座・対談 @ オンライン
『名著は現代を読む教科書である』
秋満 吉彦さん(NHK Eテレ「100分de名著」番組プロデューサー)P2


 

秋満 吉彦さん プロフィール 関連書籍紹介

 

4. 読書の楽しみ方

千羽
 海外の文学作品は翻訳が違うとだいぶ印象が変わりますよね。それは僕も痛感しているところなんですけど、秋満さんは、いろいろ比較しながら翻訳作品を読むということをされるのでしょうか。

 


秋満
 比較はあまりしないんだけど、生理的に読みにくいなっていうことありません?

千羽
 はい、あります。

秋満
 全然進まない時は自分と相性が悪いなって思って、別訳があればそちらで読みます。それでもダメな時は、そういう本には縁がなかったかなと思うしかないです。本当に読みたかったら原文で読めばいいんだけど、原文を読む時間もなかなかないしね。だから僕の場合、最初から当たりを引きたい時には親しい研究者たちにどの訳がいいか意見を聞くというのと、総合的にヒットの確立が高いのは、光文社古典新訳文庫ですね。
 古典新訳文庫は賛否両論ありますが、直訳じゃないんですよね。亀山郁夫さんにも聞いたことがあるのですが何度も訳し直しているんだそうです。編集方針として、ひっかかるところは日本語として意味が通るように、少しクリエイティブに変えちゃう、ということまでするらしいんですね。だから専門家筋は誤訳だと言うけれど、でも僕はいいと思うんですよ。だって絶対に完璧な訳なんてないもん。翻訳不可能なことってあるじゃない? 日本に存在しないものや言葉にもなってないものを似たものに変えることもある。僕は完読できることが良いと思うんです。まず読んで全体を理解しないと、誤訳かどうかとか、読みやすいかそうでないかもわからない。だから、困った時は古典新訳文庫を選びます。ただ、最近はほかの出版社からも良い訳が出てきましたね。岩波文庫も良くなったし、講談社学術文庫も良い訳が出ています。一つの原典に対してたくさんの翻訳があるので、皆さんはとても恵まれていますよ。多少難解でもスっと入ってくるようなのもあるので、やっぱり自分の生理的なリズムに合うか合わないかというのが一番大きいと思います。比較する必要もないけど誰かに聞いたり、頭の部分をちょっと読んでみたりして、自分に合うものを見つけるのが翻訳を選ぶ時のポイントでしょうか。

千羽
 結局、自分の血となり肉となるように読めないとダメだということですよね。

秋満
 そういうことです。
 

戸松
 名著が時代とともに受け入れられなくなる可能性があるのではと思っています。たとえば、川端康成の『伊豆の踊子』の中では結構女性を蔑んだ言い方をするシーンがあったり、アメリカ文学だと『風と共に去りぬ』の黒人差別の問題だったりとか。これについて秋満さんはどのようにお考えですか。

 


秋満
 これだけ人権意識が高まった時期も無いですよね。おそらくポリティカルコレクトネスで攻めると世界のメジャーな作品のほとんどがダメだと思います(笑)。圧倒的に男性を描いているじゃないですか。自立して活躍する女性の小説が出てきたのは、もちろん例外はあるかもしれないけど、20世紀以降だったと思うんですね。日本の文学も、谷崎潤一郎なんてはっきりいって「女性蔑視じゃないか」みたいな作品もいっぱいあるし、川端康成だって、女性の描き方に関してはかなり古典的でダメな部分も多いと思う。でも、それにもまして川端は情景描写だとか人間の内面とか心理描写といった部分での鋭さ、洞察力が素晴らしいと思うので、僕は読み方だと思いますね。
 女性蔑視を肯定するということではなく、なぜその作家はその時点でそう書いたのだろうか。置かれた時代の中で、そういう人はギリギリのところでせめぎ合いながら書いていると思うんです。たとえばLGBTという概念が無い時代にそういう性的マイノリティなことを否定的に書いちゃうこととかが当然あったと思うし、ただその時にそのことをちゃんと意識して書けた人がどれだけいたかというと、時代の制限って大きいと思うんですよ。だからそこは読み直して反省しながら、この時点ではまだ時代がそこまで行ってなかったとか、そういう時代背景を読み取るのもそうだし、批判すべきものは批判しながら、その中の一番良質なものを拾い上げていくことが大事なのではないでしょうか。
 これは現代の人にしかできないことなんです。そういう読みがある以上は、名著は滅びないと思っています。

 

 

5. 本に導かれた人生

戸松
 秋満さんはどうしてNHKに入局することを選んだのですか。学生時代に仕事選びはどうされていたのかお聞きしたいです。

秋満
 大学1年のころの選択肢は研究者か学校の先生ぐらいでした。ど田舎だったのでそれぐらいしか知的な職業のロールモデルがいなくて。大学に入ってアルバイトをしたり先輩と話したりしながらいろんな仕事があるんだってわかった時に、何になりたいんだろうって改めて考えてね。研究者って魅力的ですよね。大学院に行ったのも「研究者になれるのでは」みたいな思惑が半分あったんです。ただね、近くにいた先生方を見ていると、「このまま何年も費やしてまで研究者になるべきなんだろうか」ってだんだん不安を感じるところもあって。
 そんな時にフランスへ旅行をしたんですね。ある時パリのカフェで熱く語り合っている学生のグループと居合わせたんですけど、彼らは本を片手に凄い議論を戦わせているわけ。それを見て、社会にいながらでも、そうやって勉強していけば良いんじゃないか、必ずしも研究者になることだけが勉強じゃないのでは、みたいなことをその時に感じたんですよ。
 それで研究者熱がちょっと冷めて、就職活動が全滅だったら進学すればいいかくらいに考えていたんだけど、博士課程に進んでも親からお金は出してもらえないということがわかって研究者の道は消えました。でも悶々としていたんですよ。研究者になれないと思った瞬間になりたくなる、ってありますよね。そんな時に『夜と霧』に出会うんです。読むと辛くて苦しい本なんですけど、「人生から人間は問われている」という一節に出会って本当に衝撃受けたんですね。その頃は「自分が、自分が」って自分の欲望だけが前に前に出て、「吉彦、お前は何を求められているんだ」という視点に転換するという発想がもう本当に衝撃でした。それで、バカみたいなんだけど、「俺は何に向いているか」とか「俺は何を求められているのか」ということを先輩や同級生に聞きまくったわけ。その時にみんな口をそろえて言ってくれたのが、「お前は話を聞くのが得意だ」とか「研究発表で先生からに丹念に話を聞いたものをまとめてほかの人に伝える能力が優れている」ということ。それでマスコミなんじゃないかなとある種の軸が定まったんです。フランクルに直接言われている感じがして、自分が人生に答えるためには、これだって勉強を始めて、そんな短時間の勉強でも奇跡的に新聞社とNHKの最終試験まで進んで、そこでまた悩むんですね。今度は、新聞に行くかテレビに行くか。
 その時は1989年後半なので、さっき言ったチェコのハヴェルとかレフ・ワレサというポーランド自主管理労組の人たちが東ヨーロッパを大激変に巻き込んでいったんですよね。そして勝利宣言でワレサが「電波がこの世界を変えた」と言うんです。それは何かというと、政府がどんなに嘘をついても壁の向こうの西側がいかに豊かかということや、私たちの政府が嘘を言っているということが電波を通してわかる、という。だから「電波がこの世界を変えた」というこの言葉に、僕は「あ、電波だな」と。かぶれやすいんで(笑)。それでNHKを選んだんです。
 だから、ワレサの演説にビビッと来てなければ今頃新聞記者になっていたかもしれないし、フランクルと出会っていなかったら悶々と研究者を目指して自分でバイトして博士課程に進んでいたかもしれない。偶然が作用していると思いますけど、でもやっぱり本が決定的な影響を与えて今の人生があるんですね。

 

 

6. 大学生へのメッセージ

河本
 これまでの経験を通して、また大学時代を振り返って、大学生のうちにしておいたほうがいいとか、しておけばよかったなと思うことがあれば教えてください。

秋満
 僕の場合、学生時代は専門バカで哲学ばかり勉強していたので、哲学以外のことをあまりやらなかったのが、まあ後悔といえば後悔ですね。社会人になってから初めてこの学問は面白そうだなというものがいっぱい見つかるんですよ。社会学とか、河合隼雄さんの本を読んで臨床心理学だとか。だから、学生のうちはあまり専門に縛られずに、興味をそそられるものはどんどん入っていくといいですよ。僕自身そういう反省もあって、学生時代の後半に全然違う学部とか学科の授業に潜り込んだりもしたんですよ。今でも覚えているのは、当時熊本大学にいらっしゃった比較文学研究者の西成彦さんの小泉八雲と夏目漱石の授業が凄く面白くて、「ああ、こういう授業をもっと受けていたら」と思いましたね。
 あとは、今コロナ禍なのであまりできないけど、海外は行ったほうがいいと思いますね。僕の最初の海外旅行は、3週間のイギリス語学留学でお年寄りの家にホームステイしましたが、圧倒的な異文化体験でした。そこで触れるものはどれもびっくりすることばかりなので、できれば2〜3週間くらい滞在をして暮らしを共にするくらいの体験ができたら、相当視点も変わるし、その後の人生の大きな糧になると思います。
 もちろんアルバイトもいいと思うけど、「お金を儲ける」ということだけじゃなくて、仕事に興味を持ったり、仕事の仕組みを深く知ってみる体験をしたり。お金よりもむしろそういう経験を得られるバイトが良いですね。
 机上の勉強は社会人になってもできるの。本を読めばいいんだから。特に人文系はね。でも海外留学やアルバイトといった体験はもうできないので、学生のうちにいろんなことに興味を持って、経験を積んで、世の中にはいろんな価値観の人がいるんだということを知ったほうがいいです。河本君が『izumi』の連載で書いてくれていたけど、オルテガで一番印象に残った「敵とともに生きる! 反対者とともに統治する!」という言葉。僕も凄く印象に残った言葉なんだけど、自分の真反対の価値観の人と話ができるのは学生時代の特権です。何事も学生時代にできる体験は、その後二度とできない体験のような気がします。  
(収録日:2021年2月9日)
 
 
 

対談を終えて

河本 捷太(かわもと・はやた)
 大好きな番組のプロデューサーである秋満さんに取材できると決まった時から楽しみで仕方ありませんでした。いざ本番になると緊張してしまいましたが、とても充実した時間で、まるで一瞬の出来事のようでした。自らの人生経験とそれに深い関わりを持つ本の話をここまで熱くお話される秋満さんは本当にすごい方なんだと改めて感じました。二度とない貴重な経験をできたのは『izumi』の方々のおかげです。ありがとうございました。


戸松 立希(とまつ・たつき)
 本のことを誰よりも愛していて、番組制作でも名著の魅力を伝えるために奔走していらしている秋満さんは本当に素敵な方だなと感じました!「本に何度も人生を救われた」とおっしゃる秋満さんを見ていると、名著が持つ力というのは自分の想像以上に大きいものなんだなぁと改めて思います。普段は小説ばかりを読んでいる身ですが「現代を読む教科書」でもある名著を少しずつ読んでいこうと思った次第です。


岩田 恵実(いわた・めぐみ)
 特にドストエフスキー作『カラマーゾフの兄弟』についてのお話が印象的でした。人生の中で同じ本を繰り返し読むことで、一読だけでは気がつかない視点や感想を発見できると改めて感じました。私も秋満さんのように多読する中で、自分の人生の支えになるような、自分にとっての「名著」をたくさん見つけていきたいです。


千羽 孝幸(ちば・たかゆき)
 インタビューを通して、秋満さんの信念や希望は「100分de名著」という番組にはっきりと現れていると感じました。「本は私たちを支えてくれる」、当たり前のようですが、現代ではともすると見失いがちだと思います。自分は高校国語科教員を志望していますが、今回秋満さんに話を伺う中で、本に対する情熱を忘れないでいたいと強く思いました。
 貴重な機会を与えてくださり、本当にありがとうございました。

 

番組からのお知らせ

【予告】

4月の名著は……
渋沢栄一「論語と算盤」
2021年の大河ドラマの主人公であり、新一万円札の顔にもなる渋沢栄一(1840-1931)は、約500社もの企業を立ち上げ、500以上の社会事業にも携わり、「日本資本主義の父」「実業界の父」と称された人物です。彼の思想や信念の根幹を記したとされるのが「論語と算盤」。今なお数多くの経営者や起業家に読み継がれ絶大な影響力を誇るこの本を現代の視点から読み解くことで、理想のリーダーや組織・制度のあり方、困難な人生を生き抜く方法などを学んでいきます。
 
【出演者】
司会:伊集院光、安部みちこ(NHKアナウンサー)
指南役:守屋淳(中国古典研究者)

※著書『「論語」がわかれば日本がわかる』『最高の戦略教科書 孫子』等
朗読:小野武彦(俳優)
語り:内藤裕子
 
 
P r o f i l e

秋満 吉彦(あきみつ・よしひこ)
1965年生まれ。大分県中津市出身。熊本大学大学院文学研究科修了後、1990年にNHK入局。ディレクタ一時代に「BSマンガ夜話」 「土曜スタジオバーク」「日曜美術館」「小さな旅」 等を制作。その後、千葉発地域ドラマ「菜の花ラインに乗りかえて」「100分de日本人論」「100分de手塚治虫」「100分de石ノ森章太郎」「100分de平和論」(放送文化基金賞優秀賞)「100分deメディア論」(ギャラクシー賞優秀賞)等をプロデュースした。現在、NHKエデュケーショナルで教養番組「100分de名著」のプロデューサーを担当。

著書に『仕事と人生に活かす「名著力」』(生産性出版)、『「100分de名著」名作セレクション』(共著・文藝春秋)、小説『狩野永徳の罠』(「立川文学Ⅲ」に収縁・けやき出版)、『行く先はいつも名著が教えてくれる』(日本実業出版社)がある。



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