「どうぶつ」と聞いて、ハムスターを思い浮かべる人はいるだろうが、カブトムシをイメージする人は少ない。ましてや小さなハエを思い浮かべる人はもっと少ないだろう。
古来より愛されるのは犬や猫のもふもふ・キュート・アニマルズ。現代でも(僕を含む)多くの人が、縦横無尽に駆け回る愛くるしい彼らの姿をみては、だらしなく顔をほころばせている。
そんな哺乳類ファミリーを横目に、カサカサとメタリックなボディを光らせながら動いているのが昆虫類である。分類学的には昆虫は立派な動物。動物界節足動物門昆虫綱に属する生き物の一群を我々は昆虫と呼んでいる。
昆虫の数は膨大で、その種数は知られている昆虫だけでも、地球上の生き物の種数の半分以上を占める。しかし、昆虫は地球上で最も身近な生き物であるにもかかわらず、彼らが好意の行き先になることは非常に稀で、反射的な嫌悪を浴びせられていることが多い。いや、たしかにかわいくは無いかもしれないが、そこまで無下にしなくてもいいじゃない……と思うのだ。
生まれてからの22年間、昆虫たちの受けている扱いに人知れず心を痛めてきた。保育園時代から今にいたるまで数多の虫たちとたわむれてきた僕としては、「どうぶつ」コラムの中で、紙幅のゆるす限りオススメの書籍を紹介しながら、昆虫の素敵な面をシェアできたら嬉しい。
『世界一うつくしい昆虫図鑑』(クリストファー・マーレー/宝島社)は、昆虫が苦手な人も好きな人も楽しめる美しい昆虫図鑑。人間や犬や猫が決して出せない、ビビッドな色彩に埋め尽くされたビジュアルは昆虫を語る上で欠かせない要素だ。指先ほどの大きさしかない小さな命が、進化の歴史の中で育んできた輝きには惚れ惚れとしてしまう。
昆虫の生態をざっくり知るには『昆虫はすごい』(丸山宗利/光文社新書)が最適だ。「多様性・暮らし・社会性」の大きな段落があり、そこから更にわかりやすく掘り下げられている。特に著者の専門領域である『社会性』の項がとくに面白い。昆虫の社会性とは、ヒトが短い歴史で身につけた、服を着たり言語を喋ったりといった類の学習による行動ではなく、プログラムとして遺伝子に刻み込まれたものだ。それはつまり意思に関係なく動く本能ということ。ビジュアルだけでなく生活も、また純粋な時間の経過と自然選択がつくりだしてきたものである。そういった点を視界のひとつに入れながら読めば、昆虫多様性の面白さがじわじわ伝わってくるのではないだろうか。
昆虫に興味が湧いてきたひとは、あとは好きな昆虫を掘り下げた本を読むと面白いはず。例えば、僕はハエの研究をしていることもあり『蝿たちの隠された生活』(エリカ・マカリスター/エクスナレッジ)を昨年読了した。似たようなハエたちだが、その一種類一種類にたしかな違いがあることがわかり、より興味が深まった。
そして昆虫のカッコよさが一番ストレートに伝わるのは、意外とマンガかもしれない。『テラフォーマーズ』(貴家悠/集英社ヤングジャンプコミックス)は火星に大発生した人形のゴキブリを退治するお話で、主人公たちも地球にいる昆虫の力を借りて変身する。昆虫の凄さ・カッコよさが伝わりにくいのは、サイズの小ささによる部分が大きい。昆虫の能力を人のサイズまで拡張したマンガなので、アリの筋力、バッタの跳躍力など昆虫の凄さが実感をもって伝わってくるはずだ。
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「昆虫はキモい」
「昆虫は怖い」
頻繁に聞こえてくる罵声。もちろん、わかる部分も多々ある。ぼくはゴキブリやカメムシが大の苦手で、触るのも見るのも無理。だから、虫が苦手な人の気持ちはよくわかる。だけど、嫌悪の感情が反射で支配的になって、未知の世界の扉を閉ざしてしまうのは、やっぱりもったいないことなのではないかと思うのだ。
ただ、もちろん、大学生は子どもではないのだからある程度モノの好みも固まっていて、いきなり虫を手のひらに乗せるわけにはいかないだろう。
本には、そうやって固まってしまった価値観のフィルターをほどく効能があると思う。きっとトマトが嫌いな大学生に「トマトって美味しいんだよ」と言っても何も伝わらない。同じく虫嫌いな人の手のひらに、アゲハチョウの幼虫を乗せても不快感を助長するだけで、何も意味がないだろう。
だからこそ、実物に触れるより、手のひらに書籍を。世界は奥深く広大で、おもしろいことが沢山あって、食わず嫌いはちょっぴりもったいない(ちなみにこの世には昆虫食なる文化もある。詳しくは『昆虫を食べてわかったこと』(内山昭一/サイゾー)で)。
長々と書いてきたが「昆虫って意外とおもしろいし、良いやつらかもよ?」というのが今日のメッセージ。虫嫌いな人も、ぜひ書籍を読んで、彼らの面白さの一端に触れていただけたら幸いである。
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