Essay 「フランス文学は哲学に先立つ」

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 哲学って、いったい何なのでしょうか。ざっくりいうと、わからないことを追究すること、物事の本質を探究することらしいです。私たちのような考える葦にとって、わからないことなんて世界中に溢れんばかりに満ち満ちていますが、中でも「死」については人類最大のわからないことであり、恐ろしいものだと思います。また、「こころ」「時間」「世界」とか、或いは「わたし」などもそれが何なのか確証が持てない、よくわからない存在です。哲学とはこのような物事を、徹底的に理詰めで追究していく学問を指しているのです。扱うテーマの大きさ、そして哲学の厳格さゆえに、世の哲学書は大抵複雑怪奇であり、生半可な気持ちで手に取った人を徹底的に突き放したような態度をとります。私は、自分の手で哲学するにはあまりにも力不足ですが、せめて先人の考えたエッセンスを吸収して疑問と不安を解消したいと考えて過去に様々な哲学書に挑戦しようと試みました。けれども、大方半分も読まないで戦線離脱しました。私に限らず、このような残念無念な体験をした方は少なくないと思われます。いっそ自分は哲学とは縁がなかったということにして、このまま死へ続く階段を上っていってもいいですが、やっぱり死ぬのはいつだって怖いし、何の本質をも知らずに生涯を終えるのは悔しい気がします。では、いったいどうしたらいいのでしょう。思うに、こんな時に私たちに救いの手を差し伸べ、力を分け与えてくれるのは文学なのです。そして、中でもフランス文学は哲学力をつけるのに役に立つのです。
 なぜフランス文学?と思った人は大勢いることでしょう。別に日本文学でも英文学でもいいじゃないか、はい、本当におっしゃる通りです。ただ、私はフランス文学には他の文学にはない特徴・魅力・哲学力の源をも持ち得ていると感じます。まずフランス文学の特徴として、その多くは三人称視点で描かれ、各人物の行動が俯瞰的に描写されています(今回は特にプルーストに至るまでの文学を指して話を進めています。世紀末からは一人称視点の小説も多く現れます)。また作品内では、非常に長々と舞台背景や作中の政治情勢を現実世界に即して描写しているため、人物たちがリアルな世界で生きている様子を、神様のように上から見下ろしているような感覚に陥ります。これにより、私たち読者は客観的視点で作品内の虚構の世界を見つめることができるのです。そして、観察眼の高さ・描写の鋭さと精密さは非常に卓絶しており、フランス文学ならではの魅力です。フランス語の性質によってか、文学内で何かを表す際には一言では言い表さず、非常に長々とした形容詞を使います。さらに、毎回事細かに状況説明や登場人物の心情変化の解説を行うため、読者は展開に納得しながら話を読み進めることができます。私たちは客観的視野を持ちながら理路整然とした描写に触れることで、研究対象をじっくり観察するような感覚で作品内の物事を捉えることができるのです。そして、このような読み方をする中で、私達は「愛とは何か」とか「芸術とはなにか」といった、いわゆる「哲学っぽい思考」に着手し、やがて本格的な哲学に移行する力を身に着け、難解に思われる哲学書を読む辛抱強さと読解力を獲得するでしょう。特に物語の中では恋愛や芸術、宗教の詳細な分析が行われていることが多く、「こころ」や「世界」を哲学する際の足掛かりになりやすいです。上述の特徴は、デカルトやモンテーニュの影響があると感じています。近代哲学の祖、デカルトの「われ思う、ゆえにわれあり」や、思想家であり人文学の祖でもあるモンテーニュの「われ何を知るか」という言葉は当時から今日に至るまで全世界規模で人口に膾炙しています。あらゆる存在を懐疑し、追究する姿勢を打ち出したデカルトと、世界の中で何にもしらない人間の姿を見出したモンテーニュの思想は、近代哲学・人文学だけではなく、フランス文学界においても影響をもたらしたのではないでしょうか。そんな魅力的なフランス文学はあまりにも作品数が多すぎておすすめを挙げれば枚挙にいとまがありませんが、中でもおすすめのフランス文学作品は、スタンダール作『赤と黒』です。貧乏だけど野心家のジュリアンが人妻や貴族の娘と関わり、恋愛頭脳戦を繰り広げながら出世への道を切り開く、というドラマチックなストーリーを客観的に見つめながら、「愛」「死」「幸福」とは何かを考えることができます。さらに、この小説は視点の複数性があり、基本は神視点でありつつも時折各登場人物の立場に立って世界を見つめることができます。主観と客観が交互に訪れることで、私達読者はより手軽に、より深刻に人物や物事を分析できるでしょう。
 哲学とは世の中のわからないことを厳格で理知的に追及する学問であり、文学自体は哲学ではありません。しかし、フランス文学をはじめ様々な文学に親しむ中で、私達は多角的視野を身に着けつつ哲学的思考の訓練を行うことができるのです。文学の海で大航海を終えた後、きっとあなたは難しげな哲学書にも親しむことができるでしょう。

 

★本文関連の本★

スタンダール〈小林正=訳〉
『赤と黒 上・下』
新潮文庫/
定価《上》781円 《下》924円(税込)


P r o f i l e

岩田 恵実(いわた・めぐみ)
名古屋大学3年。とある韓国アイドルグループにハマりました。アイドルがいかに人を支えているかがわかるとともに、「推しが尊い」という概念を学びました。

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