私たちは頭がよすぎる
東京科学大学4年生 中川倫太郎
私は大学3年生を3回、くりかえした。二度留年したわけだ。
2年の前期まではすこぶる成績がよかった。単位を落とすなんてありえなかったし、もちろん、早期卒業するつもりでいた。
私は頭がよかった。
そして私は単位を落とした。はじめての経験だった。それからは鈴なりに単位を落としていくばかりだった。理由はよくわからない。授業をサボるようになった。メールが見られなくなった。生肉や果実のように、よいものは早く腐る。
私は頭が悪くなっていった。
そのころ、演劇部の公演をふたつ抱え、くわえて『読書のいずみ』の記事の執筆もふたつ控えていたが、いずれも途中で投げ出してしまった。自動車学校をやめた。親友と絶交した。私はどんどんひとりになった。
毎日が出口のない一日だった。くりかえしとは恐ろしいものである。永遠の輪の中に我々を閉じこめてしまう。
2年生の年明けにかけて「留年へ向けた覚書」というタイトルの個人的なエッセイを書いた。正月ついでに邪気を払いたかったのだろう。先日、度重なる偶然により、その文章を改めて読む機会に恵まれた。私は感動した。よくもわるくも、こんな言葉、いまじゃ書けない。
これから引き続く文章は読まれる他者の存在をあまり想定していない。(略)しかし願わくは、ぼくと同じようにひとりきりで悩んでいる井戸の底の落第生、(略)さらにはこれから先、(略)苦しみを味わうことになるかもしれない束の間の晴眼者たちに、ほんのすこしの安らぎをもたらせたら、ぼくはほんとうにうれしい。
束の間の晴眼者たち。私の眼はもう晴れていた。かつての私はもはや他人だった。過去を永遠の輪のなかに閉じこめてしまった。
当時、私を心配する連絡がいくつも届いた気がする。私は頭がよかったから、なにも返さなかった。彼らは頭がよかったから、それきりなにも言わなかった。いったい私はなにをしてほしかったのだろう?
私たちは頭がよすぎる。
高校の同級生の話をしたい。彼女はとても頭がよかった。現役で東京大学に合格し、民族音楽のサークルに入った。コンタクトに変えた彼女が名前の知らない楽器を愉快に演奏している姿を、通りすがりに見かけたことがある。
新歓行事の競技クイズ大会で、はじめて私は彼女を目にした。参加者は総じて頭がよさそうだった。彼女は最後まで勝ち抜き、優勝した。そう記憶している。とはいえその後の 3 年間、私は彼女とほとんど関わりがなかった。直接話したことすらない。
思いがけない形で私は彼女の名前を聞くことになった。お酒好きが高じて出会った友人と映画を観たあと立ち寄ったビアスタンドで、その人は唐突に彼女の名前を口にした。学部の LINE グループで流れてきました、彼女亡くなったみたいです。透き通る心地だった。
彼女の LINE を見せてもらった。プロフィール文には「休学予定」と記されたまま、クラウス・ノミの派手な屋外広告を写したスナップが背景に広がる。広告の下にはキャッチコピー
「人間、音楽だ。」の文字。
人間、音楽なのか。音楽。
いくら考えたところで無意味だけれど、つい想像してしまう。彼女はなにを考えていたのだろうか。想像は想像を呼ぶ。彼女はどうして死んでしまったのだろう?
私たちは頭がよすぎる。
去年から徐々に、大学へ行けるようになった。理由はよくわからない。突然、体が動いたのだ。学内のカウンセリングに毎週通った。3 科目だけ履修登録をした。すこしずつ、私は大学生らしくなっていった。それは新しい日々のくりかえしだった。
なくしたものをたぐり寄せるように、私はいろんな人とコミュニケーションを取った。少人数の文系科目で、途中から来なくなってしまった留年生へメールを送った。送らないと後悔すると思ったから。カウンセリングの待合室で部活の後輩の後ろ姿を見かけたので、飲みに誘った。誘わないと後悔すると思ったから。ひさしぶりに連絡を取る人もたくさんいた。話さないと後悔すると思ったから。正直、周りはどうでもいい。私は私が後悔したくないだけなのだ。
この記事を読んでいるあなたは、おそらく学生か、その関係者だろう。あなたはこれまでたくさん学び、どんどん頭がよくなっていった。
だからこそ、体が動くより先に頭で考えてしまって、私たちの足はすくむ。私たちはどんどん萎縮してゆく。大きな頭は私たちをうつむかせ、目線が合わない。ひとつ世界に散り散りになる。それでも、私たちにはなにができるのだろう?
私たちは頭がよすぎる。だから私は馬鹿馬鹿しくてもあらゆる人に声をかけたい。あなたの流した涙や血を、私はまるごと飲みこもう。
P r o f i l e
中川倫太郎(なかがわ・りんたろう)
東京科学大学の学生。いずみ委員。ようやく4年生になれました。さいきん舞台や演劇や活字(あとスマホ)を長時間見ているせいで目の奥が痛い。これが噂の眼精疲労……?
特集「くりかえす」