藤田孝弘
突然ですが皆さん、ホラー小説はお好きでしょうか。「なんとなく怖いのは苦手」という方もいらっしゃるかもしれませんが、それは間違った思い込みです(断言)。よく考えてみてください、「怖いもの見たさ」という言葉があるように、みんな怖いものが実は大好きなはずです。お化け屋敷や肝試しに心霊写真など、「恐怖」は原初的なエンタメなのだと思います。そして一番怖いのは「想像している時」。実際に恐怖の対象を目の当たりにしている時よりも、あの角を曲がったら何か見たくないものがいるんじゃないか、と想像している時が一番怖いものです。そういう意味で、文字だけで読者に世界を想像させる小説という媒体は、実にホラーと相性がよいのです。
それでは角川ホラー文庫30年の歴史を振り返りながら、ホラー初心者の皆様にもおススメの作品を紹介して行きたいと思います。
1993年、角川書店とフジテレビジョンが創設したのが「日本ホラー小説大賞」。賞金1000万円の大型新人賞でした。同年4月、「ホラー」の名前を冠した初の文庫レーベル「角川ホラー文庫」が誕生。創刊ラインナップの中にはジャパニーズホラーの金字塔・鈴木光司『リング』の姿もありました。
日本ホラー小説大賞は受賞のハードルが高く、「2年に1回しか大賞が出ない」というジンクスが生まれたほど。何せ第1回から衝撃の「受賞作なし」です。新人賞を運営する出版社からするとこれほど盛り下がる事態もないのですが、それもクオリティを優先してのこと。その分、受賞作を見ると錚々たるラインナップが並びます。
第2回から設けられたホラー小説大賞短編部門は小林泰三「玩具修理者」が受賞。2020年にご逝去された小林泰三さんですが、近年では第2作品集『人獣細工』が、TikTokで話題になったこともあり大ヒット。1997年に発表された作品が、30年近い時を経て今の読者に届いたことになります。先天性の病気が理由で、生後まもない頃からブタの臓器を全身に移植され続けてきた少女が直面した地獄とは―― 。強烈なラストにしびれる一作です。
1997年には第4回ホラー小説大賞を貴志祐介『黒い家』が受賞。保険会社に勤める主人公が、保険金詐欺を企てる夫婦に巻き込まれていくサイコホラーです。超能力や怪異ではなく、「人間が怖い」を突き詰めた名作。人間の異常な心理を題材にしたサスペンスという意味では、大石圭『アンダー・ユア・ベッド』、内藤了「猟奇犯罪捜査班・藤堂比奈子」シリーズなどもおススメです。
1998年、鈴木光司『リング』とその続編『らせん』が映画化され、一大ブームを巻き起こしました。ホラーアイコンとなった「貞子」はその後も活躍を続けています。
1999年には岩井志麻子『ぼっけえ、きょうてえ』が第6回日本ホラー小説大賞を受賞。明治時代の岡山を舞台にした「戦慄と悲哀の遊郭怪談」。日本の怪談文芸からの流れを色濃く感じさせる一作です。
2000年代以降も独特の存在感を放つ受賞作が多数刊行されていますが、特に異彩を放つのが恒川光太郎『夜市』。幼い頃、何でも売っている不思議な「夜市」に迷い込んだ少年は、弟と引き換えに「野球の才能」を手に入れます。野球部のエースとなった少年は罪悪感を抱き続けていて―― 。異界を舞台にした、哀切感あふれる一作で、怖いのが苦手、という方にもおススメ。『夜市』が気に入ったらぜひ『秋の牢獄』『白昼夢の森の少女』もどうぞ。
2012年には日本ホラー小説大賞に読者賞が新設。青春ラブコメとホラーを融合させた櫛木理宇『ホーンテッド・キャンパス』が受賞します。この頃から角川ホラー文庫には、キャラクターが前面に押し出されたシリーズ作品が増え始めました。藤木稟「バチカン奇跡調査官」シリーズ、榎田ユウリ「妖琦庵夜話」シリーズ、蒼月海里「幽落町おばけ駄菓子屋」シリーズなど、リーダビリティが高い作品を何作も楽しみたい読者には特におススメです。
そして2015年、第22回ホラー小説大賞を受賞したのが澤村伊智『ぼぎわんが、来る』。超自然の恐怖と、ミステリー的な仕掛けを駆使した正統派ホラーで、大きな話題を呼びました。続刊も「比嘉姉妹」シリーズとして好評を博しており、澤村伊智は間違いなく現代ホラーを代表する書き手の一人です。
近年では、小説投稿サイト「カクヨム」からデビューした芦花公園の作品も話題です。『異端の祝祭』に始まる「佐々木事務所」シリーズで、新しい読者を獲得し続けています。
映画の小説版として異例のヒットになったのが『マッチング』。映画を見ただけでは分からない、登場人物の心理が克明に描かれており、映画のヒットに合わせて小説版も10万部のヒットとなりました。
そしてホラー文庫30周年を記念して、豪華作家陣による最恐書き下ろしアンソロジーが3冊も予定されています。2024年8月に『潰える』『堕ちる』、12月に『慄く』と題して、掛け値なしに現代日本小説界を代表する豪華メンバーが集います。これを読まずして2024年以降のホラー小説は語れない、というアンソロジーになる予定です。
ざっと駆け足で30年を振り返ってみると、その時代その時代、角川ホラー文庫は常に読者と共にあったのだなと思います。そしてホラーの持つ本能的な吸引力は、時を超える!
30年前の作品も、色褪せずに読者の心に届き続けています。というわけで、難しいことは考えず、面白そうな一冊があったら手に取ってみてください!
藤田孝弘(ふじた・たかひろ)
KADOKAWA角川ホラー文庫編集長。15年ほどの編集者人生で一番怖かったのは、取材に伺った超能力者から「足を上げてみて」と言われ最初から全力で足を振り上げてしまい、その後「いま念を送ったから、次はもっと足が上がるよ」と言われた瞬間。
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