Essay ノンフィクションのすすめ
自分の好奇心に忠実に

特集「ノンフィクション」記事一覧


石井 光太
『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』
平凡社新書/本体980円+税

 親から受けた凄惨な虐待、いじめによって植えつけられた劣等感、底なし沼のように抜けられないドラッグ依存、自らが抱える発達障害による生きづらさ……。今年5月に刊行した石井光太著『虐待された少年はなぜ、事件を起こしたのか』(平凡社新書)は、少年犯罪の病理と矯正教育の最前線を追った一冊。少年院や更生保護施設などで更生をめざす少年少女、その現場で指導にあたる法務教官や精神科医、そして不幸にも少年事件によって命を奪われてしまった被害者遺族など、数十人へのインタビューを通してこの問題の根源にあるものを見つめたルポルタージュです。
 400字原稿用紙に換算すると500枚超、総ページにして392ページ。もちろん分量だけでなく、質や内容においてもいわゆる新書の枠に収まらない密度の濃い一冊にしようと著者と企図して作ったものでした。
 裏方として一つひとつの取材に同行するなかで、少年たちから発せられる衝撃的な言葉やエピソードにいくつも出会いました。その生い立ちを聞きながら痛感させられたのは、一人の子どもが大人になることの難しさです。思いだしたくもない過去を赤裸々に語ってくれた少年少女たち。今となっては少年院を出て社会復帰しているであろう彼、彼女ら一人ひとりの顔は忘れることができません。
 さて今回、編集部からいただいたテーマは「ノンフィクションのすすめ」。とここで、ノンフィクションとはいったい何だろうと、のっけから立ち止まってしまいます。「フィクションにあらず」。言葉通りに受け取ると、その概念があまりにも広すぎて曖昧なのです。
 書き手によって、そのイメージや範囲は異なるものだと思いますが、先の石井光太さんはノンフィクションというものを次のように捉えています。
「ノンフィクションはジャーナリズムの延長でもなければ、インテリの知的玩具でもなければ、評論家や政治家の屁理屈でもない。学生から大人まですべての人間が夢中になって読めて、しかも真実の力によって人生観や世界観を変えていくだけの力を持つものでなければならない」(『ノンフィクション新世紀』河出書房新社)。
 新聞記事やテレビニュースのように「事実」を右から左と伝えるだけではなく、取材によって、その奥底にある「真実」を掘り起こすものだと規定しています。
 私はこれまで一読者として、そして編集者として、数多くのノンフィクションに触れるなかで知られざる真実を知ったり、言い知れぬ衝撃や刺激を受けたり、生身の人間が織りなす物語に魅了されたりしてきました。ここでは、そんななかから私が読者として心を揺さぶられたノンフィクションをいくつかご紹介したいと思います。いずれも容易に入手できるものです。
 まずは定番中の定番になりますが、多くの読者を惹きつけてやまない沢木耕太郎さんの作品から。学生であれば『深夜特急』が馴染み深いかもしれませんが、私がとりわけおすすめしたいのは『テロルの決算』(文春文庫)。まるで小説のように考え抜かれた構成と彫琢された文章で、61歳の野党政治家と17歳のテロリストが激しく交錯する瞬間、そこに至るまでとその後を見事に描き、人間の運命の不可思議さと残酷さをまざまざと突きつける一冊です。驚かされるのは、この作品が沢木さんが31歳の時に書かれたということ。タイトルには、著者自身にとっても20代の悪戦苦闘の「決算」であってほしいとの意味が込められています。沢木さんの作品では他にも、自らがプロモーターとして関わり、その〈私〉という視点から元ミドル級チャンピオン・カシアス内藤のカムバックからタイトル再挑戦までを描いた『一瞬の夏』(新潮文庫)、妻の側から見た『火宅の人』をその独白体でつづった『檀』(新潮文庫)などもおすすめです。
 続いて、中村計著『勝ち過ぎた監督──駒大苫小牧 幻の三連覇』(集英社文庫)。主人公は北海道勢初の全国制覇を成し遂げ、前人未到の三連覇に王手をかけた駒大苫小牧野球部を率いる香田誉士史監督。三連覇がかかった早稲田実業との決勝戦は語り草になっていますが、その裏側で35歳の青年監督はここまでもがき苦しんでいたのかと、その息遣いまで聞こえてくる一冊です。勝ち続けることの重圧、体罰事件、部員の喫煙・飲酒、田中将大という突出した存在の扱い、さらなる部員の裏切り……。「優勝したら持ち上げられ、不祥事を起こしたら何倍も落とされる」。一個の人間の芯にまで肉薄し、その栄光と挫折を描き切った物語です。
 以上、駆け足での紹介になってしまいましたが、ノンフィクションと一口でいってもテーマも描き方も多種多彩です。まずは自分の好奇心に忠実に、文庫や新書から手にとってみてはいかがでしょうか。

 

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P r o f i l e

金澤智之(かなざわ・ともゆき)
1975年東京生まれ。2015年より平凡社新書編集長。担当書籍に青木理著『日本会議の正体』、西部邁著『保守の遺言 JAP.COM衰滅の状況』、堀越豊裕著『日航機123便墜落 最後の証言』など。

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