“もっと若い時に読んでいれば…”
そう思わずにはいられませんでした。
みなさんは、どこかでこのフレーズを目にしたことはないでしょうか。これは、『思考の整理学』(外山滋比古/ちくま文庫)の店頭POPの言葉です。この言葉に導かれて『思考の整理学』を買った方もいるのでは......。大学生協で超ロングセラー商品だったこの本をさらにミリオンセラーへと押し上げたのは、実は岩手県盛岡市にある「さわや書店フェザン店」の松本大介さんでした。新刊のPOPなどでたまに見かける名前の主に、今回ついにお会いすることができました。松本さん、イケメンでした。
フェザン店店長 松本大介さんこの日お勧めの本は、『1ミリの後悔もない、はずがない』(一木けい/新潮社)
さわや書店は、いまや出版社や全国の書店員から注目を集めている本屋さんです。少し前に話題になった「文庫X」は、同店の長江貴士さんが取り組んだ企画。文庫の表紙をオリジナルのブックカバーで隠し、そこには長江さんのこの本への思いが延々と綴られています。それをシュリンクしたものが「文庫X」。少しずつ話題を呼び、最終的に「文庫X」の正体を明かす「文庫X開き」ではマスコミも呼んでの一大イベントとなったそうです。
※「文庫X」の正体は、『殺人犯はそこにいる』(清水潔/新潮文庫)でした。
このほかにもオリジナル企画のブックカバーをかけて展開している本が少なくありません。よく見ると、そのカバーも実は出版社とタイアップしていたりする......出版社との信頼関係の上で実現できる企画なのでしょう。「その信頼にこたえるために、常に売る努力をしています」と松本さんは言います。「推し」の本のそばには関連する本・グッズを並べ、いつ何時も売るチャンスは決して逃しません(その演出がニクい!)。「本は基本的に再販制で価格が守られているので、大きな資本を持たないわれわれ零細企業でも、値引き合戦に陥らないで済みます。では、小さな書店は他の大きな書店とどう戦うか——となったときに、中身を知っている、商品知識をもっているのはかなりのアドバンテージになります。だから、おすすめするもの、次に何を読んでほしいか、一緒に何を読んでほしいかを私たちは常に考えるようにしています。1冊よりも2冊、商売人というのは、そういうものです」。松本さんと話をしていると「商人なので」という言葉がよく出てきて、本好きだけでなく商売人としての気概もひしひしと感じられます。
さらにさわや書店が話題になる秘密は、もうひとつありました。それは、POPです。さわや書店に近づくと、お店の外から大きな手書きのPOPがドーンと目に飛び込んできます。そこにはひと言ではなく、ながーい文章が。ややもすると、文章が長すぎてそのまま通り過ぎてしまいそうですが、これが結構読ませてくれるのです。この手書きのPOPは、社員が考えた文章を学生アルバイトさんたちが形にしていくのだとか。社員さんのアツい想いを引き受けてアルバイトさんが描いたPOPに釣られて、私たちは本を買ってしまう。それも1冊ではない......。うわ、危険。そう言ったら、「しめしめ」と松本さんは笑っていました。
迫力満載のPOP。本だけでなく、POPを見ているだけでも楽しい。
オリジナルカバー。ここでしか買えません。
実は、いま岩手県はちょっとアツいのです。一世帯あたりの書籍購入額が全国一位を誇るのは、意外にも東京ではなく、岩手県なのだそうです。岩手はご存じ宮沢賢治や石川啄木の故郷。もともと文学を愛する土壌があるところに、第157回、158回の芥川賞受賞者が出ていたり、ブームをけん引しているといわれる岩手出身の作家、柚木裕子さんがいたり......。さわや書店をはじめ地元の書店は、こういった作家さんを全力で応援しています。「158回芥川賞受賞の若竹千佐子さんのように、一介の主婦がシンデレラストーリーで注目をあびて、故郷に錦を飾る。次はもしかしたら、あなたの番かもしれないよと、若竹さんや柚木さんのような地元出身の作家さんを全力で推していると、地元の人の注目度も高くなります。そして、読者が書店で本を買ってくれる」この好循環が繰り返されることによって、書籍の購入額が伸びていたのですね。
さわや書店が全国から注目を浴びても、松本さんたちは浮かれていません。「普段通り、スタンダードな仕事をしているだけ。他の方から見てこれが特別なら、この異端なやり方を真似していただいて全国に広がり、書店業界がますます活性化していけばいいなと思います」と松本さん。
さわや書店には「さわベス」などお伝えしたい魅力がまだまだあるのですが、そろそろ字数制限が来てしまいました。みなさんがいつか盛岡を訪れることがありましたら、ぜひさわや書店フェザン店へも立ち寄ってみてください。そこで素敵な本のお土産が手に入るはずです。あ、お小遣いは少し多めに持っていって下さいね。
(取材日:2018年6月28日)
松本大介さんの著書
『本屋という「物語」を終わらせるわけにはいかない』
筑摩書房/本体1,500円+税
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