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「科学との幸せな出会いを」伊与原 新さん(小説家)P2


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4. 科学を遠ざけていた人に

永井
 今回の作品はどんな人に読んでほしいですか。

伊与原
 どちらかというと<科学が嫌い>という人に読んでもらわないと意味がないような気がするんですよね。科学の啓蒙書って科学に興味のある人に向けて書かれているでしょう? 書き手もそれを前提に書くんですよね。でも僕は、「科学なんてできたら避けて通りたいと思ってたけどちょっと見た感じ面白そうな気がするから手に取った」という人に楽しんでもらえるように書いたつもりなので、やはりそういう人に読んで欲しいですね。そして科学がテーマだということにあまり気づかずに、面白く読んでもらえたら本当に嬉しいです。
 今回は、年代とか性別に関わらず、いろいろな方に向けて書いたつもりです。ただ、主人公が若者ばかりではないので、読むのは高校生よりどちらかというと大学生ぐらいから上の世代になるのかな。

永井
 確かに主人公は大人が多いですよね。でも高校生の時の私がこれを読んだら、たぶん面白いと思ったはずです。中学生でも、全部わからなくても楽しめると思いますよ。

伊与原
 未だかつて中学生からの反応はないんだけど(笑)。永井さんは、あまりど真ん中のミステリーは読まないですか。

永井
 そうですね。読まないです。実は、伊与原さんのことはこの取材を機にはじめて知ったので、なんで今まで知らなかったんだろうと思ったんですけど、『月まで三キロ』と『八月の銀の雪』を読んで大ファンになりました。ほかの著作でも結構自分の好きな世界が描かれていて、『ルカの方舟』とかも楽しく読みました。

伊与原
 ありがとうございます。今まではわりと科学の世界に興味がないと手に取ってもらえない感じの作品が多かったんです。だから去年、『月まで三キロ』が出て初めて知ってくださった方がたくさんいました。そういう人たちが過去の作品を読むと、「なんかちょっと違う」って感じる可能性はあるんですけど、別にそれでもいいと思っています。どちらも僕が書きたいものだから。読者層が分かれる可能性はありますけど。

永井
 ちなみに、今まで書いていたミステリーの作品は、どのような読者層を狙って書いてたんですか。

伊与原
 特に狙っていないんですよ。単に自分の発想の源が、科学の世界で起こる事件とか、科学の研究の現場を舞台にしたミステリーみたいなものでしか思い付かなかったというだけなので。だから例えば普通の警察小説を書けと言われたら、書けないんです。

 

 

5. 物語のなかの登場人物たち

永井
 『月まで三キロ』とか『八月の銀の雪』には就活で心が折れそうな大学生とか挫折を経験している主人公が結構出てきますが、そのような主人公はどうやって考えるのですか。

伊与原
 行き詰まった人と科学との出会いというテーマは『月まで三キロ』から一貫しているので、その行き詰まった人が「どういう場面で人は行き詰まるのか」というのを考えるんですけど、どんなことが苦しいだろうかというのは、想像でしかないですね。わかりやすい行き詰まり方についていろんなパターンを考えて、そこから物語にフィットしそうなものを選ぶんですね。夢破れる型って何があるだろう、わかりやすい夢ってどういうのだろうとかね。例えばミュージシャンになりたいとか役者になりたいというのは1つわかりやすいパターンで、役者を目指して上京したけど芽が出ずに家にも帰れない、鳩のようにどうしても家に帰りたい生き物がいる一方で自分は帰れない生き物だ、みたいな対比とかね。そういう感じで構想していくんです。

永井
 そうやって作られていくんですね。「八月の銀の雪」は主人公の堀川に自分を重ねながら読みました。私は今フワフワと楽しく研究してるけど、来年就活をしたらこんな風になるのかな、と。

伊与原
 こんな風にはならないと思いますけどね(笑)。就活って、コミュニケーション能力みたいなものが偏重される時代だけど、コミュニケーションが苦手な人やコンビニ外国人のグエンのように言葉にする手段があまりなくても中身はあるのだからもっと自信をもっていいのになって、以前から思っていたんですよね。だから「八月の銀の雪」も<就活で挫折>というパターンの中に、やはり<口下手だから挫折した>という人がコンビニ外国人のエピソードとフィットするなと思って、それであのような話にしたんです。

永井
 この話を読んで、堀川とかグエンがとても魅力的に感じました。堀川ってアフィリエーターの話が怪しいってすぐに見抜ける力があるしロボットも作れるすごい人ですが、実際に私が堀川に会ったら口下手というだけでその魅力に気づけないかもしれないなと思いました。

伊与原
 そうだよね。僕の先輩の中に初対面で超攻撃的な人がいたんですよ。嫌な奴だと最初は思ったんですけど、それがその人の伝え方というか、接近の仕方だったんですよね。本当は内面がすごく優しい人だということがだんだんわかってきて、今ではその人が大好きだし、すごく仲がいいです。人ってやはり表面や最初の言葉だけで判断できないなと思いますね。


永井
 話は変わりますが、「8月の銀の雪」で最近の若者の言葉遣いがリアルに表現されているなと思ったんですけど、普段は若者と話す機会はあるんですか。

伊与原
 言葉遣いがリアルかどうかは自信がないですけど、若者と付き合いがあるのは富山大学時代の教え子ぐらいですかね。彼らも30代になってしまいましたけど。

永井
 ここに出てくる清田とか堀川は自分の周りにもいそうな若者ですが、伊与原さんは現代の若者に対して感じることはありますか。

伊与原
 どうなんでしょう。富山大学時代にすごく思ったのはみんな真面目だなと。「これはこうでなければいけない」って決めつけてしまう学生が多いなと感じました。それが崩れてしまった時にえらい落ち込むんだなあっていう感じがして。僕らの学生時代はもうちょっとみんないい加減で、隙あらばサボろうとしていましたけど、今は休講とかすると逆に文句を言われたりするので、そういう点ではやはり少しギャップを感じましたね。そんな若者に対してメッセージというほどではないけれども、「世の中には『こうでなくてはならない』なんてことは、意外とないよ」ということは皆さんにお伝えしたいですね。

永井
 私もそうかもしれません。決められたレールに沿って進まないといけない、みたいに思っているところはありますね。

 

 

6. 科学との出会い方

永井
 『月まで三キロ』とか『八月の銀の雪』では普通の人と科学との出会いが書かれていますが、実際はそんなに出会いはないような気がします。伊与原さんは、研究者時代にそういう一般の人との出会いはありましたか。

伊与原
 永井さんの言うとおりですね。だからこそ小説にする意味があるのかなと思います。

永井
 そうですよね。やっぱりないですよね。実際にこういう出会いがあったら運がいいんだろうなと思います。

伊与原
 多くの場合は科学との出会い方が不幸なんですね。「わけがわからなかった」とか「難しいなと思いました」で終わるとかね。そういう出会いがますます科学を遠ざけていくんです。せめて小説の中だけでも、追体験として、普通一般の、特に興味のない人に科学と幸せな出会い方をさせてあげられたらなと思います。

永井
 そういうことなんですね。さっき伊与原さんがおっしゃっていた「啓蒙書は科学が好きな人に向けて書いている」というのもそうだし、研究所の一般公開も科学が好きな人しか来ないから。

伊与原
 あと子供とかね。

永井
 そうですね。子供は来ますね。

伊与原
 一般向けのシンポジウムに出て話をしても、来場者は一般人じゃないですからね。元高校の理科の先生とか、元メーカーの研究者で定年になった人とか、そういう結構バリバリの人が多いです。鋭い質問とかも飛んできて、全然一般向けじゃないなと思うことが多いですよね。

永井
 そうですよね。私もビックリしたことがあります。一般公開のはずなのに専門的だなって。もっと多くの人に科学に親しみを持ってほしいと思っていますが、科学と普段関わりない人に向けて科学者が出来ることって、何があると思いますか。

伊与原
 難しいですね。それは多くの科学者がずっと感じていることですよね。研究者が自分の研究について面白そうに話す場が少ないのかなと感じています。役に立つとか社会的な意義とかを抜きにして、そういうことを面白いと発信できる場がもっとあるといいんだけど。それをサイエンスカフェとかでやるとサイエンス好きな人しか集まってこないですしね。
 この間、川上和人さんという鳥類学者の人と対談したんです。川上さんって、『鳥類学者だからって鳥が好きだと思うなよ』(新潮文庫)で有名な人で、川上さんの本はとても面白くて笑えるところがいっぱいあるんですよ。ああいう本も上手な人が面白く書けば売れる。だから川上さんみたいな人は鳥類学に貢献してると思いますね。自分が面白くてこの研究をやっていますっていうことがたくさん、それも説教臭くなく書いてあって、しかも笑える素晴らしい本でした。昆虫の話も売れますもんね、『バッタを倒しにアフリカへ』(前野ウルド浩太郎/光文社新書)とか。やり方次第ではエンターテインメントとして、あまり興味がない人にも受け入れられるんです。誰もができるわけじゃないですけどね。

永井
 難しいですよね。私が自分の研究のことを家族や友達に話すときも、面白く伝えるのは大変だなあといつも思います。


永井
 それでは最後にお聞きします。今後はどんな作品を書いていきたいですか。

伊与原
 『月まで三キロ』とか『八月の銀の雪』みたいな話も続けて書いていこうと思いますが、『ブルーネス』のようなもうちょっとスケール感がある、近未来の話とかも書いていきたいです。多分科学とか研究の世界から離れることはないと思うので、その分野でいこうとは思っていますが……。『ブルーネス』は自分の作品の中でもすごく好きなんですけど、全然売れなかったという悲しい本なんです。

永井
 そうなんですか。『ブルーネス』はやはり自分の研究に一番近いお話なので、私もすごく好きです。ちなみにそのスケール感の大きい話は、どのような人に向けて書こうと思っていますか。

伊与原
 ターゲットは特に決めていませんが、『月まで三キロ』や『八月の銀の雪』は年齢が上の女性にわりと読まれたので、そういう層ではない(笑)、どちらかというとミステリーとか冒険小説が好きな人に向けて書くのかなと思います。

永井
 これからも作品を楽しみにしています。今日はありがとうございました。

 
(取材日:2020年10月30日)
 

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伊与原新さんのお話はいかがでしたか?
伊与原さんの新刊『八月の銀の雪』(新潮社)サイン本を5名の方にプレゼントします。下記のアンケートフォームから感想と必要事項をご記入の上、ご応募ください。
プレゼントは2021年2月10日までに応募していただいた方が対象者となります。
当選の発表は賞品の発送をもってかえさせていただきます。

 

対談を終えて

 伊与原さんは、研究でも小説でもご自分の納得できるものを作ろうと誠実に努力されている姿勢が魅力的で、対談を通してますますファンになりました。研究や進路についての相談にも乗っていただき、ありがとうございました。私も伊与原さんのように一つのものに自分の全てを注ぐ姿勢を忘れずに生きていきたいです。対談の機会をくださった『izumi』と伊与原さんに心から感謝しています。

永井 はるか
 

P r o f i l e

写真提供 新潮社

伊与原 新(いよはら・しん)
1972年、大阪府生まれ。神戸大学理学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科で地球惑星科学を専攻し、博士課程修了。富山大学で助教を務めながら書いた『お台場アイランドベイビー』(角川書店)で2010年横溝正史ミステリ大賞を受賞。2019年、『月まで三キロ』(新潮社)で新田次郎文学賞、静岡書店大賞、未来屋小説大賞を受賞。最新刊『八月の銀の雪』(新潮社)は、第164回直木賞候補作となる。

その他の著書に、『リケジョ!』(角川文庫)、『梟のシエスタ』(光文社)、『蝶が舞ったら、謎のち晴れ──気象予報士・蝶子の推理』『磁極反転の日』(以上、新潮文庫)、『ルカの方舟』『コンタミ 科学汚染』(以上、講談社文庫)、『博物館のファントム──箕作博士の事件簿』(集英社文庫)、『青ノ果テ──花巻農芸高校地学部の夏』(新潮文庫nex)、『ブルーネス』(文春文庫)がある。  

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