世の中にいろいろな図鑑が出版されている中で、今回、職業図鑑『13歳のハローワーク』に注目した、『読書のいずみ』委員。どのようにしてこの本が完成していったのか、初版から著者・村上龍さんとともに製作に当たってきた幻冬舎編集者の石原正康さんにお話を伺いました。幻冬舎営業局の太田さんとともに気になる製作秘話に迫ります。
村上 龍
『新 13歳のハローワーク』
幻冬舎/定価2,860円(税込) 購入はこちら >
石原
『13歳のハローワーク』は2003年11月に出ています。これの前に村上龍さんと『半島を出よ』という小説を作っていたのですが、このときにその作品の取材をしながら、ソウルのホテルで村上さんがパソコンでいろいろな職業について調べていたんですね。何をしているのか聞いてみると、「他の出版社で出す予定の『13歳のハローワーク』の作業が、担当者が忙しくてなかなか進まない、でも職業の数をもっと増やさなくちゃいけない」ということだったので、「それなら幻冬舎でチームを作ってすべての職業を調べて、その原稿を出版社に渡せばいいのでは」という話になって。それで600以上の職業を調べ出していったんですけど、集めた原稿を村上さんも当初の出版社に渡せなくなってしまって、結局幻冬舎から出すことに。
村上さんが2000年ごろに中学校の先生と父兄とが論争するというNHKの教育番組に出演したことがあったんです。先生側の意見は「家庭での躾がなっていない」「家に帰った後勉強しないのがいけない」、対して父兄側は「学校がしっかりしてくれないからだめなんだ」といった実りのない対話が続いていました。そこで村上さんは何も言うことはなかったけど、そのとき考えたのが、「先生にとっても、父兄にとっても、何が叶えば幸せなのだろう?」ということで、「子どもたちが手に職をつけて食べていけるようになれば幸せだろうな」と思ったそうです。それだったら職業図鑑を作った方が早いのではないか、ということになった。これが村上さんがこの本を作ろうと思ったそもそものきっかけです。
当時はまだネットの環境も今とは違いましたし、携帯もそこまで普及していなかったので「あなたが知っている職業を上げてください」と訊かれても30か40種類で詰まってしまう。しかも仕事が現在のように多様化されていないので、みんなよくわからずに働く人のことを大雑把に「サラリーマン」と呼んでいたような時代でした。それで680種類くらいの職業を並べたら、見た人は「これだけ仕事があるんだな」と、気持ちが解放されていくような感じがあって。それで発行後も注目されていったのかなと思っています。
齊藤
まず、『13歳のハローワーク』のイラストがとても素敵だなと思っています。小学生のころは本を見た目で選んでいたので、黄色という明るい色味と絵も素敵で手に取りました。はまのゆかさんがイラストを担当されていますよね。村上さんとはまのさんのエピソードは本の中にも書かれていますが……。
石原正康さん
石原
村上さんが京都精華大学で講演をしたときに、はまのさんが「わたしが描いている絵です」とご自身の絵を残してその場を立ち去ったんです。それを村上さんが気に入って、はまのさんを探して、この本のイラストを描いてもらうことになりました。本の内容が結構独断と偏見に満ちたものになっているので、はまのさんの可愛らしい絵によってほんわかと「大丈夫ですよ」と和らげてくれている感じがしますね。
太田和美さん
太田
表紙はすんなり決まったのですか。
石原
そうですね。わりとすんなり決まりました。それから『13歳のハローワーク』って、良いタイトルですよね。タイトルに最初しびれました。
光野
タイトルを決めたのは村上さんですか。
石原
そうです。村上さんはタイトルを付けるのがとても上手です。
徳岡
編集者の仕事の中には帯を考えるという作業もあると思うのですが、『13歳のハローワーク』の場合はどのように決められたのですか。
石原
村上さんと話し合って決めていきました。帯は今までに何度も変えています。最初の帯は「好きで好きでしょうがないことを職業として考えてみませんか」ですね。ここは編集者が一番勝負するところで、編集者の意見が最も反映されるところです。
齊藤
図鑑の中身についてお聞きしたいのですが、目次がカテゴリで分かれていて、「好きなこと」から職業を探せるところがこの本の一番の特徴なのかなと思います。旧版の「教科」から、新版では「好きなこと」に目次のカテゴライズも少し変わっていますよね。
石原
この本のテーマは「好きなことを仕事にしよう」とうのが大前提だったので、そのような形になりましたね。
齊藤
それは村上さんの方からの希望だったのですか。
石原
そうだったと思います。
太田
好きなことってなかなか仕事にならないことの方が多いと思うんです。出版社にいる人間は比較的もともと本が好きだったという人も多いと思いますが。
石原
ひとつ伝えたかったのは、例えば、「小説家になりたいけど実際には小説家になれなかった」という場合、出版社で働くとか、校正の仕事をするという道もあるということです。サッカーの選手にはなれなかったけど、スポーツの業界で働くとか。そういう広げ方を、わりと意識しましたね。
中川
石原さんは「編集者」の項目をどう読みましたか?
石原
ここは、最初僕が書いたんですよ。ですが、村上さんが「これではダメだ」と。それで村上さんが書き直しちゃったんです。ひどいでしょ?(笑)
太田
なんでダメだったんですか。
石原
ちゃんとしすぎていたんじゃないですか(笑)。
古本
「なにも好きなことがない」の項目も村上さんの意思ですか。
石原
そうですね。「何も好きなことがない人が圧倒的に多いんじゃないか」という仮定のもとに。独断と偏見に満ちているのがすごく面白いですよね。
齊藤
作家の項目に「作家は人に残された最後の職業」と書かれていて、印象に残りました。
石原
それは村上さんが書きました。作家はもう職業としては最後の仕事だ、と。でも村上さんは23歳くらいから作家ですから、他の仕事は経験していない……。
齊藤
私は将来小説家になりたいと思っています。今回、自分にとって職業ってなんだろうと迷っていたタイミングで『13歳のハローワーク』を再読したのですが、前に読んだときとは全然違う言葉が入ってきました。今まではずっと「小説家だ!」と思っているから「作家」のページを読んで「最後の職業」と書いてある、とか、編集者のところを読んで「すごいスキルが必要なんだ」と思ったりしていたのですが、今回「はじめに」を読んだら、「すきなことと向いていることって別だよね」ということが書いてあって。「向いている職業に就ける大人って実は少ないけど、就けたらすごく充実するよね」という話が印象に残りました。結構大人は「好きなことに就くのがいいよ」とか「現実見なよ」とか、いろんな方向から言ってくるけど、そんな中でこの本の「向いている仕事があなたにはあるはずだ」「自分にとって大切なものを見つけなさい」というメッセージがすごく心に響きました。村上さんは「小説は好きではないけど向いている」といったことを書かれていますが、石原さんは「好きな仕事」「向いている仕事」はどのようにお考えですか。
石原
僕はやっぱり今の仕事は向いていると思います。確かに向いていることと好きなことって違いますよね。「向いているかどうか」って、その仕事に就いてみないとわからないです。そこが難しいですよね。
齊藤
編集者として働き始めて「向いているな」と思った瞬間はどんなときですか?
石原
多分、人が好きなんですよね。人と会って、作家との人間関係を作る。僕が作家の頭の中の一部を占めなければいけないので、それが面白いのだと思います。そこが向いていると思いますね。
光野
僕は大学院2年生で弁護士を目指しているのですが、13歳のころはサッカー選手になりたかったんです。でもサッカーが下手で諦めたのですが、この本を読むと審判とかクラブの経営者とか関連する職業についていろいろ書かれていて。あの頃にこの本に出合えていたら「サッカーが好き」というところから色々な職業を探すことができたのではないかと思いました。ちなみに「向いているもの」の探し方ってあると思いますか。
石原
そういう実用書があったら売れるかもね(笑)。
光野
石原さんはいつ編集者が向いていると自覚されましたか。
石原
仕事をやり始めてからですね。
太田
逆に就きたい職業が「ない人」はどうしたらいいのでしょう? 探さなきゃいけないしょうか。インドに行くとか。
石原
うーん、自分はここにいますからね。
太田
自分探しなんて意味ないですよね。ここにいるのが自分だから。でも焦る人はいると思うんです。大学生は特に。ぼやっとしたものはあっても明確なものはない人が多いような気がします。
石原
僕も高校生のとき彼女に振られて「小説家になって見返してやろう」というただの意地で小説家になりたいと思っていたので。でも何かやってないと見つからないですよね。
*本サイト記事・写真・イラストの無断転載を禁じます。