座・対談 @ オンライン
八咫烏の世界を描き続けて
~シリーズ10周年、そしてこれから~
阿部 智里さん(小説家)P2



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4. 大学での学び

川柳
 阿部さんは小説を書くために大学に入学したということをこれまでのインタビューでも話されていますが、印象に残っているとか、いまに役立っているという授業はありましたか。

阿部
 学んだことは、どれも、非常にためになっています。大学ではモチーフ的な勉強よりもテーマ性について勉強できたことが一番良かったですね。
 私は歴史専攻だったんです。高校時代までは歴史というものをモチーフとして見ていたのですが、大学で学んでいくうちに本当はそれはテーマの問題なんだと気がついた瞬間があって、そこからは面白かったですね。だから当時学んだことはいまも色濃く「八咫烏」に影響していますし、作品にかかわらず、今後、自分が何を考えて生きて行くのかという指針を見つけられたので、大学で学んで非常に良かったと思います。

齊藤
 私は大学で現代史を学んでいます。高校から歴史が好きだったので、阿部さんの作品を読んですごく理解できる部分がたくさんありました。特に歴史を「残すこと」「残さないこと」に関するお話とか、あとは歴史の恣意的な部分を書かれているのがすごく印象的だったんですけど、それも大学での授業に影響を受けているということでしょうか。

阿部
 めちゃくちゃ影響を受けていますね。歴史って、現代の人が価値があると思う形に作り変えているものなので、「過去に起こった事実」と「歴史」は似て非なるものだということを、私は強く意識しています。「八咫烏」でも、長いスパンで書くにあたってその視点は絶対に忘れないようにしようと思っていますし、メタ的なことで言うと、いまの私がこれを書いていること自体がそういう恣意性の一環ではあるので……。もし大学に行っていなかったら、いまと全く違うものを書いていたかもしれません。

川柳
 私は、歴史のこととか、いま自分が知っている歴史は作られた一種の物語であるということを、「八咫烏」を通してすごく考えさせていただいています。

阿部
 恐れ多いですね。勉強として学ぶことと楽しみながら学ぶことって、やっぱり入り方が違う気がします。私はエンタメ作家ですし読者にはエンタメの形でそういう感覚を色々味わってもらいたいという気持ちがありますので、そう言っていただいてすごく嬉しいです。

川柳
 私は「八咫烏」を読んで日本の調度品や十二単などに惹かれて大学では生活文化学を学んでいます。阿部さんもそういうことを大学で勉強されたのですか。

阿部
 そうです。大好きでしたね。「日本の伝統文化」という授業では、日本装束――十二単や束帯まで――を自分が着たり、人に着せたりするという体験もしました。実際に触ってみるとだいぶ肌感覚みたいなものがつかめるので、受けて良かったですね。その気になれば、いろんな勉強の方法がありますよね。私は大学の授業のほかに、都内で展覧会に行ける時にはガンガン行きました。同じ場所に住んでいてもそういうところへアクセスする・しないで、ずいぶん学生生活も変わってくる気がします。

 

 

5. 百聞は一見に如かず


齊藤
 大学の授業以外にも、例えば取材に行かれたりもしていらっしゃると思いますが、訪れた場所で印象深かった土地はありますか。

阿部
 色々行っていますね。特に高千穂は、他の土地よりも神様の存在をより近く感じて、生々しささえあったのが印象深いです。それだけでなく、祠や全然観光客がいない神社、そこの地域でささやかに信仰が生きている感じなどにちょっと異質なものを感じました。大きく観光地化されてないことも大きかったと思います。

齊藤・川柳
 めちゃくちゃ高千穂に行ってみたくなりますね。

阿部
 すごくいいですよ。山内の空気感に一番近いと思います。他には、私の地元の榛名神社や赤城神社などは作品に出て来る場所のモデルになっているので、お参りすると発見があるかもしれません。

齊藤
 私は歴史的な街並みに憧れて京都に進学しましたが、下鴨神社に行った時に「玉依媛命(たまよりひめのみこと)」と書いてあるものを実際に見て、確かに感じるものが全然違うなと思いました。

阿部
 私が下鴨神社に最初に行ったのは"玉依姫"を書いていた高校生の時でした。まずそこには行っておかないと、と思って、修学旅行だけでなく両親に頼んで家族旅行でも連れていってもらったことがあったんです。行ってみると、本で読んでイメージしていたものとは信仰の空気みたいなものがやっぱり違うなと感じました。そんな感覚が『玉依姫』と『弥栄の烏』にだいぶ影響を与えています。ですから、実際に行くのは大事だなと思いましたね。

 

 

6.「八咫烏シリーズ」のその先は?

川柳
 『主』のコミカライズ(松崎夏未=漫画)3巻では、小説には書かれていない谷間での出来事も描かれていますよね。そういうシーンは阿部さんのお話をもとに松崎さんが構築されるのですか。

阿部
 普段から結構松崎さんと作品の話をしているんですよ。松崎さんから「これはどうしたらいいですか」とか、私も「ここは松崎さんはどう思う?」とか。一緒に旅行に行くこともあって、そんなときには旅先で使えそうな建物の写真を撮ったりしてね。私はカメラの替えのレンズを持っている係なんですけど(笑)。
 コミカライズについては、監修も相当していますが、それは松崎さんがなるべく原作者の見えているものに近いものを描きたいという意志を持ってやってくださっているので、私は松崎さんの解釈を固めるためのお手伝いをしているという感じですね。最初は作品をお嫁に出すつもりでいたけど、いまは一緒に育てている感覚です。

川柳
 同じ山内が描かれていても違う作品として楽しめるので、小説を読んだ人がコミックを読んでも面白いし、またその逆でも楽しめるので、読者のみなさんには両方の媒体で読んでほしいなと心から思います。

阿部
 本当にね。『単』は10年前の作品ですが、当然、エンタメ作品というのは小説に限らず新たな面白さや新しい手法が出てきてどんどん更新されていくし、周囲の作品との対比によって評価が決まってくるものなので、創作者としては前の作品のほうが面白いということはあってはならないと私は思っているんです。だから、どんどん踏み台にして原作よりも面白くなってほしいと思っています。

川柳
 ぜひコミカライズのほうも、『弥栄の烏』、第二部にも進んでいってほしいですね。

阿部
 松崎さんもそう言ってくださいますが、読者さんにも楽しみながら応援していただければ幸いです。

川柳
 私も頑張って勧めたいです。
 これからは第二部がどんどん動いていくと思いますが、一方で「八咫烏」以外で書いてみたいと思っているお話はありますか。

阿部
 結構あるんですけれども、何せ私は筆が遅いんですよ。

齊藤
 一日でどれ位執筆するのですか。

阿部
 書けるときは一日中書いています。でも書けない時は一文字も進まなくて。無理やり書いても面白くなくて、全部ボツになっちゃうんですよ。
 書きたい作品の構想はすごくあるんですけれども、その中から死ぬまでにどれぐらい書けるかという、チキンレースみたいな感じになっていますね。でも私の場合にはファンタジーというか普通ではありえない要素が入った話が好きなので、何かしら不思議な要素がある作品になるだろうなと思います。

川柳
 読者としては「八咫烏」の結末も見たいけれど終わってほしくない気持ちもありつつ、阿部さんのほかの作品もすごく気になっているので、心待ちにしています。

阿部
 過去の読者体験として、作品が未完のまま途中で違う作品に行かれると「待ってくれ、この続きは?」という気持ちになることがあるので、次のシリーズものに手をつけるとしたら「八咫烏」が一区切りしてからと考えています。一度、別の作品で浮気することがあるかもしれないけれど。単発作品はお話もいただきますし私も書きたいと思っているので、体力とやる気と勉強が追いつき次第、出していきたいですね。

川柳
 『猫はわかっている』(文春文庫)の短編で阿部さんの作品が読めて面白かったので、違う作品も楽しみにしています。

阿部
 別の作品を書くと「八咫烏は?」と言われるだろうなと思っていたので心配していましたが、どの作品を書くとしても、エンタメとして面白いと思ってもらえる形には絶対にしたいと思っています。
 実は、「八咫烏」の新刊が10月に出ます(『烏の緑羽』)。ここ最近首を絞められていた原稿からようやく手が離れて、今日はわずかな幸せの時間でお話をさせていただきました。

川柳・齊藤
 今日はありがとうございました。新刊を読める日を楽しみにしています。

 
(収録日:2022年7月21日)
 

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応募締め切りは11月10日。当選の発表は商品の発送をもってかえさせていただきます。
 
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対談を終えて

川柳 琴美(かわやなぎ・ことみ)
「いずみ」に参加してからずっとお名前を挙げ続けていたので、念願叶って本当に幸せでした。対談中も様々なシーンやキャラクターが浮かんできて、納得したり、胸が熱くなったり、ますます八咫烏推しに拍車がかかっています! また、創作に対する姿勢や、明るく聡明で謙虚なお人柄が伝わってきて、作品はもちろん、私は阿部さんその人のファンなのだなと改めて思いました。夢のような時間を本当にありがとうございました。


齊藤 ゆずか(さいとう・ゆずか)
「八咫烏シリーズ」をひたすらに推す者として、お会いすることができて感激でした。物語を書くことについていきいきと語られる姿や、作者としてどのような姿勢で物語を送り出しているのか、というお話が印象に残りました。他の対談を拝読した経験から、きっと芯のある方なのだろうと思っていたのですが、ご自身の中の強い気概を明るく楽しく話してくださり、今後の作品がますます楽しみになりました。ありがとうございました!


※特集「みんなで推しの話をしよう」の<愛が止まらない!~「八咫烏シリーズ」推し語り~>では、この取材後、インタビュアーの二人がさらに「八咫烏シリーズ」について語りつくしています。あわせてお楽しみください。  
 
P r o f i l e

写真提供/文藝春秋

阿部 智里(あべ・ちさと)
1991年群馬県生まれ。早稲田大学文化構想学部在学中の2012年に『烏に単は似合わない』が史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞。2014年同大学院文学研究科に進学、2017年修士課程修了。デビュー以来、壮大な異世界ファンタジー「八咫烏シリーズ」を毎年1冊刊行し、『弥栄の烏』でシリーズ第一部完結を迎える。3年ぶりに刊行した『楽園の烏』でシリーズ第二部がスタート。10月に第二部3巻となる新刊『烏の緑羽』が発売予定。シリーズ以外の作品では、『発現』(文春文庫)、『妖し』『猫はわかっている』(共著、文春文庫)がある。
 
 
 

コラム

「推し」で広がった価値観

齊藤
 『読書のいずみ』の今号の特集テーマが「推し」で「八咫烏シリーズ」を推している私達が今回インタビューをさせていただいているのですが、阿部さんがいま「推し」ているもの、マイブームってありますか。

阿部
 いま、とあるアイドルグループにドハマリしまして。原稿に追われていないときにはライブに行ってサイリウムを振っています。しかも、(スクリーン越しで写真立てを見せながら……)実は日替わりでこの中のチェキを入れ替えているんですよ。

川柳・齊藤
 すごい!

阿部
 私は女性アイドルグループの女の子を完全に「推し」だと思っています。彼女たちを好きになってから、アイドルに対して昔は結構偏見があったなということに気がつきました。以前はパフォーマンスの出来で観客を楽しませる職業としてアイドルを捉えていたと思うんですけども、いざ自分がその子のことを応援するようになったら、パフォーマンスが良いからというだけじゃなくて「彼女が頑張ってるから応援する」みたいな、そういう親戚のおばさんのような感じなんですね。
 アイドルって、語義的に信仰の対象じゃないですか。キャラクターに対する感覚と結構リンクする部分があって、そういう視点をうまく作品の中に生かして行くのも面白いかなあと。職業病でなんでもかんでも作品に結びつけようとするんですね(笑)。
 でも、あれですよね、純粋に頑張っている人を応援するのは気持ちのいいことだなと感じています。「推し」を持つことによって今まで感じていなかった価値観の広がりを見つけることができたので、私としては非常に良かったなと思っています。
 
 

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