オンライン座談会
『四畳半タイムマシンブルース』刊行インタビュー
森見登美彦さん(小説家)

 今回、『読書のいずみ』史上初のオンライン座談会を開催。7月29日発売の新作『四畳半タイムマシンブルース』を引っ提げて登場してくださった森見登美彦さんに、6人の大学生が執筆秘話や大学時代のお話を伺いました。



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1. 舞台作品と四畳半の世界が合体!?

倉本
 新刊『四畳半タイムマシンブルース』は、劇作家・上田誠さんの「サマータイムマシン・ブルース」を『四畳半神話大系』の世界で再現したものです。これは『ペンギン・ハイウェイ』の映画化に向けての打ち合わせ時からなんとなくこの話は持ち上がっていたと森見さんはほかのインタビューで話されています。また上田さんとは盟友だということで、上田さんとのご関係や舞台「サマータイムマシン・ブルース」と『四畳半神話大系』との作品の親和性という部分も踏まえながら、お話しいただけるでしょうか。  


森見
 上田さんとはもう十年以上の付き合いがあって、僕の小説のアニメ化では脚本家として携わって下さっているので、こちらもお返しじゃないですけど、上田さんが主宰を務めるヨーロッパ企画の舞台を小説にしてみようと。上田さんの舞台は結構群像劇が多くて小説にしにくい作品が多いんですが、「サマータイムマシン・ブルース」(以下、「サマータイム」)は、わりに一本辿るべきはっきりした道筋があり、しかも大学生の話なので、取っ掛かりとしては一番いい作品なのではないかと思ったわけです。
 そしてそれを小説にしようとしたとき、上田さんの舞台って役者さんの力がすごく大きいから、その役者さんたちに対抗できるだけの存在感のあるキャラクターを小説に登場させるには『四畳半神話大系』(以下、『四畳半』)のキャラクターたちをそのまま使うのが一番いいだろうと。それで、この強烈なキャラたちを役者さんのように使って「サマータイム」という劇を『四畳半』の世界の中で上演させ、それを小説にしようと考えたわけです。


倉本
 四畳半の話を書かれたのはすごく久しぶりだと思いますが、何か変化している部分はありましたか。

森見
 キャラクターが皆ちょっと可愛くなっているかな。『四畳半』のキャラクターが濃くて、『四畳半タイムマシンブルース』のキャラクターは薄いと言うとなんだか感じが悪いけど、全体的にもうちょっとライトで、みんな可愛らしくなっているとは思いますね。それは時間が経っているというのもあるし、僕自身『四畳半』の後に『夜は短し歩けよ乙女』(以下、『夜は短し』)やほかの作品を書いているし、アニメの影響も大きいです。僕の中でも『四畳半』のアニメの印象が大きいので、アニメで描かれたキャラクターのイメージがすごく入り込んでいると思いますね。

畠中
 『四畳半』では違う時間軸を並行で描いていてそのシンクロが面白かったのですが、今回は同じ時間軸の中で昨日と今日を繰り返すというような形でした。最初から舞台と同じ構成で『四畳半』のキャラクターを動かしてみようと考えていたのでしょうか。

森見
 その通りです。ただ『四畳半』は並行世界のお話なので、四つあるお話のうちのどれかの続きにするよりも、五つ目の全く無関係な並行世界としたほうが融通が利いて書きやすいだろうということで、五つ目の並行世界を舞台にして 「サマータイム」の流れにしました。

畠中
 プロットが全然違ったと思いますが、書く上でしんどかったことはありましたか。

森見
 やっぱり上田さんの作った流れや伏線でキャラクターを動かしながらきっちり舞台を再現しないといけないですし、登場人物の数も舞台とは違うので、パズルのように難しくて途中で悩むこともありました。僕の場合、流れがきっちり出来ていると、書きにくいんですよね。文章を膨らましにくい。そういう難しさは、多少ありました。
 

末永
 森見さんは以前エッセイで、「物語を書くときは、とりあえず書き始める」と書かれていたと思います。「とりあえず」で書いていくと書き直しの回数がめちゃくちゃ増えると思うんですけれど、今回は逆に楽だったことはありますか。書き直しが減った、とか。


森見
 あまりなかったかな。最初は僕も思ったんですよ、もうちょっと楽なのかなと。お話が既にあるわけだから悩まずに書けるのかなと期待したんですけど、お話があればあったで大変でした。今回も実際、事前にプロットは考えていなくて、ぶっつけで小津と主人公がアパートの部屋で裸で睨みあっている、という場面を書いて、多分午後に明石さんが来るんだろうな、じゃあ、この先どうなってくるのか→いつぐらいに樋口さんが起きてくるのか→タイムマシンが現れ→じゃあ誰が……とか、その場その場で一番良さそうな選択肢を選んで書き進めていって、途中でわからなくなったら舞台版のDVDを見て確認するという書き方でした。

末永
 普段の書き方を踏襲しつつ、ストーリー重視しつつ、みたいな?

森見
 そう、できるだけ。悩み始めると書けなくなっちゃうので。

末永
 今回は書くのが楽だったのかなと思ってお聞きしたのですが、意外と苦労されていたのですね。

森見
 もし楽だったら、このあとしばらく上田さんの舞台を小説に書いて稼いでいこうと思ったんですけど、なかなかそのような上手い話はないですね。

岩田
 森見さんは書き出すと止まらないタイプですか。

森見
 いやいや全然書き出せないタイプなんです。昔はもうちょっと勢いで書いていたんですけど、最近そんなエネルギーは無いですね。わりにゆっくり書くかな。

岩田
 ゆっくり書いて、次の日になるとやっぱりやめようかな、ということはありますか。

森見
 ありますよ。僕はどんどん消しちゃうから、気をつけないと消しすぎて書いたものが無くなっちゃう。だから書く分量は毎日一定ではないですね。書ける時もあれば、書けない時もあり、昨日書いたことを消しちゃうこともあり、みたいにデコボコしながら少しずつ溜まっていく感じで、スイスイ進むということはないです。

 

 

2. 舞台を小説という器に移す難しさ

畠中
 森見さんの作品は、現実のなかに虚構が混ざっているところが特徴だと思います。以前読んだインタビュー記事で、「作品を重ねるごとに新しい型を作らないといけないから、毎回毎回京都を壊そうとしている」とお話しされていますよね。『熱帯』では京都を南の海に建てたりロンドンと融合させたりしていましたが、今回は京都を壊そうという意識は?


森見
 今回はないですね。むしろ上田さんの舞台を小説にするにはどうすればいいかというところに企画の主眼があったので、あまりその他の部分は悩まずに、出来るだけ『四畳半』のキャラで舞台は京都、という部分はいじらなかったです

畠中
 京都とは闘わずに、上田さんの舞台を自分の世界に落とし込むところに集中されていたということですね。

森見
 そうです。小説ではないものをどうやったら小説の形にできるのか、そこがやりたかったのかな。

倉本
 森見さんが「サマータイム」を四畳半の世界でリライトする中で、再現する難しさだったり、あらためて上田さんの作品に魅力を感じたりされたことは何かありますか。

森見
 上田さんのいるヨーロッパ企画の舞台って、そもそも群像劇なんですよ。一人の人間にスポットが当たっているのではなくて、舞台の上に大勢の人がいて、そこで何か現象が起こって、みんながあーでもないこーでもないってワイワイやっている。それって、実際にその舞台の上で起こっている状況を見ない限りはわからない面白さなんです。役者さんの面白さもあるし、舞台の仕掛けの面白さもあるけれど、舞台ならではの「状況そのものの面白さ」がヨーロッパ企画という劇団が作る舞台の中心にはある。
 それは小説ではできないんです。上田さんと僕とでは視点の置き方が全く逆なんですね。小説家の僕は主人公の内側に視点があって、主人公は何を考えているのか、何を妄想しているのか、何がしたいんだとか、どうなったら主人公は幸せなんだとか、そういうところが小説として読みどころなんだけど、脚本家の上田さんは舞台にいる大勢の人たちを俯瞰して、その状況の中で面白さを作っていく。
 今回、上田さんの舞台を観た時に自分が感じたストーリーの流れとかキャラクターの台詞のやりとりの面白さを再現できるところはあるにしても、やっぱり舞台を観ている時の独特の面白さみたいなものは、小説ではなかなか再現不可能な部分が多いなと思いました。それは、上田さんがヨーロッパ企画でしかできない群像劇をすごく追求しているので、余計そうなるんだと思うんです。もうちょっと上田さんが舞台での仕掛けにこだわらずにやっていたら、小説側も真似しやすいと思うんですけど。だから、難しかったですね。
 小説の場合、例えば僕の小説ですごく面白い部分があったとしてもそれを映像にしようとしたら全然できない、みたいなこともあり得るんです。それはアニメにする時に上田さんとか湯浅政明監督たちがみんな苦労していたところなんだけど、それと同じことが上田さんの舞台にもあるんです。やっぱり小説とかアニメとか舞台とか、それぞれの器でしかできない表現がある。舞台の人は舞台でしか出来ないことを追求したいとやっぱり思いますしね。再現できない部分があるとその部分の面白さが全部抜けるわけだから、そこを小説側の面白さで補わないと作品として満足のいくボリュームにならない。そういうところは今回、すごく実感しました。

倉本
 小説と舞台という違いから出てくるお二人の作風の圧倒的な違いを感じながら、小説としてどうやって面白くできるかという部分で悩まれたんですね。

森見
 そういうことですね。

 

 

3. 気になる作品の表現やモチーフあれこれ

徳岡
 作品に出てくる「クーラーのお通夜」とか「京福電鉄研究会」とか「濡れ衣を丸めて投げつける」などの面白い表現は、どんなふうに考えているのですか。


森見
 書く前に綿密に組み立てているわけではなくて、なんとなく、これまでにどこかで思いついたこととか聞いていたこととかを記憶しておいて、執筆中そろそろ必要だなと思った時に取り出してくる感じですかね。「濡れ衣を丸めて投げつける」は本当にその場の思いつきですよ。その場のノリで面白いのがでてきたら、それで書いちゃいます。

徳岡
 語り手の「私」はH. G. ウェルズとかH. P. ラヴクラフトとか、海外の作家の本をたくさん読んでいるようですが、日本の作家は挙がらなかったように思います。それは、なにか理由はあるのでしょうか。

森見
 なぜだろう。それは意識してなかったですね。今回はタイムマシンの話だし、主人公がもともと古風な言葉遣いじゃないですか。ちょっと古臭い。それで日本の昔の作家の名前を出すとそのまますぎて面白くないというのがあったのかもしれないですね。そこは結構感覚的に調整しているものなので、あまり狙っていません。

徳岡
 『四畳半』や新作に<デジャヴ>という言葉が出てきますが、森見さんが今まで経験された中で特に印象深かったデジャヴはありますか。

森見
 記憶にはないかな。デジャヴは感覚自体すごく面白いものだと思うので時々小説に取り入れています。私自身は中学高校とか、それぐらいの時期にはデジャヴの軽い経験はありましたけど、最近はないですね。

徳岡
 私も子どもの時の方が、デジャヴを経験することは多かったかもしれません。
 もうひとつお聞きします。今回の作品では田村君という存在が出てきますが、彼の存在から「私」と「小津」とか二人の未来図とかがちょっと気になっています。未来について何か考えていらっしゃいますか。

森見
 特に未来のことは考えていないですね。上田さんの舞台には続編「サマータイムマシン・ワンスモア」があって、これは10数年未来のお話なんですけど、「四畳半」についてはあまり未来は書きたくないので、触れていません。未来のことを書くことになってしまうと色々面倒臭いので。
 

古山
 新作も含め森見さんの作品には様々な「神様」、たとえば「阿呆の神様」や「古本市の神様」や「風邪の神様」などいろんな神様が出てきます。京都には神社や寺が多くあるので、そういう観点から身近にも神様がいるよというメッセージなのかなと勝手に解釈したんですけど、なにか意図はありますか。


森見
 あまり深く考えてはいませんが、確かに京都には昔ながらの神社とかお寺とかがあるので、そういう存在を登場させやすいのかな。『四畳半』でも樋口さんが自分は天狗だとか、縁結びをする神様だとか言ってきますが、ああいう胡散臭い感じが好きなんですよね。何か得体の知れない感じがお話を広げてくれるし、小説の中でそういう胡散臭いことを言う怪しい人たちを出すのは楽しいので、 そういうものを書きがちなのかもしれません。

古山
 舞台が京都なので、神様が出てきても読者は違和感なく物語に自然に入りこめるのだと思います。

畠中
 私が森見さんの作品で最初に読んだのが『恋文の技術』だったので、この作品がすごく印象に残っています。このクライマックスが「大文字」でしたが、今回は「五山送り火」が出てきてきますよね。「五山送り火」には何か特別な思い入れはありますか。

森見
 やっぱり印象に残る行事だし、得体が知れないところもあるし、絵になる。あと京都の大学生だったら、京都の有名な行事に異性を誘って出かけたいというのはわりに考えることなので、そういうことで使いやすいのかもしれません。今回は夏のお話で、8月12日と設定が決まっているので、祇園祭の次に女の子を誘って出かけるなら「五山送り火」かなという、そのくらいの感覚ですね。

末永
 主人公が明石さんを追いかけていって断念するという場面がありますよね。森見さんの大学時代の親友の行動は『太陽の塔』にとても影響を与えているそうですが、これもその方がやりそうな行動ですか。

森見
 今回の小説にはそんなに反映されていないです。でももし自分が古本市で女の子に声をかけようとしていたら、ああいう挫折の仕方をしそうだなという、あれは経験というより、もうシミュレーションに近いですね。

岩田
 ご自身の体験に基づいているエピソードは、今回の作品には出てきますか。

森見
 主人公の暮らすアパートにまつわるエピソードは、自分の住んでいた四畳半アパートを結構反映させていますね。例えば、アパートの2階のどこかにクーラーがついた部屋があるという噂、これは小説に書いたことがなかったので、今回使えるなと思って書きました。それと大家さんの館内放送、あれは僕が5年間住んでいた間に1回だけ聞きました。あとは、隣に大家さんが住んでいるとかね。

岩田
 樋口さんのようなアパートの主は?

森見
 さすがにいなかったです。


 
 
P r o f i l e

ⓒ迫田真実/KADOKAWA

森見登美彦(もりみ・とみひこ)
1979年奈良県生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科修士課程修了。小説家。
2003年『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)で山本周五郎賞、10年『ペンギン・ハイウェイ』(角川書店)で日本SF大賞を受賞。

主な著書に『四畳半神話大系』(角川文庫)、『有頂天家族』(幻冬舎文庫)、『夜行』(小学館文庫)、『熱帯』(文藝春秋)など多数。
 

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