ザ・仕事人!校閲会社から本屋まで

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栁下恭平さん 校正・校閲専門鴎来堂代表・書店かもめブックス店主
(聞き手 田中美里)

 社長にインタビュー̶  ̶就職活動の面接以上に高まる緊張感を持ちながら、私は校正・校閲の専門会社、鴎来堂を訪れた。
 まず案内された部屋には、今まで鴎来堂が校正・校閲をしてきた様々なジャンルの作品が壁一面の本棚に並べられていた。それらに見入っていると、Tシャツ短パンスタイルで社長の栁下恭平さんが現れる。想像していたよりラフな社長の姿に、良い意味で緊張感がほぐれた(笑)。
 インタビューは場所を移して、お隣のかもめブックスで行うことに。店内に入ると、SUMMERフェア棚になつかしの『わかったさん』を見つけ、ひそかにテンションがあがる。さあ、インタビューへ。

Profile

1. 本の間違いを見つける会社
2. 情報リテラシーとしての校閲
3. 身体的な楽しさ
4. 得意な人?得意でない人?
5. 社長として

6. 当たり前の存在になること
7. 今後の展望
8. これからの社会に出て行く大学生へ
柳下恭平さんおすすめ * 大学を出る前に読んでほしい本


P r o f i l e
 
栁下 恭平 (やなした・きょうへい)
1976年生まれ。書籍校閲専門の会社『鴎来堂』代表、書店『かもめブックス』店主。
さまざまな職種を経験、世界放浪ののち、出版社に勤務。28歳のときに校正・校閲の専門会社 鴎来堂を立ち上げる。
2014年11月、東京神楽坂に『かもめブックス』をオープン。ほか、池袋の梟書茶房などを手掛ける。

 

本の間違いを見つける会社・・・

 鴎来堂は2006年に校正・校閲の仕事を専門に扱う会社としてスタート。それ以前は出版社の編集部で働いていた栁下さん。会社設立のきっかけを尋ねると、「出版点数が増えている一方、当時出版社の校閲部は40〜50代の方が多く、若い校閲者がトレーニングできる場を作りたいと思った」ことが始まりだそう。校閲「者」として一人のプレイヤーだけではなく、「いろんなことを知っている人がいる校閲部が一番いい状態」「様々な人の目が入って初めて一冊が完成できるようにしたかった」と、チームとしての校閲「部」を意識されていた。
 

情報リテラシーとしての校閲・・・

 お話を伺う前の「作中の文章の表記ミスや間違いを探し直す仕事」という私の思い描く校閲のイメージはおおよそ当たっていたが、実際は商標のチェックやシリーズでの一人称が統一されているか、ということもチェックする。校閲の作業で確認する事項が多岐に渡っていることに驚いた。まさに、間違いを見つけるスペシャリスト。常に読者を想像しながら、解釈の誤解が生まれないようにしていくことを心がけているそう。校閲の作業中は、ゲラを読んでいる自分「見ている自分」と、その後ろで情報(言葉)を判断しているメタ的な自分「判断する自分」が現れるとのこと。校閲の仕事をしていると、あらゆる情報の咀嚼と発信において、一歩引いた立場から判断するようになったと話してくださった。
 

身体的な楽しさ・・・

「ミスのない仕事をして当たり前」と求められる校閲の仕事でどういう楽しさを感じるのかと疑問に感じていた私に、「身体的な楽しさ」について語ってくださった。山登りが好きな人は「山に登る」という行為そのものに魅了されていることと同様に、 例えば「読・書・の・い・ず・み」と一字ずつ文字を追っていくという普通の読書とは違った読み方で原稿を読むことによって、「原稿を読む」という行為自体に楽しさを感じるということである。自分の中で情報が通り抜けていく感覚が気持ちよく、 締め切りが近づくと「校閲ハイ」という状態になることも。普段は冷え性なのに、校閲をやっていると手足がポカポカしてくると話す人もいると聞いて、校閲の仕事は思っていた以上に奥が深い。
 

得意な人?得意でない人?・・・

 校閲の仕事において、担当するゲラはその分野に得意な人がやるべきか、あえて得意でない人がやるべきか、どちらだろうか。 私はあえて得意ではない人が見ることで、得意な人が見落としてしまうミスにも気がつくことができ、より正確になると思って いた。栁下さんによると、「その分野に精通している人が見つけられる間違いとそうでない人が見つけられる間違いがあるが、基本的には得意な人が読む」ことが多いそう。実際は送られてきたゲラを見て、編集者や作家さんとの相性、またその出版社が対象としている読者を意識して担当を決めているのだという。読者まで意識してゲラを見る人を決めているのだと思うと、改めて一冊の本というものは読む人のことを思って大切に作られていると実感した。

 

社長として・・・

 一会社の社長となった栁下さん。社長の立場になったときのことは今でも覚えていると、当時のエピソードを話してくださった。
 オフィスで必要なコピー機を購入する際に、契約書の連帯保証人欄に自分の名前を書いた。それ以来、コンビニや大学に当たり前に存在し、今までなんの感情もなかったコピー機が、誰かのリスクの上で存在していることを実感するようになったという。社長になって「小さなことでも『自分ゴト』として捉えるようになった」という栁下さんの言葉が印象的だった。
 普段「社長」という立場の方とお話しする機会はなかったので、「社長=マネージャー」とステレオタイプな考えを持っていたが、栁下さん曰く、社長に求められるスキルは何代目なのかによって変わってくるという。初代は会社を立ち上げるということで「プレイヤーとマネージャー」の力が必要とされる。2代目はそれを引き継いでマネジメントする力が、3代目になると現状維持だけではなく、会社として存続させていけるように、あらたな刺激を与えるため「プレイヤー」としての力も必要となってくるそうだ。
 

当たり前の存在になること・・・

 さて、話題はこのインタビューを行っているかもめブックスへと移っていく。
 書店かもめブックスはカフェとギャラリーが併設されている三位一体型のブックカフェだ。普通のブックカフェのように見えるが、本棚から本屋さんのプロが選んだ本を選び、バリスタが淹れたコーヒーを飲みながら本を読み、帰り際に店内奥にあるギャラリーを見て帰るという、来店客は3つの「プロ」が提供するものを一度に楽しめるという贅沢な空間である。
 元々、退職したら本屋さんをやろうと考えていた栁下さん。ある日、通勤路にあった本屋さんが閉まっているのを目にし、出版関係の会社が多くある神楽坂の街で本屋がなくなるということに衝撃を受け、危機感を抱いた。「売れる本屋さんを作りたい、 もっと言えば本屋さんを増やしたい」という思いから始まったという。
 かもめブックスは特殊な本屋さんではなく、自分の住む街に本屋さんが少なくなっているこの時代だからこそ、この街に住んでいる人、働いている人にとって当たり前の存在になることを目指している。ふと思い返してみると、私の住んでいる街の本屋さんもシャッターが下りていて、本を買うのにわざわざ隣の街まで出かけなければならない。本屋さんが当たり前にある環境が特殊になりつつある今、当たり前にある本屋さんを作ろうとしている栁下さんの思いがもっと広まり、本屋さんが暮らしの近くにある日が戻ってくればと願う。
 

今後の展望・・・

 話題は進んで、栁下さんが現在取り組んでいる新しい企画と、今後の展望について伺った。
 本屋さんに行かない人に本を売る仕組みとして、今栁下さんは「ことりつぎ」という物流サービスを行っている。また将来、 ジュースの缶に本を丸めて入れた自販機の本屋を作る、という企画を考えているそうだ。「自販機は1メーカーで280万台あるから、もし実現すれば280万店のチェーン店になります」と楽しそうに話してくださった。また、栁下さんが手がけている池袋の梟書茶房というブックカフェでは、商品をすべてブックカバーで覆い番号だけをつけて中身の見えない本を来店客に買ってもらうという仕組みがある。栁下さんの企画は「本を買う」という行為自体にワクワクするものが多い。
 

これからの社会に出ていく大学生へ・・・

 就職活動は本当に気にしなくていい。人生長いから ̶「本当に」という部分にすごく力を込めて話してくださった。「ESにしても、ラブレターを出してフラられ続ける行為と同じですごくタフなこと。就職できる会社は一社だけで、最高にマッチした会社は世界中のどこかにあって、その会社にまだ出会えていないだけで、就活活動がうまくいかなかったとしても本当に気にしなくていい。友達だったり、アルバイトだったり、インターンで(自分にマッチした会社に)出会える場をもっと増やすことが大切」また、「やるならニコニコ仕事した方がいい。職場に一人でも好きな人がいてその人のためにニコニコ仕事していれば、必ず次の何かにつながります」。高校を中退し留学し、鴎来堂を立ち上げるまでに色々な世界を見てきた栁下さんだからこそ言える言葉であり、とても心に響いた。
 

聞き手・文=田中美里(いずみ委員)
(取材日:2018年7月25日)
 
柳下恭平さんおすすめ * 大学を出る前に読んでほしい本
 
  • <本を日常的に読む人に>
  • 20歳の自分に受けさせたい文章講義
    古賀史健/星海社新書 840円
  •  文章術の本ですが、思考術の本でもあります。文字のトラフィックが最大限の世の中で、社会人になってプレゼン、メール、「書く」ことが求められる中でどう「書く」力 を身に着けるのか。図表を一切いれずに文章だけで伝えることに著者のこだわりを感じられる一冊です。
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  • <本をあまり読まない人に>
  • 魔法をかける編集
  • 藤本智士/インプレス 1,600円
  • 「編集」というと本をつくる仕事というイメージがあるが、広義にとらえれば情報を整理する仕事。つまり自分自身のやりたいことに対してどうアプローチしていくかということも「編集」という力が必要になってきます。この本は、最小のメディアである自分が周りの人に何かを伝えられるようになるためにはどうすればいいのかを教えてくれます。
 
 

かもめブックス
所在地/ 162-0805 東京都新宿区矢来町123 第一矢来ビル1階 Tel.03-5228-5490 fax.03-5228-4946
営業時間 11:00〜21:00 定休日/水曜日(祝日の場合は営業)

聞き手 P r o f i l e
 
田中 美里 (たなか・みさと)
早稲田大学文化構想学部4年。来年から社会人。学生最後の夏。平成最後の夏。と「最後ハラスメント」に追われ、お金と時間が追い付かない日々。何もかもが「最後」だと思うと急に愛おしくなってくる。
 


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