【特集①】一汁一菜から探る、大学生の食の意識改革
~料理研究家土井善晴先生とともに考える~

朝食を抜くのは当たり前、ダイエットに過食症、摂食障害…。
世界一の美食の国と言われる日本で、豊かに物があふれたこの国で、学生の「食」を取り巻く状況は決して安心できるものではありません。
そこで、料理研究家の土井善晴先生をお招きし、日本人が受け継ぐべき価値観と自然への思いを通じて、いま、学生たちの食への意識改革について考えます。

おいしいもの研究所代表、十文字学園女子大学副学長/甲子園大学客員教授/東京大学先端科学研究センター客員研究員/学習院女子大学講師
テレビ出演、雑誌の連載、著書多数。
近著に『おいしいもののまわり』『一汁一菜でよいという提案』(グラフィック社)

大学生協事業連合
広域本部
フードサービス事業部
部長

大学生協事業連合
広域本部
フードサービス事業部
商品課(管理栄養士)

明治学院生協
専務理事

全国大学生協連
東京ブロック
学生委員長(信州大学卒)

日本女子大学4年生
原点は家庭料理にあるはずなのに、現代の日本に家庭料理がない?
谷口:本日はまず大学生の「食」について、大学生協で実施した食生活の実態調査結果を踏まえ土井先生のご意見を伺えればと考えております。
斉藤:この調査は毎年実施しているものですが、一人暮らしの学生の中で「ほぼ毎日自炊をしている」という人の割合は約3割。この数字は、基本的に毎年これくらいで変わりません。親からの仕送りやアルバイトで稼いだお金も、最初に食費を削ることで節約したいと考えている学生が約7割に及ぶことも分かっています。細かいデータを抽出すると、約3人に1人が朝食を抜き、約8人に1人が昼食を抜いています。

土井:それは一人暮らしをしている学生に限られた傾向ですか?
斉藤:いえ、そうとも限りません。自宅生でも大学生になったことで家族との生活習慣が変わって、朝ご飯を食べなくなることがあります。また、自宅生であっても、お昼ご飯を抜くことでお小遣いを節約したいと考える学生もいるようです。
大学内で食生活相談会というのをさせていただく機会があるんですけれども、その際にお話をしていて気づくのは、基本的に学生の食べる量が少なく、全体的に食べていない傾向があるということす。あとは、一人暮らしだと野菜を買っても傷んでしまうのでなかなか手が伸びないという悩みを聞くこともありますね。
砂川:私の場合、在学中は基本的に三食食べるようにはしていましたけれども、朝食は結構抜いてしまうことがありましたね。昼食を抜くことはありませんでしたが、朝は慌ただしさもあって……。
土井:調査を聞かせていただきましたが、率直な感想を言わせてもらうと、ファクトだけを浮かび上がらせようとしていて、食事や料理の喜びや楽しさをまったく考慮しないデータになっていますよね? 私は学生の食を考える上で重要なのは、家庭料理だと思っています。しかし、今では家庭料理がなくなってきた、いや、もちろんある家は多いと思います。港区の麹町中学の先生に聞いたのですが、家にご飯のない生徒が5人に1〜2人はいるそうです。高校の講演会で家庭料理について話したら、一人の生徒に「家庭料理のない家もあるから家庭料理の話をしないで」と言われた。「では自分で料理しなさい」と答えました。それほど「料理して食べる」行為が大事なのです。すでに、親にそれを頼れなくなってしまったのです。
私たちの一食一食と台所は、実は地球とつながっている。

谷口:大学生への食育ということに関して言えば、どこから始めたらよいのでしょうか?

土井:そもそも人間はなぜ料理するのかを知ることです。私、今日の座談会に参加するために12時前には家を出ることになっていたので、やや遅めの朝食とやや早めの昼食を兼ねた朝昼兼用の食事をしてきました。
家人は誰もいなかったので私が自分でお味噌汁を作って……。お味噌汁には人からいただいたオクラと、冷蔵庫に残っていたボイルしたささみ、そこに思いつきで梅干しを。
とろとろのオクラの中に梅干しを入れたら、酸味がおいしくて、夏の暑さとも冷ご飯ともよく合って、とても心ゆたかな食事の時間でした。写真を撮って見てもらったらよかったんですけど、そんなことも忘れてしまうほどでした。食べ終わって、お茶碗に番茶を入れたら、茶柱が立っていて、今日はきっといいことがあるとウキウキした気持ちになりました。茶柱の写真をX にアップしたら、今頃「イイネ!」が6.5万。大事なのは「生活の経験」です。単調と思いがちな生活で、料理して食べるという無限の多様な純粋経験です。これを無意識的に身体に留める(記憶する)のが人間です。道を歩いていたって、窓の外を見ていたって楽しいことがあるとみんなが気づいたら、日本人には物質的な幸福だけではない、心の豊かさという幸福というものがある。そこに至るには簡単ではありませんが、まさに、それが食を通じて私たちが身に付けるべきことだと思うんです。
砂川:私も料理が好きで、自分なりのアレンジに挑戦することもあって。それが思わぬおいしさを生み出した時には、やはりうれしくなりますよね。ただ、学生の中には料理自体に全然関心のない人もけっこういて、そういう学生の背中を押してあげられるようなことができればと思うのですが……。
土井:食というのは個人的なものなので、強制しませんよ。いいなと思ったら、信じてやってみることですね。自分で気がつくより仕方がない。本当に分かるというのは、変わることです。
杉山:食という私たち自身の日常が変わることで、地球環境や未来をも変えることのできる可能性がある、ということですね。
土井:現代人は家に帰ってくつろぎ過ぎです。家は何もしないところじゃない。さっと一汁一菜のご飯を作って、お茶碗とお椀ぐらいぱっと洗って。15 分もしないうちに食事は済みます。それだけで生きている実感がありますから、自信が持てる。あとは続ければいい。
「一汁一菜」は、料理して食べる、持続可能な食事のスタイル
谷口:土井先生は「一汁一菜」を提唱されていますが、そこに込められた思いというのを教えてください。

土井:まずは、考えるよりもやってみることです。「一汁一菜」、料理経験ゼロでもこれなら誰でも実現できます。ご飯を炊いて、具の一杯入った味噌汁を作ればいいということです。おかずがなくても、具沢山の味噌汁がおかずの一品を兼ねているのです。これなら子どもだってできるんです。人間が健全に生きるための「原点の料理」は技術じゃない。これでまずOK だと知ることです。
まあ、やってみてください。誰にでもできる。
しばらくすれば自分の変化に気づくでしょう。生きているという力が湧いてくる。それに必ず体調が良くなる。ダイエットにもなるでしょう。ご飯を作ること、お膳を整えること、食べること、そして片づける(掃除する)。
これが生活です。食材という自然に触れることで、自然とも関われる。意識しなくてもいいのです。これを実行すれば、勝手に身体が何かを学んでいくのです。
お膳を整えるというのは、お箸を横に置いて、お茶碗が左、お椀を右に、おかずに梅干しや沢庵があれば、向こう側に置いて三角形の秩序ある形にすることです。そして片づけることで、ゼロに戻すことが、暮らしの循環です。
皆さんも眠ることで、頭が整理されてリセットするでしょう。掃除することで暮らしをリセットするのが日本人らしい生活です。
杉山:先生が思う、日本人らしさってなんですか?
土井:私の知り合いの料理人の話なんですけど、この人は長いことトラックの運転手をしていたんですけど、私が指導しているお店で30歳を過ぎてから思い立って料理人になったんですね。それから5年ほど経って、長野県の軽井沢まで彼の運転する車の助手席に乗っていたら、彼が突然「先生、料理して良かったです……運転してる時には何も思わなかったけども、本当に自然の景色が美しいと感じるようになったんです」。美しいものは、見る人に観えるということです。自然の中に美しいものはいくらでもある。自分で見つける、気づくことで感動するんです。自分で見つけて「ああ……」と思う。これがもののあわれです。それは茶人とか俳人の専売特許でもなんでもなく、日本人であれば誰もが思い、感じることができるDNAに刻まれたものだと思います。ところで、皆さんは「もの喜び」という言葉を知っていますか?

全員:モ・ノ・ヨ・ロ・コ・ビ?
土井:関西では、自然の移ろいや物事の変化をよく気がついて、心栄(こころばえ)する人を「ものよろこびする人」って言うんです。
料理屋に来るお客さんの中にも、季節の葉をお料理に添えたり、器の取り合わせを変えたり、料理の小さな工夫にも、すぐ気がついて喜んでくれる人があるんです。その人が気がついて笑顔になると、パッと場が明るくなってみんなが喜ぶ。気がつくことで、幸せになれる人は、周りの人も幸せにする人です。素晴らしいでしょ。みんなから愛される人です。
こういう人は、お店に行っても人よりおいしいもんが食べられる人です。違いに気がつくことが感性です。そのためには純粋経験(西田幾多郎※)をすることです。
※西田幾多郎(1870ー1945)日本の哲学者
町の食堂とは違う、大学生協の食堂だからこそできること。
谷口:私たち大学生協でも、食の提供を通じて大学生に食の楽しさや学びの場になればと考えています。もの喜びしてもらうきっかけというか、料理を通じて自然などに興味を持ってもらうためにはどうしたらよいのでしょうか?
土井:大学生協さんの場合、非営利団体でもあり、学生たちを相手にしているという意味では、どこよりもいい素材を提供したいという思いは強いと思います。よい素材とは、すなわち旬の素材であり、食を通じて自然を感じるのはまさに旬にほかなりません。大学生協の食堂に行けば、自ずと旬の食材と出会い、自然と触れ合っている。できれば、それをきちんと知ってもらえるようなプロモーションの展開も必要かもしれません。
松本:明治学院生協で専務理事をやっていますが、現在は大学と一緒に、野菜を摂らない学生を対象とした「小鉢半額キャンペーン」みたいなことをやったりしています。また、ミールシステムという食事の1日定期券のようなシステムを使えば食堂のメニューを1日650円分利用することができます。可能であれば、こういった従来から展開しているプロモーションやシステムに、「自然・季節・旬」といったキーワードを取り込んで、何かができればと思います。
谷口:私たち大学生協の食堂は、外食的な要素もありながら、家庭の食卓の代行という意味も持っており、その辺りのバランスを取りながら運営していくことに難しさがあります。
土井:食いつきがよくなるように、学生が好きなものばかりを出していたら、一年中同じものが置いてある町の食堂と同じになってしまいます。一朝一夕に何かが劇的に変化することはないかもしれませんが、「もの喜び」を大切にした食の提供を通じて、食に対する学生の意識改革に努めてほしいと思います。
谷口:本日はありがとうございました。
