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夢をかなえるチカラ
〜祝『52ヘルツのクジラたち』本屋大賞受賞〜
町田 そのこさん(小説家)

 



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1. 孤独を書く覚悟

畠中
 まず、『52ヘルツのクジラたち』(以下、『52ヘルツ』)の題材についてお尋ねします。『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(以下、『チョコレートグラミー』)を執筆の際に調べた海洋生物の中で、〈52ヘルツのクジラ〉は短編に収まりきらないと思って残しておいたと町田さんはほかのインタビューで答えられていましたが、なぜいろいろある海洋生物の中で〈クジラ〉を長編用に残そうと考えられたのですか。
 

町田
「世界で最も孤独なクジラ」という言葉がすごく私にとって強い響き、力があったんですね。それは、私が小学生の時にいじめに遭った経験があり、あの頃教室の隅で感じた「孤独」というものがいまだに傷として残っているのだと思うんです。『チョコレートグラミー』を書いたデビュー当時はまだ経験が浅かったので、なんとなく「これは短編では書ききれないな」ぐらいの気持ちだったんです。書き上げた今となっては、多分、これまでの人生の嫌な経験をも掘り返さないといけないというところで〈クジラ〉は長編になる予感はしていたのかもしれません。


畠中
 デビュー当時は海洋生物を物語にうまくつなげて書いていくということに意識が集中していたということでしょうか。

町田
 そうですね。あのときは、作家としてまず1冊を仕上げなきゃいけないというところばかりに注力していたんですね。もちろん自分の傷や嫌な過去などの感情とか感触は書いていましたが、このきっかけがあるまで「私、いじめに遭っていました」とやっぱり人に言えなかったんですよ、自分の子どもにさえ。この歳になっても恥ずかしい過去という意識がどこかにあったような気がするんです。それを長編に書くという作業はすごく自分の中で覚悟がありましたし、「孤独」を書くのは自分にとってすごく重たいことでした。



木村
 本作は虐待について扱っていますが、私もニュースで見たり友達から実際に話を聞いたりして、虐待はかなり連鎖するものなのだなと感じました。町田さんは「虐待の連鎖」に関してどのように考えていらっしゃいますか。その連鎖を断ち切るためにはどうしたらいいでしょうか。

町田
 私もこれを書いていてすごく悩みましたね。虐待の連鎖をドミノとして考えた時、私が真ん中のピースをひとつ抜いたら止まるのかなとか想像もしたんですけど、たぶんそれは一人では無理なことで、たくさんの人の手があって目があって、初めて止められるものだと思うんです。自分が信用できる人や相談できる人がいるとか、いざ自分が被害者になった時にも声を上げやすい環境を作っておくというのは大事かもしれませんね。


 

木村
 登場人物の名前がすごく面白いなと思いました。「主悦」のように一見では読めないような名前もありましたが、不思議だったのは、どうして少年に「52」という名前をつけたのでしょうか。「52」は独創的な名前ですが、私は「クジラ」と名付けたほうが可愛いし、自分がもし書くとしたらそちらの名前をつけると思いました。


町田
 主人公の貴瑚ちゃんは虐待を受けて真っ当に愛されずに少し歪んだ形で育ってきた子なので、感性も人と少しズレている部分があると思うんです。パッと見た感じは普通の子だけど「52」という呼び名を当然のように付けてしまう。そういう、ちょっとしたところで見える綻び、歪みを表現したかったんですが、ごめんなさい、今回はそれを作中にうまく書きこめていませんでしたね。
 

木村
 縦に並んでいる文字の中で「52」という数字に少し引っかかるものがあったのですが、そんな過去を持つからこそそういう歪なことも受け入れてしまう主人公の繊細な心情みたいなものがあったのですね。


畠中
 母親や主悦さんとの関係で、貴瑚ちゃんはどちらとも他者の力がないと抜け出せないある種の依存というか束縛環境にずっと居ましたが、「52」とはそういう関係にはならないですよね。それは貴瑚ちゃん自身に変化があったからなのでしょうか。なぜ彼女が彼に対してだけそういう関係を築けたのでしょう。

町田
 母親にしても主悦さんにしても貴瑚ちゃんにとっては「自分を庇護してくれる目上の大人」というイメージなんですよ。で、アンさんもまたちょっと特別ですけどやっぱり自分を庇護しくれる者。でもそこに依存して甘えていたからこそ何もかもだめになってしまった。もし「52」が自分と年の変わらない男性だったら、貴瑚ちゃんはまた新しい依存先だと思うのかな、どうかな。そうなったらまた別の物語になったと思いますね。「52」は彼女にとっては本当に庇護すべきもの、だから愛してもらうものではなくて自分の愛を注がなければいけないものの象徴だったと思っています。自分より弱い生き物を前にした時には、「愛してほしい」という気持ちはなかなか出てこないんじゃないかな。

畠中
 貴瑚ちゃんが「52」を守ってあげようという行動をとったのは、アンさんとか美晴ちゃんの影響を受けてのことなんですね。

町田
 そうですね。やっぱりどんな風に愛されたのか、という部分もあると思うんです。貴瑚ちゃんは何回もアンさんのことを思い出して、どういうふうに愛されたかということを反芻していると思うので、だからこそ自分は間違った愛を絶対に与えてはいけないというのが無意識下にあったのではないかな。

畠中
 確かに庇護するだけじゃなくて愛され方からなんですね。今すごくしっくりきました。



木村
 すごく深いところまで考えられていますが、取材はどのようにされたのですか。

町田
 書くにあたっては、いろんな虐待児童のブログや本、新聞記事などを読みました。当事者に聞くことができなかったので、そこは私の想像になります。
 実は14年ぐらい前、私が出産をして退院する同じくらいの時期に、赤ちゃんがドラム缶の中に遺棄されていたという事件があったんですよ。私が初めての出産でこの命を守らなければと必死になっている時に、一方では殺されている子がいた。もうそこから虐待問題がすごく気になってしまって。そういうニュースを見るたびにずっと「どうしてこういうことが起きてしまうんだろう」ということを考えていました。その蓄積ですね。

木村
 こういった少しネガティブなことを書くとき、町田さんはどのようにメンタルを保たれているのですか。

町田
 書いているときはすごく憂鬱になりましたよ。虐待シーンとかはやっぱり書けなくなったりもします。そういう時はピタッとやめて、この時に並行して取り掛かっていた『コンビニ兄弟』というちょっと明るい小説を書くことで気持ちを切り替えていました。

木村
 なるほど、そこで切り替えができていたのですね。

 

 

2. 物語の創り方

品田
 登場人物にモデルはいますか。


町田
 これまで自分が出会ってきた中でちょっと面白そうだなという人やエピソードをもとに書いています。たとえば孫や息子のジャージを着ているおじいちゃんとか田舎独特の年配者の監視ネットワークのようなものとか。

品田
 では、あまり特定のモデルはいないのですね。

町田
 そうですね。自分が面白いと思ったエピソードから、「この人はどういうバックボーンがあってこんな行動をとるんだろう」ということをぼんやり想像するのが好きなんですよ。ひどいことを言うあのお年寄りも家に帰ったら孫にデレデレ甘かったりするのかしらとか、そういう想像をいっぱい溜めておいて、書くときにそのストックの中から連れてきます。

岩田
 登場人物がまるで現実世界に存在しているのではないかと思うくらいすごい想像力で書かれていて感動したのですが、書くときにはキャラクターを細かく決めて描写されているのですか、それとも最初はぼんやりと決めて書きながら作り込んでいくのでしょうか。

町田
 その時々によるのですが、『52ヘルツ』に関しては書きながら徐々に。たとえばアンさんの言葉一つにしても「どうして彼は前に進めないんだろう、それはひどく拒絶された過去があるんだな」というように、バックボーンを想像しながら固めていきました。プロットを立てていなかったので書きながら登場人物が動いていった気がします。

岩田
 人によっては展開の中で生まれたキャラクターとかもいるのですか。

町田
 そうですね。主悦さんは思った以上に酷い男になっちゃったなと思います。もう少しクールというか冷酷なだけにしようとしたんですけど、やけに熱い嫌な男になっちゃって(笑)。予想外に転がって遠くまで行ってしまったキャラクターはいますね。

岩田
 私も趣味で小説を書いていてキャラクターの作り方が気になっていたので、すごく興味深いお話です。

町田
 癖を書いてみると面白いかもしれませんよ。爪を噛むとか髪の毛をいじるとか。そういう些細な仕草から人間に深みが出てくると思います。



畠中
 町田さんの作品は着地点が現実的だなと感じました。たとえば気持ちだけで突っ走ったあとにどうやって子どもを産むのか、とか、『52ヘルツ』であれば一緒に住めるようになるためにはどうすればいいか、とか。その問題を実際に解決するためにはどう動くべきかを意識して書かれるのでしょうか。

町田
 『52へルツ』に関しては、虐待児童という問題を扱うからにはファンタジーな結末で終わらせたらダメだと思っていたので、一つでも現実的に子どもを救う解決策を必ず見つけるという目標が自分の中にありました。ですので、法律に関してはすごく調べました。

畠中
 現実的というとちょっと重くるしいイメージもありますが、現実的な解決策だからこそ希望を持って終われると感じました。現実的に描かれるのは非常に良いですね。

町田
 本当ですか、よかったです。人によってはこの解決策は甘いとか、もっと前に貴瑚ちゃんはこうすべきだったとかいろんな意見があると思いますが、今これだけ反響をいただけたということは「私だったらこうする」とみなさんが考えるきっかけになったのだと思うので、すごく良かったなと感じています。

畠中
 私も多分ファンタジックに終わっていたら「よかったよかった」というだけの読後感になったと思いますが、こういう解決策があるんだという発見にもなりましたし、いろいろ考えるきっかけになりました。
 ところで、舞台に北九州がよく登場します。田舎特有の閉塞感とか噂の伝達の速さとか、描かれ方が非常にリアルですごくシンパシーを抱いたのですが、町田さんにとって地元というのはどういう存在ですか。
 

町田
 三十歳ぐらいまでは本当に地元が嫌いでした。監視されているように感じたこともありますし、何代も前から地域に根付いている人が多くてすごく嫌だったんですね。だからといって、ふわふわと目的もなくなんとなく生きてきたので都会に憧れたとしてもそこへ出て行く勇気はありませんでした。そうしているうちに結婚をして子どもも産んでなんとなく地域に根付いて二十代後半まで来てしまったんですね。でもこの年齢になってくると、嫌だったしがらみがちょっとだけ優しくなっているんです。


畠中
 そういうものですか。

町田
 たとえば、うちの子どもの帰りが遅くて探していたら「役場の前で遊んでたよ」と教えてくれたり、「『帰れ』って声をかけたけど、まだ帰って来んの?」と言ってくれたりする。そして、私の人生の節目にはすごく喜んでくれる。悪意のある人たちじゃないんだなと思うとだんだん愛着も出てくるんですね。悪いところもあれば良いところもある、それがわかってきてだんだん私自身がこの土地を愛しいと思うようになってきました。この先、歳をとったらやっぱり利便性の良い都会に行きたいと言うかもしれないですけど、できればここに長くいたいなと思っています。

畠中
 いつか都会や海外を舞台に書いてみたいという気持ちはありますか。やっぱり地元を書いていきたいですか。

町田
 今回、たまたま地元を書いたんです。思いのほか知っている土地を書くのは筆がはかどると気が付いたのでこれから先も九州の土地は出てくるのかもしれませんが、そこに拘らずに自分がそのときに書きたい世界を書こうと思っています。

畠中
 かっこいいですね。町田さんの作品は、登場人物はもちろんのこと土地のしがらみとかの描き方が丁寧で、読んでいて胸にくるものがあるので、ぜひいろんな土地のいろんな世界の作品も読んでみたいです。

町田
 頑張ります。


 

内田
 小説の中心にあるテーマは読者が主人公と共通点が多いものの方が感情移入しやすいのかなと思います。ご自身の問題意識と小説で読者に投げかけるテーマはどのようにして決めていますか。自分が悩んでいることほど小説に書きづらいこともあると思いますが。


町田
 答えになっているかどうかはわかりませんが……今回のこの虐待のテーマは子どもが生まれてからずっと気になっていたことではあるのですが、実際に私が子育てをしていて、これって紙一重だなと思ったことがあるんですね。「教育」「躾」と「虐待」は紙一重なんじゃないかという、キワキワの淵を見たことがあります。そういう人に見せたくない傷とか黒い感情とか黒い過去をさらけ出して生々しい感情を文章で伝えることで読み手の人に何か感情で伝わる、そして理解してもらえる、共感してもらえる、もしかしたら共感じゃなくて嫌悪感を抱かれるかもしれないですけど、それが物語の持つ力なのだと思います。醜いところもどんどん出していくからこそ人は共感をしてくれたり支えてくれたり、そしてそのみっともない姿を出したことに励まされるんじゃないかなと思うので、そういう部分を書きたいです。

品田
 今、自分の醜い感情を表現していくとおっしゃっていましたが、本当に心の内側を丁寧に表現されているなあと思って、『52ヘルツ』にたくさん付箋を貼りながら読んだんですけど、それはどのように深めて言葉に起こしていくのでしょうか。

町田
 私はプロットをあまり紙に書かずに頭の中でずっとこねくり回しているんですが、外をぼうっと眺めながら考えている時にフッと主人公やそのとき書いているキャラクターの目線で物が見える瞬間があるんです。そこに入るまでには割と時間がかかるんですけど、その突き抜ける瞬間を待っている感じです。あと特に気をつけていることとして、会話のところだけはリズムとかテンポを意識しています。リズムが良ければどんどん物語に入り込めると思うので、会話文は書いた後に何回も声に出して読み返します。そしてテンポが気持ち悪いと感じたら書き直します。読者が同じ波長で読んでくれていたら、何気ない一文でももしかしたら触れるものがあるのではないか、そこにもっていくまでのテンポが大事なんじゃないかなと思います。ただし、私自身それが技術的にできているかどうかはまた別の話ですが。

品田
 色々考えられているんですね。

町田
 そうですね。普段インタビューでお酒の話しかしてないんですけど(笑)、一応考えているつもりです。


 
 
P r o f i l e

©中央公論新社

町田そのこ(まちだ・そのこ)
1980年生まれ。福岡県在住。「カメルーンの青い魚」で、第十五回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)でデビュー。2020年発売の『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)は、『王様のブランチ』BOOK大賞2020受賞、読書メーター OF THE YEAR 2020および2021年本屋大賞でともに第1位に選ばれる。
その他の著書に『ぎょらん』『コンビニ兄弟—テンダネス門司港こがね村店—』(新潮社)、『うつくしが丘の不幸の家』(東京創元社)がある。

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