座・対談
「『世界』をつなぐ読書」柳 広司さん(小説家) P2


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4.生き抜くためのツール

杉田
 私は個々の作品ごとに「好き」の形は違うんですが、それとはまた別に「本が好きな自分」というか「読書が好きであることそのもの」を自分の枠組みのひとつにしているように感じます。この枠組みは私の中で世界と付き合うときのルートのひとつになっていて、ひとつの既定の位置につけることによって、やりやすくなっているような気はします。

 


 そういうある種の秩序というか、カテゴリ作りというのは有効ですよね。小説にせよ映画にせよ演劇にせよ社会科学にせよ、どのツールをもって、この混沌たる世界を生き抜いていくのかというのは、人それぞれです。杉田さんは、たまたまそのツールを選んだんですよ。使っていく中で「使えるんじゃね? いけるんじゃね?」という感覚があったのだと思います。

 

杉田
 私の場合は色々試す前に今のツールが馴染んでしまったような気がします。

 


 私もそうですよ。子どものころにたまたま小説を読んで「こういう風に世界と付き合えばいいんだ」となったので。もしかしたらそれが美術や音楽であった可能性もあります。

 

杉田
 ちなみにノートに書き写しているとおっしゃっていましたが、そのノートは、いつ何を読んだのか記録しておくための読書ノートではなく、作品を自身にしみこませるためのものなのでしょうか。

 


 そうです。「わーおもしれー」と思いながら小説の好きなところを書き写しています。

 

杉田
 同じ作品の同じ部分を何回も書き写すこともあるのでしょうか。

 


 ありますよ。書き写したノート自体を読み返すこともあります。詩などは、書き写すことでやっと覚えるようなところがありますよね。見た目というか、字面も含めての面白さというのが読書の経験だと思っています。短いときには4か月くらい、長いときには7,8か月くらいで、ノート一冊使い切りますね。

 

杉田
 ご自身の本は二度三度読んだりしますか。

 


 自分の作品は読み返すと直したくなるので、極力読まないようにしていましたが、最近は初期に書いた作品はときどき読み返しています。それで「面白いじゃん!」と(笑)。

 

杉田
 単行本を文庫にするときには直したりするのですか。

 


 はい、原稿が真っ赤になります。単行本と文庫では字並びが違っていてそれによって読み心地が変わってくるので、より読みやすいように変えたりもします。ミステリは特にページをめくって「あっ」と思わせるような仕掛けを作ったりしますね。



 

 

5.大量の本に触れる意味

杉田
 同じ小説を読み返すことがあまりポピュラーではないことの理由に「まだ読んでいないものが読みたい」という傾向があるような気がします。とはいえ、何度も同じ作品を読み返していても柳さんの方がトータルで触れている作品数は多いのではないかと思います。

 


 私は50 歳を過ぎていますし、絶対的な時間を生きているからだと思いますよ。私が杉田さんの年齢の頃にリストを作ったなら「こんなもんか」というものにしかならなかったでしょうし。それに我々の頃の下宿には、ネットもテレビも電話もなかったので、暇だったら本を読むしかなかった……。状況の違いも大きいと思います。それから、たくさん本を読んだ人間が幸せかというと、必ずしもそうではないです。必要としている人だけがそうしているんだと思います。逆に必要なしにこの世界に楽しく触れることができるなら、そういう人の方がおそらく幸せなんだろうなと思います。と、昔そういうことを、田中芳樹さんと話したことがあります。

 

杉田
 確かに今はネットやテレビなど、楽しみとしても世界とのつながりの手引きとしても、色々なメディアがあります。それでも今の大学生に「やっぱり本は良いんだ」ということを伝えようとするなら、どういう形で伝えたら良いと思いますか。

 


 前提として「本」というメディアの絶対的な強みは、歴史が前提にあるということです。紀元前500 年から世界中の文明があるところで、文字による物語が書かれてきました。2500 年以上にわたってありとあらゆる可能性がすでに試されているので、今思いつくような小説は過去に実現されているんです。それだけの蓄積があって生き延びてきた古典小説は、やはりそれ相応の理由があります。他のメディアの歴史に比べると、圧倒的にアドバンテージがあります。古典についていえば、人間が文字情報で考え付く限りの可能性を試してきています。それを今見通して手にすることができるというのは、メディアとしてはすごく有利な点だと思いますね。
 ただその一方で、今若い人に安易に本という形としてはすすめられないのかなとも思います。書店に行って思うのは、出版不況の影響なのかヘイト本みたいなものや、アニメやドラマの原作になることを前提としているとしか思えない小説が多いということです。これまで小説が積み上げてきた歴史や長所を放棄している本が、かなりマーケットを席巻している感じですね。そういうものを情報のプライオリティをつける訓練をしていない若い人たちが単に数として読んでいくのはリスクが高いような気がします。大学では「4年間で最低100 冊読もう」みたいな活動が行われているようですが、それはかなり少ない。1000 冊くらい目を通せばプライオリティがつけられると思いますが、4年で100 冊くらいだと何らかの理由で露出が高い本しか手に取れないと思います。そういう意味でも若いときに古典を読んでおくと、後々もっと自由に本を読むことができるようになるので良いと思います。それに古典を読む時間は若い頃にしかありません。物語の重要性は年齢とともに変わっていくし、世界を変えられるような思いができるのは30 歳までに読んだ本だと思うんですね。逆に30 歳を過ぎても、本を読んで自分の世界を簡単に変えられているのでは仕方ないとも思います。なので、今のうちにぜひ古典を読んでください。

 

杉田
 古典というと古いイメージがずっとあったんですが、小説は「時間」がひとつの「ふるい」になっているんですよね。ふるいにかけられたものを読んで、若いうちに色々読んで見る目を養っておくのが大事なんだと思いました。

 


 でも2500 年の歴史があるとはいえ、文字文化をむやみにありがたがる必要はないです。古典だからといって崇め奉るのではなく、今書かれた小説の横に並べて「今これが本当に面白いのか」というスタンスで古典も読めばいいと思います。ちなみに小説に限らず演劇や漫画もそうですが、楽しむためにはある程度の訓練が必要です。「何を期待して、何をそこから得るか」という動き方を覚えておかないと、どんなすばらしいものでも、受け取ることはできないので。それに作品に何を求めるのかによっても違ってきます。

 

杉田
 大学生にもっと本を読んでもらうにはどうしたらいいと思いますか。

 


 うーん……かえって「大学生は本なんか読むな」と言われた方が読む気がしますね(笑)。走り回っている子どもの口元に持っていって無理やり食べてもらうようなものではないと思います。ちなみに私は大学生のときに「今読まなければいつ読むのか読書会」みたいなものを友人たちとしていました。とりあえず「今読まなければ生涯読まなさそうな本」を読んでおくと良いのではないでしょうか。とりあえず読んでおけばそのときはさっぱりわからなくても、それこそ10 年後や20年後に何かの機会に出てきて「そういうことだったのか!」とひらめくことも意外とあります。また「正面から見たら難しそうだったけど、横からみたら薄っぺらだった」みたいなこともありますよ。

 

杉田
 読まないほうがいい小説もあると考えますか。

 


 それは、あると思います。もちろん何を求めているのかにもよりますが。暇つぶしに読むのであれば問題なくても、何かを求めて読むならリスクにしかならない作品もあります。ただそれはある程度数を読んでいくと自分の中で「これは面白い、これはだめだ」という美意識のようなものができてくると思います。また年齢によっても変わりますよ。年齢によってそのとき読むべき本や読んでいい本というのは違ってくるので。また「つまらない本」というのも、圧倒的につまらない本をたくさん読まないと、何がつまらないのかわからないですよね。「つまらなさ」にも色々あるので。それを学習するには相当時間がかかります。どんなジャンルでもそうです。本当につまらないものに大量に触れて、けれどその中でいくつか「すばらしかった」と感じられる本に出会えると思いますよ。

 

杉田
 ありがとうございました。

 
(収録日:2019年7月1日)
 

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プレゼントは2019年10月31日までに応募していただいた方が応募対象者となります。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

 

対談を終えて

「読書」の形が柳さんと自分でまるで違うという衝撃で始まった対談は、柳さんと読書の関係を教えていただくと同時に、自分と読書の関係を振り返ることができる二重に贅沢な時間でした。また読みたい本が次々見つかり、『二度読んだ本を三度読む』をもう一度、そしてそこで紹介されている作品を、さらにその作品から柳さんが描かれた小説たちを読みたくなりました。あらためて読書が好きになれる、楽しい時間をありがとうございました。

杉田佳凜
 

P r o f i l e

柳 広司(やなぎ・こうじ)
1967 年生まれ。小説家。
2001 年歴史や文学作品をミステリーと融合させた『贋作「坊っちゃん」殺人事件』(朝日新聞出版)で朝日新人文学賞受賞。09年『ジョーカー・ゲーム』(角川書店)で吉川英治文学新人賞と日本推理作家協会賞長編及び連作短編部門を受賞。著書に『はじまりの島』(創元推理文庫)、『新世界』『トーキョー・プリズン』(ともに角川文庫)、『虎と月』『ロマンス』(ともに文春文庫)、『幻影城市』『怪談』(ともに講談社文庫)、『象は忘れない』(文藝春秋)、『風神雷神』(講談社)などがある。最新刊は『二度読んだ本を三度読む』(岩波新書)。

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