国内外で新型コロナウイルス感染者がまた増え、ここ1年半のニュースをみては落ち込むばかりです。母国がドイツである私は、家族から遠く離れた東京で18か月もステイホームしてきました。パンデミック真最中のため、昨年生まれた姪っ子にはノートブックの画面でしか会っていません。歩き出し、しゃべりだしても、そこにいないことを考えると、気分が滅入ることが多々あります。幸いに、暗いニュースが続いている中、落語だけが私の力になっています。
落語を生で見る機会は日本人も少なく、多くの方は「おじいさんが座布団略奪目的でくだらないダジャレを言い合う」というイメージを持っているようです。確かに「笑点」に出ている師匠方は落語家ですが、座布団の取り合いっこが落語ではありません。私がはじめて落語に出逢った場所は神保町の「らくごカフェ」でした。中学校の教室と同じぐらいのサイズのイベントスペースでは、高座の噺(こうざのはなし)を聴いて、大人が大きな声を出して笑っていました。声を出して笑っている大人には我が耳を疑いました。毎週東京のミニシアターに足を運んでいた程映画大好きの私は、コメディ映画を観ては大声を出して笑ったこともありました。その時に隣に座っていた友達に「恥ずかしい」と言われ、または前の列の方には「しー!」や「チっ!」と注意される事もあり、「おかしいのになぜ笑ってはいけないんだろう?」と、とてもショックでした。ですので、らくごカフェで腹の底から爆笑した観客を見て衝撃を受けました。「ふっふ」「くすくす」「げらげら」とあちらこちらに笑いが起こり、笑いで揺れる体の振動が自分の席にも伝わってくる、その雰囲気に一目惚れしました。落語会へ足を運ぶ回数が増えるにつれて、演者が高座で披露する情景がリアルに浮かんでくる経験も胸に響きましたが、何より、その場で観客の反応に応じて噺を合わせる落語家の神業を観て、心が震えました。らくごカフェや寄席はもちろん、居酒屋、寺院、神社、公民館、映画館のあらゆる落語会に通い、それが高じて、2011年からは落語家を連れて欧州の様々な国に行き、現地語の字幕をつけて現地の方に落語の魅力を披露する海外公演を企画・実施までしました。
しかし、2020年の春からは渡欧はできないどころか、かんたんにイベントを開催することができなくなりました。一時は年間365日営業の寄席でさえ休業させられ、落語家は高座の機会を失いました。しかし、その中でYouTube、ZoomやVimeoでの無観客配信で乗り切った演者と主催者もいました。観客の反応があっての落語ですので、新しい環境に四苦八苦していたと思いますが、同じくステイホームしていたファンとしては無観客配信で心が救われました。いやなニュースばかりの世の中、ノートブックに接続したテレビの画面に落語が送られて、様々な不安を感じていたにもかかわらず、突然大声で笑いだす自分がいました。
アルバイトや就職が心配だったり、ワクチン接種の予約が取れなかったりして、友達や恋人、家族にはなかなか会えない時間が続く方も大勢いると思います。一つの提案として、皆さん、ぜひとも落語を観て、笑ってみてください。
音楽にヘビメタや演歌など色々なスタイルがあるのと同様に、落語の演出にも色々なスタイルがあって、自分に合う、自分が笑える落語家は絶対にいます。今は春風亭一之輔(しゅんぷうてい いちのすけ)師匠や立川志の春(たてかわ しのはる)師匠をはじめ、公式のYouTubeチャンネルを設けた落語家も少なくありません。ただし、落語家は噺を披露して生計を立てているため、無料ばかりもいけません。落語を配信する渋谷らくご等はぜひ観ていただきたいです。渋谷らくごの「初心者でも楽しめる」というコンセプトは素晴らしく、私もふらっと「ああ、今日はシブラクの日なんだ」と仕事の帰りによく行きましたが、写真に写っている若手真打ちの弁財亭和泉師匠をはじめ、どんなラインアップでも必ず楽しいイベントです。場所は渋谷の円山なので、買い物の帰りに行って、終わってからは友達とビールを飲みながら落語の余韻を楽しむこともできます。
落語が大好きですので、一日もはやく誰もがワクチンを打つことができ、集団免疫を獲得して、客席で大声で笑える日が来ることを願っています。
ちなみに、渋谷らくごは学割もありますので、コロナ禍が落ち着きましたら、円山町で会いましょう。
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