座・対談
「大学生に贈る小説入門」久保寺 健彦さん(小説家)

大学生に贈る小説入門


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1.物語を作る作業

母里
 『青少年のための小説入門』(集英社)を読ませていただきました。小説を「読む」ことに関しても「書く」ことに関してもすごく研究されていることが伝わってきて、楽しい作品でした。「小説を書くこと」におけるポイントを読者にわかりやすく伝えるために、どのように整理したのですか。

久保寺
 小説はいつも「中学一年生くらいから読めるように」と考えて書いています。『青少年のための小説入門』は小説を書くことに特化している話ですが、小説を書かない人にも共感できる部分はあるのではないかと思うんです。小説を書く時にはアイディアが必要ですが、何かをするためにアイディアが必要なことって小説に限らず他にもたくさんありますよね。浮かんだアイディアを実現するために試行錯誤を重ねながら考えていくという作業は、それこそ大学の研究もそう。ですので「小説を書く話だから、自分には関係ないもの」だと読者に思われないように、そこは工夫をしました。
 それと、この作品は主人公たちが小説家志望で、物語のなかに何本もの小説が出てきます。小説はそもそもフィクションなので、フィルターがかかっていますよね。そこにもう一つ小説が出てくると、さらにフィルターがかかって、二重になります。そうすると、読んでいる人はしらけてしまう。作中に登場する小説はさわりの部分しか出てきませんが、「これは面白いんじゃないか」と思ってもらえるレベルじゃないと読者が引いてしまうのではないかと思い、随分気を遣って書きました。作中で彼らが書いている小説は、僕が一から考えて取り入れています。

母里
 主人公の一真が初めて小説を書こうとしたときに悩んでいる姿に、私は共感しました。最近私自身も小説を書く機会があって、ここに出てくる悩みが自分と重なることばかりだったので。作中で描かれているような小説を書くときの一真の悩みは、ご自身の経験がもとになっていますか。

久保寺
 そうですね、僕も実際プロになるまでに時間がかかっているので。作中で描かれているような小説を書いていて、自分で「これはだめだな」と思うことがありますが、そうなると書くのが嫌になっちゃいますよね。
 そもそもあるイメージを文章に変換するのは、かなり力技だと思うんです。例えば風景のような映像や絵で切り取って提示できるものを、文章の場合はひとつひとつ線でしか流れていかないわけです。それは現実を映しているように見えて、現実そのままではなくなっているので。小説を書こうと思ったとき、「どこまで描写しようか」と悩むと思うんですよね。詳細に描写する部分とか、あえて省く部分とか。会話も、リアルな会話は「あー」や「えっと」が入りますが、小説にそのまま入れるとテンポが悪くなってしまう。なので「小説は現実そのものではなく、小説としてのリアリティがあればいいんだ」と考えるようにすると、書き方も色々変わってくると思います。
 実際の会話は、小説の会話のようになめらかには流れていないですよね。小説は加工しているんです。リアルとリアリティは違うということなんですよね。「リアルそっくりそのままにはできない」というところは、実際に小説を書いてみないとわからないと思います。慣れるまで苦労しますね。そういうところは経験が反映されていると思います。

母里
 小説の中の会話については、特に難しいところだなと思います。

久保寺
 飯間浩明さんの『小説の言葉尻をとらえてみた』(光文社新書)では、日本の小説の中でどのような言葉遣いになっているかについて取り上げられているのですが、いかに作家が人工的に言葉を作っているかがわかります。普段は自然に読んでいますが、現実にこんな風にしゃべる人はいないというか、読みやすいように加工されているんですね。人工的に作られているものなので、自然な会話と思わせつつ実は自然じゃない。

母里
 あまりに人工的だと読み手はすぐにわかってしまいますし。

久保寺
 それについては開き直るという手もありますね。例えばお年寄りのセリフを「わしは〜なのじゃ」という言葉遣いにするとか。子どものセリフは難しいです。大人が子どものふりをしているようなコスプレ感が出るとだめなので。小説に没頭してもらうために、いかにコスプレ感を無くすかということについては工夫しなければならないですね。
 ヴィクトル・ユーゴーの『レ・ミゼラブル』という小説がありますよね。僕は読んだことがないのですが、すごくご都合主義らしいんです。ありえないタイミングで出会ったりすれ違ったり。でも、バルガス・リョサは「フィクションとしてのリアリティがあるからいい」と評しています。現実ではありえなくても、小説の中では成立しているから良いんだと。所詮フィクションなので、その中でリアリティが感じられればOKというのは、僕も思いますね。

 

 

2.ホールデンはお好き?

母里
 『青少年のための小説入門』には実在する小説がたくさん出てきますが、その作品はどのようにして選びましたか。

久保寺
 書く前から作中に小説を朗読するシーンを入れたいと思っていたので、「絶対このシーンではこの作品を使いたい」と考えていたものがもともといくつかありました。オープニングでは夏目漱石の『坊っちゃん』(ちくま文庫)とか、重要なシーンではカート・ヴォネガットの『スローターハウス5』(ハヤカワ文庫)とか。あとは思いつくまま、自分の好きな作品をリストアップしていって、話に合わせました。この作業は楽しかったですね。本当に自分が好きな作品ばかりなので。

母里
 それは伝わってきました。愛であふれているなと。作中にサリンジャーの『ライ麦畑でつかまえて』(白水社Uブックス)が登場しますが、久保寺さんがお気に入りの作品なのでしょうか。

久保寺
 そうですね、お気に入りです(笑)。
母里
 私自身は『ライ麦畑でつかまえて』を今までに3回くらい読んで、3回とも途中で断念しているんです。

久保寺
 僕は高校生のときに初めて「有名作だから」という理由で『ライ麦畑でつかまえて』を読みましたが、ピンときませんでしたね。タイトルの感じからさわやかな青春物語を期待したら、主人公のホールデンは文句ばっかり言っているし、嘘をついたりするし、「なんだ、コイツ」と思って(笑)。それが30代のときに読み返したら、すごくよかったんですよ。ホールデンはナイーブなのに、「なんでもないよ」と強がっている人間なんですね。繊細だから傷ついているけど、減らず口でごまかしている人。それが多分、ホールデンと歳が近い10代ではわかりにくかったんだと思います。歳を重ねて、傷ついたり挫折したりといった経験を色々した後で読み返すと、ホールデンが愛おしく感じるというか。小説って、前に読んでピンとこなくても、時間が経って読み返すと印象が変わったりします。僕にとって『ライ麦畑でつかまえて』は、そういう作品でした。もしかしたら、ホールデンという人は女性にはとっつきにくさを感じるかもしれないですね。メアリー・マッカーシーの『アメリカの鳥』という小説があるのですが、こちらも19歳の傷つきやすい男の子の話なんです。ただ、ホールデンみたいな感じではないので応援したくなる。そういう点ではこちらの方が読みやすいかもしれませんね。

母里
 ホールデンが「インチキだと思うもの」が『ライ麦畑でつかまえて』では出てきますが、『青少年のための小説入門』では主人公の二人が「インチキではないもの」を求めていきますよね。久保寺さんご自身は「インチキではないもの」とはどういうものだと思いますか。

久保寺
 難しいことなので「これです」とは言いにくいのですが、作家のアンドレ・ジッドが「私は真の栄誉を隠し持つ人間を描きたいと思っている」と言っているんですね。それがジッドの小説の理想らしいんですが、「隠し持っている」というところがポイントなんじゃないかと思います。これみよがしに「あの人すごい」ではなくて、一生懸命見つけようとしないと見えない、隠し持っている個人の美しさみたいなものを描きたいというところで。パッと見ただけではわからないけど、よく観察するとわかるような。そういう、普通なら見逃してしまうような美しいものが「インチキではないもの」なのではないかと思います。そしてそういうものを自分でも書きたいと思っています。

 

 

3.小説の可能性

母里
 作中に少女漫画が登場しますが、久保寺さんも実際に読まれたりするのでしょうか。

久保寺
 好きですね。

母里
 『ブラック・ジャック・キッド』(新潮文庫)でも少女漫画が登場しますが、作中に登場する70年代の少女漫画というと、なかなか男性は読めないと言われていたと思うので、印象的でした。

久保寺
 僕も子供のころは小説ばかり読んでいて、漫画はそれこそ『ブラック・ジャック』くらいでした。ですが大学に入ってから先輩に、「なんで少女漫画読んでないの?」と言われて。その頃って「ユリイカ」などで少女漫画が特集されたりしていた頃だったんですよ。それで慌てて“24 年組”(※1)と呼ばれる漫画家さんのことを勉強しなければと思い、読み始めました。特に山岸凉子さんの『アラベスク』や美内すずえさんの『ガラスの仮面』が好きですね。今は単純に好きで読んでいますが、最初は「勉強」として読んでいました。

母里
 他の方の漫画も読まれますか。

久保寺
 羽海野チカさんや高橋留美子さん、森永みるくさんの作品が好きですね。

母里
 文学に壁がないような感じがします。
 
 


久保寺
 面白ければジャンルは関係ないですよね。物語なわけなので、表現の手段が違っても、仲間だと思います。表現の違いはあるけど、漫画の強みもあれば小説の強みもありますよね。表現方法によって得手不得手はあるけど、「どっちが上か下か」とかいうジャンルを区別するのは変だと思っています。

母里
 私の周囲では、小説を読む人は「漫画は邪道だ」と言ったり、漫画を読む人は「活字が苦手だから小説は読めない」と言ったり。小説と漫画とでは、読み手に不思議な隔たりがあるなと感じることがあります。

久保寺
 食わず嫌いみたいなところがあるのではないでしょうか。それこそおすすめの小説を渡してみたら、はまる人ははまるかもしれない。僕も漫画は詳しい人に色々聞いて読んでいるうちに、当たりが見つかった感じでした。

母里
 それから最近の大学生は、本を読む人と読まない人で二極化している感じがします。

久保寺
 僕が大学生の頃は、「有名な本は読んでいないと恥ずかしい」みたいな文化がなんとなくありました。今はあまり見栄を張らなくなって、みんな自然体なのかもしれないですね。

母里
 『青少年のための小説入門』の登場人物が「小説はもう他の娯楽に負けるんじゃないか」と、小説の可能性について語っているところがありましたが、私もそう考える部分は少しあります。小説の可能性についてどうお考えになりますか。

久保寺
 「売り上げ」というところに関して見ると、小説は勝てないと思います。グローバルだと絵は絶対に強いので。小説は翻訳しないといけないし、まして日本語だし。それこそ水村美苗さんの『日本語が亡びるとき』(ちくま文庫)に書かれているように、英語は世界の言語の中で良い位置を占めているけど日本語はマイナーなので、日本語で書いた小説がどこまで世界のシェアを獲得できるかというと、漫画の伝播力のようなものには及ばないと思います。ですから、経済効果としては勝ち目はないけど、「こういう景色を具体的に見せないでその人だけのイメージを作り上げる」ということは文章でしか表現できない技なので、ジャンルとしての小説は滅びないと思うし、駄目だとは思わない。

母里
 小説が経済的な意味で年々押されているというのは、私も感じます。小説は「読む人が読めばいい」みたいになっていくのでしょうか。

久保寺
 僕は、そうなるのは寂しいなと思っています。今全然小説を読まないという人も、生涯で一冊も小説を読んだことがないわけではないと思うんです。「読んでみたけどつまらなかったから、読まなくなった」のではないかと。そのときに小説が面白いと思えるものに出会えたら、その後も読むのだと思います。作り手としては、そう思ってもらえるように書いていきたいです。『青少年のための小説入門』には実在する小説がたくさん出てくるので、これを読んで「じゃあ出てくる作品を読んでみようかな」と思ってもらえたら嬉しいですね。
 
※1)“24 年組”……萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子、山岸凉子を中心に、揃って昭和24年前後に生まれ、1970年代の少女マンガ界において当時には珍しいSFやファンタジー要素、同性愛をテーマにした作風や新しい描写技法等、新しい感覚で作品を描いた女性マンガ家たち。



 
 
P r o f i l e

久保寺 健彦(くぼでら・たけひこ)
1969年東京都生まれ。2007年「すべての若き野郎ども」で第1回ドラマ原作大賞選考委員特別賞を受賞。『みなさん、さようなら』(幻冬舎)で第1回パピルス新人賞を受賞。『ブラック・ジャック・キッド』(新潮社)で第19回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。
その他の作品に、『中学んとき』(角川文庫)、『GF(ガールズファイト)』(双葉社)、『ハロワ!』(集英社文庫)など。最新刊は、『青少年のための小説入門』(集英社)。

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