこちら
対談を終えて
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木村壮一
『宙わたる教室』から伊与原さんの作品を好きになったばかりの中、お目にかかれて光栄でした。作家の方とお会いするのが初めてで緊張していましたが、穏やかにお話しされたりこちらに質問をして頂いたりしたので、伊与原さんとの会話を楽しむことができました。学生時代に読んだ作品は何も無駄にならないと伺い、自分も多くを吸収しいつか感動を生み出したいと思いました。お忙しい中、お時間を割いていただき、ありがとうございました。
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中川倫太郎
直木賞を受賞したてほやほやの伊与原さんに取材できると聞いたとき、文学の現場にリアルタイムで関われることへの興奮半分、はたして上手くインタビューできるのか……と緊張半分でした。けれどその心配はまったくの杞憂で、繊細さの中に貫かれた信念を感じさせる文章そのままの人となりの伊与原さんとの対談は、同じく理系の者として共感するところもあり、ハッとさせられるところもあり、とても刺激的でした。このたびはありがとうございました。
P r o f i l e

伊与原 新(いよはら・しん)
1972年、大阪生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。2010年、『お台場アイランドベイビー』(KADOKAWA)で横溝正史ミステリ大賞を受賞。2019年、『月まで三キロ』(新潮社)で新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞。最新作の『藍を継ぐ海』(新潮社)は、第172回直木賞を受賞する。
その他の著書に『八月の銀の雪』(新潮社)、『オオルリ流星群』(角川文庫)、『宙わたる教室』(文藝春秋)、『青ノ果テ 花巻農芸高校地学部の夏』(新潮文庫nex)、『磁極反転の日』(新潮文庫)、『ルカの方舟』(講談社文庫)、『博物館のファントム』(集英社文庫)、『蝶が舞ったら、謎のち晴れ 気象予報士・蝶子の推理』(新潮文庫nex)、『ブルーネス』(文春文庫)、『コンタミ 科学汚染』(講談社文庫)などがある。
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