オンライン座談会
『四畳半タイムマシンブルース』刊行インタビュー
森見登美彦さん(小説家)P2



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4. 森見さん、大学時代を語る

岩田
 森見さんは大学生のとき、古典文学をひたすら読んでいたとか。

森見
 いやいや、それほどでもないけど。
 

岩田
 その読書経験は著作にどのように反映されていると思われますか。

 


森見
 あまり現代の作品を読んでいなかったので、単純に自分が書く作品も古めかしい文章がしっくりくるようになってしまいましたね。

岩田
 影響を受けた本はありますか。

森見
 大学生のときにすごく好きだったのは、内田百閒。昭和の作家ですけど、彼の本ばかり読んでいました。内田百閒の師匠が夏目漱石ですけど、だいたい大正から昭和の戦前の作家がかなり好きでよく読んでいましたから、その時代の文章の書き方みたいなもの、リズムとかね、そういうものは影響していると思います。現代的な文章はなかなか書けません。

古山
 『新釈 走れメロス 他四篇』にもその影響がありそうですか。

森見
 ある意味そうですね。

岩田
 世界文学とかは読まれましたか。

森見
 ドストエフスキーとかは好きでしたけどね。大学生になったからにはドストエフスキーぐらい読まねばならんと義務感で読みましたが、義務感で読んだわりには面白かったですね。でも、そこまで熱心に現代の世界文学を一生懸命読むような、そんな人間ではなかったです。古いのが好きっていう感じでしたね。

畠中
 私は今大学院1年目ですが、森見さんも修士まで進まれて竹についての研究をされていたと伺っています。今は作家という、学生時代に学んだこととは全然違う分野のお仕事ですが、当時学んだ内容や経験とか、学生時代に得たものが今に繋がっていると感じることはありますか。

森見
 どうでしょうねえ。でも僕の場合、大学生の小説を書いているので、そういう意味ではめちゃくちゃ役に立っていますよね。それ以外はなかなかありませんが。
 役に立ったこととは少し違うかもしれませんが——僕の研究室の先生がすごい実験の好きな方だったんですよ。大学の教授だから忙しくて自分で実験したりする時間はほぼ無いんだけど、他の仕事が全部終わって夜に少しでも時間ができると自分の実験をこっそりやっているんです。それがすごく楽しそうで。それを見て、楽しそうに実験をしている人に勝てないなと思いましたね、自分は実験が嫌いで渋々やっていたので(笑)、本当に先生を尊敬しますし、やっぱりそうでないと、と改めて思いました。自分の場合は、本当に打ち込んでやれるのが小説だけだったので、そういうことでないと他人に勝てそうもないというのがありましたね。

畠中
 当時は、小説家一本でやっていきたいという思いはあったのですか。

森見
 院生のときはまだ『太陽の塔』だけが出ていて、ちょうど修士課程の時に『四畳半』を書いていたんです。先生が実験するのを横目で見ながら、僕は実験するのをサボりにサボって、研究室に来てすぐ帰るという本当にひどい院生でしたけど、その時には『四畳半』を出版社から出すという前提で書いていたので、論文代わりじゃないけど、就職活動でもないんだけど、とにかく研究室生活の傍ら『四畳半』を書いていました。いずれ小説家として食べていきたいと思っていたけど、『太陽の塔』と『四畳半』を合わせても、当時まだ単行本で二万部か三万部位しか刷ってなくて、それで食っていけるかというと……無理ですよね。だからまだ当時は小説を書きながら、食い扶持は別でちゃんと稼がなきゃと考えていました。
 

倉本
 『四畳半』のキャラクターは腐れ大学生ですが、この腐った大学生活がすごく楽しいんだ、素晴らしいんだということを肯定しているように感じます。それは森見さんの価値観と何か関係がありますか。


森見
 たぶん『太陽の塔』や『四畳半』を書いていた時は、自分がウダウダ、モヤモヤしていた学生時代を何とか肯定したいという気持ちと、大学時代に自分がやりたかったけどできなかったことをやりたいという、二つの気持ちがあったんですよ。だから『四畳半』で書いたことはある種の夢ではあるんだけど、一方であそこに出てくる学生達のウダウダした感じ、モヤモヤした感じは当時の自分と通じるところがあるんです。それを単純にダメなものとして書くんじゃなくて、それはそれでアリだと、それはそれで楽しいんだと言い張るということを小説でやりたかったんです。
 『四畳半』とか『太陽の塔』を書いたときは、自分が腐っていた大学時代を何とか面白いものとして保存したいという気持ちがすごくありました。それこそ就職試験の面接で、研究のことは言えるけど、下宿で友達といろいろ面白いことを話したり阿呆なことをやっていたりしたことはアピールできないじゃないですか。それってなんか悔しいでしょう? 大学を出たら社会的にはあまり価値がなくて意味がないことになっちゃうので、それをなんとか活かして、面白いものとしていつでも体験できるような形に保存してみたいと、そういう気持ちがすごく強かったです。そこからもうちょっとエンターテインメントとして華やかに、派手な形で膨らませたのが『夜は短し』です。

倉本
 大学生活のなかの割り切れない部分を何らかの形で昇華したかった……何か良いものとして、自分の中にケリをつけたかったということなのでしょうか。

森見
 面白さですよね。自分にはこれは価値があると思っていた面白さが社会的に価値はないので、それをどうやったら価値があるものとして大事にしていけるかということです。そうするとやっぱり小説に書くというのが、一番いい手段だったんでしょうね。

倉本
 森見さんの大学時代のリアルな感覚が現れているからこそ、脈々と大学生に読み継がれるということなのかなと思います。

 

 

5. 大学生の皆さんへ

森見
 大学時代の僕は、古本屋さんをうろちょろして本を買って下宿で読むという学生でした。だから、もしも僕がいま大学生だったら、この状況でもわりに居心地よく、引きこもっていたかもしれない。

岩田
 森見さんはどちらかというと、ひとりという状況に強いタイプですか。

森見
 普段は一人だけど、たまには知り合いと飲んだり編集者と会ったりするわけじゃないですか。だけど今回のコロナでそれがほとんどできなくなったので、自分は人に会わなくても平気な方だと思っていましたが、さすがに続くと、結構つらいですね。

倉本
 まさに『四畳半』の第四話、「八十日間四畳半一周」みたいな状況になっているような気がします。やはり出られる良さがあるからこそ引き込もれるのだと僕は思います。

森見
 自分が好きで出ないのはいいけど、強制されて閉じ込められるのは嫌ですよね。そういう意味では、確かに『四畳半』は今の状況と重なるし、『夜は短し』の最終章はみんなが風邪をひく話ですからね。案外今読むといいかもしれないですね。ということで、こんな状況になり本当にいろいろと大変だと思いますが、『四畳半』や『夜は短し』は臨場感をもって楽しめるかもしれないので、大学生の皆さんもぜひ読んでみてくださいね。

 
(収録日:2020年8月1日)
 

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対談を終えて

畠中美雨(京都大学大学院M1)
今回は高校生のときから愛読していた森見さんへのインタビューとのことで、何日も前からドキドキしていました。森見さんが私たち学生の質問に誠実にひとつひとつ回答して下さったおかげで、終始和やかなムードで進められました。また、普段は読んだ本の感想を共有する機会があまりないので、他のスタッフの方と同じ本を読んで質問するという形で作品について話せたのも楽しかったです。この記事が森見さんの作品を手に取るきっかけや最後の一押しになってくれると嬉しいです!


末永 光(岡山大学4回生)
作家の方とお話するのは初めての体験でした。面白かったです。エッセイや小説から感じる森見登美彦像と、実際に会う森見さんはちがうなと思いました。75分があっという間で、もっとたくさん聞きたいことは残ってしまいましたが……。不完全燃焼感は否めませんが、それでも、ものすごく楽しい体験だったなぁと思います。実際に森見さんのお話を聞いてから読む物語やエッセイは、また違った気持ちで読めるような気がします。


岩田 恵実(名古屋大学3年)
演劇や映画などの視覚刺激を含んだ3次元作品を小説に変換することの大変さについてのコメントが印象的でした。確かに映画では心理描写や場面の情景描写よりも、人物の配置や行動、情景の視覚的情報が重要であり、そのような動的情報を文字だけで表現してその面白さを伝えるのは難しいですね。失礼ながら、原作つきの映画や映像作品のノベライズは原作があって製作者は楽かと思っていたので、森見さんのお話は目から鱗でした。


徳岡 柚月(京都大学3回生)
高校1年生の頃『ペンギン・ハイウェイ』を読んで以来、森見さんの生み出される様々な世界にずんずん引き込まれてきました。今回は貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました! 緊張してしまい上手くお話しできなかったのにも拘わらず、質問にとても丁寧に答えていただき本当に嬉しかったです! また今回は座談会形式ということで、他の大学生の方々の様々な考えに触れられたのも、とても興味深く、楽しかったです。


古山 広典(立命館大学3回生)
作品についての裏話や書く時の苦労など多くの話を聞くことができて面白かったです。特に今回の新作はもとは舞台作品で、舞台ならではの面白さを損なわずに小説ならではの面白さに置き換えていくかといった話が印象に残りました。最初はとても緊張しましたが、森見さんはとても気さくで優しい方で自分たちの質問を丁寧にユーモアを交えつつ話してくださり、緊張もほぐれ楽しくインタビューすることができました。


倉本 敬司(広島大学3年)
森見さんの軽妙で古風ゆかしい文体は大好きなのです。暫く読んでなかったのですが、今回の座談会を機に再び読んで、とても励まされ、やはり大好きだと思いました。森見さんがとても慎重に言葉を選びながらお話しされる姿にはとても親近感を持ちました。これからも、ますます森見さんのご活躍を応援したいという気持ちになったので、取り敢えずまだ読んでない『熱帯』を買おうと思います。ありがとうございました!


 
P r o f i l e

ⓒ迫田真実/KADOKAWA

森見登美彦(もりみ・とみひこ)
1979年奈良県生まれ。京都大学農学部卒、同大学院農学研究科修士課程修了。小説家。
2003年『太陽の塔』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。07年『夜は短し歩けよ乙女』(角川書店)で山本周五郎賞、10年『ペンギン・ハイウェイ』(角川書店)で日本SF大賞を受賞。

主な著書に『四畳半神話大系』(角川文庫)、『有頂天家族』(幻冬舎文庫)、『夜行』(小学館文庫)、『熱帯』(文藝春秋)など多数。
 

コラム

実は番外編!?

古山
 今回の『四畳半タイムマシンブルース』と『四畳半』の中間に、『四畳半王国見聞録』が刊行されていますよね。『四畳半』との関連性も一部ありますけども、舞台とか登場人物、雰囲気も『四畳半』とは結構違うような気がします。この作品はどういう位置づけなのですか。

森見
 『四畳半王国見聞録』は、『四畳半』の番外編としてあちこちの雑誌に単発で書いていた短編を寄せ集めて作った本で、ああいう形で一冊に仕上げようと最初から意図して書いたものではないんですよ。『四畳半』という言葉をつけてしまったので紛らわしいんですけど、シリーズ的な結びつきはないんです。なので、後から自分で反省したんですけど、『四畳半』とは本当にふんわり関係あるだけで、シリーズじゃないんですよね。紛らわしいことをしてしまって読者には申し訳ないことをしたと今でも思っています。

古山
 僕はてっきり『四畳半』の続編だと思って読み進めていたのですが、いつまでたっても関連するモチーフが出てこなかったので……。

森見
 ハハハ。〈四畳半〉ってとりあえずつけておこうか、みたいな感じの商業的なノリだったんですけど、良くなかったですね。反省しています。『四畳半タイムマシンブルース』も純粋に続編かというとちょっと違って、大きな番外編みたいな感じです。 
 

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