太田
『13歳のハローワーク』は現在も年に2万部くらい売れ続けています。最近は「令和版を出してほしい」という要望が多いですね。
『13歳のハローワーク』は幻冬舎創立10周年記念事業出版ということで出したんですよね。
石原
最初は全然売れなかったんですよ。この本は本体価格が2,600円で、現在もそうですが、当時としても高いですよね。こんなに分厚い本を3万部、どう売ったらいいのかわからなくて困り果てていたのを覚えています。
太田
売れるきっかけになったのは色々あったかと思いますが、テレビですか。
石原
ひとつはテレビですね。テレビで紹介していただいて、そこから火がついた感じですが、『13歳のハローワーク』がこんなに売れるとは思っていませんでしたね。
ちょうどこのころって就職氷河期の終わりごろだったこともあり、主に13歳くらいの人が読むかなと思っていたら、意外にも転職する若い人たちによく読まれていました。ほかに、学校によっては卒業生全員に贈るというところもありました。親たちの職業について「なんてことを書くんだ」と文句が出やすいだろうと予想して、書くのに気を遣ったところもあったのですが、意外とクレームはありませんでした。ただ一件だけ、美容師を少しかっこよく書いていたら、理容師協会から呼び出されて「もっと正確に書いてください」と求められたことがありましたね。それは村上さんに相談して、直しました。それ以外のクレームといったものはなく、図鑑として成立したなと思います。
光野
新版でグーグルの対談が書かれていて、「これ10年前の本だよね?」と驚きました。また、未来に対しての考えを抱いているのが伝わってきました。将来出てくる職業のスタンスはどうだったのですか。
石原
新版は2013年に作りましたが、このときにITと医療系が増えました。今だったらAIも入れないといけなさそうですよね。
太田
介護もですよね。介護の仕事も多岐にわたりますから。
古本
旧版のコラムに「環境税の導入」について書いてあって、16、17年前にこんなことを書いていたんだと思って。すごいですよね、まさに現代の話だなと思いました。これから先10年20年読んでも問題なさそうな内容になっているなと思います。
石原
予言の書ですね。先取りしていたのでしょう。旧版にもリサイクルの話を入れていましたしね。
光野
将来への強度や普遍性を持たせようという意識はあったのですか。
石原
ありましたね。
高津
もし令和版ができるとしたら、「ここはこう変わるんじゃないか」、「ここは普遍的に残るんじゃないか」という項目はありますか。
石原
「海外で働く」という項目は必要になってくると思います。円安になってきていますし、人口も増えていかない、外に出ていく人が増えていくと思うので、その辺はやりたいと思いますね。
高津
これは変わらず伝えたいということはありますか。
石原
「『好きなことが何か』ということを早めに見つけた方がいいよ」ということですね。
光野
僕は「はじめに」を読んで、すごく感動しました。その反面、かなりの分量で「13歳だったらこれ全部読むのかな」とも思いました。わりと経済について難しいことも書かれているので。村上さんの熱が伝わってくるので逆にいいのかなとも思ったのですが、村上さんのこだわりとか、ここを長い分量にした理由とかがあればお聞きしたいです。
石原
これは何回も書き直したんです。でもおっしゃるとおり、僕も「13歳の子どもが読むには難しいのでは」と思いました。
太田
フリガナもないですしね。
石原
そう、フリガナはもうなしでいこうということになったんですが、案外13歳でも読めたりするんですよね、このくらいのものは。でも、買うのは13歳本人ではなく、もうちょっと大人かなと思いましたね。「はじめに」にも書いてあったかな、アメリカでいうと、ベビーシッターに面倒を見てもらうのは13歳になるまで。で、13歳からはベビーシッターにもなり得るのです。だから、13歳というのは働く分岐点、というところでタイトルに「13歳」と付けました。
古本
「はじめに」を読んだときに、なんだか親に向けて語っているような感じもしていました。「子どもの選択肢を減らさないであげて」みたいな。
石原
そうなんですよ。根本が親と先生の争いを見て、ですから。そういう思いがあったのではないでしょうか。
光野
村上さんが13歳を上からの目線ではなく対等に書いているのが印象的でした。「ちゃんと僕と話し合ってくれる大人がいる」と思えるような。
石原
13歳の人間の目線に降りて向き合おうとしている。そういう目がないと小説家にはなれないですよ。お互いの関係が対等じゃないとだめだと。偉そうな小説家っていないじゃないですが、大体弱者の味方です。
太田
弱者に寄り添っていないと小説は生まれませんか。
石原
生まれないですね。
光野
小説家に向いているのはどんな人ですか。
石原
小説家に向いている人は、書くのが好きな人ですね。ちなみに僕は長年編集者をやっていますが、小説家が小説を書いている姿は見たことがないですね。小説家は見せないので。エッセイを書いている姿は見せるんですけど。
高津
この本には職業に実際に就いた方のエッセイなども収録されていますが、そういう方には編集者が連絡を取られたのですか。
石原
そうです。
高津
どういう過程を経てエッセイを集めていったのでしょうか。
石原
執筆をお願いしたり、取材させてもらったりしました。知り合いにも当たったし、そうでない人にもお願いしましたが、できることなら知り合いに当たった方が良い情報が取れる感じがしますね。結構みんなもっている情報が違うから、同じ職業でも。正しいものなんてないので、その人の身体から出てきたものがあればいいと思っていました。
高津
本を作る上で関わってきた人のつながりというのは、また別の本を作るときにつながって活かされていったりするのですか。
石原
広がりはありますね。この本を売り込んだ先との関係とか。本を作ったり本を出したりすることは人間関係が広がりますね。
太田
編集者が「NO」を言うときや、「ここは直した方が良い」と言うとき、ズバっと言うと関係が悪くなると思うんですが、どう伝えるのですか。
石原
力関係にもよりますが、基本は目をつぶります。次の原稿で良くなっていればいいので。悪いところがある原稿でも良いところを褒めます。
太田
良いところを褒められると、作家さんは勘がいいから、「でも石原さんはこの主人公のことは言ってくれなかったな」「このエピソードには触れてくれなかったな、もしかしたらよくなかったのかな」と思うんじゃないですか。
石原
そうだと思いますよ。そういう念を込めています(笑)。
太田
そういうやりとりをして原稿を直してもらうんですね。編集者は作家とお茶をしていても、電車で移動していても、「これはヒントになるな」というものには食いつきますよね。
石原
その作家が何に関心があるのかを拾うのが仕事なので。作家の周辺情報は気にしていますね。
太田
僕から見ていると、公私の分け隔てって、ないですよね。
石原
ないですね。編集者も面白い仕事ですよ。
タイトルには「13歳」とあるものの、これは大学生の皆さんにもおすすめの本。就職活動中、またはその手前の職業選択のステップで迷っている方は、ぜひ『新版 13歳のハローワーク』を開いてみてください。この図鑑がアナタの新しい未来を導いてくれるかもしれません。
(収録日 2023年7月29日)
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