Essay 推し活で自分も社会も変える
水越 康介(東京都立大学教授)

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推し活や応援消費の広まり

 昨年2021年1月、宇佐見りんさんの『推し、燃ゆ』が第164回芥川賞を受賞しました。タイトルの通り、推しが燃えたことを一つの軸として、物語が展開していきます。とても印象的な内容であり、読んだ方も多いと思います。
 今の私たちは、このタイトルをみるだけで、おおよその意味や状況を思い浮かべることができます。「燃える」ことはインターネットやSNS上での炎上を意味し、「推し」とは、応援している好きなアイドルやアーティストといった対象のことです。
 その一方で、5年前、あるいはさすがに10年前だと、このタイトルの意味はよくわからなかったかもしれません。炎上することも、推し活をすることも、言葉としてよく使われるようになったのは最近だからです。炎上は、インターネット時代になってからだということはいうまでもありません。推し活は、ファン行動や追っかけ、あるいはオタクと同じだと考えればもっと昔からありました。しかし、推しといった表現が用いられるようになったのは、炎上という言葉よりも最近です。
 より人口に膾炙したという意味では、新聞記事で推し活という言葉が最初に用いられるのは2019年2月1日の「日経MJ」です。その後の記事では、推し活について、AKB48の飛躍で10年くらい前から広がったともされています。とすれば、推しや推し活という言葉は、2010年ごろからだんだんと使われるようになり、2019年ごろに一般化したのだろうと推察できます。
 推し活と時に同じ意味で使われる言葉として、応援消費があります。この応援消費も新しい言葉であり、新聞記事では2011年、東日本大震災の被災地支援を契機によく用いられるようになりました。このコロナ禍で改めて注目され、2020年には「日経MJ」のヒット商品番付で東の大関に選ばれています。ちなみに、『推し、燃ゆ』は2021年の東の前頭でした。

 
 

インターネット時代の新しい言葉

 どちらも似た行動であり、かつ興味深いことに、使われるようになった時期も同じ頃です。そしてやはり同じく、2020年ごろから改めて注目されるようになっています。何か理由があるのでしょうか。
 一つには、『推し、燃ゆ』でいえば燃ゆの側、すなわちインターネットやSNSの発達を指摘することができます。それまでのファン行動や追っかけは、基本的にリアルでの行動か、雑誌上でした。それに対して、今日的な推し活は、インターネットやSNS上で活発に繰り広げられます。対象自体がバーチャルということもあります。もちろん、実際にアイドルに会い、コンサートで多くの仲間と出会うことには価値があります。しかしそれとともに、あるいは人によってはそれ以上に、一人のファンとして思いや考えをブログにまとめ、絶えずSNSに写真を上げ、仲間と相互にいいねし合うことが重要です。
 応援消費も同様です。被災地のために現地の農作物を購入しようという場合、従来はどこかの小売業者が実際に商品を仕入れ、各地で販売する必要がありました。しかし今では、売り手も買い手もインターネットで情報を共有し、購入も支払いも行うことができます。配送の作業は必要ですが、それでも、私たちは容易に各地の情報や必要を知ることができるようになりました。
 推し活にせよ応援消費にせよ、行動としては昔からあったのだろうと思います。しかし、インターネットやSNSの発達によって、これまで以上に大きく広がり、私たちに身近なものとなったのです。

 
 

推し活が社会を変える日

 こうして、インターネットやSNSによって社会が変わり、推し活や応援消費が広まりました。大事な点として、この逆も考えることができます。すなわち、推し活や応援消費によって、自分が変わる、さらには社会が変わるということです。
『推し、燃ゆ』の主人公にとって、推し活は「背骨」のようでもあり、自分自身を支えているのでした。そこまでいかずとも、推し活がアイデンティティの一部となり、推しに出会って人生が変わったという人も多いでしょう。
 さらに、被災地支援を含む応援消費は、自分や推しのためだけではなく、もっと直接的に他人や社会のためという側面を有しています。応援消費を通じて、社会をより良くしていきたいという方もいるでしょう。
 もともと推し活という言葉自体、AKB48の活躍によって広まったともされていました。AKB48で思い浮かべるのは、一つには総選挙です。いうまでもなく、選挙は社会を変えるための行動です。そう考えると、応援消費はもちろんのこと、推し活もまた、インターネット時代における自分を変え、社会を変える新しい方法につながっていることがわかります。

 
 
P r o f i l e

水越康介(みずこし・こうすけ)

東京都立大学経済経営学部教授。専門はマーケティング論。特にインターネット領域におけるデジタル・マーケティングと、応援消費や企業のソーシャル・マーケティングを研究している。

 

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