座・対談
「『短歌の詰め合わせ』できました」東 直子さん(歌人・作家)

『短歌の詰め合わせ』できました


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1. 若い人に贈る、短歌のアンソロジー

杉田
 『短歌の詰め合わせ』(アリス館)を読ませていただきました。「読む」「作る」だけではない、「短歌の歴史」「歌会とは」など短歌文化の情報が詰まっているのが面白く、ありがたいなと思いました。一首ごとに東さんの読み方と、若井麻奈美さんのイラストがあるので、それぞれの読み方が味わえて楽しかったです。そもそも『短歌の詰め合わせ』はどのようなコンセプトで生まれたのですか。


 『短歌の詰め合わせ』は入門書として、若い人向けの短歌のアンソロジーを作るような形でスタートしました。アンソロジーのテーマは編集担当の郷原莉緒さんと一緒に話し合って決めたのですが、歌会についてとか短歌の歴史とか文人短歌とか、そういうアンソロジー以外の部分はほとんど郷原さんのアイディアです。短歌そのものだけでなく、背後にあるものも色々入れられたら面白いのではないかということで。楽しんでいただけたのなら嬉しいです。

杉田
 歌会の内容って、短歌文化に身体ごと飛び込んで覚えていったように思います。題詠とテーマ詠の違いなど、私も最初の頃はよく分からなくて戸惑いました。


 確かに、大学短歌会や歌会に行くと、知っていることが前提で進められますよね。「詠草えいそう 」「歌会」「選歌」など、普段の生活の中で使わないような言葉が飛び交いますからね。

杉田
 ふんわりと「こういうことなんだろうな」と自分の中で解釈してやりすごしていたり、経験則でわかっていくものだと思い込んでいたりしたことが『短歌の詰め合わせ』に書かれていて、本で予習できるところも良いなと思いました。こういう本がほしいなと思っていたので。


 それはよかったです。私は短歌に関わって30 年くらい経っているので、改めて編集の方に「歌会ってどうやるんですか?」と訊かれて「そういえば一般的に誰もが知っていることではなかったな」と、気づく部分があって。どのあたりがわかりにくいのかということなども、改めて考える機会になって私も勉強になりました。

杉田
 私も大学で短歌の発表をするときに、短歌に関する単語の説明をどの程度入れるかに毎回悩みます。


 そうですよね。

杉田
 アンソロジー部分のテーマについてですが、短歌にはたとえば「挽歌」や「職業詠しょくぎょうえい」といったジャンルがありますよね。でも『短歌の詰め合わせ』では「動物」「食べ物」などそうしたジャンルからは離れてテーマが設定されていたのが印象的でした。


 『短歌の詰め合わせ』は「○○詠」のようなジャンル別ではなくて、短歌の中の内容でくくりました。親しみやすい切り口で、というところが大きいですね。

杉田
 確かに食べ物や動物など身近なものだと、自分の経験に引き寄せやすいですよね。


 食べ物は毎日食べますしね。高野公彦さんが「短歌が作れなくて困ったときは『食』を詠むといい」とおっしゃっていたんですよ。やっぱり食べることって、味覚だったり温かさだったり、いろんな感覚を刺激するし、誰にでも共通することなので。私も食について書かれた短歌や散文を読むのが好きです。とりわけ気分が盛り上がりますね。

杉田
 引用した短歌の基準について伺いたいのですが、同じアンソロジーで東さんも編者を務められている『短歌タイムカプセル』(書肆侃侃房)では、資料的というか、おさえておくべきポイントみたいなものがあったように感じました。今回の場合はどのような基準で選ばれたのでしょうか。


 基準は特には考えていなかったです。歌人別アンソロジーだと、その時点での短歌史を踏まえるような側面が生まれます。でも今回は私個人が惹かれる歌や新鮮なものなど、好きに選ばせていただきました。割と最近出たばかりの若い人の短歌も、積極的に取り入れています。

杉田
 東さんは新聞歌壇の選歌などもたくさんされていますが、ご自身が短歌を詠む頻度と、人の短歌を読む頻度ではどちらの方が多いですか。


 断然に「読む」方ですね。今は定期的な選歌欄だけでも5 つ持っているので、常に選歌している状態です。書評を書くこともありますし、最近は興味深い歌集が次々出るので、毎日のように読んでいます。

杉田
 短歌を選んで紹介するとなると、たくさんの引き出しがないといけませんよね。「どれだけたくさん短歌を読んでアンソロジーに選んでいるんだろう」と思っていましたが、やはり相当読まれているのですね。


 でも、いざとなるとなかなか大変でした。好きで覚えている歌があっても、テーマ的に入らないこともたくさんあるので。今回はテーマを立ててから短歌を探したので、一から歌集を読み直し、郷原さんがピックアップしてくださったりもしました。

杉田
 最初に読んだときに「東さんが好きな歌がこういう感じなのかな」と思いました。それで「でも自分なら……」とか、比べながら読むことができたのも楽しかったです。何度か同じ方の短歌が出てくると「この作者さんが好きなのかな?」とか。


 私の好みがばれてしまいますね(笑)。好きな歌を好きになってもらえたら光栄です。

 

 

2. 読んで楽しいと思ってもらえたら

杉田
 短歌入門とは、何をしたら入門になるのでしょう。入門といっても「読むための入門」「作るための入門」「短歌文化を知るための入門」等々、色々あると思うんです。『短歌の詰め合わせ』はどういう感じでしょうか。


 情景描写や比喩の使い方など技法的なものは『短歌の不思議』(ふらんす堂)で書いているので、今回はクッキーの詰め合わせみたいに「こんなものがあるよ」と短歌をシェアするように、楽しく読んで興味を持ってもらえたらというのがコンセプトにあります。「短歌ってどうやって読んだらいいのかな?」と思っている方が、短歌を読者として楽しむきっかけになればと思います。

杉田
 『短歌の詰め合わせ』には「上下合わせ」や「穴埋め」など読者が参加できるドリルのページがあります。これも、短歌を作る練習というよりは「どうしてこの語がここに当てはまっているんだろう?」と短歌を深く味わうためにあるような感じなのでしょうか。


 穴埋めは『短歌の不思議』でも色々出題したのですが、それをやったからといって短歌が作れるようになるわけではないんですよね。ちなみにあれは「難しすぎて諦めた」という声をよく聞きました(笑)。確かに歌人の特殊な比喩を当てるのは難しいですよね。

杉田
 私も上下合わせは結構わかるところもありましたが、穴埋めは難しくて当たらなかったです(笑)。でも「自分が穴になっていないところのどこに反応するのか」が見えてきて面白かったです。


 その人の感覚が浮き彫りになるのが面白いですよね。大学でも教えていますが、怖い方向に言葉を埋めてくる学生もいれば、ポップな感じにする学生もいます。『短歌の詰め合わせ』では、半分参加するような感じですね。短歌をより体験的に味わうこともできるし、自分のものとして体験することもできる。言葉の組み合わせで、一語違うだけでここまで変わるということを味わってもらって、一語一語にどれだけ重要な意味があるのかということを、わかってもらえたら、と。

杉田
 相対化することで「この作者がこの語を入れたのはどうしてだろう」という読み方もできますしね。吟味する姿勢が身につくというか。


 色々な切り口がありますよね。文章に対してなかなかそこまで丁寧な読み方って普段しないと思うので、速度を落として立ち止まりながら読む体験として面白いんじゃないかと思います。

杉田
 これまで短歌を読んでこなかった人に向けて『短歌の詰め合わせ』のフックは、半分は作る方で参加させて足を止めさせること、そして東さんの文章や若井さんのイラストで立ち止まらせることだと感じました。


 そうですね。イメージの広げ方のバリエーションを割と贅沢に入れました。イラストも一首一首についているので、どの頁も丁寧に読めると思います。絵の印象ってすごいですよね。ぱっと一目で入ってくる。でもあまりに内容をなぞるようにイラストで説明してしまってもお互いに相殺してしまうので、難しいんですよね。

杉田
 言葉を絵で置き換えただけではないからこそ「広げ方」としては面白いと思います。特に寺山修司の「クロッカス」のところにカップ麺のイラストがあったのが印象的でした。寺山修司の作品は「映画のワンシーン」のようなイメージだったので、生活感のあるものが出てくると思わなかったんです。


 確かに、クロッカスのあのセリフを日常生活で言ったとしたらかなり「ロマンティックな人」ですからね(笑)。きっと現代っ子若井さんの感性なんでしょうね。

杉田
 『短歌の詰め合わせ』の次の一冊を読者に薦めるとしたら、何を選びますか。


 『短歌の詰め合わせ』にはできるだけたくさんの人の短歌を入れたので、作品単位で面白いと思ったら、次はその人の歌集をまとめて読んでもらえたら嬉しいですね。ドリルをやってみて面白くなって「短歌を作ってみたいな」と思ったら、歌会に参加したり投稿したりしていろんな人に読んでもらって、活動の幅を広げてもらえたらいいかなと思います。
 

 

3. 東さんの短歌入門

杉田
 東さんの短歌入門はどういう形だったのでしょうか。


 私はいきなり投稿からはじめました。20 代後半のときに、定期購読をしていた雑誌『MOE』で林あまりさんの選歌欄が始まったんです。そのころ子育て中だったので、子どもが昼寝している間の時間に集中して作って出してみました。そうしたら何度か入選して、嬉しかったですね。当時まだ今のようにインターネットが普及していなくて、自分の文章が活字になるということそのものが特別な経験でした。それでちゃんと短歌を勉強したいと思うようになって。知人を通じて歌人の加藤治郎さんを紹介していただいて、加藤さんの勉強会に呼ばれたり穂村弘さんに出会ったりして歌人の知り合いが増えていきました。それから「未来」に入って歌会に参加したり、「かばん」の仲間と歌会をしたりしましたね。このほか独学で短歌の入門書を読んだり、アンソロジーで高野公彦さんが編集されている『現代の短歌』(講談社学術文庫)をボロボロになるまで読んだり。アンソロジーは一通り短歌の歴史の流れがわかるし、好きな歌を探し出したりできるので良いですね。

杉田
 「読む」の入門は「作る」からの流れだったんですね。「短歌を作る上では先達の作品も勉強しておかないと」みたいな感覚でしたか。


 勉強しておかなくてはというのもありましたが、自然と短歌という形式で作られたものが好きになったんです。それから、当時住んでいた町田で歌集の読書会が開かれているのを教えてもらって、毎月一回参加したのも非常に勉強になったし楽しかったですね。葛原妙子とか、ひとりで読んでいてもなかなか入ってこないものを先輩に色々教えてもらってすごく面白かったです。

杉田
 歌会って結社に入らないと参加できないと思っていました。


 インターネットが普及する以前は、短歌を勉強している人に出会うのは偶然の部分が大きかったので、投稿してそこで終わってしまうことが多かったんじゃないかと思います。今はSNS で「歌会」と入れただけでもたくさん出てくるくらいなので、かなりカジュアルになりましたよね。

杉田
 短歌以外にも何か創作されていましたか?


『MOE』には童話募集のコーナーもあって、投稿した童話も載ったことがありますよ。大学時代はお芝居をしたり観たりするのが好きだったので、演劇研究会に入って脚本を書いていました。卒業してからも少しやっていたのですが、子どもが生まれると演劇を続けるのが難しくて。でも創作したい気持ちはずっとありました。それで短歌という表現形式に出会ったんです。形式を与えられると飛んで来た球を打ち返すみたいに「よし、この難しいテーマを打ち返すぞ」みたいな意欲が出てきます。

杉田
 それを聞くと『回転ドアは、順番に』(共著、ちくま文庫)が実際どのように作られていたのかが気になります。穂村さんの短歌を題として受けて打ち返すような感じで作られたと思うのですが、本では並べ替えられていますよね。


そうです。本にするときは並び替えたりして、歌で物語を創作していった感じですね。これは作品をメールでやりとりしたら面白いんじゃないかという発想からスタートしました。ひとりで作っているとどうしても同じ言葉をくりかえし使ってしまうところがあるんですが、人によって世界観や言葉の使い方は全然違うので「自分にない語彙を穂村さんから探ろう」みたいなところがありました。そんなとき、たまたま「男女の歌で本を作りたい」という企画があって、編集者のアイディアで恋愛をからめた物語仕立てになったんです。

杉田
 短歌の間の散文も状況説明的ではないですが、散文があることで短歌を読み慣れていない方にもわかりやすくなっていますよね。


 我々は短歌に慣れているので「短歌だけで良いのでは? 散文は蛇足では?」と思ったのですが、編集の方のアイディアで単行本のときは二人の対話を所々に挟みました。文庫にするときには、文庫の編集者からの「もっと解説的なものがあってもいいんじゃないか」という提案で、各作品ごとに入れました。それも蛇足なんじゃないかと思ったんですが、そこを読んで「なるほど」となった人もいたみたいです。

杉田
 私も「解説は蛇足では」という思いがあったのでそこは今まで読んでいなかったのですが、この前やっと解説を読んだら「あれ?全然自分の解釈と違うことが書いてある」と。正解としてあるわけではないけど、見ていた景色が変わる感じがあって、そこも面白いと思いました。


 短歌は正解ってないんですよね。よく「どう読んだらいいんですか?」と訊かれるので「自由でいいんですよ」と返すんです。なぜか読み方について恐れられてしまうところがあるのかもしれませんね。

杉田
 それこそ先生の正解に寄せて行かなくてはと思ってしまうのでしょう。


 そんなことないんですけどね。

杉田
 歌会とかフラットな場で意見が分かれると「正解はないんだな」というのが体感としてわかる気がします。座談会形式の入門書『短歌はじめました。』(角川ソフィア文庫)では、先生の中でも意見が割れるのだということがわかるので好きです。


 確かに、穂村さんとは結構違いましたね(笑)。



 
 
P r o f i l e

東 直子(ひがし・なおこ)
歌人、作家。「草かんむりの訪問者」で第7 回歌壇賞、小説『いとの森の家』(ポプラ社)で第31 回坪田譲治文学賞を受賞。「東京新聞」「公募ガイド」等の選歌欄の選者。歌集に『春原さんのリコーダー』『青卵』(ともにちくま文庫)、『十階』(ふらんす堂)ほか。小説に『とりつくしま』(ちくま文庫)ほか。評論集に『短歌の不思議』(ふらんす堂)等、著書多数。最新刊は『短歌の詰め合わせ』(アリス館)。
 

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