座・対談 @ オンライン
夢をかなえるチカラ
〜祝『52ヘルツのクジラたち』本屋大賞受賞〜
町田 そのこさん(小説家)P2



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3. 小説から学ぶ

畠中
 他のインタビュー記事で、町田さんが作家になるための勉強として桜庭一樹さんの『私の男』を書き写したというエピソードを読んで衝撃を受けたのですが、他にも何か勉強されたことはありますか。


町田
 私は好きになったものだけ読むというタイプなので大好きな氷室冴子さんの本ばかり読みふけったり、『デルフィニア戦記』(茅田砂胡/中公文庫)を1巻から最終巻までずっと読み返したりとか、そんな読書ばかりしていました。でも、作家を目指すならやはり文学賞で評価された作品を読まないのは無知すぎるし、自分の感覚が片寄りすぎているのではないかと思ったので、まず小山田浩子さんの『工場』とか『穴』(いずれも新潮文庫)を読んだんです。読んでみたら凄く衝撃的で、それはジェットコースターに乗せられているような読書体験でした。そこから普段自分が読まなかった作家さんの作品を手あたり次第に読んだんです。もし自分が面白くないと思ったら、それは自分の力量が足りてないだけです。なので、何度も何度もわからないところは読み返しました。読み返していくうちにだんだんとわかってきて、楽しくなる。そんなことを繰り返していた先に桜庭さんの『私の男』に出合ったんです。冒頭の一文にグーっと惹きつけられて一気に読みました。それで物は試しにタイプしてみようと。

畠中
 それがすごいですよね。

町田
 出来心でしたが、いい経験になりました。打ち終えた時の達成感はすさまじいものがありましたが、「ああ、もう二度とやれない」と思いましたね(笑)。

畠中
 私も今度何かの作品でやってみようかなと思いました。

町田
 いいと思いますよ。本当に勉強になります。

畠中
 町田さんが最初の一文を書く時は、いわゆる「降ってくる」という感じなんですか。それとも、ひねり出すのでしょうか。

町田
 わりと降ってくると思います。デビュー作の「カメルーンの青い魚」(『チョコレートグラミー』収録)は、本当にみたらし団子に差し歯がぐわって刺さったら面白いだろうなというところから。

畠中
 (笑)この一文は衝撃でした。若い女性が団子に差し歯を刺すなんてどうやって思い浮かぶんだろうって。

町田
 そう、あれは家族と団子を食べていたときに思いついたんです。女の子の前歯が団子に刺さったら面白いなというビジュアルが浮かんで、そこからなんでこの女の子は歯が折れちゃったんだろう→それって好きな男の人に殴られて折れたらすごくない?といったように連想ゲームのように浮かんできました。

畠中
 短編小説の中でも緩やかなつながりというか、章をまたいで人や場面とかのつながりを読むのがすごく楽しかったんですけど、それはやはりある程度意識して組み込まれているのですか。

町田
 あれはですね、川上弘美さんの『どこから行っても遠い町』(新潮文庫)という短編集があって、それは一つの町を舞台にしてそこで生きている人たちを描いていくお話なんですが、デビューした頃にたまたまそれを読んでいて、「かっこいい。こういうことがしたい」と。それで自分で書いてみたら短編連作にハマってしまいました。すごい好きです。

畠中
 私がよく読む辻村深月さんの本も作品同士でつながりがありますが、今度川上さんの本も読んでみようと思います。

 

 

4. 氷室冴子にあこがれて

岩田
 町田さんが小説を書こうとしたきっかけは、どういうことだったのでしょうか。

町田
 小学生の頃から作家になりたいとは思っていましたが、本気で決意したのは28歳の時です。専業主婦で子育てをしていた時に大好きだった氷室冴子さんの訃報を知りまして、子どものころにこの人の作品に助けられて、作家になって氷室さんに会いたいという夢があったのに、私は今何をしているんだろうと、自分自身にすごい嫌悪感を抱いてしまって……。作家になる夢をもう一回追いかけてみないと自分のことが嫌になると思ったんですよ。氷室さんにお会いすることはもうできないけど作家にだけはなろう、そして自分が生きた満足感を得たいなと思いました。


岩田
 小学生の時から作家になりたいと思っていたのですね。

町田
 思っていました。授業中にノートにいっぱい、プロットにもなっていないですけど書きたいキャラクターとか人物相関図を書いていました。パソコンがあれば好きなだけ書けるじゃないですか。学生の頃、入力しているだけで楽しかったですね。今もそうです。やっぱり書いているときはすごく楽しい。

岩田
 「書くのが辛い」と思うことはないのですか。

町田
 ないですね。書くということ自体が嫌になったことは一度もないです。

岩田
 それは、たとえば一人で書いていても楽しいと思えるのですか。

町田
 そうですね。書くことは楽しいです。実は私は、最初は携帯小説から入っているんですよ。携帯小説のときは全然人気が出なくてずっと他人が売れていくのを爪を噛んで見ていましたけど。いま作家になって感想を頂けるというのはだいぶ励みになっていますが、私は売れなくても人気が出ないままでも、多分一人で細々とネットに戻って小説を書いてたんじゃないかなというぐらい書くことが好きですね。もちろん嫌になる時もありますよ。「もう今日は書けない、無理だ」と思う時はスパッと書くのをやめて、一週間くらいは平気で書かないです。そうすると自然と書きたいと思う瞬間が戻ってきます。毎日書かなきゃいけないとか、書くということを自分の重荷にしてしまったらだめなんじゃないかなと思います。

畠中
 町田さんは書き続けていないとダメなタイプですか。

町田
 28歳の頃は、何もかもが嫌だったんですよ。子育ても家事ももちろん大事なことですけど、社会に関わっていない気がして、自分の存在価値がわからなくなっていたんですね。でも、小説を書くと決めたら夢を追う自分に変わって、すごく生活にも張り合いが出たんですよ。そして、新しい確固とした「自分」というのを持てたんです。なので、書いているときは楽しいだけでなく「自分が自分である」という時間なので、大事です。

木村
「町田そのこ」というお名前がすごく可愛らしいですよね。ペンネームですか。

町田
 ペンネームです。本名は一字もかすっていないです。

木村
 そうなんですね。ペンネームはどうやって決めたのですか。

町田
 デビューした時、最初は児童文学を書いてみたかったんですよ。氷室冴子さんが昔で言うジュニア小説出身の方で私の本の入り口になった人なので、私も子どもたちが本に初めて接するときの入り口になるような作家になりたいと思っていました。そこで、小学一年生でもパッと見て読める名前にしようと思ったんです。どうして「町田」に、「そのこ」なのかは、またいろいろ話せば長いんですけど。

木村
 確かに子どもが読めるというのは盲点でした。そういった考え方があるんですね。

町田
 「子どもの頃に読んだあの一冊」って言ってもらえると嬉しいじゃないですか。児童文学のお仕事がきたらやりたいと憧れていた時もありました。

木村
 子どもの時の想いをすごく大切にされていらっしゃるんですね。

町田
 多分、私は愛が重たいんですよね。

木村
 重たいんですか?

町田
 氷室さんのことをいつも語っているので、私、愛が重たいなと自認してます(笑)。氷室冴子さんのお墓参りにも行っています。氷室さんのお墓は出身の北海道にもあるのですが早稲田にもあって、初めての本が出たお祝いでお酒をたくさん飲んだ翌日に、右手に自分の本を持って左腕に花束を抱えてお墓に行って、泣きながら花を挿して本を掲げて……って、通報されなくてよかったですけどね。そういうことをしました。なので、子どもの頃からのことをずっと引きずっているので重たい女なのかな!と。

木村
 すごく素敵ですよ。お墓参りにまで行くという熱意は。


 

徳岡
 私は『52ヘルツ』のなかで、村中さんのおばあさんの「ひとというのは最初こそ貰う側やけんど、いずれは与える側にならなかいかん。いつまでも、貰ってばかりじゃいかんのよ」という台詞がすごく心に残っていて、これからも大事にとどめておきたいなと思いました。町田さんが生きていく上で大事にされている言葉はありますか。


町田
 なんだろう、言葉はすぐに出てこないのですが……。ただ、氷室冴子さんの作品のなかに瑠璃姫っていうキャラクターがいるんですが、「鬼になったのなら、鬼のまま生き延びるのよ(『なんて素敵にジャパネスク2』)」ということをすごく言うんです。いじめられていた時に読んでいた私は、「何をしてもきっと命を望んでくれる人はいる」のだ、とその言葉の強さにすごく驚いたんですね。本のなかの言葉とか物語の強さにすごく支えられてきたので、私は氷室冴子さんの本を挙げたいです。

徳岡
 私も本に力をもらっているので、すごくわかります。

 

 

5. いくつになっても夢は追える

木村
 将来の夢はありますか?

町田
 とりあえずは、おばあちゃんになるまでずっと書き続けていたいです。氷室冴子さんは52歳で亡くなられているんですね。その前から闘病されていたので、私が最後に新刊を読んだのは高校生のとき、それ以降新刊を読めなくなってしまった。それがトラウマになっているのかもしれません。だから私はそんなに早く死ねないぞと思っています。読者がいつか書店でふと新刊棚で私の本を見て「わあ、この人まだ生きてたんだ」って思われる、しかも私はまだ書いている、というのが夢ですね。そこそこでいいので、長く書き続けさせてもらえたらいいですね。あとはのんびりと作家活動をしつつコーヒー屋さんをやりたいなって思います。コーヒーが好きで通信教育を受けて資格もとったんですよ。こだわり珈琲店みたいなちっちゃいお店……本を読みながらコーヒーを飲めるっていいじゃないですか。そういうお店をやりたいなとは思っています。

木村
 素敵ですね。本を読めてこだわりのコーヒーも飲める。そのときが来たら、ぜひ伺わせてください。
 それでは最後に、28歳で夢を追い始めた町田さんから読者に向けてひとこといただけますか。

町田
 私自身が偉そうに語れる20代をまったく過ごしていないのですが、でも本当に、いくつになってもやる気になれば何でも始められます。今目の前に夢中になれる事があるならばどんどんそれをやっていけばいいし、なにも目標がないと鬱々した時期を過ごしている方は、いずれ夢に出合えると思うので、その時までに体力をつけておきましょう。自分のことを嫌いになってもいいんですよ。自分が「嫌だ嫌だ嫌だ」「情けない」と思えば思うほど、自分が何かしたいと思うときにその気持ちがヤル気に変わると思うので。特にこんなコロナ禍でたくさんのやりたいこともできずに辛いと思うんですけど、これはいずれ抜け出せる問題だと思うし、抜け出せた時に今まで自分が貯めた不満が力となって背中を押してくれるんじゃないかなと私は思います。ですから、何歳になっても夢は叶うので、頑張ってください。

木村
 今日、夢が叶うというお話もすごく心に響き、すごく元気をいただきました。ありがとうございました。

 
(収録日:2021年4月28日)
 

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対談を終えて

木村 真央(きむら・まお)
 初インタビューでかなり緊張していましたが、町田さんは気さくな方で、1時間があっという間でした。今回、制作の裏話や、作品の反省点まで知ることができ、普段と違った小説の楽しみが増えました。私自身、就職活動にあたって、20年後の姿まで想像できない!と嘆いていましたが、実際に本屋大賞受賞という大きな成功を成し遂げた方からお話を聞けたことで「自分もこんな素敵な大人になれたらいいなぁ」と世界が広がりました。


畠中 美雨(はたけなか・みう)
『52ヘルツのクジラたち』がメインテーマの座談会ということで、どんな雰囲気になるのか非常にドキドキしていましたが、町田さんが私たちの質問に真剣に、かつ丁寧に答えてくださり、いつしか緊張は解けていました。作品に関する質問だけでなく、物語の構成の組み方などなかなか聞けないお話も聞け、読者冥利に尽きる時間でした。本屋大賞に輝いた作品のお供に、ぜひこのインタビューを読んで欲しいです!


品田 遥可(しなだ・はるか)
 こんなに作家さんと身近でお話をするのが初めてだったので、わくわくと緊張で胸がいっぱいだった。町田さんは、とても明るい方で、作品だけでなく町田さんご本人の事も本当に好きになった。なんて贅沢な「好き」なんだろう。『52ヘルツのクジラたち』の内容に触れた質問にも答えていただいた。町田さんに作品のことを尋ねてしまうのは、背徳感があった。私だけがこの作品の裏側を知っている贅沢。私も小説を書きたくなった。


徳岡 柚月(とくおか・ゆずき)
 町田さんとお話できて、とてもうれしかったです! 何歳からでも夢を追うことはできるし、叶えることができる。その身をもって体験された町田さんにお話を伺う中で、強くそのことを信じられて、本当に勇気づけられました。わたしもやりたいこと、なりたいものを見据えて、努力していこうと思います。貴重な機会をいただき、本当にありがとうございました。


岩田 恵実(いわた・めぐみ)
 町田さんのお言葉ひとつひとつには、町田さんの作品と同じように、他者に寄り添う力がありました。こちらの拙い質問に対して丁寧にお答えしていただけたこと、お返事の一つ一つに温かいアドバイスがあることが非常に嬉しかったです。「小説の書き方」は今後の執筆活動で参考にしていきたいです。対談を通して町田さんの本をもっと読んでみたいと思いました、貴重なお時間をありがとうございました!


内田 充俊(うちだ・あつとし)
 画面越しにも伝わってくるような元気な方だ。初めて町田さんとお会いして感じたのはそんな第一印象だった。だからこそ、だろうか。こんなエネルギーの塊のような町田さんの書く文章には、人間のネガティブな側面を丁寧に描写しているように感じるところが印象に残った。「作品を書くときはネガティブな感情とどう向き合いますか」そんな質問をしたのは、そんな理由からだった。人間の臓器の中身を見るような、いわば汚い感情と向き合うことにしているという回答が腑に落ちた。


 
P r o f i l e

©中央公論新社

町田そのこ(まちだ・そのこ)
1980年生まれ。福岡県在住。「カメルーンの青い魚」で、第十五回「女による女のためのR-18文学賞」大賞を受賞。2017年に同作を含む『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』(新潮社)でデビュー。2020年発売の『52ヘルツのクジラたち』(中央公論新社)は、『王様のブランチ』BOOK大賞2020受賞、読書メーター OF THE YEAR 2020および2021年本屋大賞でともに第1位に選ばれる。
その他の著書に『ぎょらん』『コンビニ兄弟—テンダネス門司港こがね村店—』(新潮社)、『うつくしが丘の不幸の家』(東京創元社)がある。
 

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