いずみ委員Selection
ノンフィクション レビュー

特集「ノンフィクション」記事一覧

『読書のいずみ』委員Selection ノンフィクション レビュー
数あるノンフィクションの中から『読書のいずみ』委員選りすぐりの作品をご紹介します。


  • 最相葉月
    『セラピスト』
    新潮文庫/本体840円+税

     心と向き合う、心のプロフェッショナルたち。セラピストやカウンセラーと呼ばれる人びとの仕事に様々な観点で迫る。その歴史から現状まで著者自身がセラピストを養成するコースに参加して学び、現場をリポートするほか、生身の人間としてのセラピストの姿が、業界の著名人への取材や実際のカウンセリングの記録など多くの資料で多面的に映し出されていく。その決意と哀しみを帯びた背中に息を飲むこと必至。仕事や療法そのものについてもっと知りたいという人や、力強いノンフィクションを読みたい人に勧めたいのはもちろん、自らの心と向き合う必要のある我々全員が本書から何かを得られるはずだ。著者のほかの作品もぜひ読んで。(任)


  • 鹿子裕文
    『へろへろ』
    ちくま文庫/本体800円+税

    『へろへろ』は実録エッセイだ。「宅老所よりあい」の始まり、特別養護老人ホームの開設、『ヨレヨレ』の創刊……どこをとってもゲラゲラ笑ったり手に汗握ったり、とにかく目まぐるしくて楽しい。資金作りのためにジャム部隊を結成し、セールの砂糖を死守すべくお年寄りを動員するくだりなんて最高だ。自分だって動員されたい。そう思うと同時にはっとする。 自分はこれまで“施設”を姥捨て山のように思っていなかったか? よりあいの代表は「老人ホームに入らないで済むための老人ホーム」を、と言う。地域と一緒に大騒ぎするよりあいが楽しそうだから、閉ざされた姥捨て山ではないから、自分は暮らしたくなったんだ。「宅老所よりあい」は、夢でも幻でもなく福岡市に存在している。(杉田)


  • ブレイディみかこ
    『子どもたちの階級闘争』
    みすず書房/本体2,400円+税

     日本でも待機児童など、保育所や育児にまつわる話題は多いが、他の国の保育所事情に思いを馳せてみた事はあるだろうか。英国住まいの著者は地域の託児所で保育士として働いているが、そこはアンダークラスや移民の子どもたちを通じて日々社会問題が立ち現れる、過酷な現場であった。貧困や移民問題、政治といった複雑なテーマが色濃く現れる一方で、著者の類いまれなるセンスはかすかな希望も共にすくい上げてくれている。遠く離れた社会への想像力は、我々の世界を広げるだけでなく、ブーメランのように私たちの社会に今一度目を向けるきっかけを作ってくれるだろう。箱ティッシュを準備してお読みください。(任)


  • 堤未果
    『ルポ 貧困大国アメリカ』
    岩波新書/本体740円+税

     豊かな現代社会の日本において、貧困は当事者でなければその実態は掴みづらいものである。この本は2008年に書かれたものであるが、アメリカの貧困の様子が、食、民営化、医療、学費、戦争の切り口から数々の事例をもとにリアルに記されている。読んでいて恐ろしくなるようなものばかりである。本書の中から一例を挙げると、生活に困窮した学生が学費の支払いに困り、学費の免除をしてくれる軍に入る、という一連の流れが出来上がっているというのだ。日本では、このような「貧困ビジネス」は今は行われていないかもしれない。しかし、格差社会の進行が進む中、この本に書いてあることが日本の未来になる日はそう遠くないかもしれない……。(河本)


  • ジャレド・ダイアモンド〈倉骨彰=訳〉
    『銃・病原菌・鉄 上巻・下巻』
    草思社文庫/本体(各)900円+税

     歴史のドミノの倒れ方には、法則があった。なぜヨーロッパの国々が世界の覇権を握ったのか、なぜ一部の民族は服従せざるをえなかったのか。征服を可能にした条件はなんだったのだろうか。これらの問いに応えるために、本職は進化生物学者のダイアモンド博士が、地理学・気象学・生物学などの知識を駆使し、分野の垣根を越えて人間の歴史を捉えなおす。もしあなたが高校生だったとき 、世界史を勉強して暗記に続く暗記に閉口したことがあるのならば、なおさら面白く読めるだろう。なぜなら、本書は歴史の教科書の乾燥無味な説明を斬新な目線で鮮やかに紡ぎ直してくれるだろうから。(任)


  • ヴィクトール・E.フランクル〈池田香代子=訳〉
    『夜と霧 新版』
    みすず書房/本体1,500円+税

     ナチスの強制収容所から生還した心理学者が書いた体験記だ。強制収容所での体験と当時の心理状態が丁寧に描かれていて、いろいろと考えさせられた。たとえば、極限状態に置かれたとき人間はどうなるのか。人間はなぜ生きるのか。
     収容所から解放されたあとのエピソードが特に印象的だった。仲間の一人が麦畑の若芽を無造作に踏み潰すのだ。自分たちが被った損害はこんなものではないと言って……。私には彼の気持ちが分かるような気がした。人間はひどい仕打ちをされたとき、それを別の形で第三者に返してしまうことが往々にしてある。
     歴史を学ぶだけでなく自分自身を見つめるために、そしてよりよく生きるために、是非一度読んでいただきたい一冊だ。(北岸)


  • 沢木耕太郎
    『深夜特急 第一便 黄金宮殿』
    新潮社/本体1,500円+税

     1人でバスを乗り継いでインドのデリーからイギリスのロンドンまで旅をするという物語で、著者自身の実体験に基づいて描かれている。出版当時から現在にいたるまで、この本の多くの読者が感銘を受けて、実際に旅に出たという逸話もある。たしかにこの本を読んでいると、その土地の風景が見えるだけでなく、においや音などの五感を刺激されるので自分も旅に出ているような錯覚に陥る。著者が実際に旅をしたのは今から40年ほど前。インターネットが全く使えない状況で1人旅を決行した彼の勇気と行動には、計り知れないほどのエネルギーを感じる。この本を読めば、あなたもバックパックを背負って今すぐにでも旅に出たくなるはず。(戸松)


  • トーマス・トウェイツ〈村井理子=訳〉
    『ゼロからトースターを作ってみた結果』
    新潮文庫/本体750円+税

     ゼロからってどこからだと思いますか。答えは文字通りゼロからです。
     著者はイギリス中を駆け回り、鉄鉱石から鉄を、銅鉱山廃水から銅を、そして「人類の時代の地質」からプラスチックを、それぞれ精錬・電気分解・再形成しました。そんなプロジェクトから彼が得たかけがえのない気付きとは。身近で壮大な、コミカルで感動的な挑戦は私たちに勇気と変革をもたらします。ゼロからトースターを作り、そこからひとつの真理を見出し、それをブログや本に記し、やがてそれを読んだ人の世界を変えてしまうところまでが当時大学院でデザインを学んでいた彼の言わばアートなのです。イギリス発の大いなるニューウェーブに是非巻き込まれてください。(笠原)


  • ロバート・M.サポルスキー〈大沢章子=訳〉
    『サルなりに思い出す事など』
    みすず書房/本体3,400円+税

     動物は好きだけど、生物学に興味があるわけじゃない。なのに手に取ったのは、タイトルもさることながら裏表紙のあらすじがあまりにズルかったからだ。
    ヒヒの群れの20年以上にわたる観察記と、アフリカ体験記をより合わせながら、スラップスティックなタッチで綴る抱腹絶倒のノンフィクション。幼少の頃から大型霊長類に憧れ「大きくなったらマウンテンゴリラになる」と決めていた著者は(以下略)
     ヒヒのままならない恋愛にやきもきし、いじめには腹を立て、ご近所マサイの異文化っぷりに笑い戸惑い、紛争に顔を歪め、読み終えて深く息をつく。東アフリカ、1970年代末~ 2000年代初頭。どのくらい遠くて近い「ここ」だろう。近くて遠い濃密な記憶に、触れさせてくれたことへ感謝を。(杉田)


  • 小林朋道
    『先生、子リスたちがイタチを攻撃しています!』
    築地書館/本体1,600円+税

     自然に囲まれた鳥取環境大学で著者のもとに訪れる動物事件をめぐる記録。フェレットやヤモリ、カヤネズミなど自由な彼らの生き生きとした姿が描かれています。動物たちに振り回されながらも日夜実験に励む、小林教授の生態も丸わかりです。教授の語り口はユーモアにあふれており、読み進めるうちに自然と親近感を抱かずにはいられません。さらに教授は動物行動学のほかに人間比較行動学も専門に研究しておられるため、人間も含めた動物への知見に富んだ眼差しを随所に見ることができるところも、本書の魅力のひとつです。読了後、小さな虫を追いかけ回し、弄り回していた頃の気持ちが蘇ってきました。あなたも一緒に動物に会いに行きませんか。(笠原)


  • ジェイムズ・リーバンクス〈濱野大道=訳〉
    『羊飼いの暮らし』
    ハヤカワ文庫/本体920円+税

     夏に羊を育て、秋に羊を競売市と品評会に出し、厳しい冬を越え、春に子羊を産ませる。こうして著者の羊飼いの家系はイギリスの湖水地方で600年間生活を営んできた。本書はこの著者の半生を綴ったものだが、その記録は時系列順ではなく春夏秋冬季節ごとに記されている。それは彼ら羊飼いが、カレンダーや時計の数字上ではなく、始まりも終わりもない巡る季節の中を生きているからだ。オックスフォード大学卒という経歴を持つ著者が、これまで言語化されることのなかった湖水地方の羊飼いの生そのものを、私たちに伝えてくれている。彼らとは全く異なる文化の中で生活している私たちがそれを受け取ることができるとは、なんという贅沢だろうか。(笠原)


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