座・対談
「翻訳物って面白い!」金原 瑞人さん(翻訳家・法政大学教授)

翻訳物って面白い!


金原 瑞人さん プロフィール 関連書籍紹介 サイン本プレゼント

1. 異文化に誘う海外文学

フリーペーパー「BOOKMARK」
一部の大学生協でも設置しています。



 昨年秋にCCCメディアハウスから発売された『翻訳者による海外文学ガイド BOOKMARK』(以下、『BOOKMARK』)を面白く読ませていただきました。これはもともと先生が三辺律子さん(英米文学翻訳家)と年2回発行されている雑誌「BOOKMARK」(フリーペーパー)をまとめたものですが、ここに紹介されている作品は、実際に先生が読まれたものから選ばれているのですか。

金原
 三辺さんと二人で相談しながらですが、二人ともほとんど読んで「これいいね」という本を中心に選んでいます。ただ、たまに時間がなくて、どちらか片方の推しで入れることもあります。お互い相手に「面白い」と言われると読みたくなるという意味では、我々にとっても良いブックガイドになっているんです。


 『BOOKMARK』には英語圏以外の本もたくさん載っていますよね。先生は英語圏以外の作品も普段から読まれるのでしょうか。

金原
 日本のものもすきだし、翻訳物も面白いですよね。たとえばチベット文学は訳す人が少ないけど面白いですよ。
 このフリーペーパーを創刊した頃は発行毎に青山ブックセンターなどでイベントを開いていました。4号のときは台湾文学の翻訳をしていた天野健太郎さんと韓国文学の翻訳をしている斎藤真理子さんにきてもらって、4人でトークをしました。台湾と韓国の違いが面白かったですね。驚くくらい違いがあるんですよ。


 私は先生が紹介されているヤングアダルト作品をたくさん読んできたので、「金原先生は英語圏の作品を紹介されている方」という印象が強かったのですが、こういう活動もされていらっしゃるので、英語圏以外の作品もたくさんの方に伝わるといいなと思いました。全然違う文化に触れられるのが、海外文学作品の醍醐味ですよね。全然自分と関わりのない地域や国の本はなかなか手にとる機会がないので、紹介していただけてありがたいです。

 

2. 読書に目覚めたころ

金原
 任さんはいつごろから本を読み始めましたか。


 物心ついたときには図書館で読んでいた気がするので、子どもの頃からずっと読んでいたことになると思います。

金原
 僕は小学生のとき、本が読めない少年でした。その頃夢中だったのは、漫画とアニメだけでしたね。


 ある日突然、本に目覚めたのですか。

金原
 男の子ってバカだから、本の読み方がわからない。たとえば、パーリ語のシンハラ文字で書かれたお経って、模様にしか見えないですよね。文字も言ってしまえば記号です。それを言葉にして、頭で認識して、意味のつながりで物語を再構成するのってすごく難しいことで、それができない子がいるんですよ。鉄棒で逆上がりができないようなものです。でも毎日続けていると、あるときフッとできるようになる。そこに到達するまでが、男の子は結構遅いんです。僕は中学校に入ってから本が読めるようになって、いきなり本が好きになりました。


 私がしっかりしたハードカバーを読んだのは『ハリー・ポッター』シリーズ(J・K・ローリング)が最初でした。映画を観て面白くて、原作も読むようになって。私の周りにも『ハリー・ポッター』が大事な読書経験という友人が多いです。女の子・男の子関係なく、みんなが『ハリー・ポッター』を読んでいたような気がします。

金原
 そう考えると、日本の国語教育って間違っていないのかも。「読みたい」と思ったら読めるんだから。『ハリー・ポッター』は行列に並んで買っていた人もいて、影響力が大きかったですよね。


 子どもたちがあれだけ活字の詰まった本を読むようなことって、後にも先にもあの時だけで、もうないのではないでしょうか。

金原
 活字だけの本をあれほど多くの子どもが読んだというのは、世界中見渡しても、もしかしたらあれが最初で最後かも。


 私には5歳下の弟がいますが、その世代になると私たちのようにみんなが『ハリー・ポッター』を読んでいるわけではないようなので、私たちの世代はやはり特殊だったのかなと思います。

金原
 僕の子どもの頃は『鉄腕アトム』(手塚治虫)、『鉄人28号』(横山光輝)、そして楳図かずお作品などが、世代を語るときに出てきますね。あとはテレビ番組。僕は昭和29年生まれですが、昭和30年代は漫画とアニメが子ども文化の大きな部分を担っていました。僕はそれにもろに影響をうけて育っているので、逆に活字の本を読んでいないんです。橋本治(作家)さんは昭和23年生まれの団塊の世代で、彼らの頃から「若者の本離れ」「子どもが本を読まないのは漫画やアニメのせいだ」と非難されていたんですね。なので橋本さんは生前、「今更本離れと言ってどうする」みたいなことを書いていたことがありました。


 そのときに何が流行るかですよね。私は『パーシー・ジャクソン シリーズ』(リック・リオーダン)とかが、『ハリー・ポッター』に続いてくれるのではないかと思ったんですが、映画があまり期待したほどではなかったので残念でした。映画次第で、第二の『ハリー・ポッター』になれたのではないかと。

金原
 僕が訳したファンタジーの中では、『バーティミアス』(ジョナサン・ストラウド)は映画にすると面白いんじゃないかと思っています。

 

3. 原作に合った文体とは


 海外文学を読んでいると、若者のやりとりなどのニュアンスを訳すのが難しそうだと感じます。翻訳をするときには、ご自身の文体が出てしまうものなのでしょうか。

金原
 「原作に合った文体でそれぞれ訳す」とかいう人もいるけどそれは嘘で……。もちろんそうしようとは思うんですが、自分の文体って基本は変わらないんですよ。自分が翻訳したものを読むと、やっぱりわかりますね。いくら頑張っても、そこは変えられない。
 ジョン・グリーン作品の翻訳の仕事をしていたときのことですが、翻訳している途中で手が止まるんです。作者も登場人物も若いから、どうしても、おじさんが頑張っている感じが文体に出てしまう。それは、書きながらわかるんです。それで、僕の教え子でもある竹内茜さんに助けてもらって共訳にしました。文体は彼女のものですね。1冊目と2冊目で感覚がわかったので、あとは僕が訳しています。でも、僕が訳すと文体が少し重くなってしまいますね。


 ヤングアダルト作品は若い人の方が訳しやすいのでしょうか。

金原
 それは一概には言えませんね。翻訳技術の基本と、文体とはまた違います。文体だけで訳すことはできないので、経験や能力も大事です。
 文体で言うと、随分昔に翻訳した『マクブルームさんのすてきな畑』(S.フライシュマン)という、アメリカのユーモラスなお話があるんですが、これは小学生向けのほら話なんです。原作はすごく面白いんですが、僕がいくら翻訳しても面白くなくて、どうしたらいいか困っていました。ちょうどその頃に翻訳教室をやっていたので、それを課題に使ったんです。そうしたら、ひとりの女性が関西弁で訳してきて、すごく面白かったんですよ。それで、僕が英語から日本語に訳したものを彼女に関西弁に直してもらったんです。2冊目の『マクブルームさんのへんてこ動物園』は彼女に翻訳してもらって、僕がそれに手を入れる形式をとりました。『マクブルームさんのすてきな畑』はNHKの番組で噺家さんがやってくれたことがありましたが、なかなか評判が良かったです。


 英語でも方言のようなものがあると思いますが、それを翻訳するときに日本の方言を取り入れたりするのでしょうか。

金原
 それは良い質問です。僕が小中学生の頃は『風と共に去りぬ』(マーガレット・ミッチェル)がベストセラーになっていたんですが、当時、南部の黒人の言葉はほとんど東北弁で訳されていました。当時の人々はそれを全然おかしいと思わなかったんですね。でも今読むと、異様におかしいんです。時代によって言葉の感覚は違います。戦後しばらく、このように黒人英語は「東北弁っぽい言葉」で訳されて違和感がなかった時代が続くのですが、今はもうそれはできなくなりました。
 今多くの翻訳家が困っているのは、黒人英語をどう訳すかです。いわゆる白人英語とは全然違うんだけど、どう訳せばいいのか、難しいですね。


 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』(アンジー・トーマス)を英語で読んだのですが、アフリカン・アメリカンの女の子が主人公で、原書では、家族、地元の友人とは黒人英語、通っている進学校ではより標準的な英語を喋っています。どう訳すのか気になりました。

金原
 『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』はそこが面白いですよね。でも翻訳にはあまり反映されていない。できないんですよ。語りが違うということが、伝わらない。原書を読むとその落差がとても大きくて、それがひとつの作品のテーマにからんでくるのが面白いんだけど、日本語に訳すとそこが出せない。でも映画を観ると、それがわかる。しゃべっている言葉が全部違うから、耳で違いを認識できる。字幕が標準語であっても「なんだか違っているぞ」というのが分かる。でも文字のみになると難しいんですね。


 音で表現することはできるんですね。

金原
 いかに文字メディアは情報が少ないかということですよね。


 海外の小説だと、言葉では日本語に直されてはいるけど、想像が難しい場合もありますね。

金原
 ちなみに、任さんはどうして『ザ・ヘイト・ユー・ギヴ』を原書で読んだのですか。


 小学生の時、1年間アメリカにいたことがありました。英語力の維持のために日本に戻ってきてからも自主的に原書で読むことを続けていました。その延長で今も色々読んでいます。

金原
 英語で読んだ本で特に印象的なのはどんな作品でした?


 ジョン・グリーンの作品です。ネット上で同世代の間で盛り上がったのもジョン・グリーンの本でした。若者の複雑な面を見せるというのが面白く、難しい部分は辞書を引きながら読みました。とても面白かったです。あとは韓国系の男の子と赤毛の女の子が恋に落ちる『エレナーとパーク』(レインボー・ローウェル)も結構流行っていたような印象です。それから、『プリンセスダイアリー』(メグ・キャボット)とかでしょうか。

金原
 『プリンセスダイアリー』は本当に読みやすいですよね。


 最近アメリカのヤングアダルト作品は、昔よりも移民の話が多い気がします。

金原
 それが普通になってきて、カラーブラインド(※1)になってきていますよね。昔サンフランシスコに1年くらいいましたが、学校には本当にいろんな人種の人がいました。小さい頃からそういう環境で育っていると、人種の違いってあまり感じなくなるんだなと。多分そうなりつつあるんでしょうね。


 私も親が外国にルーツがあって、でも日本文学ではあまりそういうものに遭遇したことがなかったので、アメリカ文学に安心感を覚えることもあります。人種問題が本のメインテーマではなくても、読んでいると「この子は家がアジア系なのかな」とわかったり。そういう話が普通に出てくるのが面白いと思います。

金原
  サンフランシスコにいたときはUC.バークレー校に籍を置いていたんですが、その頃学部生の4割以上が東洋系でした。今はもっと増えているかもしれません。そういう時代になりつつあるんだと思います。それにも拘わらず、今でも黒人差別が大きな問題として残っているというのが、不思議でもあり悩ましいところです。トランプ氏の登場でさらにそれが顕在化しました。


 それもあって、逆に文化の面でマイノリティが頑張ろうという流れが出てきているような気がして、心強い部分もありますけどね。

金原
 確かにあれをきっかけに黒人文学が映画になったりしましたしね。そういう意味では、反トランプの力は大きいなと。それがアメリカのすごいところですよね。

1……白人と有色人種を区別しない
 
 
P r o f i l e

金原 瑞人(かねはら・みずひと)
1954年岡山市生まれ。翻訳家、法政大学教授。
児童書、ヤングアダルト小説、一般書、ノンフィクションなど訳書は550点以上。代表的翻訳作品に、『不思議を売る男』『青空のむこう』『さよならを待つふたりのために』『国のない男』『月と六ペンス』『リンドバーグ 空飛ぶネズミの大冒険』『このサンドイッチ、マヨネーズ忘れてるハプアース16、1924年』など。エッセイ集に、『サリンジャーにマティーニを教わった』。日本の古典の翻案に、『雨月物語』『仮名手本忠臣蔵』など。最新刊は『翻訳者による海外文学ガイド BOOKMARK』(共同編集、CCCメディアハウス)。

「座・対談」記事一覧


ご意見・ご感想はこちらから

*本サイト記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。

ページの先頭へ