フィクションとノンフィクションで、作ろうとするものにさほど違いはない。
違うとしたら、作業の比重だろうか。
ジグソーパズルにたとえよう。登場人物や、彼らが持つエピソードというピースを組み合わせて、完成を目指す。フィクションは理想の完成図だけが頭の中にあって、ピースが一つもない。だからイメージを元に、互いにきちんと噛み合ってくれるピースを、手作業で作っていかなくてはならない。ノンフィクションは、ピースだけがいくつも与えられて、完成図が存在しない。だからこのピースたちからどんな絵が作れるのか、推測する作業が始まる。ちなみに絵が作れる保証はない。もしかしたらピースが足りないかもしれない。その場合は新しいピースを探しに行かなくてはならない。綺麗でお気に入りのピースであっても、絵を作るのにはどうしても不要という場合があり、泣く泣く脇にのけることもある。
パズル完成に向けて頭をひねるのは同じだが、大変なところが違うというわけ。
そしてこのパズル、模範解答もなければ同じ問題に取り組んでいる人もほとんどいないため、誰にも頼ることができない。編集者という味方はいるが、勉強中に夜食を差し入れる母親のようなもの。問題を解くのはあくまで自分だ。だから、没頭する。解けたときの達成感は、ちょっと他に比べるものが見付からないくらいだ。『最後の秘境 東京藝大』(新潮文庫)という本では、四十人ほどの学生さんに取材した。その四十以上のピースをどう組み合わせて並べたらうまくまとまるか、エピソードごとに付箋にし、何度も何度も並べ直す作業を続けたのを覚えている。ちなみに四十のピースの並べ方を機械的な計算で求めると、八千億を一兆倍したものをなお一兆倍して、さらにおまけで一兆倍したくらいの組み合わせが存在する。実際にはピースの分割や取捨選択もするので、それ以上だ。莫大な可能性の中から、自分なりにベストと言える、たった一つの組み合わせを探し求めるのだ。
そこに行き着いた時の感動はいかばかりか。見つけた、やった! と飛び上がるようなことはない。へとへとになりながら、あー、生き延びた……という感じである。しみじみ嬉しいような、どうしてこんなことをしているのかわからなくなるような。
このピースを集めるにあたって、フィクションでもノンフィクションでも必要になるのが、取材だ。本や資料にあたることもあるが、やはり直接人に会って話を聞くのは重要である。
初めて会った人から、原稿に使えるような面白い話を聞き出すというのは、難しく思えるかもしれない。僕も初めのうちはそう思っていた。人の目を見て話すのが苦手な上に、自分の話したいことだけをひたすら話す傾向があり、それを自覚もしていたからである。
だが、意外とうまく行った。
もちろん相手がどう思っていたかはわからないが、僕の印象としては取材はけっこう盛り上がるのだ。一時間の予定が、気づくと二時間、三時間があっという間に過ぎている。初めはテーブルを挟んだ向こうから「忙しいんだけどね」というような態度でこちらを睨みつけていたおじさんが、終わる頃にはにこにこしながら「今度飲みに行こう」と誘ってくれたりもする。僕もまだ話したりない気分で、ぜひぜひ! とその場で予定を決めるくらいだ。
そして面白いことに、後日の飲み会ではあんまり盛り上がらない。
もちろんそれなりには楽しいのだが、取材の時に感じた、あの心が通じ合ったような感覚がぼやけてしまうのである。
なぜなのか考えてみたが、たぶん僕が人と話すのが苦手だからだと思う。取材の時、僕は気の利いた世間話もできないし、小粋な冗談も飛ばせない。ただひたすら、気になること、知りたいことをぶつけていくだけだ。空気も読めないから、納得できなければ何度でも同じ質問を掘り下げてしまう。「どういうことですか?」「なぜですか?」と、しつこく食い下がるものだから、取材中の空気は重い。歯車が噛み合わない感じを、互いに味わう。だがそのうち、だんだんと相手も真剣な顔で話し始めることがある。すると、途端に盛り上がり始めるのだ。「あなたのことが本気で知りたい」という態度こそが、人の心を開く鍵なのかもしれない。もしかしたら、世間話や冗談よりも。だから相手も真剣に話してくれる。そこまでの気合いで臨まない飲み会では、そうはならない。つまり取材の秘訣は、真剣味だと思う。
取材を受ける立場になったこともあるのでよくわかるが、インタビュアーが真剣なのかどうかは、開始数秒で見抜かれてしまうものだ。だから未だに取材前は緊張するし、本当に恐ろしい。
ピースを集めるのも大変だし、組み上げるのも大変。
でも、それをなぜか続けてしまう。自分でも不思議である。
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