誌上DJ「Sounds on books」

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この音が聞きたい!〜読書アンケートより〜
 

パーソナリティ(文) 齊藤ゆずか

 

 みなさんこんにちは。誌上ラジオ「Sounds on books」へようこそ。寒さの厳しいころにオンエアされているのでしょうが、どうぞあったかくして、ココアでも飲みながらお付き合いくださいね。

 今回は〈本に登場する音の表現〉で『izumi』委員・スタッフにリクエストいただいたものを、みなさんにお届けしていきたいと思います。

 

 まずは有名なクラシックをひとつ。ピアノ・ソナタ第15番「田園」は三田誠広いちご同盟から。

 

半ば消え入ろうとしている、かぼそい、けれども持続的な低いリズムだ。どこかで聞いたことのある響きだった。まるで心臓の鼓動のような、胸の奥にじわりとくいこむリズム。けっして乱れない規則的なテンポの中に、激しいものが込められている。命の鼓動だ、とぼくは思った。

 

 リクエストをくださったのは長安凜さん。物語の主人公・良一と同じ15歳のころ、彼と「似た苦しみを味わっていた」といいます。大人に信じてもらえず、そんな無力を自覚さえしてしまう15歳。「けれど、15歳は将来を見据えられているようなふりをしていないといけなかった。死という選択肢に負けないそれなりの希望を常に見つけなければいけなかった。15番のソナタの機械的で抑制された演奏の描写は、そんな苦しい青春の痛みに光を与えてくれるように思う」とメッセージを寄せてくださいました。

 

 昔より、いくぶん、ゆったりとしたテンポの大らかな〈 l'estro armonico 〉。誰かに聴かせるために弾くのではなく、音を合わせる愉しみのためだけに奏でられる〈 l'estro armonico 〉。さわさわと柘榴の木が揺れ、その音もまた、 〈 l'estro armonico 〉の一つの音色となってきこえた。柘榴の葉や枝の間からふりそそぐやわらかな光さえも。

 

 ヴィヴァルディの音楽が好きだという後藤万由子さんからは大島真寿美ピエタの一節をリクエストいただきました。ヴィヴァルディが教師を務めたピエタ慈善院付属の音楽院で育った主人公と友人が、「亡きヴィヴァルディ先生の曲」を奏でる場面。「クラシックというとコンサートホールでの華々しい演奏を思い浮かべるが、ここでは静かな中庭で演奏者が思い思いに音楽を奏でている。とても静かで朗らかな、優しい気持ちになれる」……本で楽しむ音楽は、演奏される時代も場所も自由なんですよね。
 私たちが今いるのとは別の世界で奏でられる音もありますよ。川柳琴美さんからは2曲(?) リクエストをいただきました。

 

 青々とした月明かりを受け、ほの白く巻き起こる花吹雪の中で行われる演奏はあまりに現実離れして、それでいて美しく、どこか伶にはものおそろしく感じられた。

 

 阿部智里烏百花 白百合の章では八咫烏たちの住む山内の世界で、竜笛と長琴の天才2人の合奏が描かれています。「この合奏は多くの八咫烏の人生、そして山内の歴史を動かす一つのきっかけにもなっていて、その意味でも、私もこの場に立ち会って聞いてみたいです」とのこと。人生や歴史を左右するまでの演奏、とても気になります……。

 

 クラムボンはかぷかぷわらったよ。

 

 「懐かしい」というリスナーさんからの反応が聞こえてきそう……宮沢賢治やまなしから。「リズムや音の感じに、温かさや穏やかさ、楽しい感情、丸みなどがあるように感じられて、ふと口ずさみたくなる」という川柳さんのコメント、うなずくばかりです。
 そう、リクエストは楽器の奏でる音に限りません。次は村上龍限りなく透明に近いブルーからお送りします。

 

飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。蝿よりも小さな虫は、目の前をしばらく旋回して暗い部屋の隅へと見えなくなった。

 

 リクエストされた鈴木大翔さんは、物語の冒頭にあるこの音の表現で「一気に世界に引き込まれ」たといいます。しかも、作中で飛行機と虫は「重要なモチーフ」だそうですよ。

 

大八車は歌っているようだ。ゴロゴロ、ゴロゴロと。うまくはないけれど、腹の中にしみこんでくる歌のようだ。(中略)大八車はまたぶきような歌をうたいはじめた。

 

 さて、生き物でなくたって心を揺さぶる歌を歌うことはできます。沼崎麻子さんのリクエストは灰谷健次郎兎の眼から。大八車の奏でる音が「物語に出てきた、どこか不器用だけれど、自分が守りたい人やもの―― 子どもたち、地域での暮らし、情熱を捧げられるもの―― のために苦しみ悩みながらも、真摯に向き合う人々と重なる」そうなのです。
 擬態語―― 実際には鳴っていない音を表した言葉の中には、ときに強烈な印象を残すものや、「これぞ!」と膝を打つぴったりな表現に出会うこともあります。
 徳岡柚月さん森見登美彦新釈 走れメロスでまさに「一見意外で、でも一方で非常にしっくりきて、印象的でした」という体験をしたそうです。

 

杯盤狼藉に及ぶことは滅多になく、桃色遊戯や単位取得といった俗事に色目をつかうこともなく、たいていはドストエフスキー的大長編小説の完成を目指して、くしゃくしゃと一心不乱に書いていた。

 

 なるほど、くしゃくしゃと書く、ですか。机にかじりついて長髪をかき乱しながら原稿に向かう何者かの姿が目に浮かんできました。

 

ふと先生を見ると、「バチーン!」という衝突音が聞こえたかと錯覚するくらい、しっかりと目が合い、先生と僕の視線は、ギッチギチの固結びにされた。

 

 山田ルイ53世ヒキコモリ漂流記 完全版から。リクエストいただいたのは高木美沙さん。「私も会話を盛り上げたい時にその効果音を使って話すようになりました」とのことで、わかります、本に出てきた表現が話し言葉に影響すること、ありますよね。みなさんはどうでしょう。
 耳では聞こえないはずの音までも、心を澄ませて感じ取れるのが読書の良いところです。
 光野康平さんのリクエスト、綿矢りさ蹴りたい背中で音を発するのはなんと……。どうぞお聞きください。

 

さびしさは鳴る。耳が痛くなるほど高く澄んだ鈴の音で鳴り響いて、胸を締めつけるから、せめて周りには聞こえないように、私はプリントを指で千切る。

 

 理科実験で班の輪に交じれない登場人物の目線を描いた文章。光野さんは大学1年生の時、グループワークでうまく発言できなかったという記憶がこの一節からよみがえるそうです。

   

 eπi+1=0

 

 ……突然何が流れたのかって? これは世界一美しいと言われる「オイラーの公式」。リクエストしてくださった古本拓輝さんによれば、この数式は「『音』として真の意味が発揮される」そう。登場するのは小川洋子博士の愛した数式です。「博士の言葉を丁寧に拾ってください。この等式の真実の美を博士と共有できます」これはもう、読むしかありませんねえ。
 古本さんからはもうひとつ、「聞こえない音」をリクエストいただきました。

 

 52ヘルツの声を、聴かせて。

 

 町田そのこ52ヘルツのクジラたちより。「クジラの通常の周波数は15~25ヘルツ。52ヘルツのそれは決して仲間に届くことがない」ことから「他人に理解されない悩みを抱えた人たちの比喩」として使われるタイトル。でも「同じ周波数を発している仲間は必ずいる」「必ず受け止めてくれるクジラがいる」のだから……「聴かせて」と呼びかけるこの言葉は、古本さんには「力強く希望にあふれたメッセージ」に感じられるそうです。

 さて、そろそろお別れの時間となりました。エンディングには優しく、可愛らしい音色を……ということでピアノが好きな高津咲希さんからのリクエスト、宮下奈都羊と鋼の森からの一文です。「一つ一つの音に命を吹き込み、美しいストーリーを紡ぐ。そして、聞き手にきらきらと輝くような情景を思い浮かばせる、そんな和音ちゃんの演奏は私の憧れだ」というメッセージをいただきました。それでは、またいつかどこかで、会える日まで。

 

音と音が転がって、絡みあって、きらきらした模様をつくる、和音のピアノ。

 
 

本日のラインナップ

 
  • 宮沢賢治、日下明、鬼塚りつ子
    「やまなし」(『宮沢賢治童話集』)
    世界文化社/定価1,320円(税込)購入はこちら >
     
  • 村上龍
    『限りなく透明に近いブルー』
    講談社文庫/定価550円(税込)購入はこちら >
     
  • 灰谷健次郎
    『兎の眼』
    角川文庫/定価660円(税込)購入はこちら >
     
 
  • 森見登美彦
    『新釈 走れメロス』
    角川文庫/定価572円(税込)購入はこちら >
     
  • 山田ルイ53世
    『ヒキコモリ漂流記 完全版』
    角川文庫/定価748円(税込)購入はこちら >
     
  • 綿矢りさ
    『蹴りたい背中』
    河出文庫/定価495円(税込)購入はこちら >
     
 
  • 小川洋子
    『博士の愛した数式』
    新潮文庫/定価649円(税込)購入はこちら >
     
  • 町田そのこ
    『52ヘルツのクジラたち』
    中央公論新社/定価1,760円(税込)購入はこちら >
     
  • 宮下奈都
    『羊と鋼の森』
    文春文庫/定価748円(税込)購入はこちら >
     
 

この音が聞きたい!〜読書アンケートより〜

『終わらない夜』『真昼の夢』『どこでもない場所』(作:セーラ・L・トムソン、絵:ロブ・ゴンサルヴェス<金原瑞人=訳>/ほるぷ出版)という絵本が大好きで、1ページ1ページに不思議な魅力があり、この世界に入って聞こえる音も素敵なんだろうなと思います。静かななかに布の擦れる音や枯れ葉の落ちる音、湖の揺れる音など、小さな音がどこかに聞こえたり、気が付かないほど世界に溶け込むような音楽が流れ続けていたりしてるのでは……と思いました。

(奈良女子大学4回生/クロゴマ)


紫式部『源氏物語』の光源氏の声。多くの二次創作や映像化はされているが、彼女の想定する声はどのようなものだったのか気になる。個人的には低声だったのではと思う。

(大阪大学3年/五段)


『僕が恋した、一瞬をきらめく君に。』(音はつき/スターツ出版文庫)の沢石咲果の歌声。*Lunaの楽曲をもとにした小説。登場人物の声は聴いてみたい気持ちと、印象が変わってしまう恐怖とがいつでも共存するのは共感していただけるだろう。それでもイメージとばっちりハマった時の感動を夢想してしまう。

(電気通信大学3年/かなで)


貴志祐介『新世界より』(講談社文庫)で、毎日日没前になると流れる「家路」(ドヴォルザーク「新世界より」)のメロディを聞いてみたい。これは現実世界にある曲だから聞くことは可能であるし、もちろん実際に聞いたこともある。しかし、物語の中の郷で、美しい夕方の風景を見ながら、家に帰らなきゃと思いながら聞く家路はきっと特別だろう。

(東京農工大学3年/toyo)


「沈黙」を聞いてみたい。登場人物たちが沈黙すると、それまで焦点を当てていた会話がなくなって周囲の音が聞こえてきます。例えば、場所が喫茶店であれば店内BGM、教室であれば他の生徒たちの会話といった環境音です。私は沈黙の間に入り込むこのような環境音も沈黙の一部だと思っています。時計の秒針音は刻一刻と時間が過ぎていく様子を会話なく示し、鳴り響く雷鳴は不吉さを助長させます。一言で「沈黙」と言っても色々な沈黙があるので、その場の全てを含めた「沈黙」というものを聞いてみたいと思いました。

(岩手大学2年/きゃらめる)


天気に関わる音が聴きたい。雨の音であったり、風が何かを揺らす音、晴れの日の鳥や航空機の音などを想像すると、その世界に入り込んだような感覚が得られるように感じます。

(三重大学4年/じー森)


 

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